第43話

 宇宙暦SE四五二二年十月一日 標準時間一三二〇


 帝国艦隊の主力、スヴァローグ艦隊の司令官リューリク・カラエフ上級大将は決断を迫られていた。


 アルビオン第九艦隊の側面攻撃により、無視できないほど損害が増えている。そのため、撤退すべきタイミングなのだが、戦闘後の交渉を考えると、敵に一定以上のダメージを与えないと帝国自体の存亡にも関わってくる。


 本来であれば、無理をしてでもアルビオン及び自由星系国家連合FSUの連合艦隊に攻撃を加えたいのだが、右翼前方にいるダジボーグ艦隊は正面のアルビオン艦隊本隊と第九艦隊に挟撃される形となり、時間と共に被害は増大していた。


 カラエフはコンソールに映る情報を見つめた後、決断した。


「ナグラーダに向けて転進せよ。敵高機動艦隊粉砕後、最大加速でナグラーダに向かえ!」


 有人惑星である第二惑星ナグラーダには大型の軍事衛星があり、敵が追撃してくる可能性は低い。そのため、敵から距離を取ることができれば、これ以上の損失を出すことはない。


 しかし、帝国艦隊には大きな弱点があった。それは低い加速性能だ。


 元々設計思想として攻撃力重視としているため、加速性能は全般的に他国の艦船に比べ二割程度低く、高機動艦である軽巡航艦でも五kGの加速力しかない。


 この加速性能は他国の重巡航艦や巡航戦艦と同等で、軽巡航艦が旗艦となる駆逐艦戦隊の機動力を大きく落とす要因になっている。そのため、大型艦から機動力を使って逃げるという選択肢が採りにくいのだ。


 特に戦艦の加速性能の低さは致命的で、撤退する場合、何らかの策を弄さなければ戦場を離れることすら困難だった。


 そのため、カラエフは最後の手を打った。


「アルビオン本隊に向けてミサイルを発射せよ!」


 帝国艦隊の大きな特徴は遠距離攻撃に特化している点だ。


 特に駆逐艦の主兵装は大型ミサイルであり、すべて撃ち尽くせばスループ艦並みの戦闘力しか持たなくなるが、その分、強力で大型艦すら一撃で撃沈できるほどの威力を誇る。


 しかし、その分搭載数が少なく、通常は二射分しかない。既に一度一斉発射しているため、ここで発射すればミサイルはなくなってしまう。戦闘力が大きく減少してしまうが、カラエフにその悲壮感はなかった。


 アルビオン軍でも帝国艦隊のミサイル発射搭載数を把握している。そして、帝国軍がミサイルを使い切れば自分たちの勝利であると考えていた。


 帝国艦隊から大量のミサイルが発射された。


 アルビオン本隊とは距離が離れていることから、攻撃の結果が現れるのは十分後だが、アルビオン側もミサイル発射を掴んでおり、迎撃態勢を整えるため、安易に前進できずにいる。


「ダジボーグ艦隊に撤退命令を。脱出を優先せよと伝えよ」


 アルビオン本隊と対峙していたダジボーグ艦隊が次々に艦首を左に向ける。アルビオン艦隊から激しい砲撃があり、いくつもの爆発が起きる。


 しかし、サタナーの円環リングを遮蔽にした巧みな機動により、艦隊の崩壊までには至っていない。


 アルビオン艦隊本隊はゆっくりと前進してくる。

 ミサイルへの対応を考慮し加速度を抑えたもので、帝国軍の将兵は大艦隊による圧力プレッシャーをひしひしと感じていた。


 アルビオン艦隊本隊との距離が詰まることで、駆逐艦などの小型艦も砲撃に加わり始めた。

 そのため、側面をさらす帝国艦隊の損害はそれまでとは比較にならないほど増加していった。


 それでもカラエフは冷静だった。


「敵高機動艦隊に砲撃を集中せよ! 一気に蹴散らしてしまえ!」


 その直後、帝国艦隊はそれまでの鬱憤を解消するかのごとく、猛烈な砲撃を第九艦隊に叩き付ける。


 第九艦隊では機動力を生かした回避機動で対応しようとしたが、数倍の敵からの砲撃に次々と沈められていく。


■■■


 旗艦インヴィンシブル89は艦隊の先頭に立ち、敵に少なくない出血を強要していた。しかし、スヴァローグ艦隊の猛攻によりインヴィンシブルも何度も直撃を受ける。


「アヴローラ級重巡航艦主砲直撃!」


「G甲板デッキL23ブロック減圧! 隔離操作開始します! 第一、第二隔壁閉鎖……隔離操作完了。隣接ブロック減圧なし……」


「戦術通信系故障! バックアップ系に切り替え中。切り替え完了……戦術通信系は一系統トレインで運用中です! 旗艦機能喪失の可能性あり!」


主兵装冷却系統MACCS過負荷警報発信中! 主砲の発射間隔を長くしてください!」


 戦闘指揮所CIC警報アラーム音と人工知能AI警告アラートに支配される。


「戦闘継続に必要な処置を優先せよ。艦隊運用規則の逸脱も許可する」


 クリフォードの命令に「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー」」という声が返ってくるが、この状況でも冷静さは失われていない。


(まだ戦える。しかし、この状況が続けば……駄目だ。弱気になるな! ここで私が弱気を見せれば士官たちに伝染する。そして、それは艦全体の士気を下げることになる。今は何としてでも艦を守り抜くという意思を見せなければ……)


 クリフォードは自らを叱咤する。


 彼が考えるように指揮官が不安を抱けば不思議と組織全体に伝わる。そして、その不安は指揮に対する不信となり、組織が崩壊することすらあり得るのだ。指揮官は常に自信を見せて部下たちの範とならねばならない。


「主砲命中! ヴァリャーグ級重巡航艦撃沈!」


 情報士のジャネット・コーンウェル少佐の声が響くと、CICに「「やったぞ!」」という歓声が上がる。


 クリフォードはその声を「戦いに集中するんだ!」と一喝して静める。


「主砲命中! ルブヌイ級軽巡航艦轟沈!」


 インヴィンシブルは艦隊の先頭で獅子奮迅の戦いを見せていた。しかし、その間にも敵の砲撃は続いており、危機的な状況であることは変わっていなかった。



 クリフォードらの後ろでは艦隊司令部の要員たちが分艦隊司令部や戦隊司令部への命令伝達に四苦八苦している。


「第五重巡航艦戦隊司令部連絡途絶! 旗艦デヴォンシャー243撃沈された模様!」


「第二十六駆逐艦戦隊より救援要請あり!」


「第二分艦隊司令部より針路変更の具申あり! 敵の下方を抜ける針路の提案がきております」


 それに対し、ハースは次々と命令を下していく。


「第五重巡航艦戦隊には先任順位に従い、指揮権の確立を急ぐように命じて。救援要請にはすべてこう答えなさい。司令部に余剰戦力なし、命令に従い攻撃を継続せよと。第二分艦隊には提案の却下と現在の針路を維持せよと伝えなさい」


了解しました、提督アイ・アイ・マム。攻撃継続を徹底させます」


 参謀長のロックウェルが未だに回復していないため、副参謀長のビュイックがそれに了解する。


 首席参謀のリンステッドはその混乱の中、打開策の検討に没頭していた。


 当初の作戦ではダジボーグ艦隊にステルスミサイル発射後、スヴァローグ艦隊にカロネードによる攻撃を掛けて混乱させ、その間に敵の後方をすり抜けるというものだったが、現状ではスヴァローグ艦隊のすべてが自分たちに向かってくるため、すり抜けようがない。


 更に艦隊は〇・〇三光速という高速で敵に向かっており、ベクトル的にどの方向に向かっても危険な状況であった。


(こちらの強みと敵の弱みをよく考えるのよ。敵はできるだけ早く撤退したいはず。だから我々に関わっている時間はないわ。それにミサイルはほぼ使い切っている。その証拠に今受けている攻撃でミサイルはまったく使われていない……スヴァローグ艦隊はダジボーグ艦隊を逃がすために何を考えている? ステルス機雷は使い切ったし、ミサイルもない……本当にそうかしら? 何か性質たちの悪いペテンを考えている気がして仕方がないわ……)


 リンステッドは参謀用コンソールを操作し、カラエフの狙いを必死に探っていく。

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