第7話

 宇宙暦SE四五二三年三月三日。


 ヤシマ星系に派遣した外交団からの情報が首都星ゾンファに届いた。

 情報を受け取った外交部長のヤン・チャオジュンは、すぐに現在のゾンファの実質的な独裁者である、ファ・シュンファ政治局長のところに向かう。


 ファの執務室には側近である軍事委員のバイ・リージィもおり、三人は秘書官たちを下がらせ、密談に入った。


「スヴァローグ帝国がヤシマとロンバルディアに侵攻したとのことです」


 ヤンの言葉にファとバイが「「何!」」と言って、同時に腰を浮かす。


「ですが、アルビオンと自由星系国家連合FSUの連合艦隊に敗北し、皇帝アレクサンドル二十二世は停戦協定の締結と賠償金の支払いに同意したそうです」


 ヤンの追加情報に二人は落ち着きを取り戻すが、スヴァローグ帝国が敗北したことに驚きを隠せなかった。


「帝国が負けたのか……」とファが呟くと、ヤンが詳細を語り始める。


「帝国はまずロンバルディアを併合し、更にヤシマに艦隊を向かわせました。その数は最終的に十五個艦隊であったそうです……」


「十五艦隊……」とバイが思わず呟くが、ヤンはそれに応えることなく、説明を続ける。


「……アルビオンは最終的に八個艦隊をヤシマに送り、FSUも十個艦隊以上を集め、ダジボーグとロンバルディアから進攻してくる帝国軍に対し、各個撃破を行ったとのことです。そして、ダジボーグ星系に逆侵攻し、更に帝国艦隊にダメージを与え、停戦に持ち込みました」


 説明が終わると、ファはゆっくりと話し始めた。


「アルビオンがそれほどの艦隊を派遣したのか……それにしても帝国はまずい戦いをしたものだな。十五個艦隊も動員して各個撃破を許すとは……彼の国の政治体制であれば仕方がないのかもしれんが、アルビオンにしてやられたということか」


 その言葉にヤンは小さく首を横に振る。


「アルビオンの勝利も薄氷を踏むような危うい状況だったようです。統合作戦本部は帝国の足止め策に引っかかったらしいですが、それを艦隊司令長官のエルフィンストーンが強引に艦隊を先行させたため、チェルノボーグジャンプポイントJP会戦に何とか間に合ったらしいので。もし、追加の艦隊がなければ、僅か三個艦隊しかなく、逆に帝国が各個撃破に成功し、大勝利に終わったことでしょう」


 そう言って戦況の概要が書かれた報告書をテーブルに置いた。

 それを手に取ったファはパラパラとめくって読んでいく。そして、ある個所で紙をめくる手が止まった。


「エルフィンストーンが……いや、あの女狐、ハースの入れ知恵だろう」


「どういうことですか?」とバイが聞く。


「帝国の戦略を見破ったこともそうだが、それよりも巧妙なのはストリボーグ艦隊を無傷で残し、逆にダジボーグ艦隊を壊滅的な状況に追い込んでいることだ。戦場での勇者に過ぎんエルフィンストーンが思いつくような戦略ではない」


 その言葉でバイもファが何を言いたいのか理解した。


「ストリボーグ藩王に内乱を起こさせようということですか。しかし、それは意図的に行ったことなのでしょうか?」


 その問いにヤンが答える。


「意図的と見ていい。外交部が得た情報では、ダジボーグ星系会戦で勝利した後、ストリボーグ艦隊を各個撃破することは充分に可能だった。まだ十個艦隊が残り、ステルス機雷を敷設する時間もあったのだからな。そこに八個艦隊のストリボーグ艦隊が戻れば、勢いに乗ったアルビオンとFSUの連合艦隊が勝利した可能性は高い」


 その説明にファも頷く。


「アルビオンもFSUもダジボーグ星系を欲していない。どちらかと言えば、帝国が分裂して内乱が起きてくれる方が都合はいいのだ。FSUは両方に物が売れるし、アルビオンは面倒な敵が自滅してくれるのだからな」


「なるほど」とバイが納得する。


「我々にとってありがたいことは、アルビオンが思ったより大きなダメージを負ったことだな。詳細は分からんが、FSUの艦隊に足を引っ張られたのだろう」


 ファの言葉にヤンが同意する。


「少なくともチェルノボーグJP会戦ではロンバルディア艦隊の暴走が原因で、完全勝利を逃したようです。ダジボーグ星系会戦の詳細は掴んでいませんが、そこでもロンバルディア艦隊の動きが悪く、帝国艦隊を仕留め損なったとヤシマは考えているようですね」


 ヤシマの将兵はロンバルディア艦隊に対して、よい感情を持っていない。

 チェルノボーグJP会戦ではロンバルディア艦隊の猪突によって、ヤシマ艦隊は無用な損害を受け、更に最終決戦であるダジボーグ星系会戦でもロンバルディア艦隊は消極的な動きが多く、帝国艦隊を仕留めそこなったと思っている。


 そのことは帰還したヤシマ防衛艦隊の将兵が広めており、ゾンファの諜報員はその情報を簡単に手に入れていた。


「アルビオンが三個艦隊しか駐留させていないというのはよい情報だな。それにこれだけ多くの戦死者を出したのなら、これ以上艦隊を派遣することは考え難い。FSU艦隊がいくらいようが、アルビオンが僅か三個艦隊なら勝利は容易い」


 ファは軍人ではなかったが、戦力の評価は的確で、アルビオン軍が行っている評価とほぼ同じ結論に達している。


「では、ヤシマを手に入れますか?」とバイが確認すると、ファは大きく頷く。


「シオン・チョン上将を呼んでくれ。艦隊の状況を彼から直接確認したい」


 ヤシマに外交団を送り込む時から、ヤシマ侵攻作戦の準備は進められていた。そのため、ファはゾンファ艦隊司令長官のシオン・チョン上将にその確認をしようと思ったのだ。


 一時間ほどでシオン上将がファの執務室に現れた。

 シオンは現在五十歳であり、ゾンファ軍の実質的な最高位、上将としては比較的若い。


「お呼びと伺いましたが?」と言いながら、ファに顔を向ける。


 細面でややつり上がった目をした狐顔で、貼り付けたような笑みを浮かべている。


 シオンは三年間の大粛清時代を生き残っただけでなく、ファに取り入って艦隊のトップ、司令長官にまで昇り詰めており、その行動には誠実さより狡猾さが目立つ。


 そのことはファたちも認識しているが、自分たちが権力を握っている限り、シオンは裏切らないと確信している。また、軍人としての能力が高く、自分たちの役に立つと考えていた。


「ヤシマ侵攻作戦の準備状況を聞きたい」


 その言葉にシオンは一瞬目を見開くが、すぐに表情を戻し、冷静な口調で説明を始める。


「現在、ジュンツェン星系には十個艦隊が待機中です。更に本ゾンファ星系にある五個艦隊と地上軍の出撃準備も完了し、補給体制に問題はございません」


 昨年十一月、艦隊増強計画が順調であることから、シオンはジュンツェン星系に予め艦隊を進めておくことを提案していた。


 輸送艦の能力が向上しているとはいえ、一度に八個艦隊以上の大艦隊を三十パーセク(約九十八光年)もの距離を移動させることは、兵站に過度に負担が掛かるためだ。


 更に前回のヤシマ侵攻作戦の反省を踏まえ、ジュンツェン星系には十五個艦隊分の補給物資が六ヶ月分以上備蓄されている。


 また、ジュンツェン星系の弱点であった食糧生産基地だが、以前は第三惑星にしかなかったものが、現在では要塞がある第五惑星の軌道上にも設置されている。これにより、第三惑星上の食糧生産基地が破壊されても、大型要塞であるJ5要塞が飢える恐れはほぼなくなっていた。


「よろしい。では、早急に艦隊を出撃させてもらいたい。必要な手続きはこちらでやっておくのでな」


 一党独裁のゾンファにあっても他国への侵攻作戦の手続きは本来煩雑だ。

 党の軍事委員会で計画を起案し、中央委員会で承認後、国民議会に提出する。議会で採決後に国務院総理である国家主席が最終承認する必要があった。


 その手続きを無視して、政治局長とその側近だけで決定するというのは国としての体裁を完全に無視したものだ。


 もっとも以前も軍事委員長が独断で出兵を決め、事後承認させたこともあり、ゾンファという国が独裁国家であることを象徴していると言っていい。


 シオンはファに了解を伝えると、直ちに艦隊本部に戻り、艦隊司令官たちを招集した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る