第12話
六月初旬、ヤシマのジャーナリスト、オサム・ホンダはクリフォード率いる第二特務戦隊がスヴァローグ帝国に向かうという情報を得た。
行先は機密情報として伏せられていたが、
その情報源に元第七艦隊司令官オズワルド・フレッチャー大将がいた。
ホンダはフレッチャーに対し、ヤシマ星系での戦いの裏側を知りたいと何度もインタビューを行っている。
その頃、フレッチャーは祖国を危うくしかけた無能な司令官として忌避されており、彼の言葉を肯定的に聞いてくれるホンダに対し、好意的な感情を抱いていた。
ホンダはフレッチャーの屋敷を訪問した。
世間話を数分した後、彼は本題に入る。
「アルビオン政府が外交団を帝国に送るという噂があります。それが本当であるなら、そのスケジュールを手に入れることはできないでしょうか?」
「なぜかね?」とフレッチャーは訝しげな眼をしながら疑念を口にする。
「先回りしてコリングウッド准将にインタビューを行いたいのですよ。ヤシマではメディアが多くて難しいでしょうが、もし帝国に向かうのであれば、そこでなら時間を取ることは可能でしょうから」
フレッチャーは統合作戦本部付きの大将として、最高レベルの機密情報にアクセスできるため、当然スケジュールも入手できる。
数秒考えた後、大きく頷いた。
「確かにそうですな。他に情報を漏らさないと約束していただけるなら協力しましょう」
この時、フレッチャーは情報管理の甘いヤシマのジャーナリストに伝えれば、必ず漏れると考えた。
フレッチャーは自分が艦隊司令官を罷免されたのはクリフォードの存在があったからだと思い込んでいる。そのため、クリフォードがトラブルに巻き込まれればよいと思い、ホンダに情報を流すことに決めた。
艦隊が縮小される中、解任された司令官が予備役ないし退役していないのには理由があった。
当時のフレッチャーの判断は消極的過ぎる面があったものの、艦隊を温存するという点では合理的であり、処罰の対象にすべきではないと考える者が軍内に意外に多く存在する。
そのため、予備役に回せばフレッチャーが懲戒処分を受けたように見えることから、ほとぼりが冷める一年程度は統合作戦本部付きという無役に近い状態で飼い殺しにしておく方がよいと判断されたのだ。
フレッチャーは大将の権限を使って機密情報にアクセスし、詳細なスケジュールを手に入れた。そして、その情報をホンダに渡す。
「帝国内での予定は変更になる可能性は高いが、ダジボーグで待ち伏せるならそれほど大きく変わることはないだろう」
「ありがとうございます! 微力ではありますが、当時の提督の構想をより多くの人に理解してもらえるよう、私なりに頑張ってみます」
それだけ言うと、ホンダはフレッチャーの下を去った。
クリフォード率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊はヤシマ星系に向けて出発した。
旗艦キャヴァンディッシュ132には特使であるテオドール・パレンバーグ伯爵を始め、約二十人の外交官が搭乗している。
元々艦内スペースに余裕がない軽巡航艦であり、二十名もの余剰人員を押し込むことは難しかったが、艦長のバートラム・オーウェル中佐は副長であるガブリエル・カーンズ少佐と協力し、何とか成功する。
「部屋を譲ってもらいすまないな、オーウェル艦長」
パレンバーグには艦長室が割り当てられており、そのことを口にした。
「構いませんよ。元々艦長室にいる時間は短いですし、准将と相部屋になっただけですから全く支障はありません」
バートラムはクリフォードと相部屋になることになったが、この他にも
本来であれば、外交団用の高速船が用意されるのだが、安全に不安がある帝国に向かうため、非武装の高速船を使用することが却下された。
その決定を聞いたクリフォードは、最も安全な旗艦に外交官たちを集中させることにしたのだ。
他の艦に分乗してはどうかとパレンバーグが提案したが、クリフォードは襲撃を受けた際に旗艦が脱出できれば、外交官を守ることができると考え、その提案を採用しなかった。
「准将の懸念も理解できないことはないのだが……」
パレンバーグはそう言って眉を顰めるが、クリフォードに一任すると言った手前、認めざるを得なかった。
比較的安全なヤシマまでは分乗してはどうかと提案したが、クリフォードはそれも断っている。
「ヤシマまでも継続的に訓練を行う予定です。実際の配置と異なる状況では訓練になりませんから」
クリフォードの答えにパレンバーグは頷くことしかできなかった。
宣言通り、出発後はシミュレータ訓練が頻繁に行われた。
旗艦を含め、戦隊のすべての艦で
パレンバーグはハードシェルの緊急時における有効性については理解しているものの、ただの乗客である自分たちまで着用する必要性は感じなかった。
彼自身はそのことについて言及しなかったが、外交使節団の副団長であるグラエム・グリースバック伯爵がクリフォードにクレームを入れた。
グリースバック家は代々優秀な外交官を輩出している家系だが、彼は政治力を使って強引にこの外交使節団に入っている。
これは平均以下の能力しか持たない彼のことを不安視した父親、先代のグリースバック伯爵が功績を上げる機会を作るため、ノースブルックに直談判し、実現させた。
ノースブルックもグリースバックの能力に不安を感じたが、先代のグリースバック伯爵は外務卿として辣腕を振るっただけでなく、保守党内でノースブルックをいち早く支持した人物であったことから、パレンバーグがいれば問題ないと考え、了承している。
「我々は最も安全な旗艦の更に安全な中心部で待機することになっている。
その問いに対し、クリフォードは首を横に振る。
「軍艦では
「しかし、それは大会戦の場合ではないのか?」
その言葉に対してもクリフォードは妥協することはなかった。
「小型艦の戦闘では艦隊戦に比べ、高速航行で戦闘が行われることになります。その場合、速度を落としている艦隊戦より運動エネルギーが大きく、攻撃を受けた際の衝撃も強くなるのです。ハードシェルを着用することでリスクを下げられるのであれば、安全の責任者として妥協はできません」
「だが、戦闘の可能性は限りなく低いのだ。訓練のたびに業務が中断されると効率が著しく下がる。考慮してもらえないか」
「確かに戦闘の可能性は限りなく低いですが、ゼロではありません。スケジュールについても可能な限り事前にお知らせしていますし、この件に関しては団長であるパレンバーグ特使もご了承もいただいております。申し訳ありませんが、ご要望には添えません」
取り付く島がなく、グリースバックは渋々引き下がった。そのため、シミュレータ訓練のたびに外交官たちもハードシェルを着用することになる。
当初は訓練の度に仕事が中断されるため、外交官らの評判は悪かったが、クリフォードが抗議を受け入れないため、グリースバックら外交官たちも諦めるしかなかった。
訓練こそ頻繁に行われたが、特にトラブルもなく、七月二十五日にヤシマ星系の首都星タカマガハラに到着した。
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