第47話

 宇宙暦SE四五二三年七月二十一日。


 ゾンファ艦隊はジュンツェン星系に帰還した。

 ヤシマ星系を出た後に反乱が起きるようなことはなかったが、艦隊内は不穏な空気に包まれ、総司令官であるシオン・チョン上将は絶えず襲ってくる不安に苛まれていた。


(何が問題だったのだ……フェイが言う通り、確かに兵士たちのことを軽視していた。だが、今までと同じだったはずだ。私の指揮が悪かったのか……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。兵士たちがいつ反乱を起こすか分からんのだ。それに本国に戻れば、間違いなく責任を取らされる。いずれにせよ、私は殺される……)


 ゾンファ星系を出た頃の自信は完全に消え、司令官室からほとんど出ることなく、誰とも会わない日が続いた。

 そのため、フェイ・ツーロン上将が全体の指揮を執っていた。


 フェイはシオンに同情していた。


(奴の戦略は間違っていなかった。大軍を擁し、補給の計画も万全だったのだから……だが、タイミングが悪かった。あの新型艦さえなければ、ハースの謀略が成功する可能性は低かった。いや、俺たちが戦力の多さに胡坐をかいて油断しなければ問題なかった。そこをハースに突かれたのが痛かった。もう少し俺が注意していれば……)


 そんなことを考えるが、表面上は冷静に指揮を執り続けた。


 ジュンツェン星系に帰還する途中、下士官たちの不満が解消されていないことにフェイは気づいていた。


(反乱には加わらなかったが、この非人道的な艦に乗り続ければ、不満は溜まり続ける。J5要塞に入れば、ジュンツェンに駐留している艦隊や要塞の兵士たちにも今回の反乱騒ぎは伝わるだろう。しかし、要塞に入らないわけにはいかない。どうしたものか……)


 他の司令官に相談したが、彼以外の司令官は自らの命が危ぶまれる状況であり、フェイに一任するとしか言わなかった。


 フェイはジャンプアウトした直後、全艦に向けて放送を行った。


「これよりJ5要塞に帰投する! 艦隊は順次、要塞内で補給と休養を行い、その後本国に帰還する。今回の敗戦は小官を含めた司令部にある。諸君らに何ら恥ずべきところはない! 堂々と本国に凱旋しよう!」


 その言葉に准士官以下の兵士たちはようやく帰ることができると安堵する。


 しかし、その決定に納得していない者たちがいた。

 それは政治将校と呼ばれる国家統一党から派遣された士官たちだ。


 旗艦タイバイシャンの政治将校ガオ・ハイタオ大尉が部下と共にフェイに面会を要求した。


 その高圧的な態度にフェイはうんざりするが、これ以上波風を立てることは得策ではないと考え、その要求を呑んだ。


 そのため、ガオはフェイが自分たちを恐れていると勘違いし、更に高圧的な態度に出た。

 ガオは元々、兵士たちに気を使うフェイに対し、弱腰だと批判していた。安全な支配星系に戻ったことから、フェイを貶めるために嬉々としてやってきたのだ。


 面会開始直後、ガオが上位者であるフェイに断ることなく、発言を始めた。


「フェイ上将は今回の作戦の失敗をどう考えるのか! 反乱を起こした兵士たちをこのまま放置するというのか!」


 フェイはあまりに現実的でない話が始まり、一瞬言葉を失った。


「貴官らはヤシマにいる兵士に懲罰を行えと言うのか?」


 呆れながら聞くと、政治将校たちは大きく頷く。


「当然だ。祖国と党を裏切った者を放置することなどできん」


 その口調は一介の大尉が軍の実質的な最高位である上将に向けるものではなかった。しかし、フェイはあまりに非常識な内容に驚き、咎めることなく問い質した。


「貴官らはこの状況を理解しているのか?」


 ガオは、「無論」と言って大きく頷く。


「国家への反逆者が野放しにされている状況だ。当然放置しておくわけにはいかぬ」


 フェイはあまりに狭い視野に頭が痛くなった。


「不可能だ。ヤシマに艦隊を差し向ければ、更に反乱が起きるだけだ。そんなことも分からんのか」


「それを行うのが、政府から軍権を預けられた司令官の仕事だ」


 そう言い切られ、フェイはついに切れた。


「貴様らがいなければ、作戦は成功した! 自分たちの存在がいかに祖国に不利益をもたらしているのか、自覚していないのか!」


 その言葉でガオはブラスターを抜いた。


「フェイ上将を拘束せよ! 反逆者と共謀している疑いがある!」


 フェイは油断していた。いくら政治将校といえども、旗艦の司令官室で銃を抜くとは思っていなかったのだ。


「何をする気だ……」と副官が言い、フェイを庇おうとした。


 ガオは副官の胸に容赦なくブラスターを撃ち込む。副官は鋭い悲鳴を上げた後、崩れるように倒れた。


「党に逆らう者を処刑する権限を、小官は持っている。そんなことすら忘れてしまったのか」


 ガオは倒れた副官を見下ろしながら嘲笑する。その耳障りな声が耳に入ったところで、フェイは我に返った。


「貴様! 何をしているのか分かっているのか!」


「もちろん分かっていますよ。国家の安定のために不穏分子を処分していると」


 その理不尽な言葉にフェイは暴れ始める。


「放せ! このままではこの星系でも反乱が起きる!」


「貴様が兵士たちをしっかり教育しておけば、このようなことは起きなかった。貴様こそが反乱の原因なのだ!」


「元凶が何を言う! 貴様らが兵たちを追い詰めねば、このようなことは起きなかった! そんなことも分からんのか! 貴様らが……ガハッ……」


 フェイの叫びは強制的に中断させられる。ガオに腹部を撃たれたのだ。


 幸い、急所から外れたため即死しなかったが、フェイは口から血を吐き出しながら床に倒れ込んだ。


 その様子を見たガオはフェイを射殺したと信じ、そのまま放置した。

 陰で見ていた従卒がすぐに軍医を呼び、フェイは一命を取り止める。


 一連の暴挙はガオの性格も影響しているが、フェイ艦隊の規律の高さが原因でもあった。

 ガオは他の艦隊の政治将校と異なり、反乱が発生した後も命の危険を感じたことがなかった。


 そのため、未だに兵士たちは自分の命令に素直に従うと信じており、フェイを処分すれば、自分たちが主導権を握れると無邪気に考えていたのだ。


 ガオがフェイを射殺したという情報が、瞬く間に艦隊内に広がり、ほぼすべての艦で兵士たちが立ち上がった。


「唯一、我々の味方だったフェイ上将が政治将校どもに殺された! 我々はゾンファ革命軍に合流する! 我らに続く者は党の手先を処分しろ!」


 政治将校たちは次々と捕らえられ、兵士たちによって殺されていく。


 タイバイシャンでも同様だった。

 ガオは部下たちと共に、反乱を起こした兵士たちに取り囲まれた。命の危険を感じたガオはこれまでのことなど忘れたかのように、外聞もなく這いつくばって命乞いをする。


「助けてくれ! 私は党の命令に従っただけなのだ!」


「うるせぇ!」と言って一人の兵士が彼の顔を踏みつけるように蹴る。


 それでも命乞いを続けるが、兵士たちに顔の形が分からなくなるほど蹴られ、最後にはエアロックから裸で放り出された。


 政治将校以外の士官たちは積極的に兵士たちに協力した。彼らも政治将校に対し、思うところがあったためだが、ここで抵抗しても殺されると考えたためだ。



 フェイ・ツーロン上将暗殺未遂事件を発端にした反乱は、ジュンツェン星系に残っていた防衛艦隊やJ5要塞に伝わった。


 当初は反乱が起きたことを信じられなかったが、理不尽な状況に甘んじていた准士官以下の兵士たちは待遇改善を求めて、上層部に交渉団を送った。


 ここでも政治将校たちが頭ごなしに咎めたことから、防衛艦隊だけでなく、要塞内でも散発的に反乱が発生する。


 司令官たちは政治将校を拘束し、事態の収束を図るが、一度火が付いた反乱の火種はなかなか消えなかった。逆に佐官以上の士官のほとんどが軟禁状態となり、艦隊の指揮命令系統は崩壊した。


 フェイは一命を取り止めたものの、意識不明の状態が続いた。

 指揮官不在の中、反乱を起こした兵士たちだったが、彼らには先が見えていなかった。


 いつ来るともしれないアルビオンとFSUの連合艦隊を待ち続けるしかなく、ダラダラと時間だけが過ぎていく。


 士官たちはその状況を見て、主導権を取り戻そうと画策するが、兵士たちに阻まれ、逆に不信感が増大し、反乱を拡大させていくだけだった。


 反乱は要塞にまで及び、ジュンツェン星系は無秩序な状態に陥った。


 反乱勢力は“ジュンツェン星系革命準備委員会”という組織を作り、曹長であるシュン・ジアンが周囲に推される形で、委員長に就任した。


 シュンを始め、反乱に加わった者たちは自分に組織運営ができるとは思っていなかった。そのため、革命軍に参加するまでの繋ぎとして委員会を立ち上げたのだ。


 委員会は連合艦隊と革命軍艦隊を誤って攻撃しないよう、シアメンJPのステルス機雷を撤去し、その到着を待った。


 フェイの昏睡という予想外の展開に、クリフォードとハースの思惑より早く、ジュンツェン星系のゾンファ共和国軍は崩壊した。

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