第34話

 宇宙暦SE四五二二年九月十二日 標準時間〇一〇〇。


 スヴァローグ帝国のヤシマ侵攻作戦は失敗に終わった。

 参加した自由星系国家連合フリースターズユニオン軍やアルビオン王国軍の将兵は勝利に沸くが、将官たちは苦い表情を浮かべている。


 二倍近い兵力と濃密なステルス機雷原という圧倒的に有利な状況で完勝できなかったためだ。


 その原因となったロンバルディア連合軍の指揮官ファヴィオ・グリフィーニ大将は猪突した指揮官を解任した上で、不甲斐ない部下たちに普段の温厚さを忘れて激怒する。


「貴官らは軍人の基本である命令遵守すらできぬのか! 何のために涙を呑んで祖国を後にしたのか!」


 その激しい言葉に、楽観的で無反省な気質のロンバルディア人たちも反省の言葉を口にした。


 グリフィーニは「二度目はない」と低い声で警告した後、前線部隊の総司令官ナイジェル・ダウランドに謝罪の通信を入れた。


「此度の失態はすべて小官の不徳の致すところ。いかような処分も甘んじて受けたいと思っております」


 ダウランドもロンバルディア艦隊の動きに言いたいことは山ほどあったが、ここでグリフィーニを弾劾しても今後の作戦に支障を来たすだけだと理解していた。


「貴国の軍律に従い、命令違反者を処分していただければ結構です。それよりも今後のことを早急に話し合わねばなりません」


「ありがとうございます」と礼を言った後、


「確かにその通りですな。貴艦隊の活躍で帝国艦隊に一定以上の損害を与えることに成功しました。敵が回復する隙を与えず、ダジボーグに進攻すべきでしょう」


 二人の意見は一致したが、損傷を受けた艦が多く、一度ヤシマの首都星タカマガハラ周辺まで戻る必要があった。


 グリフィーニにはヤシマ艦隊から厳重な抗議があったものの、ヤシマ側も自分たちが足を引っ張ったという認識があり、ダウランドが取り成すことで一旦は矛を収めた。但し、補償についてはロンバルディア奪還後に話し合うという条件が付けられている。



 標準時間一五〇〇。


 アルビオン艦隊とロンバルディア艦隊がタカマガハラ周辺に到着した時、アルビオン王国方面であるレインボー星系ジャンプポイントJPに約一万隻の艦隊が現れた。


 キャメロット星系を発したジークフリート・エルフィンストーン提督率いるアルビオンの増援艦隊だった。


 この事実は統合作戦本部の失態を明確にするものだった。


 もし、三個艦隊が先行していなければ、チェルノボーグJP会戦で帝国が勝利していた可能性が高かった。


 その場合、ヤシマ星系内で十五個の帝国艦隊が合流し、非常に不利な状況で戦わざるを得ず、ヤシマを失うだけでなく、艦隊が大きな損害を受けた可能性が高い。



 増援艦隊は十五時間後の九月十三日六時にタカマガハラ周辺に到着し、エルフィンストーンは直ちにヤシマ防衛連合艦隊の総司令官サブロウ・オオサワ大将に面会を申し込む。


 エルフィンストーンはチェルノボーグJP会戦に間に合わなかったことに苛立っていたが、オオサワとの会談ではその苛立ちを隠してダジボーグ進攻の必要性を訴える。


「二個艦隊が増援されたことでダジボーグへの進攻がより有利になりました。この機を逃さず、すぐにでも向かうべきです」


 その性急さにオオサワは苦笑いを浮かべ、


「さすがは“烈風ゲール”と呼ばれるお方ですな。ですが、艦隊の再編と補修、補給物資の積み込みには三十時間ほど掛かります。まずは派遣する艦隊の規模、そして戦略について検討しようではありませんか」


 エルフィンストーンはオオサワの言葉に頷き、


「では、我が国で素案を作ります。本日の十八時に会議を招集していただけまいか」


「了解しました」と了承された。


 エルフィンストーンは旗艦プリンス・オブ・ウェールズ03に戻ると、すぐにヤシマに駐留する艦隊の司令官と参謀長を招集した。


 会議の冒頭、ダウランドが立ち上がり、チェルノボーグJP会戦の結果を報告する。


「帝国艦隊約四万のうち、チェルノボーグ星系に撤退できたものは二万九千。うち戦闘艦は約二万五千。また、戦闘艦の半数は傷つき、十全の能力を発揮するには工廠での整備が必須でしょう。第二艦隊司令部の分析では五個艦隊以下の戦闘力しか残っておらぬと考えております」


 そこで全員を見回し、連合艦隊側の損害を確認する。


「一方、ヤシマ防衛連合艦隊の損害は喪失が約四千二百、中破以上が三千七百と補修が必要な艦はあるものの、キャメロットから二個艦隊が合流したことから、十八個艦隊が運用可能です。また、損害が大きかったヤシマ艦隊も自国の工廠で補修が可能であることから、早期に戦列に復帰が可能であると考えます」


 そこでエルフィンストーンに目配せし、ゆっくりと座った。エルフィンストーンはダウランドに目礼すると、すくっと立ち上がる。


「戦闘経過を確認したが、練度の低い自由星系国家連合フリースターズユニオン軍を率いて、よく戦ってくれた。諸君らの健闘なくば、ヤシマ星系が大混乱に陥ったことは想像に難くない。最悪の場合、星系を奪われた上、我ら王国艦隊が大きな損害を受けた可能性すらあった。今一度、感謝を伝えたい」


 そう言って背筋を伸ばしてから頭を下げる。

 しかし、すぐに顔を上げ、決意に満ちた目で話を続けた。


「帝国の野望を打ち砕くためにはダジボーグ星系に進撃し、帝国艦隊に大きなダメージを与える必要がある。今後の作戦行動について協議を行いたい。まずは参謀本部の立案した作戦を説明する。総参謀長、よろしく頼む」


 精悍なエルフィンストーンに代わり、銀縁眼鏡を掛けた小太りの男、総参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将が立ち上がる。


「参謀本部より作戦案を説明いたします。総司令官閣下のお言葉通り、早期にダジボーグへ進撃する必要があります。そのために王国五個艦隊、二万五千隻を主力にロンバルディア艦隊五個、ヤシマ艦隊二個の十二個艦隊六万隻をもって追撃を行います。作戦開始は九月十五日の零時……」


 そこでフォークナーは僅かに息を整え、一気に説明を続ける。


「……王国艦隊は第一、第三、第四、第六、第十艦隊が出撃し、第二、第五、第九艦隊がヤシマ防衛に当たります。ダジボーグ進攻艦隊はエルフィンストーン提督が、ヤシマ防衛艦隊はダウランド提督が指揮を執られます。また、ダジボーグ進攻艦隊の総指揮官もエルフィンストーン提督に執っていただくことを自由星系国家連合FSUに認めさせる予定です」


 第九艦隊がダジボーグ進攻艦隊から外れていることに司令官たちは驚いていた。

 直情型の提督、“海賊の女首領パイレートクイーン”こと、ヴェロニカ・ドレイク大将がそのことを口にした。


「おかしいんじゃないかい。敵に地の利がある星系で機動力のある第九艦隊を外す理由が小官には分からないね」


 その乱暴ともいえる言葉にフォークナーは眉を顰めながらも、丁寧に答えていく。


「ヤシマ星系にはヒンド艦隊二個、ヤシマ艦隊一個しか残りません。もし、ロンバルディア方面からストリボーグ艦隊が舞い戻ってきた場合、王国艦隊だけで防衛すると考えた方がよいでしょう。その場合、第九艦隊がいれば戦術の幅が広がり、軍事衛星との組み合わせも考慮すれば防衛成功の確率は大きくなると考えます」


 それに対し、ドレイクは何を言っているんだという感じで肩を竦め、


「そもそもヤシマに敵が舞い戻ってくるという前提がおかしいんじゃないか? 仮に戻ってきたとしてもダジボーグで敵を殲滅してからヤシマに戻って各個撃破すれば問題がないと思うんだがね」


「それでは復興中のヤシマに大きな損害が出ます。復興が長引けば、我が国の負担が更に長引くことになるのです」


 ドレイクが更に発言しようとした時、ハースが手を上げた。

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