第46話

 宇宙暦SE四五二三年七月十一日。


 キャメロット星系を発した三個艦隊がヤシマ星系に到着した。

 艦隊を指揮するのはキャメロット第二艦隊司令官、ナイジェル・ダウランド大将で、第五艦隊と第十二艦隊を伴っている。


 ダウランドは移動の途中で、キャメロットに帰還する損傷艦の集団とすれ違い、そこで第七艦隊の司令官、オズワルド・フレッチャー大将から情報を得ていた。


 ダウランドはフレッチャーが指揮権を奪われ、派遣艦隊がゾンファ艦隊に決戦を挑むと聞き驚く。しかし、政治的影響を考え、正しい決断であったと内心で考えていた。


 一方、フレッチャーは指揮権を奪われた屈辱を思い出し、怒りに任せてダウランドに讒言を行っている。


『四人の提督の行動は常軌を逸している。彼女らの半数は生き残れぬだろうが、貴艦隊と合流した暁には、無謀な戦闘によって多くの将兵を失った罪で拘束すべきだろう。他にも艦隊の秩序を乱すコリングウッド艦長も指揮権を奪った上で拘束すべきだ。まあ、防御力の低い巡航戦艦が生き残っておるとは思えんがな』


 それに対し、ダウランドは明確に答えず、状況を見て判断するとだけ答えている。


 そして、ヤシマ星系に接続するレインボー星系で、第二次タカマガハラ会戦の勝利の報を聞いた。



 増派艦隊は七月十二日に首都星タカマガハラに到着した。

 その際、傷ついた艦の多くが衛星軌道上に浮かび、修理を待っている光景を目にする。


 損傷した艦が二万隻ほどと多いためだが、それ以上に補修や整備に使用される浮きドックを改造した影響が大きかった。


 今回の作戦では五千隻もの戦闘艦を衛星軌道上の浮きドックや民間の工場などに隠し、そこから奇襲を行っているが、一気に発進できるようにゲートや仕切りを取り外し、複数の艦が同時に発進できるように改造されていた。


 更に発進時の衝撃によって内部が破損した施設も多く、イーグンジャンプポイントJP会戦の時より、補修作業が遅れることになったのだ。


 補修作業の遅れも問題だが、それ以上にドックの改造や損傷は、ヤシマにとって頭の痛い問題だった。


 今回使用した施設は輸出品の主力である航宙艦の製造施設でもあり、能力が回復するまでに数ヶ月単位の時間が掛かる。また、民間企業への補償金も発生するため、どれほどの影響が出るのか、官僚たちも予想できないでいた。



 ダウランドはジャスティーナ・ユーイングら四人の提督を招集した。

 司令官室に入った四人の女性将官たちを迎え入れると、「見事な勝利だった。心より感謝する」と言って、勝利を祝福する。


「貴官らの奮闘がなければ、ゾンファがヤシマだけでなく、このペルセウス腕領域全体を手に入れていただろう。あの全体主義者たちが宇宙を手に入れたら、人類の未来はなかった。それを阻止したことは我が国のみならず、多くの人々に希望を与えた」


 その賞賛にユーイングがニコリと微笑む。


「ありがとうございます。ですが、今回の勝利はわたくしたちだけではなく、戦ってくれた全将兵のものですわ」


 その横ではアデル・ハース、ノーラ・レイヤード、サンドラ・サウスゲートの三人も大きく頷いている。


「その通りだ。後ほど、小官から全軍に向けて演説を行おう。だが、その前に現状とこれからのことを聞かせてほしい」


 そこでユーイングはハースを見た。


「では、ハース提督に説明いただきますわ。その方が分かりやすいですから」


 ハースは小さく頷くと、すぐに説明を始めた。


「既に送った報告書にある通り、ゾンファ艦隊は計三万隻近い数の戦闘艦を失っております。ですが、彼らが動員した艦隊数は十五。すなわち、未だに三万五千隻以上の艦を有していることになります……」


 ジュンツェン星系には未だに多くの艦があり、そのうち五個艦隊に相当する数が無傷で待機しているとハースは説明する。


「……今回の戦いで敗走した艦はおよそ二万隻。准士官以下の乗組員の数は二百万人程度と推定されます。それだけ多くの乗組員をすべて拘束することは物理的に不可能ですし、ゾンファ艦隊は非常に不安定な状況にあると言えるでしょう」


「つまり、反乱を目の当たりにした兵士が多すぎて隔離も処罰もできないということか。だが、ジュンツェン星系にはJ5要塞がある。艦隊で反乱が起きたとしても、支配体制は揺らがないのではないか?」


 ダウランドの問いにハースがはっきりとした口調で答える。


「確かに武力による制圧は可能でしょう。ですが、反乱を起こした艦への攻撃を命じれば、今度は要塞の兵士たちが反発します。具体的な行動に出なくとも、不穏な空気が流れれば、ゾンファ軍の上層部も容易に鎮圧を命じることはできません」


「確かにそうだな。それでは具体的にどうしたらよいのか、こちらで検討した結果を教えてほしい」


「アルビオン三個艦隊、ヤシマ一個艦隊、ロンバルディア二個艦隊の計六個艦隊とゾンファ革命軍五千隻程度、更に捕虜を乗せた輸送艦隊でジュンツェン星系に向かいます」


 ヤシマとロンバルディアの艦隊は半数程度が損傷し、修理も追いついていないことから、無傷な艦のほぼすべてとなる。


「我が国はともかく、自由星系国家連合フリースターズユニオンの艦隊の稼働可能な全艦を送り込むのはなぜかね?」


「我々はあくまで自由星系国家連合FSUへの援軍であり、ジュンツェン星系まではともかく、ゾンファ星系までは同行できませんから」


 その言葉にダウランドは驚き、目を見開く。


「提督はゾンファ星系まで進攻する必要があると考えているのか……」


「進攻というより、捕虜の返還のために同行したという形になるかと思います。捕虜の帰還ですから、ゾンファ革命軍とFSU艦隊が首都星系に入る必要があると考えます。それによってゾンファの支配体制が崩壊するかは別の話ですが」


 ハースは人の悪そうな笑みを浮かべる。

 ハースが考えたのは、捕虜の返還の口実で革命軍とFSU艦隊をゾンファ星系に向かわせるというものだ。


 捕虜と言っても革命軍に参加している者たちが主体だが、ゾンファ政府としても受け入れざるを得ない。もし、受け入れなかった場合は、同胞を切り捨てたことをゾンファ星系全体に見せることになるためだ。


 国家統一党に逆らった兵士たちが帰還すれば、数百万人の兵士を拘束するわけにもいかないため、革命政府と革命軍についての情報がゾンファ星系全体に流れてしまう。そうなった場合、大きな混乱が起きる可能性が高い。


 ダウランドは数秒間沈黙して考え、ハースの意図に気づく。


「分からぬでもないが、危険ではないか? ゾンファ政府が暴挙に出ないとは言い切れん。それにゾンファ星系にいる兵士が革命軍に参加するとは限らん。そうなった場合、その革命軍とやらは戦力にならんのだから、FSU艦隊が危険だと思うのだが」


「その点は小官も同意します。ですが、時間を与えればゾンファの支配者たちは立ち直ってしまいます。確実に倒すには冒険せざるを得ないのです」


「分からんでもないが……」とダウランドに納得した様子はない。


「もしFSU艦隊が攻撃を受けたなら、我が国が改めて艦隊を派遣すればよいでしょう。ジュンツェン星系の艦隊がすべて降伏すれば、ゾンファ本国に残る艦隊は多くても五個艦隊程度です。我が国が黙っていないことは分かりきっていますので、自暴自棄になる者が出たとしても、誰かが止めるでしょうから、攻撃を仕掛けてくるようなことにはならないと思っています」


 その説明でダウランドも頷く。


「確かにその通りだ。では、ジュンツェンには我が艦隊と第五、第十二艦隊で向かおう。貴官らの艦隊は充分に戦った。補修と休養に専念してほしい」


 その言葉に対し、ユーイングが提案を行った。


「派遣する艦隊について異議はないのですけど、ハース提督に同行していただいてはいかがでしょうか。何と言っても今回の作戦を考えた方ですから」


 その提案にダウランドは頷き、ハースを見た。


「私としてもぜひとも頼みたいが、貴官の指揮する艦隊のこともある。ジュンツェン星系までは行って帰ってくるだけでも一ヶ月半は優に掛かるが、それだけの期間、艦隊を離れることになるが、どうだろうか?」


 ハースは「同行させていただきます」と即答し、更に言葉を続けた。


「今のペースで補修を続けても応急処置だけでその程度の期間は掛かってしまいます。それに副司令官のマクレガー中将と参謀長のロックウェル中将に任せておけば、問題は起きないでしょう」


 こうして、増派艦隊の補給と整備が終わった段階で、ジュンツェン星系に向かうことが決まった。


 旗艦に戻ったハースは参謀長らにそのことを話すと、クリフォードを呼んだ。


「私がジュンツェン星系に向かうことは聞いているかしら?」


はい、提督イエスマム。第二艦隊の旗艦に移られると聞きました」


 なぜそのことを聞くのか、クリフォードは疑問に感じたが、真面目な表情で答えた。


「あなたにも一緒に来てもらうわ」


「私がですか!」とクリフォードは驚く。


 艦を失ったのなら分からないでもないが、旗艦の艦長が艦を離れることは異例だし、そもそも一介の大佐に過ぎない自分が同行する意味があるのかと思ったためだ。


「今回の作戦を考えたのは、実質的にはあなたよ。だから、最後まで面倒を見なさい」


「しかし、指揮官が艦を離れるわけには……」


「インヴィンシブルは補修作業が終わるまで戦えないわ。補修作業なら副長が指揮を執れば済むだけの話よ」


 それだけ言うと、副官のアビゲイル・ジェファーソン中佐に、副長であるアンソニー・ブルーイット中佐を呼び出すように命じた。


 ブルーイットは慌てた様子で司令官室に入ってくる。


「中佐にお願いがあるのだけど、艦長を二ヶ月ばかり貸してくれないかしら? 一緒にジュンツェンに行きたいのよ」


 突然の問いにブルーイットは困惑し、クリフォードを見る。

 クリフォードも困惑した表情で肩を竦めるしかなかった。その仕草でブルーイットも事情を察した。


了解しました、提督アイアイマム」とハースに答えると、クリフォードに視線を向ける。


「艦長。旗艦は小官が責任をもって預かります。お任せください」


 こうしてクリフォードのジュンツェン星系行きが決まった。

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