第7話

 キャメロット星系に帰還してから年末までの十五日間は、休む間もなく訓練に明け暮れた。


 戦隊の下級士官や下士官兵たちは想像以上に厳しい訓練に音を上げる。特に厳しい訓練を課された宙兵隊の兵たちはクリフォードのことを憎むほどだった。

 宙兵隊の食堂兼兵員室メスデッキでは休憩時間に不平を漏らす声が上がっていた。


「俺たちは王太子殿下の護衛なんだ。なんで武装商船の襲撃訓練なんかやらなきゃならないんだ!」


「偉そうに指揮官面しやがって! クリフエッジの野郎は宙軍士官なんだ。宙兵隊のやることに口を出すなっていうんだ!」


 そんな怨嗟の声が上がるのは、彼が宙兵隊中佐として指揮を執り、その補佐にデューク・オブ・エジンバラ5号DOE5の宙兵隊長パターソン大尉を任命したからだ。


 DOE5の艦長は王太子の護衛である宙兵隊一個大隊を指揮下に持つことから、宙兵隊中佐の階級が一時的に付与される。


 これは戦隊全体の指揮権がDOE5艦長にあることを意味する儀礼的なものだが、指揮命令系としては明文化された正式なものだ。


 よって、クリフォードが宙兵隊の指揮官として訓練を監督することは何ら問題ないのだが、今までは単に名誉職的な位置付けで大隊長にすべて任せていた。


 その慣例を破ったことも宙兵たちの不満の原因の一つだ。厳しい訓練を課せられた上、指揮を執っているのがロセスベイの士官ではなく、DOE5の士官であることが不満だった。


 普段は上官の悪口を平気で言う兵士たちも、自分たちの上官が無能だと言わんばかりの対応に、隊全体が軽く見られていると憤っていたのだ。


 クリフォードの耳にも従卒であるヒューイ・モリス兵長を通じて、その声は届いていた。

 艦長室で書類の整理をしている時、モリスがコーヒーを用意しながら、さりげなく話しかける。


「宙兵たちが不満を持っているようですね。特にロセスベイの下士官たちが」


 クリフォードは書類から目を話すことなく、それに答えていく。


「そのようだな。ブラスターライフルがいつ私に向くのかと思うほどだったよ」


「あまり無理はなさらないことです」とモリスが呟くと、クリフォードはゆっくりと顔を上げ、従卒の顔を見上げる。


「心配してくれてうれしいよ。しかし、手を抜くことはできない。殿下の安全、すなわち、王国の未来が掛かっているのでね」


 彼はそれだけ言うと、再び書類に集中し始めた。

 その言葉はモリスを通じて戦隊の下士官兵たちに伝わっていく。しかし、クリフォードの考えを支持する者はほとんどいなかった。



 あと二日で宇宙暦SE四五一八年が終わる十二月三十日。

 この日になってようやく計画していた訓練が全て終わった。しかし、厳しい訓練とはいえ、僅か半月では大した成果は上がらず、クリフォードは訓練の終了時に以下のように叱咤した。


「これより二日間は上陸を許可する。しかし、一月一日から三日までの任務の後は再び訓練を行う。一月一杯は上陸の許可は出さないつもりだ。今日明日の休暇を有効に使うように。以上!」


 その言葉に各艦でブーイングが起きる。士官たちも休暇がないと知って落胆し、不平を言う兵たちを咎めることを忘れていた。


 DOE5の副長クラウディア・ウォーディントン少佐は下士官兵たちの不平をクリフォードに伝える。


「これでは兵たちの不満が爆発してしまいます。せめて新年の休暇は与えるべきではないでしょうか」


「この件に関してはノーだ、副長ナンバーワン


「しかし、休暇は兵たちの権利でもありますし……」と言い掛けるが、すぐに遮られてしまう。


「今は戦時中なのだ。指揮官の裁量によって休暇は凍結できる。以上だ、副長ナンバーワン


了解しました、艦長アイ・アイ・サー


 ウォーディントンは取り付く島がないと諦め、艦長室を出ていった。


 駆逐艦の艦長からも同じような陳情があったが、彼はそれをすべて拒否した。


 クリフォードの言う通り、現在ゾンファ共和国と戦争中であり、戦闘艦の乗組員の権利の一部は指揮官によって制限できる。


 もっとも今まで王太子の護衛部隊が適用されたことはなく、兵士たちだけでなく、士官たちが不満を持つことは当然と言えた。


 ただ一人、彼を支持した人物がいた。それは副司令に当たるロセスベイ1の艦長カルロス・リックマン中佐だ。


「コリングウッド艦長の考えは正しい。十七年前のことを思い出してみるがいい。安全だと思っていたアルビオン星系ですら戦場となったのだ。キャメロットが戦場にならんという保証はどこにもない。戦闘になった時、王太子殿下を、次の国王陛下をお守りできなかったらどう言い訳するのだ。訓練不足でお守りできませんでしたとでも言うつもりか? 自分たちの力の無さをもう一度よく考えてみるのだな」


 その言葉に対し、クリフォードは何も言わなかったが、尊敬できる先輩に対し、自室で静かに頭を下げていた。



 クリフォードは十二月三十一日の午前中だけ官舎に戻った。十月三十日にターマガント星系に向かってから二ヶ月ぶりの帰宅だった。


 愛妻ヴィヴィアンは彼を優しく出迎えるが、僅か三時間ほどしか時間がないと聞き、表情を曇らす。しかし、すぐに明るい表情に変える。


「あなたによい知らせよ」


 何のことか分からず、クリフォードは首を傾げるが、彼女は彼の右手を取り、自らの腹部に押し当てる。


「赤ちゃんができたの。妊娠三ヶ月。来年の夏にはあなたと私の子が生まれるの。どう、いいニュースでしょ」


 クリフォードは突然のことに一瞬戸惑うが、すぐに彼女を抱き締め、「本当にいいニュースだよ。ありがとう、ヴィヴィアン」と言ってキスをした。


 愛妻との短いが幸せな時間を過ごした後、彼は愛艦へと戻っていった。


 そして、艦長室に篭り、訓練計画を練り上げていく。


 従卒のモリスは彼自身の休暇を返上し、クリフォードに付き合うが、寝る間を惜しんでデスクに向かう彼の姿に危惧を覚えた。


「お休みになられた方がよいのではありませんか」


「私は戦隊のみんなに休暇を返上させた。その張本人が一番働かなければ誰もついてこないよ。それより君の方こそ休んではどうだ? 当直の者に食事を準備させれば、君がここにいる必要はないんだから」


 その言葉にモリスは「いいえ、艦長ノー・サー」と答え、


「艦長のお世話をすることが私の仕事です。他の者に任せるわけにはまいりません。第一、艦を降りてもすることがありませんから」


 モリスは三十八歳になるが独身で、休暇の日もほとんど艦を降りていない。九年前に手痛い失恋を経験し、軍に入ったこともあり、恋人もいなかった。

 詳しい話をクリフォードは知らなかったが、ある程度事情を察していた。


「そうか……私としては君がいてくれると助かる」


 それだけ言うと、再びデスクに顔を向けた。

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