第43話

 宇宙暦SE四五二三年六月三十日 標準時間〇三〇〇。


 ゾンファ艦隊の総司令官シオン・チョン上将は、自らの艦隊が崩壊していく姿を呆然と見つめていた。


(何が起きているんだ……我々が圧倒していたはずだ。いや、今でも逆転は可能だ。なぜ、次々と降伏していくのだ……)


 彼の周りでは指示を求める参謀たちの声が響いている。


「司令官! 目標を示してください! どの敵を攻撃すればいいんですか!」


「前衛艦隊から撤退の具申が来ています! どう回答したらよいでしょうか!」


「戦艦フーペイから反乱勃発との連絡です。至急、救援願うとのこと!」


 それに答えようとした時、別の報告が耳に入った。


「フェイ・ツーロン上将より前衛艦隊の救援に向かうとの連絡が入りました!」


「まだフェイがいる! 大至急、フェイに繋げ!」


 すぐに回線が接続される。


「フェイ艦隊は前衛艦隊の撤退支援のため、アルビオンの伏兵艦隊に攻撃を集中させろ! 頼んだぞ!」


 十五光秒離れているため、一方的に命令を出して通信を切った。


「前衛艦隊は直ちに後退せよ! フェイ艦隊が支援してくれる! 降伏した艦はそのまま放置していい! 一旦、距離を取って本隊と合流するのだ! 我々は前衛艦隊が合流するまで、ここから自由星系国家連合FSU艦隊を攻撃し続ける!」


 前衛艦隊と本隊の距離は三光秒であり、最大加速度なら六分程度の距離だ。しかし、艦首を敵に向けたまま後退するため、十分以上掛かる。


「艦隊内での反乱はどう対処したらよいでしょうか?」と参謀の一人が確認する。


「大きな損傷なく降伏した艦は反乱勢力として攻撃する。全艦にそう通達せよ」


 シオンは感情的にそう命令した。

 しかし、これは悪手だった。

 この通達を守ろうと、味方に砲撃しようとした艦で反乱が発生し、連鎖的に反乱が激化していく。


 そんな時、フェイの姿がメインスクリーンに映った。


「私はフェイ・ツーロン上将だ。反乱に参加しようとしている兵士諸君に告ぐ。君たちの苦悩は私も理解しているつもりだ。本国に戻り、必ず待遇改善を実行させる。今ここで艦隊が崩壊すれば、祖国の存続すら危ぶまれる。今は堪えて、上官の命令に従ってほしい」


 その言葉で目に見えて反乱の数が減った。

 しかし、既に五千隻近い数の艦が降伏し、艦隊の指揮命令系統はほぼ崩壊していた。



 混乱するゾンファ艦隊の中、フェイ艦隊はひとり気を吐いていた。

 奇襲を行ったアルビオンの第十一艦隊に的確に攻撃を加え、前衛艦隊の撤退を支援しつつ、本隊に攻撃を加える第六艦隊と第八艦隊にも牽制を加えている。


 これによって、シオンは崩壊した指揮命令系統を再構築する時間的余裕を得ることができた。


(これで何とかなる。前衛艦隊を吸収しつつ、FSU艦隊に攻撃を加えれば、すぐに戦列は乱れるはずだ。あとはフェイ艦隊を上手く使えば、勝利を引き戻せる……)


 シオンが何とかなると思った時、次なる一手が打たれた。

 再び、ヤシマの首相タロウ・サイトウがゾンファ艦隊に向けて演説を行ったのだ。


『ゾンファ艦隊の兵士諸君。我がヤシマはゾンファ革命軍及び今後成立するであろう革命政府に対し、全面的に支援すると約束する。また、アルビオン艦隊の総司令官ユーイング提督も理解を示し、アルビオン王国政府に対し、革命政府への支援とゾンファ星系解放を訴えると確約してくれている……』


“革命政府”という言葉に、落ち着きかけたゾンファ兵士たちが動揺する。


『……宇宙の平和を乱すのはゾンファ共和国の市民ではなく、国家統一党の指導者たちである。ここで立ち上がることはペルセウス腕全体の平和を築く尊い行為であるのだ……今一度、党の指導者たちのことを思い出してほしい。彼らは五年前、私利私欲のために我が国に侵攻し失敗した。そして、作戦に参加した百万を超える兵士を見捨てたのだ……』


 第一次ヤシマ侵攻作戦の際、百三十万人にも及ぶ将兵が降伏している。しかし、ゾンファ政府は捕虜交換の交渉に応じず、最終的にほとんどの将兵がスヴァローグ帝国に移民として送り込まれた。


 移民と言ってもほとんど奴隷と同じだった。内戦に駆り出されたり、農奴として酷使されたりして、多くの者が命を落としていた。


 これはサイトウの策であったのだが、ゾンファ政府が早期に交渉に応じていれば、防ぎ得たことで、兵士たちの多くが権力争いに興じていた政府が見捨てたと思っている。


『……自国の兵士、すなわち国民を躊躇いなく切り捨てる。それが国家統一党の指導者たちなのだ! そのような者に諸君らは家族の命を預けると言うのか!』


 サイトウの強い言葉に兵士たちの心が揺れる。


『この機を逃せば、ゾンファ共和国が国民の手に戻ることは二度とない! 我々は共に手を携える者に武器は向けぬ。だが、全宇宙の敵、国家統一党の指導者に従う者には躊躇なく武器を向ける! 逆に士官であっても平和のために共に戦う者は我らの同志である! 既にこの戦いの趨勢は明らかである。諸君らの賢明なる決断に期待する! 以上!』


 演説が終わると、多くの艦が機関を停止した。

 下士官らの反乱によって降伏した艦もあったが、艦長が自ら降伏を決断した艦の方が多かった。


 これはクリフォードが考えた策だった。

 彼は下士官たちが反乱を起こしやすいように、まず彼らに正義があること、すなわち祖国を裏切るのではなく、党の指導者が敵だという認識を植え付けることを第一とした。


 更に“革命政府”という言葉を使い、ヤシマ及びFSUが革命政府への支援を確約することによって、祖国で待つ家族の下に戻ることができないかもしれないと考えていた兵士たちに、反乱後も希望があると思わせた。


 しかし、クリフォードが考えたのはそれだけではなかった。

 彼は下士官たちが反乱を起こしたとしても、成功率は必ずしも高くないと考えた。実際、武器を持ち込めたものの、士官の反撃を受けて制圧に失敗した艦も多い。


 また、下士官たちが前日に送った秘密通信を信じない可能性もあり、反乱が起きないことも充分に考えられた。


 彼は反乱によって降伏する艦は多くて全体の一割程度であり、その程度であれば、艦隊の混乱が収まったところで反撃されると考えた。


 そのため、謀略のターゲットを、反乱を恐れる士官たちに広げた。

 多くの艦で反乱によって士官たちが命を落としている。この事実が知れ渡れば、士官たちは、“次は自分の番ではないか”と恐れると考え、自らが生き残るために降伏するという選択肢を提示したのだ。


 これが功を奏した。

 前日に秘密回線で連絡を受けていたシオン艦隊とシー艦隊だけでなく、他の艦隊でも多くの士官が降伏を選択した。これは自分たちの艦隊でも反乱の準備が行われているかもしれないと疑心暗鬼に陥ったためだ。


 雪崩を打つように一万隻を超える艦が降伏した。これにより、ゾンファ艦隊は戦力の三分の一を失った。


 シオンは負けを認めた。


(狡猾な! これがハースの策だったのか……既に戦いの趨勢は決した。脱出するしかないが、この状況では敗走中に多くの艦を失うだろう……)


 シオンはそう考えたものの、選択肢は一つしかなく、全艦隊に向け命令を発した。


「全艦、イーグンJPに向けて転進!」


 その命令を受け、多くの艦が艦首を翻したが、アルビオンとFSUの連合艦隊による砲撃によって多くの艦が爆発する。


 そんな中、フェイ艦隊だけは降伏する艦がなく、連合艦隊に対し整然と攻撃を続けていた。


「味方を一隻でも多く逃がす! 旗艦に続け!」


 フェイ艦隊は三千八百隻にまで減少していたが、十倍近い連合艦隊に対し果敢に戦いを挑み、時間を稼いだ。

 その結果、二万三千隻が戦場から離脱することに成功した。


 これはフェイ艦隊の奮戦もあるが、連合艦隊があえて追撃の手を緩めたことが大きい。

 連合艦隊側も初期の猛攻によって大きく傷ついており、戦列を維持したまま追撃ができなかった。また、窮鼠となったゾンファ艦隊の逆襲によって更なる損害を嫌ったこともある。


 しかし、一番の理由はハースの進言の結果だった。

 ハースは反乱を起こす可能性がある兵士をゾンファに帰還させ、本国でも革命を起こさせることを考えた。


 そのため、総司令官であるジャスティーナ・ユーイング大将に意見を具申していた。


「ゾンファ軍の中に不信の種は蒔かれました。ジュンツェン星系に帰還した後、ゾンファ軍の首脳部は多くの下士官兵を処分するでしょう。処分しなかったとしても、我々が進攻すれば、反乱が起きることを恐れたゾンファ軍はまともに戦えないはずです。そこで降伏を勧告すれば、血を流すことなく勝利が得られます」


「そうですわね。オオサワ提督にはそのようにお願いしましょう」


 ヤシマ艦隊の総司令官サブロウ・オオサワ大将もハースの策に賛同し、ロンバルディア艦隊の総司令官ファヴィオ・グリフィーニ大将も納得したため、追撃は行われなかった。


 ゾンファ艦隊がイーグンJPに向かう中、サイトウ首相の演説が行われた。


『ゾンファ共和国の兵士諸君! 我々は諸君らを敵とは思っていない。その証拠に可能であるにもかかわらず、追撃を控えている。今一度、言おう! 我らと共に真の敵を討ってほしい! 我々は諸君らを歓迎する。近い将来ゾンファ国民を解放するため、大規模な艦隊を派遣するだろう。今は決断できずとも、その時我らに協力してほしい……』


 更に止めの言葉が付け加えられた。


『……これは諸君らのことを思ってのことだ。もし、何もせずにいれば、党の上層部は反乱を見逃した者、反乱に加わるかもしれない者を決して許さないだろう。諸君らが平穏を得るためには我々と手を携える必要があるのだ……』


 この演説によって、再び降伏する艦が続出した。

 党に対し不信感を持つ士官たちが降伏を決断したためだ。


 彼らはこのまま祖国に帰ったとしても、政治将校たちが自分たちの失敗を糊塗するため、士官たちの指導力不足が反乱を招いたと報告すると考えた。そうなれば、自分たちが処分されることは今までの経験から容易に想像できた。


 また、ここで降伏しなければ、ジュンツェン星系で起きるであろう反乱に巻き込まれ、命を落とすことも大きな理由であった。


 最終的にイーグン星系に脱出できたゾンファ艦は二万隻を割り込んだ。

 こうして第二次タカマガハラ会戦はゾンファ共和国軍の敗北という結果で終了した。

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