第11話
帝国への特使であるテオドール・パレンバーグ伯爵がキャメロットに到着した。
首相であるウーサー・ノースブルック伯爵は外務卿であるエドウィン・マールバラ子爵を交え、対スヴァローグ帝国戦略について話し合うことにした。
話し合いを行うが、ここにいる三人はいずれも帝国への謀略が成功するとは考えていなかった。
まずノースブルックだが、彼は内戦を勝ち抜いた狡猾な皇帝アレクサンドル二十二世を過小評価しておらず、謀略が成功し、帝国が混乱に陥る可能性は極めて低いと考えている。
外交の専門家であるマールバラも帝国内のパワーバランスから見て、ストリボーグ藩王ニコライ十五世がアルビオン王国や
FSUで大使を務めていたパレンバーグは帝国内の情報にも精通しており、彼も皇帝の健康問題などの劇的な状況変化がない限り、思ったより慎重なニコライが勝負に出るとは考えていなかった。
このような認識を持つ三人であり、今回の謀略はアルビオン国内向けであることを再認識するための場を設けたのだ。
「……では目的は主戦派がダジボーグ星系への進攻を叫ばないように帝国に謀略を仕掛けていると思わせること、そして帝国内での情報収集を行うこと、ということでよろしいわけですね」
パレンバーグの言葉にノースブルックが重々しく頷く。
「その通りだ。情報に関しては最も欲しいものは名将メトネル亡き後のダジボーグ艦隊の情報だ。誰が将となり、どの程度の能力なのか。また戦力がどの程度回復しているのか。それに対して、ストリボーグがどのように動こうとしているのか。この辺りを探ってほしい」
ユーリ・メトネル上級大将は数に劣るダジボーグ艦隊を率いて内戦を勝ち抜き、皇帝を支え続けていた若き名将だった。ヤシマ侵攻でも圧倒的に不利な状況において、最後まで戦場に残って多くの味方の撤退を支援し続け、彼自身は戦死したものの、帝国艦隊は崩壊を逃れている。
ノースブルックの後にマールバラもパレンバーグに指示を伝える。
「ダジボーグ人とスヴァローグ人の関係も見てきてほしい。ヤシマから入る情報では融和が進んでいるように見える。分かっていると思うが、これは非常に危険なことだ」
「確かに。先の会戦ではダジボーグの民間施設はエネルギープラントを除いて無傷でした。そのためダジボーグ市民の王国やFSUへの感情はそれほど悪くありません。そんな状況でスヴァローグが皇帝に忠誠を誓い、ダジボーグと協力し合う関係になれば、ストリボーグ藩王も内戦による簒奪を諦めざるを得ないしょう」
スヴァローグ帝国はスヴァローグ星系、ストリボーグ星系、ダジボーグ星系の三つの星系からなるが、スヴァローグに皇帝が、ストリボーグとダジボーグに藩王と呼ばれる独裁者がおり、実質的には三つの王国の連合国家といえる。
また、スヴァローグ帝国人は元々猜疑心が強く、他の星系の者を信用していない。そのこともあり、何度も内戦を繰り返しているのだが、チェルノボーグ
スヴァローグ艦隊の総司令官であるリューリク・カラエフ上級大将は国難に際して、これまでのわだかまりを捨て、皇帝アレクサンドルに忠誠を誓ったという噂が流れている。
実際、これまでは皇帝がスヴァローグ艦隊の反乱を恐れ、帝都に同数のダジボーグ艦隊を配置していたが、現在ではスヴァローグ星系にダジボーグ艦隊の姿はなく、良好な関係を築いているように見えた。
「ゾンファが再び野心を剥き出すには少なくとも五年、恐らく十年は掛かる。だが、帝国は違う。三つの星系が融和すれば、いつでもFSUに侵攻することは可能だ。こちらから攻め込むことは論外だが、帝国の動向は常に気を配っておく必要がある」
ノースブルックの言葉にパレンバーグは大きく頷く。
「承知しました。皇帝に対しては役に立たないかもしれませんが、軍人や一般市民に藩王ニコライが野心を持っているという噂を流すことは有効でしょう。少しでも多く疑心暗鬼の種を蒔いておきます」
ノースブルックらとの会談を終えたパレンバーグはクリフォードの下に向かった。
「久しぶりだね、准将。活躍は聞いているよ」
王太子護衛戦隊の頃より柔らかい表情で握手を求める。
「ありがとうございます。私も伯爵のFSUでのご活躍を聞いております」
クリフォードもにこやかにその手を取った。
「早速だが、今後の予定のことは聞いているな」
「はい。六月二十五日に出発すると聞いております」
パレンバーグが到着する前に既にスケジュールは決められており、六月二十五日にキャメロット星系を発ち、七月末頃にヤシマに到着、八月に入ってからダジボーグに向けて出発することになっている。
「大まかなスケジュールは外務省の計画通りで頼むが、細かなところは准将に一任する。特に帝国内では准将の判断で計画を変更してくれても構わない。まあ、今のところ帝国が我が国に手を出してくることは考え難いから、大きな危険はないと思っているが」
「帝国自体は手を出さないでしょうが、帝国内の治安、特にダジボーグ星系付近の治安に不安があります。我が戦隊を襲ってくる海賊はいないと思いますが、ゾンファが動いているという噂があります」
クリフォードも帝国行きの話が出た後、諜報部や外務省に帝国内の状況について問い合わせをしていた。
ダジボーグ星系とヤシマ星系の間で海賊の被害が出ているという情報を得て、ヤシマの駐在武官にも個人的に情報照会を行っている。
「その噂は私も聞いているよ。真偽のほどは定かではないが、ゾンファの通商破壊部隊の残党が海賊行為を行っているらしいな」
「その通りです。現状ではこれ以上の戦力増強は難しいようですので、ストリボーグ星系まで足を延ばさない可能性があることは心置きください」
その言葉にパレンバーグは大きく頷く。
「確かにそうだな。皇帝を刺激しないためには重巡航艦以上の大型軍艦は派遣できない。その前提で考えることについては私も同感だ。いずれにせよ、准将に任せる。君の判断に全幅の信頼を置いているからな」
それから整備と補給が行われ、乗組員には休暇が与えられた。
休暇の前、クリフォードは部下たちに向けて説明を行った。
「今回の任務は外交団を守り、無事に祖国に帰還することだ。具体的な訪問先は機密であるため明かせないが、最低でも四ヶ月、恐らく五ヶ月は戻ってこられない。家族との時間を有効に使ってほしい……」
彼自身も家族の下で短い休暇を過ごす。
「長い任務になりそうだ。残念だが、年内に戻れればいい方だから、出産には立ち会えない……本当にすまない」
妻であるヴィヴィアンに申し訳なさそうに告げるが、ヴィヴィアンは気丈にも笑みを浮かべる。
「私は大丈夫ですわ。でも、アンジェリカさんは心配ですね。初産なのにファビアンさんがいらっしゃらないかもしれないなんて。私の方でもできるだけ気を遣うようにしておきますわ」
ファビアンの妻、アンジェリカは十一月の初旬頃に出産予定で、予定通りストリボーグ星系までいくとなると、順調であっても戻ってこられないタイミングだった。
一人息子のフランシスを含め、家族団らんの時間を過ごした後、クリフォードは気合を入れて宇宙港に向かった。
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