第48話

 宇宙暦SE四五二二年十月十一日 標準時間二三〇〇。


 ストリボーグ藩王ニコライ十五世と自由星系国家連合フリースターズユニオン及びアルビオン王国との間で講和に向けた条件のやりとりが行われた。


 ニコライの代理である艦隊司令官ティホン・レポス上級大将は限りなく要求に近い回答を返す。


 自由星系国家連合FSU及びアルビオンの幹部たちは、皇帝ではなく藩王という微妙な立場の者と本格的な交渉を行うことについて、協議を行うこととした。


 第九艦隊司令官アデル・ハース大将はその協議に先立ち、彼女のブレーンである参謀長セオドア・ロックウェル中将、副参謀長アルフォンス・ビュイック少将、首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐を司令官室に呼んだ。


「今回の帝国との交渉について意見を聞かせてほしいので集まってもらいました」


 そう言って全員を見た後、話し始めようとした。

 しかし、ロックウェルがそれを遮り、


「コリングウッド艦長も加えるべきではありませんかな」と提案する。


 ハースは僅かに驚きの表情を浮かべると、


「艦長を呼んでもよいのかしら?」とビュイックとリンステッドに尋ねる。


「ぜひとも彼の意見を聞きたいですね」とビュイックが笑顔で答えると、ハースの視線はリンステッドに向く。


「小官も同じです」とだけ答えるが、サバサバとした表情で今までのような敵意はなかった。


 その表情にハースはニコリと微笑み、「分かりました」といってクリフォードを呼び出すよう副官に命じる。

 クリフォードはすぐに現れた。


「お呼びと伺いましたが?」


 その顔には呼び出された理由が分からないと書いてある。


「ええ、この後の会議に向けて、帝国への対応ついて意見を聞きたいと思っているの。三人ともあなたの意見を聞きたいと言っているわ」


 その言葉にクリフォードは驚くものの、特に異議を唱えることなく席に着いた。


「では時間がないので単刀直入に聞くわ。帝国に対してどう対応すべきか、私の考えを聞いてちょうだい……」


 ハースの考えは帝国内に再び内乱を起こさせるために、FSUとアルビオンがニコライに与するように見せるというものだった。


「内乱ですか。確かに我が国にとってもよいことですが、可能なのでしょうか」


 ロックウェルが疑問を口にする。


「今の状況なら可能だと思います。皇帝と藩王の戦力はほぼ拮抗していますし、藩王は野心家だという噂ですから」


「仮に藩王が野心家であっても、祖国の存亡という状況で内乱を起こすとは思えないのですが」


「おっしゃる通り、帝国が我が国やFSUに併合されるというのであれば藩王も動くことはないでしょう。ですが、我が国もFSUも帝国の領土に魅力を感じていません。そして、そのことは皇帝も藩王も理解しているでしょう。ですから、この機を利用して皇帝は藩王ニコライという不安定要素を排除しようとするでしょうし、藩王は皇帝の座を狙う千載一遇のチャンスと考えるでしょう」


 ロックウェルは「なるほど……」と頷き、考え込む。


 しかし、ビュイックが疑問を投げかける。


「ですが、艦隊だけでこのような方針を決めてしまっていいのでしょうか」


 アルビオン王国は文民統制を基本としており、このような政策に近い戦略を勝手に決めることはそれに反すると指摘したのだ。


「確かに王国政府の国防委員会で決めるべきことね。でも布石を打つだけなら問題はないと思っているわ。国防委員会が内乱を起こさせる必要がないと判断するなら、これから先、帝国に干渉しなければいいだけの話だから。それより、この機を逃せば後からそうしたいと思ってもできなくなるわ。だから、ここは打てる手は打っておくべきよ」


 ビュイックは「確かにそうですね」と納得する。


 リンステッドが「一つよろしいでしょうか」と発言を求めた。

 ハースがそれに頷いて認めると、


「布石とおっしゃられますが、具体的にはどのようなことをお考えなのでしょうか」


 リンステッドの問いにハースは小さく頷き、


「藩王ニコライが“皇帝の代理”となったという実績を作ります。沈黙している皇帝がどう出るかは分かりませんが、不愉快なことに違いはないでしょう」


「確かにおっしゃる通りですね。それにこの程度の布石であれば、問題になることはないと思います」


 リンステッドが納得したところで、クリフォードが初めて口を開いた。


「閣下のお考えに反対ではないのですが、早期に帝国内で内戦が起きる状況は好ましくないのではありませんか」


 意外な言葉にハースは「どういうことかしら?」と首を傾げる。


「今回の戦争で我が国とFSUは大きな損害を受けています。その原因となった帝国から何らかの補償を得なければ、今回の戦いに関係していない第三国だけが相対的に有利な状況になります。そうなれば、再び戦争が起きるのではないかと」


「つまり、アルビオンやFSUが力を落とした今を狙って、ゾンファが漁夫の利を得ようとすると……それは考えなかったわ。あなたならどうするのかしら。考えはあるのでしょう?」


 そう言ってハースは覗きこむようにクリフォードの目を見る。


「皇帝と藩王の両方に王国とFSUが後ろ盾になる可能性を示すのです。そうなれば、にらみ合う状況を作り出すことができます。その間に帝国の開発に協力するという名目でヤシマが資金を得て、それを王国に回すような仕組みを作れば、帝国の国力を落としつつ、我が国の国力回復に資することができるでしょう」


「それは帝国内の利権をヤシマに吸い取らせるということかしら? 確かに有効な手ではあるけれど、時間を与えれば皇帝が力を取り戻してしまうわ。帝国が彼の手で本当に統一されたら厄介だと思うのだけど」


 ハースはニコライよりアレクサンドルを警戒していた。


 今回の一連の戦いでも一歩間違えれば帝国の大勝利に終わった可能性が高い。特にヤシマ星系でのチェルノボーグJP会戦は、クリフォードとハースの策で艦隊を早期に送り込んでいたため勝利できたに過ぎない。


 もし、統合作戦本部の当初の案のままであったら、ロンバルディア艦隊が計画通りヤシマに移動できたとしても、僅か三個艦隊しかないアルビオン艦隊では帝国の侵攻を防ぐことはできなかった可能性が高い。


 それほどまでにアレクサンドルの戦略は危険だった。


「その危険性は否定できませんが、皇帝が即座に権力を掌握したとしても十年程度は再侵攻できません。逆ににらみ合いが続けば、我々に資金が流入する分、有利になるのではないでしょうか」


 クリフォードもアレクサンドルがより危険であると考えているが、ニコライも思った以上に狡猾であり、大きな差はないのではないかとも思っている。


「確かにそうね。でもヤシマが協力するかしら。国民感情的にもそうだけど、帝国内で開発を行ってもいずれ帝国に奪われるのだから、無駄な投資はしないと言いそうな気がするわ」


「その点は難しいところです。私も専門家ではないので何とも言えないのですが、短期で資金を回収できるプロジェクトを考えてもらえば、大きな損失を被ることはないのではないでしょうか。あとは皇帝個人に資金の一部を回すと約束して、長期的に回収するという手もあると思います」


「その点はヤシマの外交官の意見を聞いた方がよさそうね。他に意見はないかしら」と言って参謀長以下の顔を見ていく。


 三人はそれぞれ意見がないと答え、会議は終了した。

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