第44話
アルビオン王国キャメロット第九艦隊の首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐は、帝国軍が何らかの罠を仕掛けているのではないかと疑っていた。
情報を確認していたその時、あることに気づき、参謀用コンソールを猛烈な勢いで操作する。
すぐに目的のものは見つかった。
「これだわ!」と声を上げ、すぐに司令官のアデル・ハース大将に報告する。
「提督! スヴァローグ艦隊はまだミサイルを使い切っていません! 本隊が危険です!」
艦隊の指揮に集中していたハースはリンステッドの言っている意味が分からず、「どういうことなの?」と短く確認する。
「敵の最初の一連射はステルス機雷から発射されたものです。これを見てください」
そう言ってメインスクリーンに巧妙に隠されたステルス機雷の発射管を示した。
「艦隊の中にステルス機雷を配置しておいて、ミサイルを発射したように見せたのです。このまま本隊が追撃に入れば、逆襲を受けてしまいます」
遠方からの可視画像では判別できなかったが、第九艦隊が敵に接近したため、発見できた。もっともリンステッドのように目的を持って確認しなければ、見逃されたはずだ。
ハースは感心するものの、そのことに言及する時間はなく、即座に対応方針を確認する。
「それは分かったわ。では、どうすればよいのかしら」
「我が艦隊に向けてミサイルを使わせるのです。そのためにはこのままの速度で接近を続け、カロネードを撃ち込むと見せかけてはいかがでしょうか」
「そうね」と答えるものの、
「一個艦隊で済むなら安いものということ……あなたは思っていた以上に豪胆な人ね」と笑う。
現在、スヴァローグ艦隊は二千隻が沈められ一万一千隻になっている。また、リングに隠れていたダジボーグ星系防衛隊も半数の千五百隻になっており、それらが第九艦隊に向かおうとしていた。
そのすべての戦闘艦からミサイルが一斉発射されたとすると、八万基近い数となる。既に第九艦隊は四千隻を割り込んでおり、一隻辺り二十基以上のミサイルを受けることになる。
そして重要なことは、これだけ接近していると迎撃する時間がほとんどないという点だ。二人は艦隊が全滅することを覚悟しながらも、これ以上の損害を味方に与えないことを優先しようとしていた。
そこで意識を失っていた参謀長、セオドア・ロックウェル中将が頭を振りながらしわがれた声で話に加わってきた。
「艦長が提案したミサイル防衛戦術を試してみましょう。失敗しても失うものはありません」
その言葉にハースは笑顔で頷き、即座に命令を発した。
「そうね。あれなら全滅せずに済むかもしれないわ……全艦、加速停止! フォーメーション
第九艦隊は紡錘陣形を極端に細くし、密集隊形を作っていく。
■■■
帝国軍の総司令官リューリク・カラエフ上級大将は第九艦隊の動きを見て、艦隊特攻を掛けてくるのかと疑った。
彼の眼には大型艦を前方に集め、その攻撃力を叩きつけようとしているように見えていた。
「これ以上、艦を失うわけにはいかん。全艦ミサイル攻撃準備!」
リンステッドが看破した通り、帝国艦隊はもう一連射分ミサイルを残していた。
カラエフの構想では敵艦隊が追撃して来た際、補助艦艇群に隠してあるステルスミサイルと同時に反撃し、アルビオン艦隊にダメージを与えることで戦意を挫くつもりだった。
アルビオン艦隊により多くのダメージを与えれば、ロンバルディアから戻ってくるであろうストリボーグ艦隊を恐れ、連合艦隊は撤退する。彼はそう考え、ここまで戦ってきたのだ。
今回の会戦では異常なほど多くのステルス機雷やステルスミサイルが使用されている。これはヤシマ占領後にアルビオン側とゾンファ側を封鎖するために用意してあったもので、二年という年月を掛けて準備したものだ。
ミサイルに偏重した帝国軍でもこれほどステルスミサイルを使用した例はなく、
カラエフの策は連合艦隊の総司令官であるジークフリード・エルフィンストーン大将の的確な指揮とアルビオン艦隊の練度の高さ、そして第九艦隊の活躍により、当初の目論みほど効果は発揮しなかった。
しかし、二倍以上の優勢な敵に対し、互角に戦えていたことを考えると、充分な効果はあったと言えよう。
もし、リンステッドが看破しなければ、接近を続けているアルビオン本隊にミサイルを集中させ、数千隻単位で損害を与えることができただろう。それにより会戦自体の行方が大きく変わり、カラエフの基本構想通り連合艦隊が撤退する可能性は高かった。
しかし、ハースが自らの艦隊を犠牲にして本隊を助けようと考えたことから、カラエフの策は修正を余儀なくされた。
大戦果を放棄しながらも第九艦隊に攻撃を集中するのは、これ以上味方の損害を増やすわけにはいかないためだ。
その理由だが、軍事衛星があるナグラーダ周辺に再展開するとしても、一定以上の艦が残っていなければナグラーダの防衛は難しい。
例えアルビオン艦隊に大きなダメージを与えたとしても、制宙権を奪われた状態で巨大な標的である惑星を守ることは不可能だからだ。
そして有人惑星が甚大な被害を受ければ、元々人口が少ない帝国の国力は一気に低下する。
もっとも連合艦隊側にナグラーダへの直接攻撃を行う意志はなかった。それを行えば、帝国との停戦は事実上不可能になり、泥沼の戦いに引きずり込まれるためだ。
しかし、この時点でカラエフはそのことを知りようがなかったし、また復讐に燃えるロンバルディア軍やヤシマ軍が暴走しないとも限らない。
そのため、カラエフとしてはナグラーダ防衛を優先せざるを得なかった。
カラエフは内心の忸怩たる思いを見せることなく、全艦にミサイルの発射を命じた。
「全艦ミサイル発射! 敵高機動艦隊を殲滅せよ!」
普段感情を表さない彼にしては珍しく、強い口調で命令を発した。
その直後、メインスクリーンにはステルスミサイルを示す細い線が放射状に開く美しい画像が映されていた。それは艦隊を中心として開く白百合のように見えた。
「敵艦隊、レールキャノン発射! 三十秒後に到達します!」
カラエフはその早すぎるタイミングに違和感を覚えた。
アルビオンのレールキャノン、通称カロネードはすれ違いざまに使うことが多く、これほど離れた場所から撃つことはないと認識していたためだ。
しかし、そのことを深く考える時間はなかった。ミサイルと連携して主砲で止めを刺す必要があったためだ。
「ミサイルの到着に合わせて主砲を撃ち込め! 敵の防御スクリーンはすぐに過負荷になる。一気に蹴散らすのだ!」
カラエフの戦術は彼の考え通りに進められていた。しかし、彼の頭に引っ掛かるものがあった。それは知らぬうちに罠にはまっていくようなそんな不快感に似ていた。
(何だ、この感覚は……まあよい。敵を蹴散らして、そのまま加速すればナグラーダに逃げ込める。これだけステルス機雷を見せておけば、おいそれとは追いかけられんはずだ)
そして、第九艦隊にミサイルが到達するタイミングとなる。
「主砲を撃ち続けろ! 敵の残骸を越えたら一気に加速する!」
しかし、次の瞬間、目にした異様な光景に、出かけた言葉が喉で固まってしまう。
「何が……」
彼の目に映っていたのは八万基のミサイルの半数が第九艦隊の直前で爆発する姿だった。
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