第35話

 宇宙暦SE四五二二年九月十二日 標準時間一六〇〇。


 ヤシマ防衛連合艦隊の方針を決める会議を前に、総司令官であるジークフリート・エルフィンストーンはアルビオン艦隊の司令官と参謀長を集め、作戦案について会議を開催した。


 その会議で参謀本部が示した方針は第九艦隊を排除し、僅か五個艦隊しか派遣しないというもので、司令官たちは納得しがたいという表情を見せる。


 そんな中、第九艦隊司令官アデル・ハース大将が発言を求めた。

 エルフィンストーンが発言を認めると、ハースはフォークナーに意味ありげな微笑みを見せる。この時、ハースは内心で怒りを覚えていた。


「作戦開始前の統合作戦本部の分析では、大兵力をもって帝国艦隊に損害を与えれば、敵はダジボーグ防衛に向かわざるを得ないというものではなかったかしら? それとも今回のチェルノボーグJP会戦の結果で、その分析結果が変わったのかしら?」


 その質問に対し、フォークナーは即座に答えられなかった。

 政治的な理由で第九艦隊を外しているため、戦前の分析結果を左右するほどの情報が加わったわけではなかったためだ。


 ハースもそのことを分かった上で質問している。そのため、フォークナーが答える前に発言を続けた。


「そもそも五個艦隊しか派遣しないというのは戦力集中の原則を無視しています。チェルノボーグJPの戦いでも分かるように、ロンバルディア、ヤシマの両艦隊に過大に期待することは危険すぎます。牽制程度に使うならともかく、王国艦隊が主体となって帝国艦隊と砲火を交えなければ、無用な損害を受けることになります。その点はどう考えているのかしら?」


 フォークナーは空調が効いた会議室であるにも関わらず、額に玉のような汗が浮かんでいた。それを拭きながら、たどたどしく説明していく。


「ヤシマの防衛が目的なのです。この星系を奪われたら本末転倒ではありませんか。ロンバルディア、ヤシマの艦隊の実力が低いからこそ、王国艦隊が残るべきなのです」


「話にならないわ。その前提であるストリボーグ艦隊がヤシマに向かう確率はどの程度と見ているのかしら。人工知能AIの解析結果があると思うのだけど。それを教えてほしいわ」


 フォークナーは再び答えに窮した。


「参謀長、答えてくれんか」とエルフィンストーンが促すと、渋々と言う感じで答えていく。


「AIの判定では十四・五パーセントです。但し、帝国軍の将官の性格に関する情報が不足しているため、精度は低いと考えております」


 十五パーセント以下という数字に司令官たちが呆れたような表情を浮かべ、フォークナーに侮蔑に近い視線を向けた。司令官の後ろにいる参謀長たちもフォークナーの説明に疑問符を浮かべている。


「つまり、僅か十五パーセントのリスクで、それも充分に取り戻せる程度のリスクで、王国軍の将兵を危険に晒すと……総司令官閣下、このような作戦をお認めになるのですか」


 ハースの言葉にエルフィンストーンは「無論認めぬ」と即答し、


「提督ならどうするのか教えてくれないか」


 エルフィンストーンもこの作戦に納得していなかった。

 再検討を命じたものの時間がなく、司令官たちに修正案を出させるつもりで会議に上げたに過ぎない。


「小官ならチェルノボーグJPで損害が大きかった第五艦隊を除く七個艦隊でダジボーグに進撃します」


「なるほど。しかし、ダジボーグの残存戦力に対しては過剰な気がする。補給の問題もあるが、その点はどう考えるのだろうか」


 エルフィンストーンもハースの案に賛成だが、あえて懸念を示すことで他の意見を促そうとした。


「ダジボーグの残存兵力が五個艦隊であれば、アルビオンだけで七個艦隊も出すことは過剰でしょう。ですが、スヴァローグ星系やストリボーグ星系から増援を受けている可能性は否定できません。今一度いいますが、戦力の集中は戦略の基本です。特に状況が不明な敵支配星系への進攻では可能な限り大兵力を投入し、柔軟に対応できる体制で挑むべきです」


 そこで司令官たちが大きく頷く。


 こうしてアルビオン王国軍の中では七個艦隊派遣という話で固まった。


 しかし、二時間後に行われたヤシマ、ロンバルディア、ヒンドの各司令官との会議で紛糾する。


 紛糾の元となったのはヒンド艦隊司令官だった。ヤシマに残留し防衛作戦に就くことには賛成したが、練度が低く補修したばかりのヤシマ一個艦隊と損傷を受けているアルビオン一個艦隊だけでは不安であると訴えたのだ。


 それに対し、エルフィンストーンやヤシマ防衛艦隊の総司令官サブロウ・オオサワ大将がロンバルディア方面からの帝国の侵攻の可能性は低いと説得する。

 しかし、ヒンド艦隊司令官は頑なだった。


 万が一ストリボーグ艦隊七個が舞い戻ってきたら守りきることは不可能で、そのような状況に陥った場合、自分たちは祖国に撤退するとまで言い出した。


 仕方なく、アルビオン艦隊を二個艦隊にすることで発言は撤回されたが、アルビオン艦隊は六個三万隻に削減されてしまった。


 最終的にダジボーグへ進攻するのは、アルビオン艦隊が第一、第三、第四、第六、第九、第十の六個艦隊三万隻、ロンバルディア艦隊五個二万五千隻、ヤシマ艦隊二個一万隻で、それにヤシマ艦隊の輸送艦五千隻が同行する。


 ヤシマ艦隊は輸送艦の護衛であり、アルビオンとロンバルディアの艦隊が帝国艦隊の相手をすることとなった。


 旗艦に戻ったエルフィンストーンはハースに通信を入れ、愚痴を零す。


「無能な味方という言い方はよくないのだろうが、“有能な敵より無能な味方の方が厄介”という言葉は至言だと、つくづく思ったよ」


 その愚痴にハースは微笑する。


「私もそう思いますけど、総司令官の宿命と思って諦めてください」


「私は艦隊司令官向きだと改めて思ったよ。統合作戦本部や参謀本部と戦うなど思ってもみなかった」


 ハースはその言葉に答えず、


「総参謀長はなぜあのような作戦を考えたのでしょう?」


「君への対抗心の表れだろうな。まあ、ゴールドスミス少将がいろいろと動いていたようだが」


 その言葉にハースはやはりという思いがあったが、湧き上がる怒りを抑えるのに苦労する。


「面倒なことですね。そんなくだらないことで多くの将兵の命を賭けるなんて」


 ハースの怒りにエルフィンストーンも「全くだ」と頷き、


「この件に関してはキャメロットに戻ったら統合作戦本部に抗議するつもりだ。作戦部の状況分析の甘さも看過できんレベルだったからな」


 エルフィンストーンとの通信を終えたハースは天井を見上げて溜め息を吐く。

 そして、両手で頬をポンと叩き、クリフォードを呼び出した。


 五分後に司令官室にやってきたクリフォードは疲れた表情のハースを見て、気を引き締める。


「聞いていると思うけど、九月十五日の零時にダジボーグ進攻作戦が開始されます。前回より不利な状況での戦闘になるでしょう。艦隊の各艦の手本となるよう旗艦を万全な状態に保ってちょうだい」


了解しました、提督アイ・アイ・マム」ときれいな敬礼と共に答える。


 クリフォードは出ていこうとしたが、ハースは彼の背中に声を掛ける。


「帝国はダジボーグに増援を送っているかしら」


 いつもの明るい口調ではなく、何となく愁いを帯びているとクリフォードは思った。


「情報が少なすぎて分かりません」


「そうね。愚問だったわ」といい、それ以上何も言わなかった。


 クリフォードは自らの懸念を伝えることにした。


「問題はロンバルディアに戻った帝国艦隊です。ダジボーグでの戦闘が長引けば、ロンバルディアから戻ってくる艦隊と挟撃されてしまいます。戦略目標を明確にしておくことが重要だと考えます」


「そうね……で、戦略目標はどうしたらいいと思う?」


 クリフォードはハースの頭に答えはあると考えたが、それに素直に答えた。


「第一に帝国艦隊の撃破、第二にエネルギー供給基地などの軍事インフラの破壊です。もちろん状況によりますが、チェルノボーグJPから撤退した艦隊だけであれば、敵は時間稼ぎを行ってきますから、その二つの目標のいずれかを達成した後に帝国と停戦交渉に持ち込むべきでしょう」


「有人惑星は目標から外すのね。それはどうしてかしら」


「ダジボーグは皇帝アレクサンドルの出身地です。その後の帝国での内戦を考え、皇帝やダジボーグ軍人の怒りを我々に向けさせないことが重要です」


 クリフォードは帝国が再び内戦状態に陥る可能性を考え、外に意識を向けさせるべきではないと考えた。


「確かにそうね。ありがとう。参考になったわ」


 しかし、クリフォードは司令官室を出ようとしなかった。


「まだ何かあるのかしら?」


はい、提督イエス・マム」と答えた後、僅かに逡巡する。


「懸念があるならはっきり言っておくべきよ。これは王国軍人としての責務です」


了解しました、提督アイ・アイ・マム。戦後の処理のことで考えておくべきことがあります」


「戦後のこと……なるほど、確かにそうね」と頷くが、目で先を促す。


「ロンバルディアから帝国艦隊が戻ってきた後、停戦交渉となります。しかし、帝国艦隊が合流した後で自由星系国家連合FSUが何を言っても帝国は突っぱねるでしょう。ですので、ダジボーグ進攻に合わせて、国家元首級の人物と外交関係の役人を同行させ、艦隊による圧力を掛けつつ、交渉するべきと考えます」


「国家元首級? 具体的にはサイトウ首相ということかしら?」


はい、提督イエス・マム


「確かに帝国が弱気になっている状況で交渉に臨んだ方がいいわ。それにサイトウ首相なら胆力もあるから適任ね」


 クリフォードはダジボーグでの戦いの後のことを考えていた。


 ダジボーグで勝利したとして、王国軍やFSU軍が長期に渡って居座るわけにはいかない。


 しかし、一旦艦隊を引き揚げさせると、帝国は強気に出ることは容易に想像でき、交渉は不利になる。最悪の場合、交渉を長引かせてうやむやにすることすらあり得るだろう。


 それを防ぐためには艦隊が残っている間に帝国と交渉を行い、その場で補償などを受け取ってしまうことだ。


 帝国としても約束を反故にすれば大兵力で蹂躙される恐れがあるし、長引けばスヴァローグやストリボーグで反乱が起きる可能性は否定できない。


「それに皇帝と交渉する必要はないわね。交渉相手をニコライ藩王にするという選択肢もあるわ」


はい、提督イエス・マム


 ハースは皇帝アレクサンドルと藩王ニコライの反目を利用して交渉を有利に進めるとともに帝国内に内乱の種を蒔くつもりでいた。


「他にも何か言い忘れたことはあるかしら?」


いいえ、提督ノー・マム


 クリフォードはそう言って敬礼した後、司令官室を出ていった。

 残されたハースはクリフォードの出ていった扉を見ながら、今のやりとりを思い出していた。


(私が思い付かなければいけないことなんだけど、司令官をやっているとどうしても視野が狭くなってしまう。エルフィンストーン提督の言葉ではないけれど、私は司令官向きじゃないわ……)


 そして、クリフォードと彼の父親であり、自らの士官学校の同期であるリチャードのことを考えていた。


(それにしても本当に凄い子だわ。あの直情的なディックの子だとは思えないほど……ディックが参謀というのは想像できないけど、彼も偉大な将官になったかもしれないわね……でも、今回のことでよく分かったわ。この先、動乱の時代になる。彼は王国にとって必要不可欠な人物になるわ。くだらない派閥争いで潰されないように注意しなければ……)



 クリフォードは司令官室での出来事を忘れ、愛艦を最高の状態にすることに専念する。僅か二日間しかないが、乗組員たちに半舷上陸を許し、リフレッシュさせた。自身は愛妻ヴィヴィアンに手紙を書き、心を落ち着かせていった。


 九月十五日 標準時間〇〇〇〇。

 アルビオン艦隊三万隻を主力とするダジボーグ進攻艦隊七万隻はチェルノボーグ星系に向けて超光速航行に突入した。

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