第47話
ストリボーグ藩王ニコライ十五世率いるロンバルディア方面艦隊四万隻がイデアール星系側
ニコライは二万隻を割り込んだ艦隊を見て、皇帝に対する怒りをぶちまける。
「何をしておるのだ! アルビオンがいるとはいえ、弱敵であるヤシマやロンバルディアにこれほどやられるとは! 今の皇帝に至高の座に着く価値があるとは思えん!」
その言葉に対し、ストリボーグ艦隊の司令官ティホン・レプス上級大将が嗜める。
「お気持ちは重々理解いたしますが、兵たちの目がございます。ご自重ください」
そう言いつつもニコライへの追従は忘れない。
「皇帝陛下は何ら交渉しておらぬ様子。ここは大兵力を有する藩王
怒りをぶちまけていたニコライだったが、その分かりやすい追従に機嫌を直す。
「確かに余が交渉の場に出るべきであろうな。敵はどのような要求を突きつけてくると思うか」
「恐らくは人的損害に対する補償と、ヴァロータ、イデアールの領有権放棄、ロンバルディア人財産の返還程度でしょう」
「どう対応すべきだと思うか?」
「強気に出てくるでしょうが、長居はできぬはずですから、すぐに折れると考えます。補償についてはダジボーグの財産から幾ばくかを出させればよいかと。領有権につきましては
レポスは“今後”という言葉を強調する。それにニコライも分かっているとでも言うように頷いた。
「ロンバルディアで奪ったものはどうすべきか?」
ニコライたちはロンバルディア占領で国庫にあった貴金属、希少金属、宝石類などの財産を奪っている。但し、今後の統治を考え、個人及び企業から掠奪は行っていなかった。
「恐らく気づいておらぬと思いますので、しらを切るだけでよいと考えます。万が一気づかれておりましたら、正式に譲渡されたと主張しましょう。実際、ロンバルディア政府の承認を得ているのですから」
方針が決まったところで、ニコライはレポスに連合艦隊の総司令官に交渉を持ち掛けるよう命じた。自らが交渉すると言いつつもレポスに任せたのは軍同士の交渉となると考えたためだ。
実務的な話になるのであればレポスの方が適任であるということもあったが、格下である軍司令官に対し藩王である自分が最初から出るわけにはいかないというプライドの問題もあった。
「銀河帝国ストリボーグ艦隊のティホン・レポス上級大将である。ニコライ十五世藩王閣下より交渉の全権を委ねられておる。貴艦隊の最高責任者と話がしたい」
距離が百光分ほどあるため、会話は成立せず、連合艦隊側からも通信が入った。
「ヤシマのサイトウである。我々は銀河帝国の暴挙に対し正義の鉄槌を下すべく艦隊を進めてきた。帝国が正式に謝罪し、賠償に応じなければ、帝国を滅ぼすことも辞さない」
ヤシマの首相がいることに驚くものの、その強気の発言にニコライは嘲りの笑みを浮かべる。
レポスは「吼えておるだけです。ここは私にお任せを」と言って交渉を続けた。
その間に連合艦隊側はゆっくりと前進し始めた。
針路はロンバルディア方面艦隊を遮る形で、ナグラーダ周辺の残存艦隊との合流を阻もうとしているように見える。
「皇帝陛下と連絡が取れぬため、藩王であるニコライ十五世閣下の権限によって貴国と交渉するものである。我々は貴国の要求を聞く用意がある」
レポスは下手に出ることで連合艦隊との戦闘を回避するつもりでいた。これは劣勢であることもあるが、それ以上にこの後の皇帝との戦いを考え、戦力を減らさないためだった。
ニコライは帝都スヴァローグの将兵、役人たちに誰が皇帝としてふさわしいかを示すつもりでいた。
既に皇帝は大きなミスをしている。それは帝国の領土に敵を招きいれたというもので、皇帝の失敗を彼が最小限に留めたことを見せつけるつもりだった。
緩慢なやり取りが始まるが、この通信はナグラーダにいる皇帝アレクサンドルにも届いていた。
「ニコライは余に代わって交渉するつもりか」と呟くが、下手に介入してニコライがへそを曲げ、ストリボーグに撤退すればダジボーグは陥落する。仕方なく見守るしかなかった。
連合艦隊側は帝国艦隊の合流を防ぐため、ストリボーグ艦隊の停止を要求した。
「まず、貴艦隊の停止を要求する。それがなくば、貴官との交渉は時間稼ぎとみなし、全艦隊をもって攻撃を行う」
レポスはニコライに向かい、停止を提案する。
「ここは相手の要求を飲み、一旦停止いたしましょう」
「それでは我が艦隊は不利なままだが、何か意図があるのか?」
「もちろんございます。我々は皇帝陛下に代わり交渉を行う権利を得ました。そして、皇帝陛下は我々がストリボーグに戻ることを恐れておられます。ここで止まらなければ、ナグラーダに向かわざるを得ず、そうなれば、皇帝陛下が交渉の場に出ようとされるでしょう」
「つまり、余が主導権を握り続けるにはストリボーグに向かうルートを確保しておく必要がある。それを敵が用意してくれたということか」
「その通りでございます」と言って恭しく頭を下げる。
ニコライの許可を得たレポスは艦隊を停止させ、交渉を再開する。
連合艦隊側からの更なる要求が届く。しかし、それはレポスたちの予想の範囲内だった。
「それでは我々の要求を伝える。貴国に囚われているであろう
FSUクレジットは
また、帝国との間に不戦条約を締結し、更に貿易の拠点となる租借地の建設を要求した。
「……最後にヴァロータ及びイデアールの領有権の放棄と両星系にFSU軍の常駐を認めることを要求する」
これらの要求に対し、レポスは明確に答えなかった。
「貴国の要求に対し、前向きに検討する用意がある。なお、本艦隊にはロンバルディア連合関係者を含むFSU関係者は存在しない。また、アルビオン王国関係者についても同様である。しかしながら、条約については皇帝陛下と連絡が取れない状況であり、明確な回答は保留させてもらいたい」
この回答は連合艦隊側の想定の範囲内であった。
「貴官は全権を任されていると言っていたが、それは偽りであったのか!」
サイトウは恫喝した後、更に期限を切ることで脅しを加えた。
「我々の要求に対し回答する権限を持たぬのであれば、交渉を打ち切り、貴艦隊に降伏を勧告する。回答の期限は十月十二日標準時間〇一〇〇。それまでに明確な回答がなされない場合は、貴艦隊を含む本星系に存在する銀河帝国軍に対し、攻撃を再開する」
現在の時刻は十月十一日の二十時であり、回答期限は五時間後となる。
ニコライ率いるロンバルディア方面艦隊はナグラーダから九十光分の位置にあり、連合艦隊はサタナー周辺にまで近づき、艦隊間の距離は二十光分にまで接近していた。
レポスは即座に回答を行った。
「回答期限については了解した。藩王閣下のご裁可を得るため、しばし時間をいただきたい」
それだけ言うとニコライと協議を始めた。
「藩王
ストリボーグ艦隊が奪った資産は十億クレジットに相当する。
「ロンバルディアから奪ったものを返すのか? 我らが独力で得たものをみすみす手放すというのは気に入らぬ」
その言葉にレポスが静かに反論する。
「ここは藩王
その言葉に魅かれるものの、未だに未練があるのか、更に問い質す。
「ロンバルディアの資産であれば、返却とみなされるのではないか?」
「その点は問題ないでしょう。彼らも実が取れれば無駄に騒ぐことはありません。藩王陛下は帝国内に向けて自らの資産を手放したと宣言すればよいのです」
「つまり、帝国の民の忠誠をロンバルディアの金で買うということか……それはよいとして、ダジボーグの資産で残りを支払えるとは思えん。それにダジボーグのものであっても帝国の財産。安易に支払うと約束することはできん」
ニコライは自分が皇帝になるつもりでおり、帝国の資産の減少を認めたくなかった。
「ダジボーグの資源の採掘権を与えると約束すれば問題はないでしょう。これならばダジボーグの開発のためという理由にもなりますし、採掘開始後に奪い返せば、結果としてヤシマの技術を得たことになるのですから」
そこでニコライは静かに目を瞑る。そして、ゆっくりと目を開いた。
「よかろう。ダジボーグの連中は問題視するかもしれんが、スヴァローグの者たちは納得しやすかろう」
ニコライは帝都のあるスヴァローグ星系の貴族や民衆がどう考えるか思案した。
今回の戦争は“ダジボーグ人”のアレクサンドルが起こしたものであり、ストリボーグとスヴァローグは巻き込まれたに過ぎない。
だから、責任はダジボーグが取るべきだとすれば、スヴァローグ人の支持も得られると考えたのだ。
「さすがは陛下。深謀に感服いたしました」とレポスは大げさに追従する。
レポスは連合艦隊に向けて回答を行った。
「銀河帝国ストリボーグ藩王ニコライ十五世閣下は
更に不戦条約の話が続く。
「また、不戦条約の締結についてはFSUからの提案を受け、締結に向けた努力を行う……ヴァロータ星系及びイデアール星系の領有権についても、不戦条約にてその帰属を確定させるものとする……」
言い方は違うものの、内容的には連合艦隊側の要求に限りなく近いものであった。
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