第25話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十八日 標準時間〇一二〇


 帝国の軽巡航艦ルブヌイは自爆した。

 クリフォードらアルビオン軍の突入部隊に奪わせないため、スヴァローグ帝国戦隊の司令であるセルゲイ・アルダーノフ少将が命じたためだ。


 七百テラワットの対消滅炉が暴走し爆発すると、膨大なエネルギーと共に様々な放射線が撒き散らされる。

 更に質量百三十万トンにも及ぶ残骸デブリが宇宙空間に飛び散っていく。


 アルビオンの軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]は爆発の直前に離脱したため、僅かな距離しか離れることができなかった。


 そのため、膨大なエネルギーと放射線、その後に無数の破片デブリの直撃を受け、激しく揺れる。


 その膨大なエネルギーを受け止めた防御スクリーンが過負荷に陥っており、危機的な状況だった。


 戦闘指揮所CICで指揮を執るサミュエル・ラングフォード少佐は衝撃で大きく揺れる中、CIC要員に報告を命じた。


「直ちに損害の有無を報告せよ」


「機関異常なし! 質量-熱量変換装置MECの処理が追いつきません! スクリーン過負荷状態!」


 機関士の報告に続き、「操舵系異常なし!」、「兵装関係異常なし!」と次々と報告されていく。幸いなことに防御スクリーンが過負荷状態になっている他は軽微な損傷のみであり、艦の航行に支障はなかった。


「敵戦隊より攻撃を受けています! 至近弾多数! 駆逐艦主砲直撃!……」


 戦術士ベリンダ・ターヴェイ少佐の緊張した声がCICに響く。


操舵長コクスン! 駆逐艦とスループ艦は無視していい。軽巡航艦にだけ注意を払ってくれ! できる限り軍港を間に入れるようにして、敵が撃ちにくくなるようにしてくれると助かる」


 更に機関制御室RCRにも繋ぎ、機関長に命令を伝える。


機関長チーフ! 最低一系統トレインは維持してください! 方法は問いません!」


 サミュエルは焦りながらも、可能な限り冷静さを保とうと努力する。そして、思いつく限りの対応を命じていく。


 DOE5はゆっくりとだが、着実に後退していた。しかし、その間にも次々と駆逐艦とスループ艦の主砲が直撃していく。


 最大の懸念である敵軽巡航艦の主砲については、一度だけ直撃を受けたが、ギリギリの状態でスクリーンは耐え、徐々に過負荷状態は解消されていった。


■■■


 アルダーノフは有効弾の数が少ないことに怒りを爆発させる。


「何をしている! 敵はヨタヨタと後退するだけの標的ではないか! なぜこれほど命中せんのだ!」


 その糾弾に旗艦シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐が静かに反論する。


「敵はラスール軍港を巧みに間に入れております。慎重に狙わねば軍港に被害が出ますが、よろしいのですか」


 彼はアルダーノフが僚艦を切り捨てたことに怒りを感じていた。当初の予定通り、シャーリアに王太子を捕らえさせ、それを受け取れば無駄な損害は受けなかった。

 そのため、アルダーノフに対し、内心では強く反発していたのだ。


「そのようなことは分かっている。だが、敵は反撃してこないのだ。軍港に損害を与えないという条件であったとしても、それほど難しいことだとは思えん」


 実戦経験が少ない彼は、手動回避中の高機動艦に精密砲撃を行うことの難しさを、全く理解していなかった。


 確かに相対速度はゼロに等しい好条件だが、機動性の高い軽巡航艦が回避に徹すれば、人工知能AIの助けを借りたとしても命中させることは困難だ。特に敵がシポーラ一隻から回避しようとしていることは明らかで、低速であることを加味しても軍港に当てない配慮をしながらの砲撃は、通常とは難易度が大きく異なる。


 ドゥルノヴォはそれ以上議論することなく、戦闘指揮に集中していく。


 アルダーノフは反抗的なドゥルノヴォを一瞥すると、メインスクリーンに映るDOE5を睨みつける。


(軍港に逃げられるな。だとしても、元の状態に戻っただけだ。戦力的にはまだ充分に我々の方が有利なのだ。敵が軍港から離れた瞬間、こちらはミサイルを撃ち込める。そのことを理解していれば、軍港からノコノコと出てくることはなかろう……)


 そう考えた彼はすぐに軍港管制室に通信を送った。

 それまでも軍港からは「軍港に損害を与える戦闘行為は禁止されている」と何度も警告を送っており、すぐに回線は繋がった。


 管制担当官のサイード・スライマーン少佐がスクリーンに映し出される。


「偉大なる銀河帝国皇帝アレクサンドル二十二世陛下の名代、セルゲイ・アルダーノフ少将である。貴国の指導者、導師イマームウスマーン殿は我が国と協定を結ぶと断言した。貴官らは導師の意向を尊重し、直ちに停泊中のアルビオン王国軍の艦船を接収せよ。我々の忍耐を試すつもりなら、やってみるがいい。貴国民のみならず、神の教えとやらも、この宇宙から消え去ると知れ!」


 彼はあえて傲慢な口調で交渉を行った。彼の理解では宗教による支配では指導者の言葉に妄信的に従い、命よりも宗教を重んじるというものだ。そのため、宗教そのものを失わせるという脅迫を行った。


「やれるものならやってみるがいい。我らシャーリアの民は神の定めし戒律に従うのみ。ウスマーン導師が戒律をないがしろにするのであれば、彼は道を誤ったのだ。つまり、人々を導く導師イマームたる資格を失ったということだ。そのような者の言葉に従う必要はない!」


 アルダーノフは強気に出るスライマーンに対し、更に高圧的に応じた。


「貴官の思い上がりがシャーリア十五億人の運命を決めることになる。これが最後の勧告だ。アルビオン王国の艦船を接収し、エドワード王太子を当方に引き渡せ。従わねば、シャーリア全土が劫火に焼かれると思え!」


 スライマーンはその脅しにも屈しなかった。


「我らを頼ってきた者に対し、安全を保障すると神に誓って約束したのなら、それは神との契約に当たる。神との契約はいかなることがあろうとも守らねばならぬ。それはシャーリア法に明確に規定されている……」


 シャーリア教は神との契約を何よりも尊重する。

 すなわち、神に誓って約束したことを破ることは神に対する背信なのだ。


 そのことが教義であるシャーリア法に記載されており、それを守る民の国ということで、シャーリア法国を名乗っている。

 それほどまでにシャーリア法は重要な教えだった。


 スライマーンの反論は更に続いていく。


「……導師イマームはアルビオンの外交使節に対し、安全を保障すると約束した。それを破るのであれば、導師は神の裁きを必ずや受けるであろう。もちろん、それを知って導師に協力した者も同様だ。神の教えを守るために、神との契約を破る。それこそ本末転倒! 神との契約を守って殉死することこそが、真のシャーリアの民である!」


 彼は堂々と言い放った。


「貴官との交渉は決裂した。その傲慢さに後悔せねばよいがな」


 アルダーノフはそう言って冷笑を浮かべた。


 スライマーンは今のやり取りをシャーリア全土に向けて転送した。

 その結果、反帝国の機運が高まることになる。



 アルダーノフはラスール第二軍港のシャーリア軍が動かないと見て、すぐに最高指導者、ハキーム・ウスマーン導師に通信を入れた。


「貴国は我が帝国との関係をどうお考えか! 貴国が約束を違えるなら、我らはこの足でロンバルディアに向かい、彼の国にも同じ条件で交渉する。無論、彼の国が従えば、貴国に認めた権利は一切なかったものとなる」


 彼はシャーリアとロンバルディアのどちらか一国に対してのみ自治権を認めると脅した。ウスマーンはロンバルディアがその脅しに容易に屈すると思った。


(あの国に命を捨ててまで国を守ろうという気概のある者はおらん。僅かでも有利になるならと帝国の提示した条件を飲む……あの国では帝国軍が進軍すればすぐに全面降伏するだろう。そうなれば、我が国への先兵としてロンバルディア軍が使われてしまう。頭が固い教条主義者は反対するだろうが、私の判断が正しかったことは歴史が証明してくれるはずだ……)


 ウスマーンのロンバルディア評は的を外しているものではなかった。

 アルビオンが防衛に協力すると確約せず、自由星系国家連合フリースターズユニオンにも期待できないとなれば、ロンバルディアがシャーリア法国を生贄にする可能性は高い。


「至急ラスール第二軍港に軍を向ける。それも信用できる者を。今しばらくお待ち頂きたい」


 そう答えたものの、彼は後にこの決断を後悔することになる。


 この時点で彼が知らない事実があった。

 彼に通信を入れる前にアルダーノフとスライマーンが交わした会話が、全土に向けて発信されていたことだ。


 もし、この時点でそれを知っていれば、彼もアルダーノフの要求を呑むことはなかっただろう。


 ウスマーンは軍法官カザスケルアル・サダム・アッバースにラスール第二軍港奪還を命じた。


 アッバースは陸戦隊一個連隊に対し、ラスール軍港で反乱が発生したとし、その鎮圧を命じた。


 また、スライマーンらが反乱したのは現指導部に対する不満であり、彼らが主張しているスヴァローグ帝国との密約については事実無根であり、反乱の口実にしているだけに過ぎないと断言した。


 この陸戦隊連隊は訓練を終え、帰港しようとしていた部隊で、宇宙空間にあったことからスライマーンの流した情報を入手していなかった。

 これが混乱を更に大きくした。

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