第49話

 宇宙暦SE四五二二年十月十一日標準時間二三〇〇


 第九艦隊ではアデル・ハース大将が参謀長以下を集め、今後の協議を行った。その場には旗艦艦長であるクリフォードも呼ばれ、帝国内にくさびを打ち込むべきという結論となった。


 司令官室を出た後、首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐はクリフォードに話しかける。


「あなたは凄いわね。私ではとても思いつかないわ」


 その表情は以前のような険のあるものではなく、サバサバとしている。

 その言葉にクリフォードは真面目な表情で小さく首を横に振った。


「そんなことはありません。私は大佐を素晴らしい参謀だと思っています」


「お世辞はいいわ」とリンステッドは笑うが、クリフォードは真剣な表情を崩さない。


「本隊を生かすために、いえ、祖国を守るために自らを犠牲にする策を立てられました。私は何度もそのような考えの方に助けられていますが、未だにその境地に達したことはありません」


 リンステッドはその言葉を意外に感じた。


「あら、あなたの武勇伝には指揮官を守ろうとして身を挺したというのもあったのでは? それに王太子殿下をお守りするために倍する敵に向かっていったはずよ」


 そこでクリフォードが初めて表情を崩し、苦笑する。


「私は無我夢中で戦っていたに過ぎません。大所高所から判断したことはありません」


「そうなの……」と考え込む。


 そして、何かを思いついたのか、クリフォードの顔をまじまじと見た。


「一つ教えてほしいのだけど、あなたはどうしてそこまで考えられるのかしら」


 想定外の問いにクリフォードは言葉に詰まる。

 数秒ほど考えた後、一つの答えを出した。


「父の影響が大きいですね」


「お父上の? 戦艦の艦長をされていたと聞いたことがあるのだけど、戦略家でもあったということかしら」


 クリフォードの父リチャードは“火の玉ファイアボール・ディック”と呼ばれるほどの熱血漢で、戦艦の艦長として名を馳せた人物だった。そのことをリンステッドも知っており、疑問を口にした。


「いいえ。父は生粋の戦艦乗りです」


「ではなぜ?」とリンステッドは小首を傾げる。


「私は父のような軍人を目指していました。いえ、今も父を指標として任務に当たっています。未だに父には及びませんが……」


 そこでどう言っていいのか考えるため、言葉を切った。


「……幼い頃、父からよく軍の話を聞きました。父が常々言っていたことは“部下たちを信じろ”と“目的を見失うな”です。部下たちのことは言うまでもないですが、その“目的を見失うな”について、父が教えてくれたことは“目的が何かはっきりしていれば、おのずとやることが見えてくる。そのためには常に何をすべきか考え続けろ”ということでした」


 リンステッドは目を見開いて聞いていた。


「目的を見失うな……そうね。とてもいい言葉だわ。そして、とても重い言葉。特に私にとっては……」


「私は器用な方ではありません。何が最善かを考え続けていますが、一人で考えているだけはよい考えは浮かびません。いろいろな人に教えを乞い、まとめているに過ぎないのです。その結果、運良く使える案を思いつくだけなのです」


「運だけではないわ」とリンステッドは苦笑するが、


「教えを乞うか……あなたのその謙虚さが私との大きな違いということね……」


 そこでニコリと笑い、「忙しいところ引きとめてごめんなさい。でも、いい話を聞かせていただいてありがとう」といい、その場を去っていった。


 その様子を参謀長セオドア・ロックウェル中将が見ていた。


(首席参謀も少しは変わったようだな。これが提督の狙ったことなのか。やはりあの方には敵わないな……)


 ロックウェルはそう考えながら、自室に戻っていった。



 数時間後、連合艦隊の主要なメンバーがヤシマ艦隊の旗艦に集まった。

 ヤシマ首相タロウ・サイトウが議長役となり、各国の意見を取りまとめていく。


 ロンバルディア艦隊のファヴィオ・グリフィーニ大将は帝国が約束を守る可能性が低いと考えるものの、承諾するしかないと断言する。


「受け入れざるを得ないでしょう。この状況が長く続けば、敵は戦力を増強させ、更に強気に出てくるでしょうから」


 それに対し、アルビオン艦隊の総司令官ジークフリード・エルフィンストーン大将が発言する。


「ダジボーグでの採掘権を得ても貴国及びFSUに恩恵はないのではないですかな」


「そうなりますが、今は少しでも有利な条件で条約を締結した方がよいと考えます」


 そこでハースが発言を求めた。サイトウは小さく頷いて認める。


「まず現状について整理が必要です。帝国は多くの艦艇を失いました。それも皇帝アレクサンドル二十二世直属のダジボーグ艦隊を中心に。そして我々ですが、FSUと我がアルビオン王国は共同戦線を張り、帝国と戦いました。両国の艦隊を合わせれば、ダジボーグだけでなく、ストリボーグ、更にはスヴァローグすら攻め落とせる能力を有していることは明らかです」


 そこでグリフィーニが「しかし、それは現実的な話ではないのではありませんかな」と口を挟む。


 彼の他にもロンバルディアやヤシマの将官たちが頷き、その意見に同調する。


「もちろんです。我が国もこれ以上領土を増やしても負担が増えるだけでメリットがありません。ですが、帝国との交渉において、この点を強調することは可能ではないかと考えます」


「皇帝と藩王のいずれに対しても脅しを掛けるということですか」とサイトウが確認する。


「はい」と大きく頷くものの、すぐに否定的な話を始める。


「しかし、脅し過ぎることは危険です。帝国は一枚岩でありませんが、危機感を持てば一つにまとまってしまいますから」


「言っていることが矛盾しているように感じるのだが」とエルフィンストーンが首を傾げる。


 ハースはそれに明確に答えることなく、話を続けていく。


「我々はダジボーグ、ストリボーグの両星系に対し、大兵力をもって攻め込むことが可能です。つまり、帝国内で今後発生するであろう内戦に対し干渉することが可能です。それも強大な力をもって干渉することが」


 グリフィーニが分かったという感じでポンと手を叩く。


「それは皇帝と藩王に対し、脅しを掛けるように見せておきながら、一方では我々の戦力が期待できると思わせるということですかな」


 ハースは笑みを浮かべて頷いた。


「その通りです。特に皇帝は多くの戦力を失いました。現状では皇帝と藩王の戦力はほぼ拮抗しています。この状況で内戦が勃発すれば皇帝が代わる可能性すらあるのです」


 その言葉で数人がハースの言いたいことが理解できたものの、まだ険しい顔をしている者も多い。

 ハースは更に言葉を続けていく。


「戦争を仕掛けた皇帝はともかく、藩王はFSU及びアルビオンに対し心証をよくしておき、あわよくば援軍となってほしいと考えるはずです。皇帝も藩王がそう考えることは容易に想像できますから、その点を上手く突けば、交渉を有利に進めることができるのではないでしょうか」


 サイトウはハースの考えに理解を示し、「なるほど」と頷くが、あえて意見を付け加えた。


「だが、藩王ニコライも愚かではありますまい。外国の力を借りて皇帝の座に就こうとすれば国内の反発を受けます。そこまで考えぬのではありませんかな」


 その言葉にハースはもう一度大きく頷き、


「小官もその可能性はあると思っています。しかし、皇帝と藩王が互いに不信感を持ち、牽制しあってくれるだけでも、交渉を有利に進められるのではないでしょうか」


「つまり、藩王と秘密裏に交渉し、皇帝の不安を煽る。更に藩王に対してもこちらが皇帝と密約することを匂わせるということですかな」


 サイトウの問いにハースは笑顔で頷く。


「サイトウ首相には難しい交渉をお願いすることになりますが、今回の戦争で少しでも得るものがなければ、貴国のみならず、多くの国で指導部が不信感を持たれることになります。ここが正念場と考えていただければと思います」


 サイトウは「私に腹芸を期待されても……」と言いかけるが、


「分かりました。何とかやってみましょう」と言って了承した。


 その後、交渉に参加するサイトウ、グリフィーニ、ハースの三人の役割分担などを含め、綿密な打ち合わせを行っていった。

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