第10話
一ヶ月以上に及ぶ厳しい訓練を終えたキャメロット第一艦隊第二特務戦隊は、要塞衛星アロンダイトに入港し、本格的なオーバーホールに入った。
そのため、乗組員の多くが休暇に入り、クリフォードも久しぶりに自宅に戻っている。
愛妻ヴィヴィアンは妊娠五ヶ月目に入っているが、特に問題はなく、食事をしながら会話を楽しんでいた。
「サミュエルさんの結婚式の準備はどうなっているのかしら?」
「あと五日だったな。ギリギリまで
サミュエルは軍務省の職員、キャサリン・ウォーターズとの結婚を控えていた。
二月にプロポーズし、二ヶ月後に結婚というのは急ぎすぎている感はあるが、宙軍士官の場合、いつ長期の任務が入るか分からない。
そのため、少々無理をしても半月以上掛かる本格的なオーバーホールのタイミングに合わせることは特別なことではない。
四月十五日、サミュエルの結婚式はキャメロットの首都、チャリスの市街地にある教会で行われた。
出席者は近親者とクリフォードら軍関係者だけだったが、クリフォードとファビアンが出席するということでメディアも注目し、会場の外には記者たちの姿があった。
彼らはクリフォードの結婚式に王太子エドワードがお忍びで現れたことから、今回も同じことがあるのではないかと期待したのだ。
王太子の出席はなかったもののメッセージカードが届き、更には首相であるノースブルックや軍務卿であるコパーウィートら著名な政治家から花が送られている。
サミュエルの実父であるトーマス・ジョーンズと実母ポーラは自分の息子の交友関係に驚いていた。
「まさか、王太子殿下からカードが届くとは……それにあの首相から祝いが来るとはな。サムも大物になったものだ」
トーマスはチャリス市の公務員であり、人当たりはよいものの下級官吏に過ぎず、王室関係者はもちろん、政治家との接点はなかった。
「俺が大物になったからじゃないさ。全部クリフのお陰だよ」
そう言ってサミュエルは笑う。
そこに養父であるロデリック・ラングフォードが話に加わる。
「そうでもないぞ。君がコリングウッド准将と強い友誼を結んだ結果だ。いい友人を持ったな」
ロデリックは六十歳を過ぎた退役軍人で、宙軍大佐として重巡航艦の艦長を務めていた人物だ。
サミュエルは宙軍士官になるためにロデリックの養子になったが、その理由にはアルビオン王国軍の制度が大きく関わっている。
王国軍では士官となるためには士官学校に入る必要がある。その受験資格に騎士爵以上の爵位を持つ家の者であることという条項があった。
これはゾンファ共和国やスヴァローグ帝国の息が掛かった者を士官としないよう、身元が確かな爵位を有する者に限定したことが始まりだった。今ではサミュエルのように養子になる者が一定数いるため、あまり意味はないが、伝統として残されている。
サミュエルの実家、ジョーンズ家は爵位を持たないため、通常なら士官学校への入学が認められない。諦めきれなかったサミュエルはいろいろと調べ、騎士爵家の養子になれば士官学校に入れると知った。そして、父トーマスにそのことを告げる。
息子の熱い想いを聞き、トーマスは東奔西走し、ロデリックを見つけた。
当時、ロデリックは二人の息子が相次いで戦死し、絶望の淵にあった。そんな時、サミュエルの宙軍士官への熱い想いと、息子の希望を叶えようと奔走するトーマスに心を打たれ、ロデリックはサミュエルを養子に迎え入れた。
クリフォードはそんなサミュエルたちを微笑ましく見ていた。
サミュエルの結婚式の三日後、コリングウッド家に慶事が舞い込んだ。
ファビアンの妻、アンジェリカが懐妊したことが分かったのだ。
その一報を聞いたクリフォードはファビアンを祝福する。
「おめでとう、ファビアン。これでお前も父親だな」
「ありがとう、兄さん。だけど、全然実感がないよ」
祝福の言葉にファビアンがはにかむ。
クリフォードの周囲では慶事が続いていたが、彼の周囲はきな臭くなりつつあった。
ヤシマのジャーナリストを名乗るオサム・ホンダという人物がクリフォードについてさまざまな人物にインタビューを行っていた。
それ自体は珍しいことではなかったが、単なるインタビューではなく、何らかの意図を感じさせるものだった。
例えばコパーウィート派に対しては、クリフォードの人気を利用すべきと思わせるように話を持っていく。
「……コリングウッド准将は我がヤシマのみならず、
「なるほど……確かに彼は自由戦士勲章という名誉を得ておりますな。私の方から軍務省と統合作戦本部に声を掛けてみましょう」
逆に反コパーウィート派に対しては、第二特務戦隊に対する疑問を口にしながらも、注目されるように誘導した。
ホンダは元総参謀長ウィルフレッド・フォークナー中将にインタビューを申し込んだ際、このような話をしている。
「……私にはよく分からないのですが、コリングウッド准将の戦隊はどのような目的で結成されたものなのでしょうか? 特務戦隊というと何か特別な極秘任務を行うと考えたらよいのですか?」
フォークナーは肥満体を揺らしながら不機嫌そうにその問いに答える。
「こう言っては何だが、あれは軍務卿が人気取りのために作ったものなのですよ。優秀な将兵が多数軍から追い出されたのに、あのような役に立たん戦隊を作るとは何を考えているのかと何度も思いましたよ」
「そうなのですか? コリングウッド准将はエドワード王太子殿下をお守りした優秀な軍人ではありませんか。優秀な戦略家であり政治にも強い方です。危険な任務、特に帝国内での活動に耐えられる部隊の指揮を任されたと私は考えていたのですが、違うのでしょうか?」
そこでフォークナーは何か思いついたのか、僅かに沈黙し、すぐに嫌らしい笑みを浮かべた。
「確かにおっしゃる通りだ。政略にも謀略にも強いことは私も認めております。帝国やゾンファの奥深くに行っても耐えられるでしょう。軍務卿もそのような考えに基づいて、彼の戦隊を編成したのでしょうな」
フォークナーはその後、かつての部下である参謀たちに面倒で危険な任務を第二特務戦隊に回すように指示を出す。
コパーウィートの下にもクリフォードの人気を積極的に活用すべきという話が舞い込んだ。コパーウィート自身はその必要性を感じていなかったが、全く別の要因でクリフォードの戦隊に白羽の矢が立つことになる。
発端はスヴァローグ帝国に派遣されている外交官からの情報だった。
アルビオン王国の対帝国戦略では、皇帝アレクサンドル二十二世とストリボーグ藩王ニコライ十五世の対立を煽り、内戦の可能性を高めることで、皇帝の関心を国内に留めようというものであった。
しかし、皇帝とニコライの関係は悪化せず、逆に和解するのではないかという情報が入ってきた。
その根拠として、ダジボーグ星系は二年前の大規模な会戦で艦隊が大きく損なわれたが、ニコライは一向に動こうとしないことが挙げられている。
これは皇帝がダジボーグ会戦で破壊されたエネルギープラントの復旧を意図的に遅らせるとともに、スヴァローグ星系の把握に注力しているためと考えられた。
ニコライも手を拱いていたわけではないが、スヴァローグ艦隊が皇帝に忠誠を誓う中、戦力が充実している首都星系スヴァローグに攻め込んだとしても戦力差はほとんどなく、防衛側が圧倒的に有利な状況で手を出しにくい。
だからといってダジボーグ星系に侵攻すれば簡単に制圧できるものの、エネルギーの補給が難しくなることと、ストリボーグとダジボーグに戦力が分散することから、絶好の各個撃破の機会を与えることになる。
そのため、ニコライとしても動きようがなかったのだ。
ニコライの周囲から、アルビオンやFSUの協力がなければ皇帝との対決は不可能とニコライが考えているという情報が入った。
また、ヤシマやロンバルディア連合ではゾンファ共和国が弱体化し、帝国が一枚岩になる前にダジボーグ星系を占領し、恒久的な平和を目指すべきと考えているという噂が流れてきた。
そのため、ダジボーグを押さることができれば、帝国からのFSUへはストリボーグ星系からシャーリア星系に向かうルートに限られる。このルートだが、シャーリア星系のストリボーグ側のジャンプポイントには大型要塞があり、帝国側も容易には手が出せない。
これらのことからゾンファの脅威が去った今、ダジボーグ星系を占領すべきというFSUの考えは戦略的には有効な手段と言える。
但し、FSUも単独で帝国に侵攻することは考えておらず、アルビオン王国との共同作戦を念頭に置いていた。そのため、ヤシマの論客がアルビオン王国の政治家や著名なロビイストらに接触しているという情報が流れている。
これらの情報に対し、ノースブルックは危機感を持った。
ダジボーグ星系は十五億人の人口を持ち、星系内に資源はあるものの、唯一の居住惑星である第四惑星ナグラーダはテラフォーミング化が完璧ではなく、占領しても旨味は少ない。
また、キャメロット星系からも離れており、軍事費の更なる増大を招き、財政再建に支障が出る。そのため、帝国に混乱を与えるべく、ストリボーグに特使を送ることを決めた。
具体的にはダジボーグを通ってストリボーグに向かい、その際、ダジボーグではストリボーグに表敬訪問するとだけ告げ、具体的な会談内容は教えない。
ストリボーグではニコライに対し支援を約束するが、具体的な話はキャメロットで行う旨を伝える。これにより、ストリボーグ藩王府がアルビオン王国と正式に交渉し、皇帝が疑念を持つようにするのだ。
その使者に王太子の元秘書官、テオドール・パレンバーグ伯爵が選ばれた。
パレンバーグは秘書官を務めた後、
今回その実績を買われ、帝国への特使として任命されたのだ。
パレンバーグら外交使節団の護衛を選ぶ際、反コパーウィート派である参謀たちが第二特務戦隊を積極的に推挙した。
艦隊総司令官であるジークフリート・エルフィンストーン大将は結成間もない戦隊の初の任務が危険な帝国ということで難色を示したが、コパーウィートが介入した。
クリフォードはその護衛命令を粛々と受諾したが、内心では不安を抱いていた。
(戦隊の練度は悪くない。他国での行動に慣れてからならともかく、このタイミングで情報が少ない帝国領内での任務はできれば避けたかった……)
しかし、すぐに気持ちを切り替える。
(幸いパレンバーグ伯爵は有能な方だ。あの方なら無理をすることは絶対にない。その点だけは安心だな……)
クリフォードは第二特務戦隊の主要なメンバーを交え、計画を練り始めた。
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