第23話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日 標準時間〇一〇〇。


 クリフォードはデューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]のJデッキにある格納庫のハッチ前で待機していた。


 彼を含め、宙兵隊員約百名と掌帆手ボースンズメイトら下士官兵十名は全員、船外活動用防護服ハードシェルを着用している。


 彼の指揮官用の個人用情報端末PDAには舷門ギャングウエイでの状況が流れ続けており、DOE5所属宙兵隊指揮官アルバート・パターソン大尉がスヴァローグ帝国軍の軽巡航艦ルブヌイへの突入に成功したことを確認する。


「第一段階は成功だ! 全員いつでも出られるように準備するんだ!」


 そして、敵艦に潜入したブライアン・バージェス大尉から「あと一分です、艦長サー!」というやや興奮した声が聞こえてきた。


 クリフォードはバージェスが指揮を執っていることに一瞬疑問を感じたが、すぐに意識を切り替える。


 アドレナリンが身体中を駆け巡るような興奮を覚えながらも、努めて冷静に対応していく。


「宙兵隊、突入用意!」


 そして、DOE5の搭載艇格納庫のハッチが開かれていく。


「全員、一気に飛ぶぞ! 突入!」


 クリフォードらはハードシェルの推進器を一気に噴かし、二百メートル先にあるルブヌイの格納庫ハッチに向かう。未だに固く口を閉じているが、彼らは迷わずそのまま突き進んでいく。


 クリフォードらの下方にはシャーリア星系第四惑星ジャンナの美しい姿があったが、誰の目にもその姿は映っていない。


 ハードシェルのバイザーに中間地点を通過したという表示が現れる。すぐに姿勢を反転させ、推進装置を噴かして減速していく。

 ここまでは敵艦からの攻撃はなく、敵が混乱していることが窺えた。


(今のところ上手くいっている。あとはバージェスがシステムの乗っ取りハッキングに成功するかだが、今は信じていくしかない……)


 彼が覚悟を決めると、それを感じとったかのようにルブヌイの下部ハッチが開かれていく。減圧されていなかったのか、空気が白い霧状になって資材と共に噴き出していた。


「敵の自動迎撃装置があるはずだ。重火器班、突入時に対装甲艇ミサイルを撃ち込め!」


 ロセスベイ1の宙兵隊第一中隊長ダスティン・ブラウニング大尉が冷静な声で命じると、肩にミサイル発射筒を担いだ宙兵隊員が僅かに先行する。そして、空気の流出が止まったルブヌイの格納庫に向けて十本のミサイルを撃ち込んだ。


 次の瞬間、再びハッチから物が飛び出してくる。今回は破壊された壁のパネルや照明器具などで、中に大きな損害を与えていた。


 ブラウニングが「突入せよ」と命じ、クリフォードに向かって「配給酒グロッグの件、よろしくお願いします」と言い残して、先行していった。


 クリフォードはその言葉に「了解した!」と言ってニヤリと笑い、最後尾の集団と共にハッチに向かう。


 その頃になって、ルブヌイの対宙レーザーが動き始めた。しかし、宙兵隊員たちは標的となる前に死角に入り込み、目標を失った対宙レーザーの砲塔は空しく回転している。


 しかし、ルブヌイの下部に到達した時、五条の光の柱が彼らを襲った。護衛として同行していた帝国駆逐艦ファザーンからの攻撃だった。

 五名の宙兵隊員が十メガワットの光に焼かれ、瞬時に絶命した。


「減速するな! ランダムに動け!」というブラウニングの命令がハードシェルのヘルメットの中に木霊する。


 更に二名の隊員が命を落としたものの、クリフォードたちは敵艦の内部に潜入することに成功した。


 格納庫内では撃ち込まれたミサイルによって、唯一の搭載艇である雑用艇ジョリーボートが大きく破損し、様々な大きさの破片デブリがブラウン運動のように飛び回っている。


「エアロックに向かえ!」と叫びつつ、生き残っていた自動迎撃用のレーザー発射装置をブラスターライフルで破壊する。


「お見事!」、「本当に惜しい腕ですよ、艦長!」という宙兵隊員たちの賞賛が通信機を通して聞こえてくる。


 その賞賛にライフルを上げて応えるが、すぐに真剣な口調になる。


「油断するな! 数は少ないとはいえ、敵も死に物狂いだからな」


 その言葉に宙兵隊員たちから「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」という陽気な声が返ってきた。


 クリフォードたちは最下層の格納庫から緊急時対策所ERCを目指して通路を走っていく。


■■■


 帝国の特使、セルゲイ・アルダーノフ少将はDOE5とルブヌイから一光秒離れた場所にいた。ちょうど軌道エレベータの延長上にあり、ラスール軍港と惑星ジャンナが同時に映っている。


 彼は旗艦である軽巡航艦シポーラからアルビオンの決死の反撃を余裕の表情で見つめていた。しかし、内心では敵の小賢しい作戦に怒り狂っている。


「死に物狂いだな。ルブヌイが敵艦を切り離したら、機関部を狙って足を潰せ! それで奴らは逃げられなくなる」


 彼はアルビオンがルブヌイを奪い、人質を取って交渉するつもりだろうと考えた。

 先ほどからラスール第二軍港の管制官が港湾内での戦闘行為は禁止されていると繰り返し警告している。


(敵は軍港近くでは戦闘を行わないと思い込んでいるらしいな。だから、あれほど大胆な策に出られたのだろう。だが、私は違う。シャーリアという国はそう遠くない時期にこの宇宙から消えてなくなるのだ。そのような国の警告など聞く必要はない。自らの思い込みで危機に陥るがいい……)


 それでも味方であるルブヌイに当たる攻撃はできないと、切り離されるタイミングを計っていた。

 しかし、彼の思惑とは異なり、ルブヌイから来る通信は悲観的なものが多かった。


『敵、第五デッキへ侵入! 右舷通路の保安装置壊滅! 第四デッキ入口でなんとしてでも防ぐんだ!……』


 侵入したアルビオン側の兵士は百三十名を超えるが、ルブヌイの乗組員は八十人程度しかいない。そのうち、二十名はDOE5宙兵隊の突入時に戦死している。更に帝国の軽巡航艦にはアルビオンの宙兵隊に当たる陸戦隊が乗り込んでおらず、戦力差は圧倒的だった。


「何をしている! 区画を隔離すれば敵の侵入を防げるはずだ! すぐに区画一斉隔離信号AISを使って封鎖しろ!」


 AISは大規模な減圧時に対応するためのシーケンスで、ブロックごとに隔壁を封鎖する。隔壁の扉は手動では開放できなくなり、敵の侵入を防ぐためにも使われる手段だった。


「システムの権限が敵に奪われつつあります! 人工知能AIに防御させていますが、敵のハッキングのスピードが速すぎて対応できません!」


 アルダーノフは想定外の状況に頭が付いていかない。彼は少将の階級を持っているが、軍人として出世し、今の地位に付いたわけではなかった。


 彼は基本的に文官であり、皇帝に策を献じて出世した。その策も謀略というべきものが多く、参謀というより謀臣といった方が実体を表している。


 それでも皇帝の傍らにいて何度か戦闘を経験しており、自らの指揮能力に自信を持っていた。


「敵に奪われるくらいなら自沈せよ! その場所であれば敵艦を道連れにできる。帝国軍人の矜持を見せるのだ!」


「しかし、あの敵艦には王太子が乗っています。道連れにすれば、王太子の身柄を確保できません」


 そういってルブヌイの副長が反論するが、


「王太子はルブヌイが自爆すると知れば、搭載艇で脱出する。だから無視していい! 今なら乗組員は脱出ポットで脱出できるはずだ! すぐに自爆シーケンスを起動しろ!」


 彼の命令は非情だが、現実的なものだった。


 艦を奪われるのであれば、自沈することは当然のことだった。また、システムが奪われる前であれば、脱出は充分に可能だ。


 しかし、既に多くの区画が占拠されており、ルブヌイの副長は乗組員のほとんどは脱出することなく、艦と運命を共にすると考えていた。


「了解しました! 帝国軍人として最後の職務を全ういたします!」


 副長はそう言うと自爆シーケンスの起動承認コードを入力し始める。彼がこれほど素直に従ったのは、もしここで生き残ったとしても、帰国すれば厳罰が待っているだけで、家族にも累が及ぶと考えたためだ。

 ここで潔く従った方が罪は軽くなると自決の道を選んだ。


 ルブヌイからの通信に自爆シーケンスが作動したことを示す警報音と、AIのメッセージが入った。


『指揮官権限により自爆シーケンス開始……緊急停止装置無効化完了。起動用核融合炉出力抑制インタロック無効化完了。陽電子投入制限無効化完了……対消滅炉出力十倍加時間、一DPMデカートパーミニッツ……リアクター暴走エクスカーション予想時間約五分……直ちに脱出してください。繰り返します……』


 シポーラの戦闘指揮所CICではそのアナウンスに全員が言葉を失っていた。

 ただ一人、アルダーノフだけは別の命令を発していた。


「敵軽巡航艦の離脱を阻止せよ! ルブヌイから離れた瞬間を狙って集中的に攻撃するのだ! だが、搭載艇が発進するまで沈めるな。後部の機関を狙え」


 アルダーノフの非情さにシポーラの士官たちは表情を固くしながらも、命令を実行していく。しかし、下士官以下の者たちは見えないところで苦々しい表情を浮かべていた。


 シポーラの兵たちがアルダーノフに対して反感を抱く理由は、彼の冷酷さだけではなかった。


 アルダーノフは皇帝アレクサンドル二十二世と同じく、ダジボーグ星系出身だ。

 しかし、シポーラを始め、シャーリア派遣戦隊はすべてスヴァローグ星系所属の艦であり、乗り組む将兵たちも全員がスヴァローグ星系出身者だった。


 スヴァローグ帝国は再統合されたが、実態はスヴァローグがダジボーグに併合されている。そのため、帝国の中心という自負があるスヴァローグ人にとって、ダジボーグ人の上官は憎悪の対象とまでは言わないものの、微妙な距離感があった。


 そこにスヴァローグ人を見殺しにする策に出たことで、兵たちのアルダーノフへの感情は一気に負の方向に向かった。

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