第8話

 宇宙暦SE四五二三年三月四日。


 ゾンファ共和国の実質的な指導者、ファ・シュンファ政治局長の指示を受けた艦隊司令長官のシオン・チョン上将は、配下の艦隊司令官たちを招集した。


 その数は彼を含めて五人。

 ゾンファ星系にある十二個艦隊の司令官のうち、今回の作戦に参加する司令官全員が会議室のテーブルに座って、会議の始まりを待っている。


 年齢的には五十歳になったシオンとほぼ同じか彼より低く、これまでのゾンファ軍では考えられない若さだ。


 その中にフェイ・ツーロンの姿もあった。

 かつて彼はアルビオン王国との緩衝宙域であるターマガント星系において、圧倒的に有利な状況でクリフォードに敗れており、以前のゾンファ軍なら司令官職に就くことはなかっただろう。


 また、多くの者が粛清されたが、最前線であるジュンツェン星系に長くいたことと、少将という比較的低い地位にあったことから、対象とならずに生き延びた。


 彼がこの場にいるのは士官学校の同期であり、友人でもあるシオンから声が掛かったためだ。


 彼の前にシオンが現れたのは一年半ほど前のSE四五二一年十一月。ようやくゾンファの政権が落ち着いた頃で、フェイは最前線であるジュンツェン星系からゾンファ星系に戻っていた。


 その頃のことを彼は何となく思い出していた。


(もう一年半になるのか……あの時は突然だったな……)


 SE四五二一年十一月、フェイの前に突然現れたシオンは前置きをいうことなく、『私と共にこれからの艦隊を作っていかないか』と誘った。


 その頃のフェイは無意味な権力闘争に辟易していた。

 また、名将であり、傾きかけた祖国を支えてくれると信じていた、フー・シャオガン上将とマオ・チーガイ上将という偉大な先輩が次々と命を落としたことで、退役すら考えていた。


 そして、その頃のシオンはファ政治局長に接近し、総参謀長の地位にあった。

 フェイはそんなシオンに不信感を持った。士官学校時代には共に不正を憎み、国のために尽くそうと語っていたが、個人的なコネクションを使ったことに以前とは違うと思ったのだ。


『私は退役しようと思っている。フー上将、マオ上将の下にいた私は、新しい共和国には不要だろう』


『今回の一連の粛正で多くの優秀な将を失った。軍を立て直すためには君のような敗戦から学べる優秀な者が必要なのだ。それに君は下士官や兵たちから慕われている。ぜひとも力を貸してほしい』


 シオンはフェイの能力を買っていたが、その中でも下士官兵から敬愛されている点を高く評価していた。彼自身もそうだが、ゾンファ軍の上級士官は下士官兵たちを見下し、信頼関係を築けない者が多いためだ。


 そのため、シオンは新型艦の設計に不満を持つ下士官兵の扱いを、フェイに任せたいと考えていた。


 一方のフェイは、能力的にはシオンを買っているものの、自らの出世のみを考えている点に危惧を抱き、その誘いを断った。


『君に私は不要だろう。もっと若手を登用して、軍の刷新を図った方がいい』


 それに対し、シオンはニヤリと笑う。


『もちろん若手の登用は考えているよ。だが、私に、いや、俺にズバリとものが言えるのはお前くらいしかいないんだ。この国の未来を俺たちの手で切り開いてみないか』


 士官学校時代の口調で言われ、フェイは苦笑いを浮かべるが、学生の頃に妙に馬が合ったことを思い出した。


 その後、シオンは胸襟を開いてフェイと話し合った。そして、ファ局長にすり寄った理由を熱く語った。


『ファ局長は若いが恐ろしく切れる。だが、軍のことは分かっていない。このまま俺が手を出さなかったら確実にクーデターが起きていた。党や軍の上層部で粛清合戦をやっている分には市民に犠牲は出ないが、クーデターは別だ。国を守るためには俺が軍のトップに立たなければならんのだ!』


 フェイはシオンが士官学校時代と同じように、国のことを想っていることを確認し、手を貸すことにした。


『いいんだな。俺は遠慮せんぞ』とフェイは言い、右手を差し出した。


 シオンは『もちろんだ』と言ってその手を取る。


 そして、フェイはすぐに上将に昇進し、正規艦隊の司令官に就いた。


(あれほどのミスを犯し、一時は銃殺すら覚悟した私が艦隊司令官とはな……)


 フェイが自嘲気味にそんなことを考えていると、シオンが話を始めた。


「ヤシマから情報が届いたことは聞いていると思う。詳細は報告書の通りだが、重要なことは帝国との戦いでFSUだけでなく、アルビオンも大きく傷ついたことだ……」


 そこで四人の司令官の反応を見ていく。


 フェイは静かに聞いているが、他の三人はやや興奮気味に頷いていた。

 その姿にシオンは心の中で満足げに頷き、更に説明を続けていく。


「……更に重要なことはヤシマの防衛体制が未だに整っていないことだ。帝国側のチェルノボーグジャンプポイントJPには大型要塞衛星を建設中だが、我が国側のイーグンJPには計画はあるものの、未だに着手していない。この機を逃さず、ヤシマを手中に入れるというのが、党の方針だ」


 そして、再び言葉を切り、資料を持ち上げる。


「これがその計画書だ。動員する艦隊は十五個艦隊、地上軍百個師団、約百二十万人だ」


 前回のヤシマ侵攻作戦の三倍近い規模に、フェイを含め、五人の司令官は同時に息を呑む。


「もちろん、一度にすべてをヤシマに送り込めば、前回の失敗を繰り返すことになる。そのため、ヤシマには十個艦隊を派遣し、ジュンツェン星系防衛に五個艦隊を残すこととしている。貴君らの意見を聞きたい」


 その言葉に、立派な口髭を蓄えた大柄の男、レイ・リアンが発言する。


「タイミングとしては完全な奇襲になる。アルビオン艦隊が三個しか存在しないなら、FSU艦隊がどれほどいようが圧倒できるだろう。問題があるとすれば、タカマガハラの占領だ。あの惑星の周りにある軍事衛星群を制圧しようとすれば、我が軍に相当な被害が出るはずだ」


 レイはシオンやフェイの一期先輩に当たる五十一歳であり、階級が同じであることから敬語を使っていない。


「その点は同意するが、艦隊さえ潰してしまえば、軍事衛星だけならやりようはある。何も力業に拘る必要はないのだからな」


 シオンがそう言うと、レイとは対照的に文官と見まがうようなひ弱なイメージのクゥ・ダミンが補足する。


「司令長官のおっしゃることは、惑星への質量兵器での直接攻撃を示唆することで、ヤシマ政府を降伏に追い込むということですな。制宙権さえ確保していれば、あえて軍事衛星に戦いを挑む必要はないと」


 クゥはレイと同じくシオンの一期先輩に当たるが、レイとは異なり丁寧な口調で話している。そして、その態度には阿るような雰囲気も漂っていた。


「その通りだ。無論、そのような手段を採ることはしないが、惰弱なヤシマの者どもなら容易に脅しに屈するだろう」


「そうなのだろうか」とフェイが疑問を口にする。


「どういうことだ? フェイ上将」とシオンが確認する。


「ヤシマの首相はサイトウだ。奴はヤシマの政治家にしては胆力がある。我々が無傷でヤシマを手に入れたがっていることを逆手に取って、援軍が来るまで時間稼ぎをするのではないか?」


「その可能性は否定せんが、援軍があったとしても各個撃破すればよい」


 シオンがそう反論すると、女性将官であるシー・シャオロンが同調する。


「援軍を待つと言っても、FSUが主体の艦隊であれば、各個撃破は難しくありません。増援を待つ時間を与えなければよいのでは?」


 シーはその性格を表すかのように鋭い視線と濃い化粧で、やり手の女社長のような印象を受ける者が多い。その彼女が挑発的な目でフェイを見ている。


 シーはこの中で最も若い四十七歳で、シオンにすり寄ることで今の地位を得た。シオンがフェイを特別視していることに嫉妬に似た感情を抱いている。

 そのため、シオンが見ている前でフェイを論破するつもりでいた。

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