第45話
クリフォードは第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将によって、無実の罪を着せられ、
その話はクリフォードの部下たちによって艦隊内に広められ、総司令官であるグレン・サクストン大将や総参謀長であるアデル・ハース中将の知るところとなった。
サクストン提督はハースに対し、解決するよう命じ、ハースもそれを実行すべく、リンドグレーンの旗艦マグニフィセント08に乗り込んでいった。
彼女が司令官室にいるリンドグレーンに挨拶すると、リンドグレーンは嫌味を言って出迎える。
「休戦中とはいえ総参謀長が総旗艦を離れるのはいかがなものか」
それに対し、ハースは笑みを浮かべたまま、
「ええ、本来ならこのようなことをしている場合ではないのですけど。仕事を増やしてくださる方がいらっしゃるので」と嫌味を返す。
リンドグレーンは口では勝てないと思い、憮然とした表情で「用件を伺おう」と話題を変えた。
「貴艦隊の士官を貸していただけないかと思いまして。総司令部は非常に忙しいので、優秀な若手の士官を借りたいのです。艦を失った士官ならお借りしても問題ないでしょう?」
「わざわざそんなことのために旗艦を離れたのかね」
リンドグレーンはそう嫌味を言いながらも、ハースの目的を理解した。
査問会議に掛けようとしているクリフォードを一時的に総司令部付にして、自分の影響力が及ばないところに避難させようとしていると気づいたのだ。
「ええ、小官が直接交渉に来たくなるほど優秀な士官ですわ。今回の会戦でも武勲を挙げておりますし」
「誰のことか分からんが、この状況で遊んでおる士官はおらん」と言って断った。ハースはニヤリと笑い、
「では、遊んでいる士官でしたら問題ないわけですね。この艦の営倉にいるはずですから、お借りしますわね」
「ま、待ちたまえ」とリンドグレーンは慌てる。
(いつの間に情報が
内心で怒りを爆発させるものの、この状況が危険であると気付く。しかし、冷静さを失っている彼はハースに対し「そのような事実はない」と言い切り、
「あったとしても艦隊司令部の専権事項だ。総司令部にとやかく言われる筋合いはない」と付け加えてしまった。
ハースはその言葉を待っていたかのように反撃を開始する。
「コリングウッド少佐を処分するおつもりなら、それ相応の覚悟をなさることです。コリングウッド少佐の戦闘記録は
それまでの笑みを消し、感情を排した声でそう言い、リンドグレーンを睨み付ける。そして、更に声音を低くし言葉を続けた。
「そのような優秀な士官を処分されるというのであれば、司令官としての資質を疑わざるを得ません。総司令官閣下も艦隊全体の士気を下げる行為を認めるおつもりはないと明言されました。それを承知の上で査問会議を開かれるのであれば、どうぞご随意に」
それだけ言うと、リンドグレーンの言葉を待つことなく司令官室を退出していく。
そして、その足で第三艦隊の参謀長ジャスタス・ノールズ中将に面会し、同じことを告げる。
「……提督の命令に従うなら貴官も同罪ですよ。それでも忠誠を尽くしたいなら退役も視野に入れておくことです」
ノールズはハースの言葉に戦慄する。
彼自身、今回の第三艦隊の行動が友軍の損害を拡大させ、更には祖国を危うくするものであったことは理解している。
そして、適切な助言を怠り、リンドグレーンの暴走を止められなかった責任を問われることも覚悟していた。それでも不名誉な除隊まで付き合う気はなかった。
彼は副司令官や旗艦艦長らに連絡をいれ、ハースの言葉を伝えていく。
リンドグレーンはそれでも査問会議を強行した。ノールズは反対するが、それでもリンドグレーンは納得しなかった。
直ちに会議室の一つが査問会議の場に決められ、判事役として参謀長と旗艦艦長、そして自らがその長を務め、検事役である
「
クリフォードはその告発を
(問題になるとは思っていたが、ここまでとは……しかし、私は間違っていない。私がこの告発を認めるということは戦死した部下たちに申し訳が立たない。もちろん生き残った部下たちにも……)
リンドグレーンは満足そうに頷くと、クリフォードに顔を向ける。
「少佐、勧告に従う気はあるかな?」
「
クリフォードはリンドグレーンの目を見つめ、しっかりとした口調で答えた。
「これほど明確な証拠があるのだ。ここで認めれば名誉除隊できるが、認めないならキャメロットに戻ってから軍法会議に掛けることになる。そうなれば不名誉除隊は確実だぞ。君の父上が築いたコリングウッド家の名誉も地に堕ちることになるのだ。どうだ、考え直す気はないか?」
猫撫で声でクリフォードを説得しようとするが、
「
リンドグレーンが「なぜ認めん!」と激高すると、ノールズが「落ち着いてください。提督」と言って宥め、
「少佐、何か言いたいことはないか」とクリフォードに水を向ける。
クリフォードは小さく頷き、「
「小官は何ら恥ずべき行為は行っておりません。レディバード125号が戦闘能力を失った時刻である〇九二〇以降に退艦命令を出しております。これは
「確かに
しかし、リンドグレーンは立ち上がり怒声とも言える声で糾弾する。
「詭弁だ。貴様は戦闘開始前にハードシェルの着用を命じておる。更にレディバードの
ノールズが再び「落ち着いてください、提督」と言い、
「この場は査問会議であり、発言は正確に議事録に残ります」と警告する。
リンドグレーンはその言葉に「了解した」と憮然とした表情で答えて座り直した。
クリフォードはその糾弾に対する答えを考えてあった。そのため、すぐに反論する。
「船外活動用防護服の着用は敵駆逐艦戦隊との戦闘が熾烈になると予想したためです。また、掌砲手たちを事前にDデッキに避難させた理由は集束コイルを切り離したため、主兵装操作室及び控室に常駐させる必要がないためです」
理路整然とした反論にノールズは目を見張った。
(英雄として祭り上げられただけの男かと思ったが、本物のようだ。総参謀長のおっしゃるとおりだな……)
横ではリンドグレーンが支離滅裂の言葉で罵倒していた。ノールズと旗艦艦長の心はその言葉を聞くたびに冷えていった。
「そろそろ裁決を行ってもよいのではないでしょうか」
リンドグレーンの罵詈雑言が止んだところでノールズが査問会議の終了を提案する。
リンドグレーンはその提案に鷹揚に頷いた。
「では、裁決を採るとしよう。コリングウッド少佐の行為に不名誉な点があったか。参謀長の意見は?」
「小官の意見は、ノーです」としっかりとした口調で反対の意思を表示した。
その言葉にリンドグレーンは一瞬理解できず困惑するが、すぐに「どういうことだ! 私に逆らうのか!」と激怒する。
ノールズは小さく首を横に振り、
「そのようなつもりは毛頭ございません。しかしながら、無実の者を貶めるような行為は、私の名誉に誓ってできないと申し上げます」
リンドグレーンは腹心の反意に怒りに打ち震えながら、もう一度確認した。
「もう一度問うぞ。コリングウッド少佐の行為に不名誉な点があったか。イエスかノーか」
その問いに「ノーです。閣下」としっかりとした口調で反対する。
リンドグレーンは顔を真っ赤にしながらノールズを睨みつけると、旗艦艦長に目を向けた。
「コリングウッド少佐の行為に不名誉な点があったか。艦長の意見は?」
「小官の意見も参謀長閣下と同じ、ノーです。閣下」とリンドグレーンと目を合わせないようにしながらも、はっきりとした口調で反対の意思を表明した。
リンドグレーンが爆発する前にノールズが引き取った。
「これで反対が多数となりました。コリングウッド少佐に関する本査問会議の結果は問題なしということで。よろしいですか、司令官閣下」
リンドグレーンは結果が信じられず、何も言えなかった。ノールズはそのまま閉会を宣言する。
「反対のご意見はないということで本査問会議は閉会とします。少佐、不愉快な思いをさせて済まなかった。我々は君が最後まで奮戦したことを正しく理解している。そのことは忘れないで欲しい。では退出してよし」
クリフォードは目の前で行われたことが信じられなかったが、機械的に「
残されたリンドグレーンは呆然としたまま、座り込んでいた。
そして、「貴様らは私を裏切ったのか」と呟く。その独り言にノールズは静かに反論する。
「私は査問会議を開くことに反対したはずです。こうなることは分かっていましたから。それをお分かりにならなかったのは閣下の方です」
そしてこう付け加えた。
「閣下以外、コリングウッド少佐を処分することに賛同する者はいないでしょう。あれほどの活躍をし、メディアに注目されている人物です。正当な理由もなく、私怨で処分すれば叩かれるのは自分の方ですから」
リンドグレーンは憎しみを込めた目を彼に向ける。しかし、ノールズは更に追い討ちを掛けた。
「今回の敵前での転進について、副司令官以下で調書の作成を始めました。これは総司令部の指示ではなく第三艦隊司令部として行っているものです。我々もあの時の命令に納得しているわけではありません。きっと公正な調書ができるでしょう」
「勝手なことを! そのような命令は出しておらん! 即刻中止するのだ!」
リンドグレーンは怒りに任せて喚くように叫ぶが、ノールズは「第三艦隊司令部の首席幕僚として責務を果たすだけです」と言って敬礼し、彼の前から去っていった。
司令部にすら味方を失ったリンドグレーンは失意のあまり、司令官室に引きこもった。ノールズはそれを機に軍医長に過労による精神衰弱という診断書を書かせ、総司令部に送付する。ハースは直ちに副司令官に指揮権を移し、第三艦隊を掌握させた。
(これで面倒ごとが一つ減ったけど、こんな人物が艦隊司令官だなんて……メディアが知ったら大ごとになるわね。といっても何もできないんだけど……)
ハースはクリフォードを釈放させると、直接通信を行った。
クリフォードは僅か二日間で艦隊戦の激戦、指揮艦の喪失、更にはMPに拘束され、査問会議に掛けられるという激動に憔悴していた。
そこに総参謀長から直接連絡が入ったと聞き、当惑する。
(何が起きるんだろう……部下たちのところに戻りたいな……)
いつも通り笑みを浮かべたハースが映し出されると、きれいな敬礼で迎える。
「お疲れ様。リンドグレーン提督は過労で倒れられたわ。これ以上あなたに関わることはないわよ」
ハースの言葉に「
「まだ正式な話ではないのだけど、総司令部にあなたの席を用意したわ。参謀として私の手伝いをしてくれないかしら」
ハースの申し出はキャメロット防衛艦隊の総司令部付にならないかという誘いであり、総参謀長自らが
しかしクリフォードは即座に断った。
「小官には部下がいます。少なくともキャメロットに帰還するまでは部下たちに対する責任を果たしたいと考えております」
ハースはその言葉を予想していたのか、即座に頷いた。
「分かったわ。でも、あなたは得難い才能を持っているの。ぜひともその才能を祖国のために使って欲しいと思っているわ。だから、もう一度よく考えて」
クリフォードは、「
通信を切ったハースは「やっぱりディックの子ね」と呟き、士官学校の同期であるリチャード・コリングウッドの姿を思い出していた。
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