第17話

 宇宙暦SE四五一九年十二月二十七日。


 アルビオン王国王太子エドワードの専用艦デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]はシャーリア星系に到着した。


 ロンバルディア側の最後の星系カーヌーンを出発する直前まで情報収集に努めたが、シャーリア側からの反応におかしな点は見つからなかった。そのため、予定通り超光速航行FTLを行った。


 ジャンプアウト後も警戒を続けるも、迎えに来たシャーリア法国の軽巡航艦は一隻であり、外交官の様子にもおかしな点は見つからなかった。


「どうやら杞憂だったな」と戦闘指揮所CICに来ていた王太子がクリフォードに笑いかける。


 クリフォードもシャーリア側から送られてきた航路を確認し、目的地が当初の予定通りラスール軍港であることから、心の中で安堵の息を吐き出した。


 シャーリア法国では唯一の有人惑星であるジャンナへの大型艦船の降下は、宗教上の理由から認められていない。これは神聖なる大地を宇宙からの穢れから守るという意味があるとされている。


 そのため、すべての艦船は赤道上空にある宇宙港に入港し、地上に降りる人間は宇宙港に接続されている軌道エレベータを使うことになる。


 アルビオンの軍艦であるDOE5も例外ではなく、当初の計画通りであるラスール軍港へ入港することに疑問の余地はなかった。


 また、対応する軍関係者のいずれにも緊張感は見られず、共通の敵であるゾンファ共和国と戦った友好国に対する態度に終始し、クリフォードは謀略の可能性が低いと考えた。


 彼が一点だけ気にしたことは、外交官がDOE5を訪れなかったことだ。

 自由星系国家連合フリースターズユニオンのヤシマやロンバルディア連合でも外交官がJPに到着した時点で表敬訪問していた。


 この点についてクリフォードは一瞬疑念を感じたが、国によって微妙にやり方が異なるため、大きな疑問とはならなかった。


 今回、外交官や軍関係者に不審な点が見られなかったのは、シャーリア法国の上層部が情報を極端に制限し、担当の外交官や実戦部隊にアルビオン戦隊拿捕の計画を告げていなかったからだ。


 外交官がアルビオン側を訪れなかったのも上層部の指示で、これはアルビオン側との接触を極力少なくし、スヴァローグ帝国の特使の情報が不用意に漏れないようにするための処置だ。


 クリフォードも各艦のパッシブセンサー類でおかしな動きがないか調べさせたが、シャーリア法国軍の動きに不審な点はなく、正体不明の艦船が見つかることもなかった。


 しかし、運が悪いことにアルダーノフ指揮下の戦隊はこの時点で別の宇宙港であるクライシュ軍港に入っており、見つけようがなかったのだ。


 二十時間後の標準時間二〇〇〇、王太子護衛戦隊は第四惑星ジャンナ上空に到着した。



 ラスール軍港は赤道上に設置された軌道エレベータのシャフトと接続され、地表面から約十万キロ離れた場所に第一軍港が、静止軌道に当たる約三万九千キロ上空に第二軍港がある。


 第一軍港は釣り合いを取る重りカウンターウエイトを兼ねており、直径十キロ、高さ五キロの円柱型だ。この軍港内には大型の船渠ドックが設置され、定期整備や改造などで長期間入港する艦船が利用する。


 第二軍港は直径三十キロ、高さ一キロの円盤型で主に地表面との行き来をするための港である。


 これは宇宙港と地表を結ぶ軌道エレベータの最高速度が時速一万キロであるためで、第一軍港に入港した場合、地表面にたどり着くには十時間以上掛かるためだ。

 それらのことを考慮した結果、クリフォードたち王太子護衛戦隊は第二軍港に入港することになっていた。


■■■


 王太子護衛戦隊が入港する五時間前、ラスール軍港では混乱が起きていた。

 その原因は情報統制により軍上層部のごく一部の者以外、アルビオン戦隊の拿捕の命令は伝えられていなかったためだ。


 計画実行の直前になって第二軍港の管制責任者であるサイード・スライマーン少佐に、軍のトップである軍法官カザスケルアル・サダム・アッバースが直接命令を伝えた。


 スライマーンは軍法官から命令が伝えられたことに驚くが、その内容に更に驚愕し激怒する。


「我が国を信頼し入港してきた者を捕らえよと仰せですか! これは重大な戒律違反です! 小官はそのような命令に従えません!」


 シャーリア法では信義を重んじており、神の名の下に交わした約束を破ることは重大な戒律違反であった。特に命に係わる約定を違えることは破門されてもおかしくないとされている。


 破門されるということは死後の救済がなされないということで、シャーリア法国の国民にとっては死刑以上に厳しい処分と言える。


 アッバースは興奮するスライマーンに対し、諭すような口調で再度命令した。


「これは導師イマームもお認めになったことだ。神も教えを守るために必要なことであると許してくださる。だから命令どおり、エドワード王太子を捕らえるのだ。但し、丁重に扱え。分かったな」


 それでもスライマーンは「我らに正義はありません。小官はこの命令を拒否いたします」と言って反発した。


 アッバースは「頭の固い頑固者め」と吐き捨てるように言うと、通信を切った。

 そして、別の士官に同じことを命じた。その士官も当初は拒否したが、国が滅ぶといわれ渋々承諾する。


 アッバースの命令を拒否したスライマーンは軍警察MPに拘束されそうになったが、彼はその場でも正論を吐いた。


「君たちは神の教えを踏みにじる行為を許すのか! 軍法官カザスケルの命令は明らかにシャーリア法に反している。法を守らずして、“法国”と名乗ることができるのか!」


 事情を知らなかった軍警察の兵士はスライマーンの言葉に正義を見た。


「スヴァローグ帝国に恫喝され、戒律を破った指導者の命令を聞く必要があるのか! 私は自らの正義に従い、アルビオンの王太子を助ける! 邪魔をする者は背教者と知れ!」


 下級兵士になるほど純朴なものが多く、また、軍警察の士官もスライマーンの言葉を信じた。


「帝国に降伏するという噂を聞いた。あの国に支配されれば、教えを捨てるか死を選ぶしか道はなくなる! 神の国を求める者は我に続け!」


 こうしてスライマーンは軍警察を味方に付けることに成功する。


 慌しく響く軍靴の音と、ブラスターが空気を焼く独特の音がラスール軍港内を支配する。

 スライマーン率いる反乱軍がアルビオン戦隊を拿捕しようとする部隊と戦闘を開始したのだ。


 しかし、戦いの趨勢はすぐにスライマーン側に傾いていく。

 彼の言葉を聞いた兵士たちが次々と寝返ったためだ。


 五時間後、スライマーンはラスール第二軍港を完全に掌握した。しかし、その時すでにアルビオン戦隊は軍港の直前に到着していた。

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