第13話
特使であるテオドール・パレンバーグ伯爵はヤシマの首都、タカチホに降り立つと、アルビオン王国の大使やヤシマの外交官、政治家らと協議を始めた。その場にはクリフォードも同席している。
協議の内容はスヴァローグ帝国での活動方針だった。
具体的には情報収集を行うこと、皇帝アレクサンドル二十二世と藩王ニコライ十五世の間に楔を打ち込むことだが、情報収集はともかく、楔を打ち込むことについては、ヤシマへの影響も大きく、ヤシマ政府の了承が必要と考えたためだ。
パレンバーグが説明すると、ヤシマの外務長官であるシゲオ・ヨシダが答える。
「我々としても帝国の状況には関心はありますし、帝国内に不和の種を蒔くことについても我が国の安全保障上、有利に働くことは間違いありませんから問題はございません」
ヤシマ政府の了承が得られたことから、情報交換に入る。
「帝国方面の状況ですが、ほとんど動きはありません。皇帝はスヴァローグ星系とダジボーグ星系を頻繁に行き来し、両星系の掌握に努めているようです。一方のニコライ藩王も同じようにスヴァローグを頻繁に訪問しているという情報はありますが、具体的にどの程度活発に動いているのかについては情報が得られておりません」
「ダジボーグのエネルギーインフラの復興状況はいかがでしょうか?」
パレンバーグが二年ほど前に起きたダジボーグ星系会戦の影響について質問する。
「エネルギー
文明の血液であるエネルギーを供給するプラントはダジボーグ星系会戦時にすべて破壊されている。
現状では唯一の居住可能惑星、ナグラーダの地表に民生用のプラントがあるが、航宙船の燃料として使うほどの量はなく、宇宙空間で使用されるエネルギーのほとんどが隣接する星系にある非常用のプラントからタンカーによって運び込まれている。
そのため、他国の商船に割り当てられるエネルギーはほとんどなく、仕方なくヤシマの商社が共同して小型プラントを設置した。そして、自国や
このプラントは数十隻単位の商船を想定しており、数千隻規模の艦隊に供給するには能力不足であるため、ダジボーグ星系では大規模な艦隊運用は不可能な状況のままだった。
「我が国の設置したプラントも帝国艦隊の一部には供給しています。そうしないと治安維持のための小艦隊すらまともに動かせない状況でしたので」
現状では十隻単位の小規模な哨戒艦隊がダジボーグ星系だけでなく、ヴァロータやソーンなどの隣接する星系にも派遣され、海賊の取り締まりが行われている。
そこでクリフォードが質問した。
「治安の方はそれで改善しているという認識でよろしいでしょうか」
「以前よりは改善しております。ですが、帝国艦隊は海賊の取り締まりを苦手にしているのか、完全に排除するまでには至っていないようです」
安全保障担当の外交官の答えにクリフォードは表情を曇らせる。
「取り締まりに使用する小型艦の性能が劣るためですか……」
スヴァローグ帝国軍の小型艦は極端なミサイル偏重という特徴がある。
軽巡航艦や駆逐艦はアルビオン王国軍の大型ミサイルであるスペクターミサイルに匹敵する
その一方で軽巡航艦は加速力が五kGとアルビオン軍の重巡航艦並みでしかなく、駆逐艦の主砲は
海賊の取り締まりは商船を襲っているような明らかに海賊船であると分かる特殊な状況を除けば、接近して正体を暴いてから対処する必要がある。
これは遠距離からでは偽装を見抜くことは難しいためで、その結果近距離での戦闘になることが多い。しかし、海賊船は駆逐艦には劣るものの機動力が高く、帝国の軽巡航艦では先手を取られると対応できなくなることが多かった。
「帝国にいる海賊は貴国や我ら
アルビオン軍は敵国から脅威が弱まったことから軍縮に向かっているが、それでも余剰戦力が多くあり、国内の治安強化に乗り出している。
FSUもここ数年の戦争によって軍の士気と練度が上がったことから、以前より海賊討伐が上手く行えていた。
そのため、両国にいた海賊たちが帝国領内に移動している。
「いずれにしても准将の戦隊を襲うような海賊船はありませんから、あまり気にすることはないと思いますが」
クリフォードはその言葉に頷くが、表情は相変わらず曇ったままだった。
情報が集まらない中、ファビアンがある情報を手に入れてきた。
彼は妻であるアンジェリカが外交官としてヤシマに駐在していた関係から、駐ヤシマ大使館に伝手を持っていた。
その伝手を使い、帝国領内でのヤシマ商船の行動記録を手に入れている。
クリフォードは戦隊参謀であるクリスティーナ・オハラ中佐や副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐に加え、バートラムとサミュエルを集めた。
ファビアンが通商担当官から聞いた話を説明していく。
「ヤシマからダジボーグ星系までは多くの商船が行っているようです。ですが、帝都があるスヴァローグ星系にごく少数の商船が行っただけで、ストリボーグ星系に関しては向かったという記録すら残っていません。スヴァローグは帝都だけあって商人たちも魅力を感じているようなのですが、どちらも距離があり過ぎて商売にならないからだそうです」
「確かにストリボーグも結構遠いな」
サミュエルがそう呟くと、ファビアンは大きく頷く。
「ラングフォード中佐のおっしゃる通り、安全なシャーリア経由では遠すぎます。ダジボーグ経由なら多少近くなるのですが、ダジボーグと大差ない産業構造らしく、危険を冒してまで行く気にならないと商人たちは言っているそうです」
バートラムがファビアンの報告に突っ込む。
「危険を冒してまで? 内戦を煽るように仕向けたが、それが功を奏しているということなのか?」
「そうではないようです」
ファビアンは首を横に振り、説明を加えていく。
「元々帝国では長い間内戦が続いていました。ストリボーグとダジボーグは同盟を組み、皇帝のいるスヴァローグと戦っていましたが、同盟といっても利害が一致しただけで、互いに信用していないようなのです」
「まあそんな感じだろうな……」
バートラムがそう呟く。
「そんな関係であったためか、ダジボーグとストリボーグを結ぶ航路は一種の緩衝宙域として、いずれの勢力も整備しようとしなかったようなのです。その結果、哨戒艦隊すら派遣されず、帝国の商船に偽装した海賊がいるという噂があるのです」
「なるほど……戦争の火種になりかねんから海賊狩りすらできないということか」
バートラムはそう言って納得した。
「ファビアンの得た情報をもう少し精査したい。クリスティーナはこの情報を分析してから再度ヤシマの情報部に当たってくれ」
「了解しました」
オハラはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべて頷く。
「ファビアンは伝手を使ってダジボーグ-ストリボーグ間の航路の情報を手に入れてくれ。その情報如何によってはダジボーグから直接ストリボーグに向かうことを諦めなければならない。私の方でもヤシマ防衛軍の知り合いに情報を探ってもらうことにする」
こうしてクリフォードたちは独自に情報を集めていった。
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