第8話

 宇宙暦SE四五二四年三月一日。


 キャメロット第一艦隊第二特務戦隊が正式に発足した。

 司令であるクリフォード・コリングウッド准将の下にはバートラム・オーウェル艦長が旗艦の五等級艦軽巡航艦キャヴァンディッシュ132を筆頭に、軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻、偵察艦スループ二隻の計八隻で編成される。


 主力となるもう一隻の軽巡航艦はタウン級グラスゴー型451番艦で、艦長はクリフォードの盟友、サミュエル・ラングフォード中佐。


 駆逐艦は新鋭のZ級駆逐艦で、クリフォードの弟、ファビアン・コリングウッド少佐が艦長を務める駆逐艦ゼファー328の他に、ゼラス552、ジニス745、ゾディアック43の四隻だ。


 戦隊の目である偵察艦スループには、リーフ級スループ艦で編成され、オークリーフ221とプラムリーフ67の二隻が加わった。


 バートラムとファビアン以外の艦長はいずれも三十代前半と比較的若い者が選ばれている。


 クリフォードは三人の駆逐艦艦長と二人のスループ艦艦長を選ぶ際、明確な基準を設けていた。


 第一に目的を見失わない者であることだ。

 第二特務戦隊は独立戦隊として行動する。そのため、艦隊戦の時のようにただ命令に従っていればよいわけではない。自らに与えられた命令の目的を達成するために、最善の手を考え続けられる者を基準とした。


 第二に統率力があることを条件とした。

 これは第二特務戦隊が半年以上にわたる長期間の任務に就く可能性があるためで、部下の不満をきちんと解消できる者でなければ、戦隊の弱点となるためだ。


 第三の条件は柔軟な思考の持ち主であることだ。

 クリフォードは自らの戦術がこれまでの常識と相容れないものが多いと認識しており、それを素直に受け入れられる者でないと、緊急時に混乱が生じると考えたのだ。


 これらの条件でふるいに掛けていったが、それでも数十人単位で候補が残ったため、別の視点も入れている。

 それはこれまで武勲や昇進に恵まれなかった者を優先したことだ。


 大きな会戦に参加できなかったり、会戦に参加しても所属する艦隊自体が後方に回されたりと、個人の能力とは別の要因で武勲を挙げられないことは多い。

 その場合、評価されることなく、埋もれてしまう可能性が高い。


 クリフォード自身は武勲を挙げる機会に恵まれていたが、活躍の場が与えられなければ、今の地位に就くことは決してなかったことは理解している。


 また、昇進もタイミングが重要で、艦隊が長期間遠方に派遣されたり、今回のように艦隊の縮小のタイミングにあったりすると、武勲を挙げてもスムーズに昇進できない。


 彼自身はタイミングよく昇進したと思っており、自分とは正反対に機会に恵まれなかった者を優先しようと考えたのだ。



 クリフォードはバートラム以下の八人の艦長と戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐を集め、会合の場を設けた。

 明るい雰囲気を作るため、柔らかな表情で話し始めた。


「では、一人ずつ自己紹介をしていこう。まず私からだが、クリフォード・カスバート・コリングウッド准将だ。士官学校の卒業は四五一二年。航法が苦手なことを含め、私のことは皆も知っているだろうから割愛する」


 その言葉にサミュエルとバートラムが同時に笑いながら突っ込む。


「それでは自己紹介になっていないんじゃないですか」


「確かにサムの言う通りだ。まあ、准将のことは有名だから、説明を端折るのは分からんでもないが」


 二人の中佐が同時に軽口を叩いたことにファビアン以外の艦長たちが驚いている。

 通常は仲が良いとはいえ、准将に対し、そういった発言をすることは稀だからだ。


 その様子を見たクリフォードは同じように相好を崩す。


「この二人とは付き合いが長いんだ。公式の場ではともかく、こういった場では特に肩ひじを張ることはないよ」


 五人の艦長はクリフォードを英雄として見ていた。


 “賢者ドルイダス”と呼ばれるアデル・ハース大将が自らの後継者に育てたいとして旗艦艦長にしたことは有名であり、現在の防衛艦隊司令長官であるジークフリート・エルフィンストーン大将が自らの旗艦艦長にできなかったことを悔やんだという噂も知らぬものはいない。


 そのハースやエルフィンストーンの思いに応え、スヴァローグ帝国やゾンファ共和国との戦いにおいて、多くの戦略を提案したことはメディアの報道によって知っている。


 戦死さえしなければ、クリフォードは将来、艦隊司令長官や統合作戦本部長に昇進すると言われている。そんな雲の上の存在であるクリフォードの指揮下に入るということで、五人は緊張していたのだ。


「では、バート。次は君の番だ」


 クリフォードが水を向けると、バートラムが小さく頷く。


「俺はキャヴァンディッシュ132の艦長、バートラム・オーウェル中佐だ。准将とは砲艦レディバード125で一緒だった。そのお陰で俺のようなガサツな奴が旗艦艦長に選ばれている。俺はこんな感じだが、何かあったら相談してくれ。うちの副長は優秀だから、大抵のことは何とかなる」


「おいおい、確かに君は大雑把だが、部下の面倒見はいいし、私が信頼する旗艦艦長なんだぞ。まあ、君のところの副長ナンバーワンが有能なのは認めるし、彼女がいるから安心だとも思っているがな」


 クリフォードの突っ込みにバートラムも即座に返す。


「それじゃ、フォローになっていないじゃないですか!」


 その掛け合いに更に場が和む。

 その後、サミュエルが自己紹介し、駆逐艦艦長の番になった。


 先任順位ということで、ゼラス552の艦長、ダリル・マーレイ少佐が立ち上がる。

 彼女は小柄でショートカットにした黒髪が印象的な美女だが、目つきが鋭く威圧感があった。


「小官はダリル・マーレイ少佐です。士官学校の卒業はラングフォード中佐と同じ、四五一一年。四年前からゼラスの指揮を執っています。直近ではダジボーグ会戦と第二次タカマガハラ会戦に参加しました……」


 マーレイは優秀な駆逐艦艦長で、小型艦が大きな損害を受けたダジボーグ会戦と第二次タカマガハラ会戦を生き残っている。

 中佐に昇進してもおかしくなかったのだが、軍縮によって昇進が見送られていた。


「……Z級駆逐艦については誰よりも熟知していると自負しております。今後ともよろしくお願いします」


 自信に満ち溢れた言葉で締めると、クリフォードがそれに答える。


「私は駆逐艦に乗り組んだことがない。少佐の知識、経験には期待しているよ」


「ありがとうございます、准将サー


 マーレイは生真面目に敬礼する。


 次にジニス745のケビン・ラシュトン少佐が立ち上がった。

 ラシュトンは明るい雰囲気を持った士官で、弾むような声で話し始めた。


「自分はケビン・ラシュトン少佐です。卒業は四五一二年、つまり准将と同期ということになります。まあ、同期と言っても士官学校時代には全く面識はありませんでしたが」


 アルビオン王国の士官学校はアルビオン星系とキャメロット星系にそれぞれ一つずつあり、一学年の総数は両校合わせて十万人に上る。そのため、同期と言っても面識がないことが当たり前であった。


「イーグンJP会戦と第二次タカマガハラ会戦に参加し、いずれにおいても武勲を挙げることができませんでした。この戦隊に配属になりましたので、准将の武勲にあやかりたいと思っています」


「私の武勲というが、私は運が良いのか悪いのか微妙なところだぞ。それに少佐はあの激戦に身を置きながら、全くの無傷で生き残った。私よりよほど運がいいと思うのだが」


 ラシュトンはクリフォードの言葉に頭を掻く。


「正直なところ、私も運が良いのか悪いのか、よく分からんのです。同じ戦隊の艦はほとんどが中破以上の損傷を受けたのですが、私のジニスには一度も直撃がありませんでした。その代わりと言ってはなんですが、戦果はさっぱりでしたが」


「それは運がいいと言っていいんじゃないか? それにうちの准将の武勲にはあやからない方がいいと思うぞ。常に崖っぷちクリフエッジに立つことになるんだからな。ハハハ!」


 そう言ってバートラムが豪快に笑う。


「失礼ではありませんか、中佐」


 赤毛が目立つ女性士官、アイリーン・チェンバース少佐が口を挟む。


「気にしなくていい。実際、バートの言う通り、私の勝利はいつもギリギリだからな」


 笑いながらクリフォードが宥める。


「そうですか。では、小官の自己紹介を」と言って、チェンバースは話し始めた。


「小官はゾディアック43の艦長、アイリーン・チェンバース少佐です。私もラシュトン少佐と同じく、准将と同期になりますが、私は一応、候補生時代に面識があります」


「そうだな。訓練航宙の時に同じ艦に乗り組んだ。私が航法長役の時、迷惑を掛けたことを覚えているよ」


 その言葉にサミュエルが頷きながら独り言を呟く。


「確かにブルーベル時代の航法の実習は酷かったな。よく卒業できたものだと感心した記憶がある」


 サミュエルの独り言にクリフォードが応える。


「私の一番の奇跡は“卒業”という“崖っぷちクリフエッジ”を凌ぎ切ったことだと思っているよ」


 チェンバースは二人の会話に加わろうか悩むが、まだそこまで打ち解けられていないと判断し、曖昧に笑うだけで済ませた。


 その後、ファビアンが自己紹介し、二人のスループ艦艦長の番になる。

 一人目はオークリーフ221の艦長、マーカス・ドイル少佐で三十三歳と駆逐艦の艦長たちより年上だ。


 スループ艦に乗り組むことが多く、更に独行作戦に従事することが多かったため、年齢以上に成熟した印象を与えていた。


 もう一人も三十三歳となるライアン・エルウッド少佐で、プラムリーフ67を指揮している。

 エルウッドは国内の治安維持作戦に従事することが多く、海賊や私掠船といった不正規戦闘のスペシャリストであり、その経験をクリフォードは買っていた。


 和やかな雰囲気で会合は進んだが、最後にバートラムが人の悪そうな笑みを浮かべて全員を脅す。


「今日はこんな感じだが、明日からは覚悟しておけよ。うちの准将の訓練好きは異常だからな。のんびりする暇なんてないと下士官連中に釘を刺しておけ」


 サミュエルもその言葉に頷く。


「確かにそうだ。もっとも有名だから既に覚悟していると思うがな」


 彼の言葉に全員が頷く。


「そんなに有名なのか?」とクリフォードが聞くと、ラシュトンが代表して答える。


「王太子護衛戦隊の話も有名ですし、第九艦隊の巡航戦艦戦隊の猛訓練は実際に見ていますからね。うちの下士官たちは次の休暇はいつになるんだろうなって、既にぼやいていますよ」


 クリフォードは苦笑しながらも否定しなかった。

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