第18話
クリフォードはラスール第二軍港に接近した際、違和感を覚えていた。
第二軍港は円盤型で二十四の
通常であれば、外交使節の艦船はひと塊にして専用区画を設定する。これは警備の負担を軽減させることができるだけでなく、防疫上も有利なためだ。
いつの時代でも新たな伝染病は発生しており、鎖国状態に近いシャーリアなら特に気にする事項である。
それが全く考慮されておらず、別の意図を感じたのだ。
しかし、気づいた時には減速が完了しており、離脱のための機動を行うことは困難だった。強引に加速したとしても、衛星軌道上にある大型要塞、ハディス要塞から攻撃を受け、撃沈させられることは明らかだったのだ。
「何かが起きているようです。入港するしかありませんが、私の指示に従ってください」
クリフォードは王太子にそう言うと、全艦に油断しないよう暗号を用いて連絡する。
「軍港の様子がおかしい。シャーリアが何を考えているかは分からないが、決して油断しないように。旗艦の命令には常に注意を払ってほしい……」
指示に従い入港しようとした時、軍港の管制室から通信が入った。
「こちらはラスール第二軍港管制室。管制担当のスライマーン少佐である。アルビオン戦隊は直ちに入港を中止せよ。今後の行動について、指揮官と協議を行いたい」
メインスクリーンに映るスライマーンは汗を掻き、乱れた髪が額に張り付いていた。
「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊司令、クリフォード・コリングウッド中佐である。入港中止については了解した。また、貴官の話を聞く用意があるが、現状について正確な情報を教えていただきたい」
スライマーンはクリフォードの若さに一瞬驚くが、すぐに表情を引き締める。
「迅速なる応答に感謝する。情報についてもすぐにお伝えする」と答え、情報を伝えていく。
「現在、我が国にはスヴァローグ帝国の外交使節団が入国している。我々も正確な情報は得ていないが、我が国の指導者たちは貴官たちを帝国に引き渡そうとしている。しかし、それは我が国の総意ではない。現在、本ラスール第二軍港は小官の指揮下にある。貴戦隊に対し、直ちに脱出することを提案する」
クリフォードは帝国の外交使節がいるということに驚きを隠せないが、すぐに返答を行った。
「貴官の勇気ある行動に感謝する。我が戦隊は直ちに
クリフォードがそう返信した直後、情報士のオハラ大尉が普段のおっとりした口調とは異なり、焦りを含んだ声で報告を始めた。
「
その報告に驚くものの、クリフォードはすぐに指揮官用コンソールで正体不明艦のデータを確認する。
(近すぎる……今から加速しても離脱は不可能だ。軍港に逃げ込むしかない……)
彼はすぐにその命令を発した。
「全艦、我に続いて入港せよ。入港後は百八十度反転し、正体不明艦に艦首を向けよ。但し、許可なく攻撃するな。旗艦からの指示を待て」
そして、ラスール軍港のスライマーンにも連絡を入れる。
「正体不明艦が我々の航路を塞ごうとしています。銀河連邦および銀河帝国航宙法に従い、軍港内に避難します」
彼が告げた“銀河連邦および銀河帝国航宙法”とは、銀河連邦と銀河帝国で使われていた国際的な航宙のルールのことである。
正式には“銀河連邦航宙法”であるが、スヴァローグ帝国が銀河帝国の後継者と公言していることから、銀河帝国という名称も入れていた。
このルールだが、対向する艦船が回避する場合は、右舷側に避けるとか、星系内では国籍を示す信号を常に出すなど、航宙に関する基本的なルールを定めたもので、四千年以上の歴史を持つ。
そのため、アルビオン王国や
航宙法の中には船が損傷し危機的な状況にある場合や、宇宙海賊等の国籍不明船から避難する場合には、港湾管理者に通告するだけで優先的に避難できるというものがある。彼はそのルールを使い、ラスール軍港に退避することにしたのだ。
ラスール軍港のスライマーンから了承の通信が入る。
「緊急入港の件、了解した。国籍不明艦については当方からも敵対行動を取らないよう連絡する」
これにより、クリフォードたちは軍港に逃げ込むことに成功した。
各艦は軍港の入口付近に待機する。しかし、ラスール軍港は軍事施設ではあるものの要塞ではないため、防御スクリーンの能力は低く、敵からの攻撃を防ぐことができない。
(袋のネズミだな。帝国がシャーリアの損害を無視するなら、我々の運命は死しかない。降伏を視野に入れておくべきだろう……)
クリフォードは打つ手を思い付かないまま、帝国の戦闘艦の機動を見つめていた。
■■■
アルビオンの王太子護衛戦隊がラスール軍港に入港する前、スヴァローグ帝国の指揮官セルゲイ・アルダーノフ少将は余裕の表情を浮かべていた。
(疑っていないようだな。これで王太子を捕らえることができる……)
しかし、その余裕はすぐに消えた。
アルビオン戦隊がラスール軍港に入港する直前、アルダーノフはシャーリア側に混乱が発生したことに気づいた。
アルビオン戦隊が入港をためらい、停止したのだ。
(何が起きているかは分からぬが、このままではまずいことになる……)
このままではアルビオン艦はJPに向かい、星系を脱出してしまうと考えた。
そして、自らの戦隊の各艦にクライシュ軍港からの緊急出港を命じる。
「全艦、緊急発進! アルビオンの奴らを逃がすな!」
それに驚いたのはクライシュ軍港の管制官だった。
「銀河帝国所属艦に告ぐ。直ちに係留場に引き返しなさい! 軍港内での操艦は管制の指示に従うことが当国の港湾法により定められています! 直ちに発進を中止し……」
管制官の悲鳴に近い警告を発した。
しかし、アルダーノフは管制官の言葉など聞いていなかった。彼にとってシャーリアは帝国に降伏した従属国であり、帝国の高官である自分を罰することなどできないと確信していたのだ。
それよりもアルビオンの王太子を捕らえることの方に意識を集中させていた。
(危うく逃げられるところだった。シャーリアの上層部は部下の掌握すらできんのか……まあよい。この位置まで来れば奴らは逃げられぬ。後はシャーリアの連中を使って拿捕させればよい……)
彼はシャーリア法国にアルビオンの王太子を捕らえさせるつもりでいた。
これは、現在スヴァローグ帝国はアルビオン王国に対し戦端を開いていないためで、彼の行動がアルビオンの参戦を促すことになれば、
そのため、本来作動が義務付けられている
この点について、彼が座乗する軽巡航艦シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐から注意が喚起されていた。
「このままでは海賊としてシャーリアに攻撃されます。IFFの起動を許可していただきたい」
それに対し、アルダーノフは「不要」と一言で切って捨て、それ以上の説明は行わなかった。
国籍を明らかにしていない艦船はその星系を支配している勢力から、海賊として無条件に攻撃されるのだが、彼はシャーリアが帝国艦を攻撃するほどの気概を持っていないとして、帝国が王太子拉致に関与していた事実を隠すことを優先した。
「奴らが逃げ込んだら、軍港出入口を封鎖する。攻撃可能な
十隻の帝国艦はラスール第二軍港から一光秒の位置で待機する。この位置であれば、軍港から最大加速で脱出しようとしても、百秒以上の加速が必要であり、充分に撃沈できる。また、アルビオン側がステルスミサイルを発射しても到達まで五十五秒ほど掛かるため、発見および撃破は容易であった。
アルダーノフは通信士に「シャーリアの
すぐに回線が接続され、軍法官アル・サダム・アッバースがスクリーンに現れる。
「貴国は小官の依頼を無視するつもりか! 幸い、軍港内に確保できているのだ。八時間の猶予を与えてやる。今すぐ行動を起こすのだ」
アッバースはその高圧な言葉に怒りを覚えるが、それを抑えて「了解した。直ちに部隊を派遣する」と言って通信を切った。
アッバースは軌道エレベータを使って新たな部隊を送り込もうとしたが、スライマーンの行動を支持する将兵が多く、時間だけが過ぎていった。
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