第46話

 宇宙暦SE四五一八年八月四日。


 ジュンツェン星系のシアメン星系側ジャンプポイントJPにゾンファ共和国軍の輸送艦隊三千五百隻が到着した。


 JP付近にはアルビオン艦隊二万五千隻が待ちうけ、奇襲に対する警戒を行っている。また、JPに設置してあったステルス機雷は機能をロックしただけで、いつでも攻撃に移れる状態で待機していた。


 一方のゾンファ艦隊は第五惑星にあるJ5要塞を発し、JPから百光秒の位置で待機している。これはアルビオン側が輸送艦隊を攻撃した場合に報復を行うためだが、アルビオンとの事前協議で決定した位置に過ぎない。


 ゾンファ側の責任者であるジュンツェン防衛艦隊司令官マオ・チーガイ上将はアルビオン側が積極的に休戦協定を破るとは考えていなかったが、アルビオンに譲歩し過ぎたという批判を防ぐために艦隊を進めたのだ。


 また、アルビオン側の通信を解析した結果、アルビオン艦隊が必ずしも一枚岩と言えないことが分かり、アルビオン艦隊総司令部の命令を無視して暴走する指揮官が出ないよう圧力を掛ける意味もあった。


 この件でヤシマ解放・・艦隊司令官ホアン・ゴングゥル上将が反発するかに思われたが、彼はマオの命令に素直に従った。彼は今回の作戦の失敗とこの屈辱的な扱いはジュンツェン防衛艦隊の失態であり、自分には関係ないという考えだった。


 彼は既に充分な戦果を上げているため、このまま停戦になったとしても自分の将来は明るいと高を括っている。



 ゾンファの輸送艦隊はジャンプアウト後、アルビオン艦隊の臨検を受けるべく直ちに主機関を停止した。アルビオン艦隊から駆逐艦やスループ艦が発進し、輸送艦に接舷していく。


 十時間にも及ぶ臨検の結果、アルビオン政府関係者ら九十八人とヤシマの研究者や技術者約二万一千名を収容した。


 アルビオンのジュンツェン進攻艦隊総司令官グレン・サクストン大将はゾンファ艦隊に対し、謝意を表した。


「貴軍の誠意ある行動に感謝する。アルビオン王国艦隊は八月六日の零時までに本星系から退去することを約束する」


 その通信に対し、マオも「貴艦隊が約定を遵守する限り、我が艦隊も約定をたがえぬことを約束する」と答え、それ以降は直接言葉を交わすことはなかった。


 ジュンツェン星系において行われた二度の会戦の結果は以下の通りである。


 アルビオン王国軍の参加艦艇二万九千八百六十隻。戦闘による喪失二千三百二十隻、補修困難と判断され廃棄処分となった艦艇二百二十三隻、喪失総数二千五百四十三隻。喪失率は八・五パーセント。戦死者数二十四万千五百八十人、戦死者率は七・四パーセントであった。


 ゾンファ艦隊の参加艦艇数三万九千四百九十隻、戦闘による損失一万五百三十四隻、廃棄処分三十二隻、喪失総数一万五百六十六隻、喪失率二十六・八パーセント。戦死者数百二十四万一千五百八十人、戦死者率は二十六・二パーセントであった。


 ゾンファ共和国軍はヤシマ侵攻作戦において、降伏による喪失を含め一万二千五百隻余りを失っている。人的資源の損失も甚大で戦死者約四十万人、捕虜となった艦隊の将兵約百十万人、地上兵力二十万人の計百七十万人の未帰還者を出している。


 物資を満載した輸送艦隊によりジュンツェン星系防衛艦隊は三ヶ月分の食料を得ることができ、本国からの緊急輸送まで凌ぐことが可能となった。


 この事実はアルビオン軍に知られることはなかった。

 これは第一次ジュンツェン会戦以降、マオ艦隊が戦闘に参加せず、それを知りうる捕虜を得られなかったことが主因だが、アルビオン側が想定していなかったことも大きく関係している。


 アルビオン軍は第一次ジュンツェン会戦の直後、第三惑星にある食糧供給基地を破壊したものの、ゾンファにはJ5要塞という大型要塞が健在であり、兵站に不安があるとは考えなかった。


 アルビオン軍では軍事拠点の備蓄量は最大戦力に対し最低六ヶ月分とされ、ゾンファにおいてもそれに準じる量の備蓄があると想定していた。


 実際、ヤシマ侵攻作戦が行われなければ要塞守備兵と六個艦隊に対して最低でも五ヶ月分程度の備蓄はあり、通常の作戦であれば問題は発生しない。


 もし、この時点でアルビオン側がこの事実を知っていればゾンファ共和国はジュンツェン星系を失うだけでなく、生き残った艦隊も全滅した可能性が高い。


 もちろん、アルビオンがジュンツェン星系を欲しておらず、窮鼠となったゾンファ艦隊との戦闘を避ける可能性はあったが、少なくともアルビオン側に有利な状況は作り出すことができ、戦後の情勢が大きく変わった可能性は否定できない。


 この一点だけ見ても第二次ジュンツェン会戦にマオ艦隊が参戦しなかった意義が認められる。

 いずれにせよ、アルビオン軍はゾンファが食糧難に陥っていることを知ることなく、ジュンツェン星系を去った。



 今回のヤシマ解放・・作戦に伴い、ゾンファ共和国では大きな混乱が発生した。


 国家主席であり国家統一党の書記長ティエン・シャオクアンはヤシマ作戦の失敗を秘匿しようとしたが、戦死者百六十万人を含む三百万人近い未帰還者を出していることから秘匿は不可能だった。


 前政権を担当していた穏健派――内政を重視し対外派兵に否定的な派閥――は、ティエン書記長の責任を追及していく。


 ティエンはヤシマ作戦が失敗したのは穏健派に属するマオ上将の失態であり、穏健派が責を負うべきと反論したが、自身が属する強硬派――対外派兵に積極的な派閥――からも、責任を追及され辞任するしかなかった。


 軍部では大規模な再編が行われ、強硬派に属する将官の多くが更迭された。一方、穏健派に属する優秀な若手士官たちは次々と昇進した。


 その中にはジュンツェン防衛艦隊で重巡航艦戦隊を率いていたフェイ・ツーロン准将の名もあった。


 彼は少将に昇進し、マオ上将の幕僚として迎えられる。強硬派はその報復人事に不満を持つものの、十年前の対アルビオン戦争に匹敵する大敗に口を噤むしかなかった。精々フェイに対し敗戦のたびに出世するという陰口が囁かれる程度であった。


 このように政権交代は粛々と行われたかに見えた。


 しかし、ヤシマ解放艦隊の司令官ホアン・ゴングゥル上将の処遇が発端となり、大きな混乱が発生する。


 ホアン提督は侵攻作戦を成功させ、更に自由星系国家連合軍に大勝利したものの、結果として百七十万人以上の未帰還者を出したことから、穏健派によって艦隊司令官の任を解かれ左遷された。


 この決定に不満をぶつけるものの、国力を大きく低下させた作戦の立案者であり、ティエン書記長に近いということで誰も彼を擁護しなかった。


 ホアンは失意に沈むかに見えたが、攻撃的な彼の性格はそれを許さなかった。一部の若手士官を焚き付け反乱を起こさせたのだ。


 反乱自体は杜撰な計画であったため、すぐに鎮圧されたが、その計画書の立案にホアンが関わっていたとして告発され、軍事法廷で裁かれ銃殺された。


 更にティエンも関与したとして告発され、絞首刑に処された。これをきっかけに強硬派に属する政治家の多くが失脚する。



 この反乱後、ある噂が流れた。

 既に退役している穏健派のフー・シャオガン上将が裏で糸を引き、暗殺された盟友チェン・トンシュン前軍事委員長の仇を取ったのではないかという噂だ。


 フーは即座にその噂を否定したが、退役し権力を失った彼の下に多くの政治家や軍人が訪れていることから、その噂が消えることはなかった。


 また、第一次ジュンツェン会戦で大敗したにも関わらず、防衛艦隊司令官マオ上将が罷免されなかったことも、フー上将が復権した根拠とされた。


 アルビオン王国はゾンファに対して要求を行わなかった。王国にとっては第三次ゾンファ戦争の停戦協定が破られただけとの認識だった。このことからアルビオンは完全な戦時体制に移行し、ジュンツェン星系に接続するハイフォン星系を実効支配し、防衛計画を刷新する。

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