第6話

 宇宙暦SE四五二三年二月十日。


 キャメロット星系にゾンファ共和国に関する続報が届いた。


 アルビオン王国の首相、ウーサー・ノースブルック伯爵は、軍務卿のエマニュエル・コパーウィートとキャメロット星系担当の統合作戦本部副本部長に新たに就任したジョアン・ヘイルウッド大将、キャメロット防衛艦隊司令長官ジークフリート・エルフィンストーン大将、更に総参謀長や艦隊司令官を集めた。


 首相であるノースブルックは本来なら首都星のあるアルビオン星系にいるはずだが、スヴァローグ帝国の自由星系国家連合フリースターズユニオン(FSU)侵攻を受け、前線となるキャメロット星系に移っていたのだ。


 コパーウィートがヤシマから届いた情報を説明する。


「まず基本的なところからですが、ゾンファ共和国の国家主席にタン・カイという人物が就任しました……」


 事前に情報を知っていたノースブルック、コパーウィート、ヘイルウッド以外、その名に記憶がなく、首を傾げている。


「……外務省から得た情報では、タン・カイは十年ほど前に中央委員会の委員であった人物で、どの派閥にも属さず、最終的に党の幹部養成学院の院長という名誉職を得て引退した人物のようです……」


 この情報はゾンファの政治を知っている者にとって驚くべきもので、ほとんどの者が言葉を失っている。


「……そして、今回の外交使節団の目的ですが、先に入った情報と同じく、捕虜の返還であることは変わりありません。しかし、実際にはのらりくらりと交渉を引き延ばし、何度も本国に確認するといって連絡艦を送っているそうです。外務省の見解ではヤシマ及びFSUの情報収集を行っているのではないかとのことでした。私からは以上です」


 そう言ってノースブルックに小さく頭を下げる。


「軍務卿からの情報の通り、ゾンファが情報収集を始めたが、あの国が目的もなく情報を集めるわけがない。ゾンファのヤシマ再侵攻を視野に、今後の国防計画について忌憚のない意見を聞かせてもらいたい」


 そこでエルフィンストーンが発言を求めた。


「我が国もゾンファ共和国に対し、外交団を送るべきではありませんか? ジュンツェン星系会戦終了後に、現地司令官の権限で一時的な休戦となったものの、本格的な停戦協定どころか、休戦協定すら結べておらんのですから」


 その言葉にノースブルックが小さく首を横に振った。


「既にヤシマにある大使館よりそのことは提案している。しかし、ゾンファの外交団は本国の承認がいると言って、時間稼ぎを行っている状況だ。強引に連絡艦に同行させろと交渉したが、首を縦に振らんのだ」


「そうなると、本気で捕虜返還を求めているわけではないということですか」


 エルフィンストーンが憮然とした表情でそう言うと、キャメロット星系における制服組のトップ、統合作戦本部副本部長のヘイルウッドが手を上げた。


 彼は昨年まで第十艦隊の司令官であったが、前任のギーソン副本部長がヤシマへの艦隊派遣計画の失敗により引責辞任したため、急遽抜擢された。


 本来であれば、艦隊司令長官のエルフィンストーンが昇格すべきところだが、エルフィンストーン本人が艦隊を離れることを嫌がったことと、兵士たちから人気が高い彼を外すと艦隊の士気が落ちることを懸念し、コパーウィートらが決めたと噂されている。


「統合作戦本部で検討した結果ですが、ゾンファ軍は既に五年前の水準に回復している可能性が高く、安定した政権となった場合、十個艦隊以上の動員が可能と評価しています。それと合わせて考えると、ゾンファが侵攻を考えている可能性は高いと言わざるを得ません」


 ヘイルウッドの言葉に艦隊司令官たちから溜息に似た声が漏れる。


 前回のゾンファのヤシマ侵攻艦隊は六個艦隊三万隻に過ぎなかった。しかし、今回はジュンツェン星系を守る五個艦隊と合わせると、十五個艦隊、七万五千隻という膨大な戦力となるためだ。


 昨年のスヴァローグ帝国のFSU侵攻でも最終的に十五個艦隊が投入されていたが、今回は分散することなく、一ヶ所に集中できるため、帝国の侵攻より危機感が強い。


「FSU各国からの派兵はどのようになっていますか?」とアデル・ハース大将が発言する。


 現状では帝国の再侵攻を考慮し、アルビオン艦隊は三個艦隊のみがヤシマ星系に駐留している。そのため、三個艦隊しかないヤシマ艦隊と合同で当たるにしても、ゾンファ艦隊が六個艦隊以上で侵攻してきた場合、敗戦は必至であった。


「現在、ヒンド共和国軍二個艦隊が駐留している状況だ。それに加え、ヤシマ政府はラメリク・ラティーヌ共和国、シャーリア法国に艦隊の派遣を依頼したと聞いている。ちなみにロンバルディア連合だが、帝国との戦争の後始末があるから要請していないそうだ。シャーリアは帝国と接しているから難しいが、ラメリク・ラティーヌは少なくとも二個艦隊は派遣するはずだ」


 コパーウィートの答えに更にハースが質問する。


「では、我が国はどうするおつもりでしょうか? ヤシマへの増援は必要との認識でしょうか?」


 その問いにコパーウィートが答えようとしたが、ノースブルックが手で遮り、話し始める。


「政府としては予算的に大規模な増派は難しいと考えている。それに加え、市民の厭戦感が強くなっている。これは野党と一部メディアが主導していることだが、この状況で艦隊を無理に派遣すれば、内閣の支持率は一気に低下し、ヤシマに駐留している艦隊すら引き上げざるを得なくなるかもしれない」


 四年半前のゾンファとの戦い、そして昨年の帝国との戦いで五十万人以上が戦死している。その多くがキャメロット星系出身者で、メディアは遺族の悲嘆する姿を流し続けていた。


 その背後には野党民主党の姿があり、リンドグレーン提督のスキャンダルで下がった支持率回復のため、政府と与党が無意味な戦争で兵士を死に追いやっていると追及していた。


 その中には先日まで作戦部長であったルシアンナ・ゴールドスミスの姿もあった。彼女は軍を退役後、軍事評論家として民主党よりのメディアに出演していた。


「そうは言っても、ヤシマがゾンファの手に落ちれば、我が国は危機的な状況に陥ってしまう。一時の不興は甘受し、我々がやるべきことを粛々と行うべきではないか」


 エルフィンストーンが力強く言って、周囲を見回す。

 その言葉にハースが異を唱えた。


「提督のお考えは理解できますが、市民の支持を失うと後に響きます。ここは現実的な対策を考えるべきではないでしょうか」


「その通りだ。その上で我々の採るべき方策が何かを考えてもらいたい」


 ノースブルックの発言の後、様々な意見が出された。


「……では、今後の方針として、以下のようにしたいと思う……」


 ノースブルックがそう言ってまとめる。


「……ヤシマに駐留する艦隊は三個艦隊で変更しない。但し、交代する艦隊との引継ぎは三週間程度とする……」


 艦隊は三ヶ月間駐留するため、毎月一つの艦隊が交代する。そのため、引継ぎ期間を長くすると、実質的に四個艦隊の期間が長くなり、防衛能力が向上する。但し、翌月三月に出発する艦隊から適用されるため、実際に増強されるのは四月以降になる。


 この他にも現在実施されている艦隊再建計画はそのまま実行し、戦力の回復を図ることが決まった。また、FSU艦隊との演習頻度を上げ、FSU艦隊をある程度使えるようにするという対策も承認された。


「……正式には国防会議での承認が必要だが、キャメロット星系政府と私の権限で、この方針で進めることにする。諸君らにはいつでも対応できるよう、一層の努力を期待する。以上だ」


 国防会議は首相が議長となる国防に関する最高意思決定機関である。メンバーの多くが首都星アルビオンにいるため、戦時中という条件の下、首相が決定し、それを追認する形で進めることになった。


 この方針が公表されると、野党やそれに近いメディアから反発の声が上がった。


『ヤシマ及びFSUは自らの力で自国を守るべきではないのか! 我が国の兵士がこれ以上血を流すことは容認できない! 我々はヤシマから艦隊を引き上げた上で、艦隊再建計画の予算を遺族や戦傷者に回すべきだと考えている! この点について、政府の見解を確認したい!』


 野党議員が興奮気味に政府に詰め寄る姿が報道された。

 それに対し、ノースブルックは冷静な態度のまま、自らの考えを述べていく。


『現在、我が国はゾンファ共和国との戦争が継続した状態にあります。私もゾンファ共和国が停戦交渉に応じるのであれば、兵士諸君や市民の皆さんに負担を強いるような決定をすべきではないと考えております。しかしながら、共和国は我が国との外交チャンネルを頑なに閉ざし、交渉の席に着こうともしません。このような状況で、現在の臨戦態勢を解くことは自殺行為と言わざるを得ないでしょう……』


 ノースブルックの言葉により、市民の多くは一時的に納得した。しかし、増税や国債の発行について報道されると、再び艦隊の派遣に反対の声が大きくなる。


 政府が対応に苦慮する中、クリフォードらは艦隊再編後の調整に力を入れていた。

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