第34話

 九月十四日、標準時間一五四七。


 第二特務戦隊とリヴォフ戦隊がすれ違った。

 旗艦キャヴァンディッシュ132はリヴォフ戦隊の旗艦、重巡航艦メルクーリヤの主砲を艦尾に受け、一時通信が途絶える。


 グラスゴー451の艦長、サミュエル・ラングフォード中佐は盟友クリフォードの安否を気遣いながらも、この緊迫した状況で逡巡する危険を感じ、即座に命令を発した。


「旗艦の混乱が収まるまで戦隊の指揮を引き継ぐ! 各艦は独自に回避機動を取れ! 戦術士タコー! 敵旗艦に砲撃を集中せよ! そろそろ我々のミサイルが到着するぞ!」


 彼の言う通り、帝国より僅かに遅れたタイミングで八基のステルスミサイルが接近していた。


「スペクターミサイル一基……二基撃破……くそっ! あと少しだったのに……スペクターミサイル全基撃破されました!」


 情報士の報告を聞きながらもサミュエルは命令を出していく。


「メルクーリヤは至近弾で防御スクリーンが過負荷になっている可能性が高い! この機を逃すな!」


了解しました、艦長アイアイサー!」


 戦術士が大声で応える。


「ゼラスとゼファーは駆逐艦を攻撃せよ! 敵の艦首側の防御スクリーンの能力は低下している! 一隻でも多く戦闘不能に持ち込むんだ!」


 この時、帝国軍は〇・〇八四光速という高速で移動していた。また、すれ違ったため、艦首を進行方向とは反対側に向けている。そのため、進行方向である艦尾側にも防御スクリーンを展開する必要があり、元々高くない防御力が低下していた。


「メルクーリヤに直撃!」


 戦術士の弾んだ声が響く。

 グラスゴーの主砲、五テラワット中性子砲がメルクーリヤに直撃した。


 本来の能力であれば、至近距離であってもクラスが上である重巡航艦に有効なダメージを与えることはできないが、スペクターミサイルが至近で爆発したことで防御スクリーンが過負荷になり、グラスゴーの主砲でも損傷を与えることに成功する。


「よくやった! まだ敵は回復しきっていない! 主砲を撃ち続けるんだ!」


 サミュエルは強く口調で命じる。


「駆逐艦サーコル轟沈! ゼファーが仕留めました!」


「さすがは“魔弾の射手ザ・フリーシューター”だ! 我々も負けてはいられないぞ!」


 ファビアンの指揮するゼファー328は僚艦ゼラス552と共同で敵に当たっており、集中攻撃によって敵駆逐艦を沈めることに成功する。


「旗艦との通信が回復しました! 准将からの通信が入っております!」


 通信士の報告を受け、サミュエルは指揮官用コンソールを操作し、直通回線を開く。

 すぐにクリフォードの姿が映し出されるが、その周囲では警報音が鳴り響き、緊迫した状況であることが分かった。


「よくやってくれた、サム」


「そっちは大丈夫なのか?」


 サミュエルは周囲に声が聞こえない指揮官用回線であるため、普段のような口調で確認する。


「大丈夫とは言えない。キャヴァンディッシュがメルクーリヤの射程から逃れるまで無事でいられる可能性は低い。その場合、君が戦隊の指揮を執ってくれ……」


 その言葉にサミュエルは焦り、クリフォードの言葉を遮る。


「脱出するんだ! まだ搭載艇は健在なのだろう? それで脱出すれば拾い上げてやる」


「この状況では無理だ。それより聞いてくれ。私が戦死したら君が帝国と交渉することになる。今は私を助けることより、生存者の帰還を優先に考えてほしい……」


 そこまで話したところで通信が乱れた。


「キャヴァンディッシュにホルニッツァの主砲命中! 通信が途絶えました!」


 サミュエルはその言葉に心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えるが、すぐに冷静さを取り戻す。


「敵軽巡航艦に砲撃を集中せよ! ゼファーとゼラスはこれまで通り駆逐艦を狙え」


 サミュエルは混乱から立ち直り、防御スクリーンを突破できないメルクーリヤではなく、主砲が通じる軽巡航艦ホルニッツァに標的を変えた。


 サミュエルは戦隊全艦に向けて通信を行った。


「すぐに射程外に出る。その後は回避に専念せよ。なお、敵重巡の射程内での船外救助活動を禁ずる。たとえ、それが旗艦であってもだ! 以上!」


 厳しい口調で締めくくると、指揮に戻った。


■■■


 Z級駆逐艦ゼファー328は僚艦ゼラス552と共に敵を翻弄していた。


 戦闘が激化する少し前、ゼラスの艦長ダリル・マーレイ少佐がファビアンに通信を入れていた。


「准将がこちらに指示を出す余裕があればいいのだけど、敵はキャヴァンディッシュを集中的に狙うでしょう。恐らく各個に最善を尽くせという程度しか指示は出せないと思う」


「その点は私も同感です」


「そうなった場合、ゼファーとジニス、そして私のゼラスの三隻で連携して当たりたいと思っているわ。異存はない?」


「もちろんありませんよ。先任であるダリルの指示に無条件で従います」


 マーレイはジニスの艦長として四年以上の経験を持つ。いくつもの会戦に参加し、四隻の駆逐艦の艦長の中ではリーダー格であった。


 同じ少佐という階級であり、駆逐艦の艦長同士ということで、ファーストネームで呼び合っているが、ファビアンはマーレイに対して常に敬意を払っている。そのため、すぐに彼女の指示に従うと答えたのだ。


 しかし、マーレイの返してきた言葉は意外なものだった。


「あなたの指示に従うつもりよ。何といってもあなたは“魔弾の射手ザ・フリーシューター”なのだから」


 最初は冗談を言っているのかとファビアンは思ったが、コンソールに映るマーレイの表情が真剣であることから驚きを隠せなかった。


「私がですか!」


「既にケビンにも話は通しているわ。彼もあなたの指示に従った方がいいと即座に認めているわよ」


 ケビン・ラシュトン少佐はジニス745の艦長であり、先任順位はファビアンより高い。


「ですが……」


「議論の時間はないわ。これだけ不利な状況ではあなたの戦術眼に頼るしかないの。私やケビンではこの状況を変えるほどの指揮は執れないから」


 ファビアンはその大きすぎる期待に反論しそうになったが、それを押しとどめて了承した。


「了解です。こちらから指示を出しますので、よろしくお願いします」


「頼んだわよ」


 こうして駆逐艦が独自に動くことになった場合にファビアンが指揮を執ることが決まった。


 そして、敵の攻撃によって旗艦が損傷し、指揮官代行となったサミュエルから命令が下る。


『ゼラスとゼファーは駆逐艦を攻撃せよ! 敵の艦首側の防御スクリーンの能力は低下している! 一隻でも多く戦闘不能に持ち込むんだ!』


 その命令に従い、ファビアンはマーレイに指示を出す。


「一番近いサーコルを狙います。そちらは自由に攻撃してください。こっちで合わせますので」


 マーレイはファビアンの指示通り、サーコルに攻撃を始めた。


「敵駆逐艦の防御スクリーンは我が軍のスループ艦と大して変わらない! 戦術士タコー! 今だ! 主砲発射!」


 その言葉に即座に主砲が放たれる。

 ファビアンの砲撃のタイミングが神懸っているため、即座に反応できるようになっていた。


 主砲が発射される直前、ゼラスの主砲がサーコルに命中していた。その絶妙のタイミングでゼファーの主砲が放った荷電粒子の槍がサーコルの右舷に突き刺さる。


 次の瞬間、サーコルはよろめくように左に揺れる。そして、スマートな艦体を膨張させて艦内部から崩壊していった。


「駆逐艦サーコル轟沈!」


 情報士が弾むような声で報告するが、ファビアンはそれに応えることなく、次の命令を出す。


「アリュールを狙います!」


 マーレイにそれだけ言うと、再び主砲の発射を命じた。


「主砲発射!」


 主砲は見事にアリュールに命中する。しかし、艦首部に大きな損傷を与えたものの、防御スクリーンによって辛くも爆発を逃れた。


「主砲発射! 運用規則は無視していい! 早く!」


 冷却が終わっていない主砲を強引に発射させる。

 戦術士が発射操作を行うタイミングでゼラスも主砲を放っていた。


 全くの偶然だが、同時攻撃となり、防御スクリーンが過負荷に陥っていたアリュールは半ば溶けるようにして崩壊していく。


 僅か三十秒で二隻の駆逐艦を葬ることに成功する。


 見事な戦果を挙げたファビアンだが、兄クリフォードが座乗するキャヴァンディッシュが軽巡航艦ホルニッツァの砲撃を受けたことを知り、動揺する。


(兄さんは無事なのか……無事ならすぐに脱出してくれ。今ならまだ間に合う……)


 その後もゼファーとゼラスは攻撃を続けるが、リヴォフ戦隊も混乱から立ち直り、軽微な損傷を与えるだけに終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る