第45話
第九艦隊旗艦インヴィンシブル89の
司令部にいる全員が正面にあるメインスクリーンを見つめ、八万基に及ぶミサイル群に恐怖を感じている。
そんな中、クリフォードは
「AIによる自動迎撃開始」
その短いひと言にポートマンの了解が遅れる。
彼もメインスクリーンに意識が向いていたことと、既にAIによる迎撃命令は入力されていたためだ。
「
その声にポートマンが慌てた様子で復唱する。
「申し訳ありません、
第九艦隊のすべての艦が一斉に手動回避を止め、更に主砲と副砲、カロネードが同時に発射される。そのすべてが艦隊旗艦インヴィンシブルのAIの指示によるものだった。
主砲や副砲は集束率を極限まで下げており、発射された瞬間宇宙空間に広がっていく。
メインスクリーンには艦隊を示す紡錘型のアイコンの前面と側面から主砲等のエネルギー束とカロネードの質量弾を示すアイコンが触手のように伸びていく姿が描かれていた。
それは美しい百合の花のようだと見ている者たちは思った。
「敵ミサイル第一波九十五パーセント破壊! 第二波八十二パーセント破壊、第三波……」
今回使われたのは、主砲等の高エネルギービームとカロネードから撃ち出された金属弾による遠距離ミサイル迎撃法だった。更にこの迎撃法に加え、抜けてきたミサイルを対宙レーザーで迎撃するという二段構えの防御方法だった。
これはAIによる究極のミサイル迎撃法と言えるもので、使用可能な兵器をすべて使い、艦隊の全艦で死角を無くすように計算し尽くされていた。
この方法はステルスミサイルの特性に対処したものだった。ミサイルには搭載艇並みの防御能力しかなく、薄く広く攻撃することでも撃ち落とすことは可能だ。
通常、主砲や副砲などの粒子加速兵器は集束率を極限まで高め、射程と威力を上げて使用する。しかし、ミサイル迎撃という目的に限定しているため、集束率を下げても充分にミサイルの破壊は可能であり、逆に攻撃範囲を広げられる分、有利になる。
また、充分にミサイルを引き付けることで、軌道が容易に想定でき、撃墜率の向上を図っている。
この迎撃法はクリフォードが砲艦での経験とシャーリア星系での戦闘の教訓から編み出したもので、戦術研究論文として提出されていた。
その論文をハースが見つけ、更に改良を加えた上で充分な訓練を行っている。
その成果がクリフォードたちの目の前にあった。
メインスクリーンに幾重にも開く爆発の花が映し出されており、CIC要員は誰もがそれに見入っていた。
「敵の砲撃は続いている! 手動回避開始!」というクリフォードの叱責が飛ぶ。
「
クリフォードの言う通り、敵の砲撃は続いており、その間にも何隻もの味方艦が沈められている。
これがこの迎撃法の最大の弱点でもあった。
砲撃戦においてAIによる自動回避のみに頼ることは敵に予測されやすくなる。そのため、主砲の命中率が一気に上昇するのだ。
コクスンの声に他のCIC要員も我に返り、自らの仕事に集中していく。
「ミサイル接近! 左舷下方、右舷上方、それぞれ二基!」
情報士の言葉に戦術士がすぐに反応する。
「対宙レーザー迎撃開始……」
その直後、激しい衝撃が艦を襲う。
オレンジ色の非常用照明に切り替わり、更に警報音が鳴り響く。
その音に負けないように戦術士と機関士が上ずった声で報告する。
「敵重巡航艦主砲直撃! 直撃個所は左舷艦尾!」
「
クリフォードは大きく揺れる艦に動揺することなく、冷静な声で必要な指示を出す。
「リアクターの再起動急げ。NSDの損傷程度を報告せよ」
機関士の悲痛とも言える声がそれに答えた。
「NSD能力五十パーセント
クリフォードは「了解」とだけ答え、すぐにダメージコントロール班に命令を出す。
「
更に唯一の動力源となった
「
その間にも味方の艦が次々と沈んでいく。ミサイル迎撃にある程度成功したものの、すり抜けてきたミサイルと敵からの砲撃を受けているためだ。
「すぐに敵艦隊とすれ違います。それまで敵の攻撃を何とか凌ぎなさい!」
ハースの言う通り、既に敵艦隊との距離はゼロ距離といえるほどで、その分砲撃も激しくなっている。
インヴィンシブルも何度も直撃を受け、更に周囲の
帝国艦隊からの攻撃はさらに激しさを増していく。
■■■
一方のスヴァローグ艦隊も加速を続けていた。
側方からアルビオン艦隊本隊が加速し始めているが、時間差をつけて起動するステルス機雷の処理に梃子摺っており、徐々に引き離していく。
順調に見えるが、第九艦隊に向けて発射したステルスミサイルがほとんど迎撃されたことにカラエフを始め、司令部の者たちは言葉を失った。
「何が起きたのだ……」
歴戦のカラエフはすぐに我に返り、第九艦隊に攻撃を続行するよう命じた。
「敵高機動艦隊を殲滅せよ! 特に先頭にいる巡航戦艦に砲撃を集中させるのだ! あの艦を沈めれば、敵の士気は一気に下がる……」
カラエフは最前線にいる巡航戦艦が旗艦であるとは考えていなかったが、歴戦の艦であり敵艦隊の士気を高めている一因であると考えた。そのため、インヴィンシブルに砲撃を集中させることを命じたのだ。
カラエフの命令は実行された。
しかし、インヴィンシブルは巡航戦艦とは思えないほど頑強に抵抗し、突き進んでくる。
「なぜ沈まぬ!」というものの、既にすれ違う直前であり、冷静さを取り戻したカラエフは命令を変更した。
「敵にダメージを与えるより、脱出を優先する。各艦、防御に集中せよ」
帝国艦隊は戦艦を後方に回した防御陣形を組み、第九艦隊とすれ違った。
■■■
インヴィンシブルでは敵の猛攻に曝され、大きな被害を受けていた。
「艦首に戦艦主砲命中!」
「左舷中央、軽巡航艦主砲命中!」
「左舷カロネード全基使用不能!」
「防御スクリーン、もちません! 一時的に両
「
CIC要員から次々と上げられる緊迫した報告に、クリフォードは冷静に対処していく。
「兵装関係は無視せよ。
クリフォードはダメージコントロールを重視していた。特に速度超過の状況であり、一瞬の判断ミスが致命傷となりかねないためだ。
更に小型艦の主砲が命中するが、「敵艦隊通過!」という運用参謀の声が響く。
即座にハースが加速と反撃を命じる。
「加速開始!
第九艦隊は反転して攻撃することなく、更に距離を取る選択をした。
その理由は艦隊の損害の大きさだった。
既に撃沈された艦は千隻を超え、中破以上の被害も五十パーセントを超えている。損傷していない艦はほとんどなく、満身創痍という状況で反撃したくてもできる状況ではなかったのだ。
■■■
ロンバルディア艦隊は初期の混乱が収まった後、ダジボーグ星系防衛隊に一定程度の損害を与えたところで攻撃の手を緩めていた。
ロンバルディア軍の中には背中を見せるスヴァローグ艦隊に追撃を掛けるべきという意見もあったが、総司令官のファヴィオ・グリフィーニ大将がそれを押し留めている。
「これほど周到な準備をした帝国軍が罠を仕掛けていないはずがない。我々のこの星系での戦術目的は達したのだ。無用な損害を受け、祖国解放に支障をきたすような真似をしてはならん」
グリフィーニの懸念は的を射ていた。
帝国軍の後方にあった補助艦艇群には多くのミサイルが隠されており、ロンバルディア艦隊が追撃に移っていたら一斉に発射されていた。そうなった場合、練度の低いロンバルディア艦隊は大きな被害を受け、その後の軍の再建に支障をきたした可能性が高い。
グリフィーニはこの戦闘の後、ロンバルディアから戻ってくるストリボーグ艦隊のことも考えていた。ロンバルディアを占領していたストリボーグ艦隊がダジボーグに戻った後、そのままロンバルディア解放に向かうつもりでいるのだ。
予想ではロンバルディアに戦力は残さないと考えられているが、艦隊が残っている可能性は否定できない。そのため、自国の艦隊の損害を極力減らす方策を採った。
しかし、彼の行動はアルビオン軍の一部から非難されることになる。
総司令官であるエルフィンストーンの指示ではスヴァローグ艦隊の後方を脅かすというものだが、それが不完全だったためだ。
■■■
こうして後に第一次ダジボーグ星系会戦と呼ばれることになる戦いの幕は下りた。
アルビオン艦隊の損害は最も激しい戦闘を繰り広げた第九艦隊は戦闘艦四千五百隻中、喪失千二百、中破千五百、小破千五百と壊滅の一歩手前という状況まで追い込まれていた。
第九艦隊以外でもステルス機雷や星系防衛隊の奇襲により、二千隻以上が沈められており、戦前の楽観的な空気は霧消していた。
ロンバルディア艦隊は初期の奇襲で千隻を失ったものの、積極的な攻撃を手控えたことから中小破千五百隻程度で、思った以上に損失は少なかった。
一方の帝国軍は、スヴァローグ艦隊が参加一万三千隻中、喪失二千隻、中小破三千隻と大きな損害を受けている。
更に悲惨だったのはアルビオン艦隊を正面から受け止めたダジボーグ艦隊だ。参加九千隻中、喪失二千五百、中小破五千であった。
また、奇襲で活躍したダジボーグ星系防衛隊は参加三千隻中、二千隻を喪失。残りも何らかの損傷を受けていた。これは元々小型艦で構成されていたことと、最後までリング内から艦隊を支援していたためだ。
帝国軍はヤシマ星系でのチェルノボーグJP会戦と合わせ、二万隻近い航宙艦を失った。
更にダジボーグ星系のエネルギー供給を担うプラントがすべて破壊され、エネルギーインフラが完全に復旧できるのは早くても二年後と推定されている。
元々、このプラントはヤシマの技術が使われていたが、侵略を受けたヤシマの支援は当然望めない。そのため、帝国の既存の技術を使うしかなく、その能力も大きく低下することが見込まれている。
善戦した第九艦隊旗艦インヴィンシブル89は
四百名の乗組員のうち、重軽傷者が二十名ほどいたが、戦死者はなかった。
また、重巡航艦二隻、軽巡航艦一隻、高機動ミサイル艦一隻を撃沈し、戦艦一隻を僚艦と共に沈めている。旗艦がこれほどの戦果を挙げたことに賞賛の声が上がっていた。
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