第45話
第二次タカマガハラ会戦が終わり、会戦後の処理が粛々と進められる中、クリフォードはアデル・ハース大将から相談したいことがあると言われ、ハースと共に司令官室に向かった。
司令官室に到着すると、そこには参謀長のセオドア・ロックウェル中将、副参謀長のオーソン・スプリングス少将、首席参謀のヒラリー・カートライト大佐、副官のアビゲイル・ジェファーソン中佐が待っていた。
「議論していたのだけど、結論が出ないのよ。気分転換代わりに
何の議論をしていたのか、クリフォードはすぐに思いつく。
「議論とはゾンファ艦隊を追撃するか否かということでしょうか?」
「ええ。追撃というより、ジュンツェン星系にどのタイミングで向かうべきか、それをユーイング提督に提案したいのだけど、可能な限り早急にという意見と、万全の体制で向かうべきという意見に分かれたのよ。正直、私も迷っているわ」
ゾンファ艦隊は現在、ジュンツェン星系に向かうイーグン
「今すぐ動けば、ゾンファ艦隊も追撃されていることを知ることができるけど、それが有利に働くのか、それとも不利に働くのか判断が難しいのよ」
ハースの言葉を聞き、クリフォードは状況を頭に思い浮かべる。
(五十分以内に動けるなら、ギリギリこちらの動きを見せつけることができる。一応、艦隊は動ける状態だ。ただ、それが必要なことかということだな……)
十秒ほどで考えをまとめると、結論を述べた。
「直ちに追撃する必要はないと考えます」
「それはどうしてだろうか?」とスプリングスが質問する。口調からスプリングスが即座に追撃を主張しているとクリフォードは感じた。
「追撃している姿勢を示す利点は敵の兵士たちの決起を促すことができることです。ですが、既に会戦から九時間が経ち、この星系内で反乱を起こすことはないでしょう」
「確かにそうだが、ジュンツェン星系に戻ってからのこともある。ここで我々が見捨てていないことを示した方がよいのではないだろうか」
スプリングスの言葉にクリフォードは小さく首を横に振る。
「ジュンツェン星系に残っている艦隊の兵士たちはサイトウ首相の演説も革命軍の言葉も聞いていませんから、我々が大艦隊を差し向けなければ反乱に加わらないでしょう。逆に時間を与えた方がいいと思います」
「時間を与える?」とスプリングスが首を傾げる。
「はい。今すぐ向かえば、ジュンツェンに残っている艦隊の兵士は考える時間がありません。そのため、今まで通り、上官の命令を無条件に聞くでしょう。ですが、国家統一党に属する上層部と前線の将兵の間には大きな亀裂ができているはずです。時間を与えることで、帰還した艦隊の兵士から情報が入り、残留していた艦隊にも必ず混乱が起きます」
「なるほど。ヤシマに侵攻した艦隊の兵士をすべて隔離することはできない。何らかの手段で情報の共有が行われるだろうから、時間を与えれば、ヤシマで起きたことをジュンツェン星系の兵士たちも知ることができる。今までは命令には絶対だったが、反乱を起こしたという事実を知れば、自分たちでもできるのではないかと思うかもしれんということか」
そう言ってスプリングスは納得する。
「なら、いつがいいのかしら?」とハースが尋ねる。
「キャメロットからの増援を待ち、ヤシマ、ロンバルディアの艦隊を加えた大艦隊で向かうべきでしょう」
カートライトが疑問を口にする。
「それは可能なのでしょうか? 我々が命じられているのはヤシマ星系の防衛です。ジュンツェン星系への進攻は命令の逸脱になるのではないでしょうか」
それに対し、クリフォードではなく、ハースが答える。
「その点は問題ないわ。ゾンファ本星に向かうのならともかく、ヤシマ攻略部隊の策源地であるジュンツェン星系に進攻することはヤシマ防衛のために必要なことと言えるから」
策源地とは前線部隊へ補給等を行う後方基地を差す。ヤシマ攻略部隊はジュンツェン星系を発するため、そこを攻撃することは防衛の一環と言えなくもない。
また、本国から距離が離れていることから現地司令官には比較的大きな裁量権が与えられているため、不可能ではなかった。
「私も提督のお考えに賛成です。キャメロットに伺いを立てていては時機を逸する可能性がありますし、スヴァローグ帝国が手を出してくる前に決着を付けるべきです」
スヴァローグ帝国は一年前のヤシマ侵攻作戦で艦隊を大きく損なったが、未だに野心は捨てていない。
ヤシマ政府も情報封鎖を徹底的に行い、ゾンファの侵攻の事実が知られないようにしているが、情報が漏れることは時間の問題だった。クリフォードはその点を気にしていた。
「では、増派艦隊を待ってジュンツェン星系に進攻するという案で提案を行われるということでしょうか」
ロックウェルの問いにハースは答えず、クリフォードに顔を向ける。
「クリフ、何かいい考えはないかしら? 艦隊が来るにしても最短で五日、常識的に考えれば十日以上後になるわ。それまで修理をしているだけでは芸がなさすぎるわ」
クリフォードはその言葉ににこりと笑って頷く。
「ゾンファ革命軍を正式に発足させてはいかがでしょうか」
「革命軍? あれは降伏を促すための方便だったはずよ」とハースが首を傾げる。
「その通りですが、イーグンJP会戦を含めると、二万隻近い戦闘艦を鹵獲していますし、運用に必要な乗組員はほとんど揃っています。もちろん、降伏した士官を指揮官にするわけにはいきませんが、我が軍やFSUの士官を派遣して指揮を執れば、ジュンツェン星系に行くだけなら可能でしょう」
ハースは瞬時にクリフォードの意図を理解した。
「革命軍が絵空事じゃなくて、実際にあることをジュンツェンの将兵に見せるということね」
「
「ですが、僅か数日では実戦には耐えられませんぞ」とロックウェルが反対する。
「いいんですよ。戦わせるつもりはないですし、ゾンファ側も戦えないでしょうから」とハースが答える。
「戦闘にならないとお考えですか?」
「ええ。機雷の除去以外で戦闘は起こりえないと思っています。シオン・チョン上将では兵士たちが付いていきませんし、フェイ・ツーロン上将に代わるとしても、すぐに後退することは難しいでしょう。仮に全軍を掌握したとしても彼なら戦いを挑んではこないはずです」
ハースはゾンファ軍が機能不全に陥っていると考えていた。
反乱を起こされたシオンは兵士たちを信用できず艦隊を出撃させられない。また、それ以前に司令官職を解任されている可能性もある。
解任されていれば新たな司令官が選ばれるが、フェイ以外にはあり得ない。他の者が司令官になれば、兵士たちにとって意味がなく、反乱の危険は変わらないためだ。
フェイが後任の司令官になれば、革命軍との戦闘を回避するだろうから戦う可能性はほとんどないと考えていた。
「ついでに革命政府もでっち上げてもいいかもしれないわね」とハースが呟く。
「軍はともかく、政府となると時間が足りないのではありませんか?」
カートライトが疑問を口にした。
「形だけなら、ヤシマの官僚に頑張ってもらえばできるはずよ。民主派に関する情報も手に入ったから、閣僚名簿案もすぐに作れるでしょうし、やって損はないと思うわ。クリフ、あなたはどう思う?」
「私も提督のご意見に賛成です。我々アルビオン軍人が外交に関することに直接関わるわけにはいきませんが、ヤシマ政府が行うことに助言するだけであれば、問題はありません」
その後、ハースはユーイングにゾンファ革命政府と革命軍の発足をヤシマ政府に提案するという上申を行った。
ユーイングはそれを承認し、ヤシマ政府に伝達した。
ヤシマ政府は当初、困惑したものの、政治的に有効であるという結論に達し、革命政府と革命軍の設立を支援することとなった。
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