第9話

 バートラムの予言通り、翌日から猛訓練が始まった。

 二隻の軽巡航艦と四隻の駆逐艦、そして二隻のスループ艦は戦隊としての連携訓練を行っていく。


 クリフォードは旗艦キャヴァンディッシュ132の司令用シートに陣取り、各艦の動きをチェックしながら、指示を出していく。


「ジニスは旗艦の動きについてこれていないぞ! もう少し先を読んで操艦してくれ!」


「ゼファーは先行し過ぎだ! そこではゾディアックと連携できない。敵のいい的になってしまう!」


「オークリーフは回避パターンが単調すぎる! もっと頻繁にパターンを変えないと狙い撃ちされてしまうぞ。小型艦は当てられないことを第一に考えるんだ!」


 このような感じで細かく指示を出していくが、旗艦に対する要求は更に厳しかった。


「オーウェル艦長! もっと全体に気を配ってくれ! 旗艦の機動が唐突過ぎて、他の艦の動きを邪魔している!」


「ステルスミサイルの発射のタイミングが遅い! キャヴァンディッシュとグラスゴーのスペクターミサイルが我々の最大の武器なんだ! 数少ない機会を確実にものにできなければ、勝利は得られないぞ!」


了解しました、准将アイアイサー!」


 クリフォードの叱咤に、バートラムは大声で答える。


 すべての項目が終わったところで、クリフォードは訓練の終了を告げた。


「訓練を終了する! 本日の改善点について、各艦長は一七〇〇までに私の個人用情報端末PDAに送付のこと。以上だ」


 それだけ言うと、クリフォードはシートの背もたれに身体を預け、訓練の結果について思いを巡らせていく。


(初日にしては充分な動きだ。特にサムとマーレイ少佐は非の打ち所がなかった。他の艦長も数日で仕上がるだろう。さすがは選りすぐりの精鋭たちだな……)


 そこで目の前にある艦長席で命令を発しているバートラムに視線を向ける。


(バートが一番問題になりそうだな。単艦としての操艦なら全く問題ないんだが、旗艦艦長としては視野が狭すぎる。今まで旗艦に合わせる側だったから仕方ないのかもしれないが……)


 バートラムもクリフォードと同じことを感じていた。

 彼はこれまで単一の艦種で構成された戦隊にしか属したことがなく、この戦隊のような小規模な混成部隊での機動は士官学校時代に習っただけだ。


 そのため、クリフォードが出す命令を読み切れず、対応が後手に回り続けていた。


(こいつは本格的にまずいことになりそうだ。俺がこの戦隊の弱点になってしまうかもしれん。クリフとよく話し合わなければ……)


 訓練を終え、要塞衛星アロンダイトに入港すると、バートラムはクリフォードに話しかけた。


「今日のことを含め、今後の訓練について話をさせてもらえないでしょうか」


「構わないよ、バート。サムも来るそうだから一緒に話をしよう」


 その後、サミュエルが合流し、戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐と副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐を含む、五人で会議を始めた。


「まずは戦隊参謀としての意見を聞きたい。クリスティーナ、初日の感想は?」


 オハラはいつも通り柔らかな表情を浮かべて話し始める。


「准将の基準には程遠いと思いますが、初日としてはまずまずでしょう。特にラングフォード中佐のグラスゴーとマーレイ少佐のゼラスは、准将の命令に対しほぼ完璧に対応していました」


 クリフォードは自分と同じ意見であり、小さく頷いて先を促す。


「他の駆逐艦はそれぞれの艦長の個性が際立っていたように感じました。コリングウッド少佐のゼファーは積極的過ぎ、逆にラシュトン少佐のジニスは消極的な感じを受けました。チェンバース少佐のゾディアックは時折、迷いがあったような気がします。スループ艦については独行作戦が多かったためか、戦隊の一員という意識が希薄な印象です」


 クリフォードはオハラの冷静で的確な指摘に満足げに頷くが、更に意見を求めた。


「クリスティーナ、旗艦についてはどうだ?」


戦闘指揮所CICで見る限り、オーウェル中佐の指揮に迷いがあったように見えました。艦長、私の指摘は正しいでしょうか?」


 話を振られたバートラムは真面目な表情で頷く。


「オハラ中佐の指摘は的を射ているよ。正直なところ、准将が次に何を命じるのか、全く読めなかった。だから、旗艦としてどう動けばいいのか、絶えず迷っていたな」


「そのことは私も感じた。まだ初日だが、早急に慣れてもらわないと、他の艦との連携に支障が出る」


 クリフォードの指摘にバートラムは頷くことしかできなかった。


「私からもいいでしょうか」


 そう言ってホルボーンが発言を求めた。

 クリフォードが頷くと、ホルボーンは確かめるような感じで話し始める。


「オーウェル艦長のことですが、准将の指示の出し方にも問題があるのではないかと思いました」


 いきなり上官の批判を始めたことに、オハラが目を見開き、バートラムが声を荒げる。


「何を言い出すんだ! 准将の命令は的確だった。あれは俺が受け止めきれなかったことが原因なんだ。そのことは俺自身が一番分かっている」


「落ち着け、バート」


 クリフォードはバートラムを嗜めると、ホルボーンに好奇心に満ちた目を向ける。


「ヴァル、君の意見を聞かせてくれ」


 ホルボーンはそれに頷くとすぐに自らの意見を述べていく。


「准将は王太子護衛戦隊を指揮されてから、第九艦隊の旗艦艦長になられました。王太子護衛戦隊はもちろん、旗艦艦長の時も巡航戦艦戦隊の指揮官として艦の指揮と戦隊の指揮を同時に執っておられます」


 クリフォードは「その通りだ」と頷くものの、ホルボーンの言いたいことが分からなかった。


「つまり、准将は戦隊の指揮を執りながら艦の指揮も執っておられたのです。当然、部下の方たちもそれに慣れていたのではありませんか? ラングフォード中佐、オハラ中佐、私の考えに誤りはあるでしょうか?」


 その問いにサミュエルが答える。


「確かにそういう面はあったな。戦術士も航法長も命令の意図を読み取って部下に指示を出していた。クリスティーナ、君は戦闘指揮所CICにいたから見ていたと思うが、どう思う?」


「そうですね。デュークオブエジンバラでは猛訓練の結果ですが、艦長の命令の出す端的な命令で動けるようになっていたと思います」


 オハラの言葉にクリフォードもホルボーンの言いたいことがおぼろげながら理解できた。


「私の命令の意図がバートに上手く伝わっていなかったのは、私が端折りすぎたからということか」


「それとは少し違う気がします」


 クリフォードが首を傾げる。


「どう違うんだ?」


「准将はまだ艦長の感覚が抜けていないのではありませんか? 私にはオーウェル艦長への命令が戦術士タコー航法長マスターに出すもののように聞こえました。他の艦への命令では細かな指示だけではなく、ご自身の考えも伝えておられましたが、旗艦への指示は担当部署への直接的な命令に感じたのです」


 その説明にクリフォードは納得した。


「なるほど。確かに今までと同じ感覚で命令を出していたな。ハース提督にも司令と艦長は考え方から違うと言われていたが、そのことを完全に忘れていた……キャヴァンディッシュはバートの艦だ。当然、やり方も私とは違う。だから、バートが命令を受けた時に微妙に戸惑ったのか……」


 そこでオハラが意見を口にした。


「ですが、具体的な指示であれば、問題ないのではありませんか? オーウェル艦長は以前、准将の副長をされておりました。戸惑うというのがよく分からないのですが」


 その問いにクリフォードが答えた。


「確かにバートとは一緒にやってきたから気心は知れている。だが、一緒だったのは砲艦だ。砲艦は攻撃準備に時間が掛かる。軽巡航艦のような瞬時の判断が必要な場面はほとんどなかった。その違いだろうな」


 その言葉にサミュエルが頷いている。


「確かに准将の言う通りだと思う。軽巡航艦が旗艦の戦隊は大規模な艦隊戦とは違う。激しい機動が多いから、攻撃の機会はごく短時間だ。その短い時間で判断を下すには普段からの慣れが必要だ。そう考えると、オーウェル艦長が戸惑ったというのは理解できる。しかし、少佐はよく見ているな。俺なら見逃していたと思うぞ」


 サミュエルの称賛にクリフォードも同意する。


「サムの言う通りだ。私自身が見えていないことをよく指摘してくれた。これからは気を付けることにするよ」


 二人の称賛にホルボーンは顔を赤くする。


 翌日から、クリフォードは艦長たちを集め、戦隊としての戦術について自らの考えを伝えた。また、実際の演習でも目的を明確にした上で命令を出していく。


 当初は通常より時間が掛かったものの、すぐにクリフォードの戦術を理解し、簡単な指示でも彼の意図通りに動けるようになった。


「ヴァル、君のお陰で本当の意味で戦隊司令としてやっていくことができそうだよ」


 クリフォードの言葉にホルボーンは慌てる。


「そ、それは違います!」


「せっかく褒めてもらったんだから、そのまま受け取ったらどうだ? 俺なら酒の一杯でも奢ってくれってねだるがな。ハハハ!」


 旗艦艦長として自信を付けつつあるバートラムがそう言ってからかう。


(これで任務に就いても問題はなさそうだ。ヤシマはともかく、自由星系国家連合FSUの他の国に行くなら、もう少し本格的な戦闘訓練をやらないといけないが、時間があるかが問題だな……)


 その後、クリフォードは小惑星帯での奇襲への対応訓練や、港湾施設内での強襲対応訓練、高機動での遭遇戦を想定した演習など、さまざまな訓練を行っていった。

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