第44話

 宇宙暦SE四五二三年六月三十日 標準時間一二〇〇。


 第二次タカマガハラ会戦はアルビオン王国と自由星系国家連合フリースターズユニオン(FSU)の勝利に終わった。


 本会戦に参加した戦闘艦の総数は、アルビオン・FSU連合艦隊が計四万三千隻。対するゾンファ艦隊は四万五千隻であった。


 連合艦隊側には軍事衛星群とステルス機雷があるため、開戦前の戦力はほぼ互角と言える。


 連合艦隊の損失だが、喪失した艦は約三千八百隻、戦死者は約四十五万に及ぶ。

 更に大破が約二千五百隻、中小破が計一万六千七百隻と生き残った艦の半数以上が何らかの損傷を負っていた。


 アルビオン艦隊の損失は、喪失が約一千八百隻、戦死者約二十万人と、連合艦隊の半数近くを占めている。これはヤシマやロンバルディアが防御を優先したことに比べ、第九艦隊を始めとするアルビオン艦隊がゾンファ艦隊の攻勢を受け止め続けたことによる。


 その第九艦隊だが、参加約四千隻のうち、約四百隻が沈められ、約五万人が戦死している。また、半数を超える約二千隻が損傷を負った。


 戦前の予想より軽微な損失とはいえ、決して少ない損失ではなかった。


 一方のゾンファ側は悲惨な状況であった。

 撃沈された艦は約七千隻。八十万人を超える将兵が戦死した。また、降伏した艦は約一万八千隻に及び、二百万人以上が捕虜となっている。


 ゾンファ共和国は五個艦隊を超える二万五千隻を失い、脱出した艦の半数近い約九千隻が何らかの損傷を負う、大敗北であった。



 会戦終了から約九時間が経ち、脱出した将兵の救出や、降伏した艦の処置がようやく終わった。


 クリフォードは艦の修理を行っている乗組員たちを労った後、戦闘指揮所CICの指揮官シートに深く座り、会戦のことを考えていた。


(我が艦の戦死者は十五人、負傷者が二十二人……戦隊では七隻、二千人近い未帰還者だ。厳しい戦いだったとはいえ、多くの部下を失ってしまった……)


 インヴィンシブル89を含む第一巡航戦艦戦隊はフェイ・ツーロン上将率いる艦隊と死闘を繰り広げ、七隻が撃沈され、一隻が大破している。インヴィンシブル自体も中破に相当する損傷を受けていた。


 インヴィンシブルの戦死傷者の多くが損傷した防御スクリーンの復旧作業中に受けた直撃によるもので、同程度の損傷を受けている他艦に比べれば、圧倒的に少ない人数で済んでいる。


 しかし、脆い巡航戦艦で強力なゾンファ戦艦と正面から戦ったことで、戦隊は大きく傷ついた。

 クリフォードは自らの指揮が間違っていたのではないかと何度も考えている。


(提督の命令に従っただけという言い訳はできる。しかし、巡航戦艦の特性を生かした戦術で対応することができたのではないか。私以外の優秀な巡航戦艦乗りなら、もっと的確な指示が出せたのではないか……)


 更に会戦自体についても思いを巡らせていた。


(何とか勝てたが、敵が油断していなければ、確実に負けていた。特に最後の策は賭けの要素が強すぎた。もし、最初に反乱を起こした艦が失敗していたら後に続く者はためらった可能性が高い。そうなれば、敵は立て直しに成功し、逆襲に転じていたはずだ。それに対し、こちらはもう打つ手がなかった……)


 連合艦隊は切り札をすべて使い切った。更に最後の策は戦術というより謀略であり、これが上手くいかなければ戦術的に打つ手はなく、優勢なゾンファ側が押し切った可能性が高かった。


 そこで頭を軽く振り、別のことを考えることにした。

 クリフォードは弟であるファビアン・コリングウッド少佐のことを思い出す。


(ファビアンが生き残ってくれた……)


 ファビアンは、アルビオン艦隊の主力であった第六艦隊のZ級駆逐艦ゼファー328の艦長だ。


 彼はファントムミサイルによる攻撃によって、重巡航艦一隻と駆逐艦二隻を撃沈するという武勲を上げている。


 第十一艦隊の奇襲によって生じた混乱に乗じたことが功を奏しているが、ファビアンの的確な目標設定と絶妙なタイミングの指示によって大きな戦果を挙げたのだ。


(ファビアンは天才だな。戦闘記録を見たが、あのタイミングであの目標にミサイル攻撃を命じるなんて、私にはできない。これで殊勲十字勲章DSCを授与されることは間違いない……)


 更にファビアンが無事だったと聞いた時のことを思い出す。


(戦死した将兵の遺族には悪いが、その情報を聞いた時、思わず神に感謝した。戦果を挙げたことより、生き残ってくれたことの方がうれしかった。第六艦隊は二倍近いゾンファ艦隊本隊と戦い続けた。運が悪ければ、戦死していたはずだ……)


 第六艦隊はゾンファ艦隊本隊の攻撃を受け止め、小型艦を含め、積極的に攻勢に出ていた。そのため、小型艦の喪失数が多かった。特にゼファーの所属していた駆逐艦戦隊は大きな武勲を挙げたものの、その代償として半数近い艦が沈んでいた。


 そのため、ファビアンの戦死の報が来ても取り乱さないようにしなければ、とすら考えた時もあった。


(兄弟が二人とも生き残れた。本当に運が良かった……)


 そんなことを考えていたが、不意に声が掛かる。


「この後のことを相談したいのだけど、時間は大丈夫かしら」


 後ろにいたのは司令官のアデル・ハース大将で、普段は快活な彼女も疲労感を漂わせている。

 クリフォードはすぐに立ち上がると、「はい、提督イエスマム」と答える。


 そのまま司令官室に向かう途中、ハースはふいに振り返った。


「いろいろと考えていたみたいだけど、何を考えていたのかしら?」


 クリフォードは正直に考えていたことを話した。


「そう」とハースは言い、僅かに沈黙した後、彼の目を見て話し始めた。


「ファビアン君のことはよかったわね。それと戦闘について反省すること自体は悪いことではないわ。自らの行いを省みない者はいつか失敗するから……」


 クリフォードが頷くと、更に言葉を続けていく。


「あなたの指揮は決して間違っていなかった。これはひいき目で言っているのではないわ」


「ですが……」とクリフォードは言いかけるが、それを遮るようにしてハースが話す。


「階級が上がれば、多くの人に対して責任が生じるの。あなたは第一巡航戦艦戦隊に対してだけど、私は第九艦隊全体に対して責任があるわ。これから先、あなたはもっと多くの部下を持つことになる。後悔するなとは決して言えない。私自身、いつも後悔しているから。でも、その時々で最善と思うことをしたのなら、あまり引きずらないようにしなさい」


 ハースはそれだけ言うと、前を向いて歩き始めた。


了解しました、提督アイアイマム


 クリフォードはハースが自分のことを心配して見に来てくれたと気づき、彼女の後姿に敬礼する。


 ハースはその敬礼に気づかないまま歩いていく。クリフォードは彼女に置いていかれないよう、その後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る