第14話
スヴァローグ帝国に向かう外交使節団はヤシマ星系の首都タカチホに滞在していた。
クリフォード率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊は衛星軌道上の宇宙港で整備と補給を行っていた。
クリフォードはそれらを旗艦艦長であるバートラム・オーウェル中佐に任せ、自身は積極的に情報収集に当たっている。
その彼に外交使節団から連絡が入った。
連絡を送ってきたのは副団長であるグラエム・グリースバック伯爵で、険しい表情を浮かべている。
「パレンバーグ殿が急病で倒れた。心臓発作らしい。一命は取り留めたが、予断は許さないようだ」
クリフォードは今まで健康に全く問題がなかったパレンバーグがこのタイミングで倒れたことに疑念を持つ。
「暗殺の可能性は考えられませんか? このタイミングであれば、帝国の皇帝アレクサンドル二十二世が何らかの行動を起こしてもおかしくはありませんが」
グリースバックはその可能性を全く考えておらず動揺し、大きく目を見開く。
「皇帝が暗殺を命じたと言いたいのか、君は」
「可能性としてはあり得ると思います。皇帝は我が国の干渉を嫌がっています。
クリフォードの言葉にグリースバックは小さく首を横に振る。
「帝国が動くにしては早すぎる。我々が帝国に向かうと決まったのは六月に入ってからだ。まだスヴァローグ星系に情報は届いていないはずだ」
「パレンバーグ伯爵が特使に内定したのは三月上旬と聞いています。その情報が漏れていれば、充分に時間はありますから不可能ではありません」
グリースバックは自分の意見を否定されたことに眉を顰める。
「准将は政府内に裏切り者がいると考えているのか? 証拠もない状態で疑うとは君の良識を疑うよ」
「私は可能性について話しているにすぎません。もし、帝国が動き始めているなら、今後の計画を見直す必要があります。今までは帝国が我々に手を出すことはないという前提で考えていましたが、それが変わるのであれば、計画自体を中止する必要がありますから」
クリフォードの懸念に対し、グリースバックは更に不快感が増した。
「帝国の動向を見て外交使節団を派遣するかを決めるのは、我々外務省だ。軍人である君が口を挟んでいい話ではない」
強い口調で言われ、クリフォードは素直に謝罪する。
「可能性を論じているところで計画の中止まで言及したことは権限を逸脱した行為でした。申し訳ございません」
謝罪の言葉を聞いてもグリースバックの怒りは収まらなかった。
「君は一艦長であるにもかかわらず、ハース提督に政略に関する提案をしていたそうだな。そして、その提案を受け入れられている。いささか増長しているのではないか」
グリースバックはクリフォードに嫉妬していた。
彼は一年前に伯爵家を相続したものの、これまで功績を挙げたことはなかった。
これは彼自身が平凡な能力しか持たないことが原因だが、男爵家の相続権を放棄したにも拘わらず、騎士爵から男爵に陞爵したクリフォードを妬んでいたのだ。
「いずれにせよ、計画の中止はあり得ない。パレンバーグ殿がいなくとも副団長たる私がいるのだ。それに今回はダジボーグ星系を経由してストリボーグ星系に行くこと自体に意味がある。交渉を行うわけではないのだから、私が特使代理となっても何ら問題はない」
グリースバックの見解は
今回の外交使節団派遣は帝国内に疑心暗鬼の種を蒔くことが目的であり、ストリボーグ藩王ニコライ十五世にノースブルックの親書を渡すだけで目的は達成できる。
「了解しました」
クリフォードはそう答えるものの、不安があった。
(確かに交渉は不要だが、皇帝アレクサンドルも藩王ニコライも一筋縄で行く人物ではない。言質を取られぬように慎重に交渉しなければならないのだが、グリースバック伯爵にそれができるのだろうか……)
クリフォードは懸念を覚えたものの、彼に与えられた任務は外交使節団の護衛であり、明らかな危険がない以上、帝国行きを取りやめる権限はなかった。
グリースバックの下を去ると、クリフォードはヤシマの情報部に調査を依頼した。
「帝国もそうですが、ゾンファの可能性も否定できません。その辺りはよく分かっておられると思いますが、よろしくお願いします」
情報部の担当者もクリフォードの能力をよく理解しており、即座にその依頼を了承する。
「我々としましてもパレンバーグ伯が突然倒れられたことには、大いに疑念を持っております。ゾンファの関与についても同様です。あの国は以前より毒物を使った暗殺を多用しておりましたから」
ヤシマの情報部が捜査を始めた。
すぐにパレンバーグの症状が何らかの薬物によって引き起こされたことは判明したが、犯人に繋がる手掛かりは糸口すら掴めなかった。
グリースバックは計画通り帝国に向かうことを決めた。
「予定通り、八月五日に出港する」
「了解しました」
クリフォードは納得していなかったが、パレンバーグ暗殺未遂に関し有益な情報を得ることができず、了承するしかなかった。
「ついては外交使節団は各艦に分乗させてもらう。今のままでは窮屈で適わんからな」
「その点については了承いたしかねます。今まで通り旗艦に乗艦していただきます」
「安全というが明確な危険がないのだ。職務に支障が出ているのだから、私の指示に従ってもらう」
強い言葉で言い募られるが、クリフォードは毅然とした態度で反論する。
「パレンバーグ伯爵が暗殺の標的になったことは疑いようがありません」
「あくまでその疑いがあるだけだ。明確な危険とは言えん」
グリースバックはそう言って反論する。彼としては危険があるとされると外交使節団の派遣自体が取り止めとなり、外交官としての活躍の場がなくなることを懸念したのだ。
しかしクリフォードは断固として認めなかった。
「明確でなくとも疑念は生じております。また、外交使節団の安全に関しては小職の所掌です。ご納得いただけないのであれば、計画自体を中止いたします。これは外務省と軍務省の取り決めで明確に決められております」
その頑なな態度にグリースバックは怒りを覚えるが、クリフォードの言葉の方が正しいため、引き下がるしかなかった。
「この件は帰国してから軍務省に抗議させてもらうぞ。軍務卿のお気に入りだろうが、相応の報いは受けてもらうからな」
その捨て台詞にクリフォードは頭を下げるだけで何も言わなかった。
八月五日。
第二特務戦隊がダジボーグ星系に向けて出発する。
パレンバーグが倒れた後も積極的に情報収集に当たったが、出発までに有益な情報は得られなかった。
出発に先立ち、クリフォードは全艦に向けて放送を行った。
「帝国に向けて出発する……帝国とは現在、戦端が開かれた状態ではないが、油断はできない。外交団のストリボーグ行きを阻止しようと動く可能性は否定できないからだ。また、ダジボーグ星系及び周辺は治安の低下が著しい。ここから先は敵地だと思い、油断することなく命令に従ってほしい」
パレンバーグの急病については持病と発表されているため、多くの者はクリフォードが考え過ぎだと思っていた。
「
「そうだな。それに治安が悪いと言うが、海賊船が王国の軍艦に喧嘩を売ってくるはずがない。心配し過ぎだろう」
そんな会話がそこかしこでされていた。
クリフォードの耳にも入ってきたが、彼が厳しい警戒を解くことはなかった。
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