第4話

 宇宙暦SE四五二三年十二月十六日。


 クリフォードは第三惑星ランスロットの首都、チャリスにある王家の離宮にいた。彼は純白の礼装に身を包み、同じように礼装を着た、アデル・ハース大将らと共に待合室に座っている。


「驚いたわね。まさかあなたまで王国キングダム勲章ギャランティクロスを受けるなんて」


 ハースがそう言って茶化す。

 彼女が驚いたのは、本来王国勲章KGCは将官級の軍人に与えられる勲章であり、大佐が受勲した例はなかったためだ。


 第六艦隊司令官、“女主人ミストレス”こと、ジャスティーナ・ユーイング大将が笑いながら独特の鼻に掛かったような声で話に加わる。


「おかしなことではありませんわ。大佐の活躍は将官級ですもの」


「確かにそうだな。小官も大佐の智謀に相応しいと思う」


 そう言ったのは第十一艦隊司令官、“女戦士アマゾネス”の異名を持つ、サンドラ・サウスゲート大将だ。また、その横にいる第八艦隊司令官、“鉄の女アイアンレディ”、ノーラ・レイヤード大将も大きく頷いている。


 この控室は軍関係の最高峰の勲章である“アルビオン勲章AC”と、それに次ぐ権威を持つ“王国勲章KGC”の受勲者、すなわち将官級のための部屋だ。そのため、ほとんどが中将以上で、ごく僅かに少将はいるものの、准将の階級章を持つ者は見当たらない。


「私もそう思いますけど、この件は多分に政治が絡んでいますから」


 ハースが真面目な表情で話す。


「政治? どういうことなのだ?」


 政治や謀略が苦手なサウスゲートが首を傾げる。


「軍務卿のコパーウィート子爵がゴリ押ししたと聞いています。財政再建に絡んで、野党や批判的なメディアの追及を少しでも回避したいと、メディア受けするネタを提供しようとしたようですね」


 ハースの言葉にクリフォードは内心で溜息を吐いていた。


(コパーウィート閣下には困ったものだ。確かにメディアは飛びつくかもしれないが、私を利用しないでほしいな。ノースブルック首相義父が指示したとは思えないから、閣下の独断なんだろうが……)


 軍事費の削減を伴う財政再建は王国にとって喫緊の課題であり、野党民主党と政権に批判的なメディアは大胆な施策を行うべきと主張している。


 しかし一気に軍備を縮小すれば、多くの将兵が軍から放り出され、失業者となる可能性が高い。また、ベテランの放出により軍の練度と士気の維持が難しくなるため、ノースブルックは比較的穏健な対策を打ち出していた。


 そのため、政策的には地味に見え、それが野党やメディアに攻撃材料を与えている。

 そのことに危機感を持つエマニュエル・コパーウィート子爵がクリフォードに注目が集まるように画策したのだ。


「確かに大佐が王国勲章を受勲すれば、大きな話題になりますわね。ファビアン君も殊勲十字勲章DSCを受けることになりますから」


 ユーイングがそう言うと、レイヤードが大きく頷く。


「確かに戦死以外で兄弟が同時に殊勲十字勲章以上の勲章を受けたという記憶がない。そう考えれば、メディア受けするという軍務卿の考えは理解できる。まあ、大佐にとっては迷惑な話なのだろうが」


 レイヤードの言葉にクリフォードは苦笑するしかなかった。



 式典は厳かに始まった。

 勲章を手渡すのはキャメロット星系における国王の代理人、王太子のエドワードだ。


 厳粛な雰囲気に合わせるかのように表情を引き締めて、一人一人に簡単に声を掛けながら勲章を渡していく。

 そして、階級が最も低いクリフォードが最後に手渡される。


「見事な作戦を考えたようだね。今後も王国のためによろしく頼むよ、クリフ」


 他の受勲者とは異なり、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべて手渡し、最後に握手をして終わる。


 エドワードは最後に受勲者に向けて言葉を掛けた。


「ここにいる者たちは我が国の危機に際し、多大なる貢献をしたと聞いている。諸君らの活躍がなければ、我が国のみならず、ペルセウス腕全体に戦火が広がり、独裁者や全体主義者たちに蹂躙されただろう……」


 そして、更に会場に目を向けて話を続けていく。


「当面の危機は去った。これはここにいない者を含め、多くの将兵が命を賭けて成してくれたことだと私は理解している。今後、彼らは厳しい状況に追い込まれるかもしれない……私たちは決して彼らの成したことを忘れてはならない。どうか戦士たちに感謝を捧げる気持ちを持ち続けてほしい」


 王太子の言葉に会場から拍手が起きる。

 その後、受勲者を対象とした会見とパーティが行われた。

 それらを無事に終えたものの、翌日からファビアンと共にメディアの取材攻勢を受ける。


 本来なら広報担当箇所がある程度制限を掛けるのだが、コパーウィートから指示が出ているため、二人は連日メディアに出演させられた。


「今最も注目される二人の天才を紹介しましょう! 政略、戦略、戦術の天才であるクリフォード・コリングウッド大佐。そして、戦闘の天才、ファビアン・コリングウッド少佐です!……」


 司会者の紹介を受けて作り笑いを張り付ける。


「“崖っぷちクリフエッジ”ことクリフォード・コリングウッド大佐のことは皆さんもよくご存じでしょう。一方のファビアン少佐ですが、狙った敵に必ず当てることから、“魔弾の射手ザ・フリーシューター”と呼ばれる戦闘の天才なのです!……」


 その説明にファビアンは苦笑を堪えるのに必死だった。


(全部当てているような言い方だけど、そんなことはないし、第一自分で照準したのはダジボーグ会戦だけで、あとは戦術士と人工知能AIのおかげなんだけどなぁ……広報から否定するなと言われているから仕方ないが、何とも言えない気分だ……)


 こんな調子でメディアに出ていたが、翌四五二四年の一月の半ばになったところで、クリフォードの昇進の話がようやく持ち上がった。


 本来なら十二月の受勲直後に話が出てもおかしくなかったのだが、軍縮による組織改正などの方向性が見えず、年が明けてからようやく正式に昇進となった。


 アルビオン艦隊は正規艦隊二十個を標準としているが、ゾンファ共和国との戦いが激化するにつれ、四個艦隊が増強され、最終的には正規艦隊だけで、約十二万隻の艦船と一千五百万人近い乗組員となっていた。


 その二十四個艦隊を十四個分にまで減らすため、五百万人近い将兵があぶれることになる。その対策に時間が掛かったのだ。


 ノースブルックらはヤシマなど自由星系国家フリースターズユニオン(FSU)の軍備増強に協力するという名目で、軍事顧問や教官として将兵を派遣するとともに、余った戦闘艦をFSU向けに改造するなどして、工廠の仕事を創出した。


 また、余剰の輸送艦を安くリースすることで、通運業に回すなど、多くの対策を打っている。


 それでもすべての将兵の再就職先を作り出すことはできず、一月になって民間への雇用支援策などをまとめることができ、ようやく本格的な艦隊再編に着手できた。



 宇宙暦SE四五二四年一月十五日。


 防衛艦隊総司令部に呼び出されたクリフォードは、司令長官であるジークフリート・エルフィンストーン大将から直接、准将の親任状コミッションを手渡される。


「コリングウッド大佐、今日から君は准将コモドーだ」


 そう言った後、クリフォードの手を取る。


「おめでとう、クリフ。君は我が第一艦隊に属することになった。よろしく頼むよ」


「ありがとうございます、提督」


 所属も決まり安堵するが、次の言葉に驚く。


「我が艦隊の所属だが、独立戦隊を率いてもらう。まあ、以前の王太子護衛戦隊と同じような感じだな」


 王太子護衛戦隊は正式名称をキャメロット第一艦隊第一特務戦隊といい、艦隊総司令部直属という扱いになる。


 特務戦隊はその名の通り、特別な任務のために結成されるもので、第一特務戦隊の任務は王太子エドワードの護衛だ。


 クリフォードは駆逐艦戦隊の司令か、軽巡航艦戦隊の副司令くらいになると思っていたため、思わず疑問を口にした。


「特務戦隊ということでしょうか?」


「その通りだ。新たに編成される第二特務戦隊を率いてもらうことになる」


「どのような任務が与えられるのでしょうか?」


 クリフォードは不安な面持ちで確認する。


「今のところ、外交使節の護衛が任務だ。君はFSUで人気が高い。軍務省と統合作戦本部、そして外務省はそれを考慮したらしい」


「外交使節の護衛ですか……今のところというのはなぜなのでしょうか?」


 そこでエルフィンストーンの顔が僅かに歪む。


「軍は君の戦隊を宣伝用に使いたいようなのだ。君の弟、ファビアン少佐も戦隊の一員になることが内定している。他にも君と仲がいいサミュエル・ラングフォード中佐も所属するはずだ」


「ファビアンにサムですか……何となく、意図は理解しました」


 盟友であるサミュエルが加わることは心強いと思ったが、メディアへの露出が増えることを考え、クリフォードは暗澹たる気持ちになった。


 その後、第九艦隊の旗艦インヴィンシブル89号に戻ると、部下たちに別れを告げる。


「インヴィンシブルは最高の巡航戦艦だ。私はこの艦の艦長であったことを誇りに思う。本当にこれまでよくやってくれた。ありがとう!」


 その言葉に副長のアンソニー・ブルーイット中佐が一歩前に出る。


「私たちも艦長と共に戦えたことは誇りに思っています。この伝統は必ず伝えていきます。准将の今後の活躍を楽しみにしております」


 そこでピシッと音がするような敬礼を行う。それに僅かに遅れて、その場にいた全員が同じようにきれいな敬礼を見せた。


「君たちの期待を裏切らないよう、今後とも頑張っていくつもりだ」


 それだけ言うと、クリフォードも同じようにお手本のような敬礼を返した。


 その後、司令官であるアデル・ハースのところに向かい、真剣な表情で別れを告げる。


「提督の下で経験できたことは私の大きな財産です。本当にこれまでありがとうございました」


 それに対し、ハースはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべていた。


「私の方こそ助かったわ。戦隊司令は艦長とは責任だけではなく、考え方も変えなくてはならないから大変でしょうけど頑張りなさい」


 クリフォードはその言葉に敬礼で応え、司令官室を後にした。

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