第5話
准将に昇進したクリフォードだったが、指揮すべき戦隊の編成はなかなか進まなかった。
理由の一つは内定しているサミュエル・ラングフォード中佐が未だにキャメロット星系に帰還していないことだが、それ以上に多くの将官からの推薦があり、軍務省の国防人事局がその対応に追われたことが大きい。
これほど多くの推薦があったのは、クリフォードという注目される人物の戦隊であるということもあるが、他にも原因があった。
それはどの艦隊でも激しい人員削減が行われており、
クリフォードもその人選に携わる必要があり、送り込まれてくる情報の多さに目が回るほどの忙しさを感じていた。
(まずは優秀な参謀と副官が必要だな……)
そう感じたクリフォードは人事局に情報処理能力の高い参謀と優秀な若手士官を推薦してほしいと依頼する。
参謀については佐官クラスの膨大な資料が送られてきた。
(候補者だけでも五百人……この中から選ぶのか……)
その資料に添付されている勤務評定を丁寧に確認しながら選んでいくが、そこで見知った名を見つけた。
(オハラ中佐か……彼女の冷静さと情報分析能力なら打ってつけだな……)
クリスティーナ・オハラ中佐はかつて王太子護衛戦隊を率いていた際に、デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)の情報士として彼の指揮下にあった人物だ。
シャーリア星系での戦いでは的確な情報分析で彼の作戦の成功を支えている。
クリフォードは要塞衛星アロンダイト内に用意された臨時の戦隊司令部にオハラを呼び出した。
オハラは要塞内にいたため、すぐに彼の下にやってきた。
「ご無沙汰しております。今回の昇進と受勲、おめでとうございます。
オハラは以前と同じように親しみやすい笑顔を見せる。
DOE5では“花屋の売り子”と下士官たちから陰で呼ばれていたほどで、冷徹さを感じさせる報告書とのギャップにクリフォードが驚いたことがあった。
「久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
そう言って右手を差し出して握手をすると、すぐに本題に入る。
「私の参謀になってほしいのだが、どうだろうか?」
オハラは呼び出された理由が参謀就任への要請であると期待していたが、それでも驚きは隠せなかった。
「光栄なことであり、私に異存はありませんが、本当に私でよろしいのでしょうか?」
「もちろんだよ。君の能力は充分に理解しているし、私と違う視点で見ることができる人材がほしいんだ。よろしく頼むよ」
「ありがとうございます。微力ではありますが、全力で務めさせていただきます」
こうしてオハラが加わり、二人で戦隊に必要な人材を探していく。
戦隊は軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻、スループ艦二隻という哨戒艦隊並みの小規模な編成であるため、司令部の定員は参謀一人に副官一人とされ、雑務は旗艦の士官が補佐する。
「副官ですが、この人物はどうでしょうか?」
副官候補の中から若い少佐をピックアップする。
「ヴァレンタイン・ホルボーン少佐。四五一六年卒業ということはファビアンの同期か。タイミングが悪かったようだな……」
ホルボーンはファビアンと同じ二十七歳で、前年の年末に上級士官養成コース、通称“艦長コース”を優秀な成績で修了している。しかし、ゾンファ共和国との戦いが終わったこともあり、指揮艦を与えられることなく、艦隊司令部付きの士官として無為に時を過ごしていた。
「よろしい。ホルボーン少佐に声を掛けてみよう」
ホルボーンはすぐに出頭してきた。
やや背は低いものの、黒髪に少し挑発的に見える鳶色の瞳が特徴的で、クリフォードを前にしても臆することなく堂々とした態度を見せている。
挨拶を交わすと、クリフォードはすぐに本題を切り出した。
「私の副官になってもらいたいのだが、どうだろうか?」
その言葉が意外だったのか、ホルボーンは目を大きく見開いた。
「指揮艦が与えられるのではなく、副官ですか……」
ホルボーンとしては新たに編成される戦隊で駆逐艦が与えられると期待してきたのだ。
「そうだ。艦隊の現状では新たな艦長の就任は難しいようだ」
「私に声を掛けた理由をお聞かせくださいませんか? 私の経歴はご存じだと思いますが、士官学校卒業以来、スループ艦、駆逐艦、軽巡航艦の戦術部門しか経験はありません」
ホルボーンは士官学校を優秀な成績で卒業し、士官候補生としてスループ艦に乗り組んだ後、少尉任官と共に駆逐艦の副戦術士となり、
その後、軽巡航艦の戦術士となり、昨年五月のイーグンJP会戦で活躍し
「私としては優秀な若手に経験を積んでもらいたいと思っている。君の勤務評定を見たが、上官への積極的な進言に注目した。それに准士官や下士官たちの関係もいい。第一、私と違って主計関係を苦手としていない」
最後の軽口に対してもホルボーンは表情を崩さない。
「小官程度の能力であれば他にも候補はいたはずです。ファビアン・コリングウッド少佐と同期である小官への同情でしょうか」
そのストレートな言い方にクリフォードとオハラは驚く。
ホルボーンの経歴はファビアンに似ており、同期の出世頭であるファビアンに対し、一方的にライバル心を持っていたのだ。
「確かに同情したことは否定しないが、今のように物怖じすることなく、上官に意見を言える点を私は高く買っている。分かっていると思うが、私の戦隊はかなり特殊だ。いろいろと面倒なことも多い。その時にはっきりとものを言えない者は困るんだ。これで理由となっているかな」
クリフォードの言葉にホルボーンはようやく笑みを見せた。
「率直に言っていただき、ありがとうございます、
「数日以内に辞令が届くはずだ。届き次第、すぐにでも私を助けてくれるとありがたい」
「
ピシッとした敬礼でそう答えるが、すぐに笑みを浮かべる。
「司令部付きの佐官には大してやることがありません。今からでも閣下のお傍で仕事を覚えていきたいと思いますが、いかがでしょうか」
「そうしてくれると助かるよ」
こうしてクリフォードの小さな司令部は立ち上がった。
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