第24話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日 標準時間〇一三〇。


 クリフォードたち突入部隊は、敵の散発的な反撃を排除しながら、敵艦の奥深くに侵入していった。


 最初のうちはクリフォードもブラスターライフルを撃つ機会があったが、途中からほとんど反撃されることはなく、開放されたハッチを飛ぶように進んでいた。


 あと少しで緊急時対策所ERCに到着するという時、突然鳴り響く警報音に思わず足を止めた。


「敵は自爆を選んだようだ。すぐに脱出する!」


 冷静な口調でそう命じるが、内心では焦っていた。


(思った以上に順調だったから、敵艦の奥深くにまで入り込んでいる。これだと脱出はギリギリの状況だな……最悪の場合も想定しておかなければならない……)


 彼はDOE5に残るサミュエルに怒鳴るように命令を伝える。


「敵が自爆する! 直ちに対消滅炉リアクター通常空間用航行機関NSDを起動せよ! 突入部隊の回収を待たずして離脱だ! 但し、敵主力からの攻撃が考えられる。防御スクリーンを前面に展開しつつ全速で後退するんだ!」


 突然の命令にサミュエルは驚くが、すぐに同じ命令を部下たちに指示していく。

 しかし、心の中では親友を見捨てざるを得ない状況に苛立っている。


(帝国は味方を見殺しにするつもりなのか。戦争をやっているわけじゃないんだぞ……)


 しかし、艦を危険に晒すことは王太子の安全も脅かすことになる。彼は即座に決断した。


「ワッグテイル、緊急発進! ロセスベイ1に向かえ!」


 既に王太子は搭載艇である長艇ロングボートワッグテイルセキレイに搭乗しており、DOE5に危険がある場合は即座に脱出することになっていた。


 純白のロングボートが滑るように宇宙空間に飛び出していく。最大加速度六kGを生かし、一気に離れていった。


 しかし、これで王太子の安全が確保されたわけではない。純白のワッグテイルが狙い撃ちされる可能性は低いが、ここで防御力と加速力に優れたDOE5を失えば、帝国側の包囲網を脱出する術がなくなるのだ。


 質量-熱量変換装置MECからのエネルギー供給だけでも防御スクリーンの展開と機動は可能だが、防御スクリーンを最大出力で展開しつつ、機動するには対消滅炉の起動が必須となる。その起動には最短でも三分掛かる。


 突入部隊の回収に使える時間はその三分間しかなく、現状ではギリギリという状況だった。

 しかし、突入部隊の回収を優先するわけにはいかない。その場に留まればルブヌイの爆発に巻き込まれ、大きな損傷を受ける可能性があるためだ。


 サミュエルはDOE5の安全を優先し、突入部隊を見捨てる決断をしたが、それでも親友のことが心配でならなかった。


(間に合ってくれ。クリフ、こんなところで死ぬなよ。神よ、彼をお救いください……)


 心の中ではそう祈りつつも、的確に命令を出していく。


「後退する航路は可能な限り軍港施設の陰に入るように設定してくれ。敵がその程度で攻撃の手を緩めるとは思わないが、少なくともミサイルは撃てまい……」


 ステルスミサイルにも人工知能AIが搭載されており、軍港施設を回避しながら進むことは可能だ。しかし、その調整を失敗すれば、戦艦を破壊できるほどの威力により、港湾施設のみならず、軌道エレベータをも破壊し、地上にまで影響を及ぼすだろう。


 そこまですれば、シャーリアの上層部も国民感情を考えて帝国と決別することは確実だ。それでは帝国は目的を達し得ないため、必然的に艦のAIによる精密砲撃が可能な主砲による攻撃に限定される。


 帝国の軽巡航艦の主砲はアルビオンの同級艦より強力であるものの、駆逐艦の主砲はアルビオンのスループ艦並であり、ほとんど無視できる。


 更にDOE5の防御スクリーンは重巡航艦の主砲にすら耐えられるため、軽巡航艦二隻からの波状攻撃を受ければ別だが、一隻であれば充分に勝機はあった。


「こちらからは手を出すな。スクリーンを開いている間に食らうわけにはいかないからな……操舵長コクスン! 離脱のタイミングで全速後退だ。最初の十秒間は手動回避不要だ。少しでも距離を取る! その後の回避パターンは任せる!」


 更にサミュエルは機関制御室RCR緊急時対策所ERCなどにも指示を出していく。

 あっという間に三分が過ぎ、機関制御室から対消滅炉が安定したと報告が入る。


「舷門および格納庫ハッチ閉鎖! 緊急離脱を行う! 衝撃に備えろ! 発進!」


 サミュエルの命令をCIC要員が復唱し、DOE5は一気に後退していった。


■■■


 時は僅かに遡る。

 敵艦ルブヌイに侵入したクリフォードは宙兵隊員を叱咤しながら、敵艦の中を走り抜けていく。幸い、敵の反撃が散発的であったことから負傷者はおらず、移動に支障がある者はいない。


「二分で舷門ギャングウエイにたどり着けば何とかなる! 落ち着いて移動するんだ!」


 しかし、分散して進んでいた宙兵たちが一箇所に集まってくると、渋滞が起こり始める。

 特に艦内の狭い通路にハードシェルという大きな装備でいるため、身動きが取れなくなった。その状況に対処するため、クリフォードは隊を分けることにした。


「第一小隊は私に続け! 格納庫ハッチから脱出する! バージェス大尉、聞こえるか!」


 ルブヌイのシステムへのハッキングの指揮を執るバージェスに連絡を入れる。


「今の場所から最短で格納庫にいけるルートを第一小隊に転送してくれ! 途中のハッチの開放も頼む! それを終えたらDOE5に戻れ!」


 バージェスの「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」という声を聞くことなく、ヘルメットのバイザーに映し出される敵艦の艦内図を見つめる。


「全員、ルートは分かったな! では、落ち着いて走れ! まだ、一分半ある! 一分でハッチから飛び出し、DOE5に飛び込むぞ! 最初に飛び込んだ者には配給酒グロッグではなく、私のブランデーを一杯進呈する! 殿下からいただいた逸品だぞ!」


 クリフォードが悲壮感漂う宙兵たちをそう言って励ます。


 バージェスから転送されたルートがよかったのか、予定通り一分で格納庫に到着する。

 開口部から見えるDOE5の格納庫は未だ開いており、二百メートルほどを一気に飛び越えれば脱出できる。


「全員飛ぶぞ! 行け!」


 クリフォードの叫ぶような命令に「了解、艦長アイ・サー!」と短く応えると、三十人の宙兵隊員が一斉に推進装置を噴かした。


 近くにいた駆逐艦からの攻撃を警戒したが、駆逐艦は既に安全な位置まで後退しており、対宙レーザーによる攻撃はなかった。

 百メートルほど進んだところで、DOE5のハッチがゆっくりと閉まり始める。


「待ってくれ! もうすぐなんだ!」という若い宙兵隊員の悲鳴が通信機を通して聞こえてきた。


「ジェットパックを全開で噴かせ!」


 ゆっくりと閉まっていくハッチに、宙兵たちが次々と飛び込んでいく。最後の一人が飛び込んだ瞬間、ハッチは完全に閉まった。まさにギリギリの状況だった。


 しかし、彼らに安堵する余裕はなかった。推進装置を全開にしたため、速度が付きすぎ、隊員たちは格納庫の壁に次々とぶつかっていったのだ。真空であるため、音は聞こえないが、気を失った隊員たちがピンボールの玉のように跳ね返っている。


 すぐに意識のある隊員たちが捕まえていく。

 クリフォードも減速しきれず、壁に激突し、肩に大きな衝撃を受けるが、頑丈なハードシェルのお陰で打撲程度で済んでいた。


「全員無事か! 一番に飛び込んだ者が確認できなかったから、ブランデーは三ダースほど届けさせる! 全員で味わってくれ!」


 その言葉に宙兵隊員から「「オオ!」」という歓声が上がる。

 しかし、その直後、敵艦の爆発による大きな衝撃がDOE5を襲った。

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