第33話
左翼のロンバルディア艦隊の突出を機に、不利な状況に陥ったアルビオン・FSU連合艦隊だが、アルビオン第九艦隊の奇襲に近いミサイル攻撃により、
ミサイルを撃ち込んだ第九艦隊は帝国艦隊に止めを刺すべく、最大加速度でロンバルディア艦隊の下方に向かう。
「主砲を発射!」とクリフォードは命じた。
戦術士であるオスカー・ポートマン中佐は「
「まだ距離が遠いですが、撃ち続けますか」とポートマンが確認すると、
「敵小型艦には充分に効果がある。思いも寄らぬ方向からの攻撃は全軍に混乱をもたらす。今は敵を一隻でも沈めることが重要だ」
クリフォードの的確な指揮により、インヴィンシブル89は二隻の戦艦にダメージを与え、一隻の重巡航艦と二隻の駆逐艦を沈めている。これにはステルスミサイルの戦果は含まれていないため、旗艦としては充分過ぎる戦果だった。
旗艦の果敢な攻撃は僚艦たちの戦意も高揚させ、倣うように攻撃を加えていく。帝国艦隊は第九艦隊によって更に出血を強いられていく。
■■■
標準時間〇四〇〇。
帝国艦隊にとって長い十五分間が過ぎた。
「全艦
帝国軍総司令官リューリク・カラエフ上級大将がそう命じると帝国艦は次々と超空間に撤退していく。
ダジボーグ艦隊は連合艦隊のヤシマ艦隊に激しい攻撃を加えつつ、味方の撤退を支援するため、
司令官であるユーリ・メトネル上級大将は旗艦ガヴィリイールの
最後まで善戦していたダジボーグ艦もその命令に従い、次々と超空間に逃げ込んでいく。しかし、ガヴィリイールは最後まで戦場に残り続けた。
そして、「撤退する」といった瞬間、ガヴィリイールは複数の砲撃に刺し貫かれ、爆散した。
ガヴィリイールの爆散と共に帝国軍の組織的な抵抗は終わった。
■■■
連合艦隊は会戦初期のロンバルディア艦隊の暴走により、開戦前の予想を超える損害を受けていた。
アルビオン艦隊は喪失百二十隻、大破百五十隻、中破三百八十隻、小破二千五百隻と喪失数こそ少なかったものの、十パーセントを超える損害を被った。
混乱の原因を作ったロンバルディア艦隊だが、アルビオン艦隊の支援が功を奏し、喪失二千五百隻余りと思ったより損害は大きくなかった。それでも中小破三千八百隻あまりと、二十パーセント以上の損害を出し、運用できる艦隊は五個艦隊に減っている。
そして最も割を食ったのがヤシマ艦隊だった。
喪失千五百隻、中小破三千隻あまりと三分の一が損害を受けていた。
連合艦隊側の総喪失数は四千隻を超え、一個艦隊分の戦闘艦を失った。
また、中破以上の損害を受けた艦も六千隻を超え、一万隻以上が損傷を受けている。
有利な条件で戦闘に突入したにも関わらず、これほど多くの損害を受けたことに連合艦隊の司令部には重苦しい空気が漂っていた。
一方の帝国軍だが、カラエフ率いるスヴァローグ艦隊の損害は降伏を含む喪失三千隻余。脱出できたもののダメージを受けた艦は五千隻に上り、三割以上の損害だった。それでもダジボーグ艦隊が
最も悲惨だったのは最期まで戦い続けたダジボーグ艦隊だ。
一万五千隻のうち、チェルノボーグ星系に脱出できたものは半数の七千五百隻に過ぎず、ほぼすべての戦闘艦が損傷を受けていた。更に司令官のユーリ・メトネルが戦死し、組織としても大きなダメージを負っている。
チェルノボーグ星系に辿りついた帝国艦隊は約二万九千隻。うち戦闘艦は二万五千隻強、その半数が何らかの損傷を受け、侵攻前に比べ戦力は半減した。
チェルノボーグJP会戦は連合艦隊側の勝利に終わったが、戦略目的から言えば微妙なところだった。
そのため、帝国艦隊を追撃すべきという声が上がったが、ツクシノJPに七個艦隊が現れたことでその声は消える。
ダウランドはヤシマ艦隊に機雷の再敷設と降伏した敵艦の収容を依頼した後、第三惑星タカマガハラの防衛に向かうべく、戦闘可能な艦に転進を命じた。
■■■
ニコライ十五世率いるストリボーグ艦隊、ロンバルディア方面艦隊はジャンプアウトした直後に激しい戦闘になると覚悟していた。しかし敵艦の姿がなく、肩透かしを食らった格好になった。
すぐにチェルノボーグJPに戦力が集中していると知り、今後の方策を検討し始める。
「思った以上に敵の戦力が強力だ。特にアルビオン艦隊が六個もあることは想定外だな。さて、この状況で我らが採るべき方策だが、余としては計画通りタカマガハラに向かうべきだと考えるが、何か意見はあるか?」
ニコライの言葉に実戦部隊の司令官であるティホン・レプス上級大将が反対を表明する。
「未だにカラエフ、メトネルの両艦隊は姿を現しておりませんが、あれほどの艦隊に勝利することは難しいかと。ここで待機し、カラエフらの艦隊の対応を見てから動いてもよいのではありますまいか」
それに対し、ニコライは「動いた実績が重要なのだ」と言い、
「皇帝の命を受けたカラエフの艦隊が敗北した時、我らが命令どおりに動いた実績がなくば、こちらの責任とされかねん。計画通り進んでも支障はなかろう」
レポスもその程度のことは分かっていたが、ニコライに追従するため、あえて反対した。そのため、即座に「さすがは藩王
スヴァローグ艦隊は最大加速度で加速し、星系中心部に向かった。しかし、四時間後にカラエフ艦隊が撤退したため、同様に撤退を開始した。
「あれだけ痛めつけられたのだ。カラエフの艦隊が再侵攻することはあるまい」
「その通りでございます。ロンバルディアまで撤退すべきかと」
「ロンバルディアで迎え撃つ用意をせねばならんが、どのように敵を迎え撃つかだ」
ニコライの問いにレポスは恭しく頭を下げる。
「ロンバルディアには向かわぬのではないかと。恐らくはカラエフ艦隊を追撃すると愚考いたします」
「なぜだ? あれほど猪突したロンバルディア軍が納得するとは思えんが?」
レポスはアルビオン軍のこの後の行動をほぼ正確に見抜いていた。
しかし、戦略構想自体を見抜いたものではなく、全く別の考えから結論に達していた。
「ロンバルディアを解放したとして、アルビオンに益はございません。今の状況を利用し、ダジボーグを攻め落とせば、アルビオンは新たな領土を得ることができます。
「分からぬでもないが、我らの存在を無視するわけにはいくまい」
「此度の会戦でダジボーグの艦隊は大きく戦力を落としております。更に我らが合流するには時間が掛かりすぎます。各個撃破のよい機会と考えるのではありますまいか」
レポスの説明にニコライは考え込むが、
「卿の言には聞くべきところがある。その上で更に聞きたいのだが、我らの採るべき行動はいかなるものか」
レポスはもう一度恭しく頭を下げ、声を低くして説明する。
「ロンバルディアに帰還後、直ちにダジボーグに向かいます。ここで重要なことは皇帝陛下からの要請を受ける前に行動を起こすことです。これにより藩王
レポスは藩王の尊称を意図的に“陛下”とした。帝国において“陛下”の尊称を使えるのは皇帝ただ一人。もし意図的に使えば不敬罪に問われる。
「なるほど。先を見て動けということだな」とニコライも声を低くして笑う。
そして、全将兵に対し、演説を行った。
「これよりロンバルディアに帰還する! 帰還するが、祖国防衛のためダジボーグに直ちに移動せねばならん。諸君らには負担を掛けることになるが、帝国のために
ニコライは帝国のために自分に力を貸してほしいと宣言した。彼の指揮する艦隊はストリボーグ人で構成されており、ほとんどの者がその言葉を文字通りではなく、皇帝の座を狙うと受け取った。
そして、多くの艦で歓声が上がる。
小国であるダジボーグ人に皇帝の座を奪われたことに納得していない者が多かったためだ。
こうして帝国に大きな亀裂が入ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます