第34話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一一三〇。


 アルビオン軍スループ艦ブルーベル34は敵ステルスミサイルの攻撃によって危機的な状況に陥っていた。

 更に敵ベースが自爆し、混乱を助長する。


 エルマー・マイヤーズ艦長はその混乱を抑えるべく、各担当者に自らの任務に集中するよう命じた。その命令によって、戦闘指揮所CIC内の混乱は収まりつつあった。


「対宙レーザーによる迎撃開始。第一陣全数撃破、第二陣……ミサイル二基が抜けてきます!」


 しかし、八基のミサイル攻撃はスループ艦の手に余るものだった。


「総員、対ショック体勢を取れ! 副長ナンバーワン、被弾後は緊急時対応EPガイドラインに従い処理を実行せよ。被弾まで五秒、三、二、一、……」


 カウントダウンの終了と共に斜め下から突き上げる衝撃が走る。

 その衝撃により、体が急激に浮き上がり、それを抑えるためシートのハーネスが体に食い込む。


 衝撃と同時にゴーンという低い爆発音が響き渡り、一瞬、CIC内の照明がすべて消え、すぐに赤みがかった非常用照明に切り替わった。


 数瞬の間をおき、艦内の人工重力が停止した。

 固定していない小物類が宙に浮かび上がる。CIC要員たちは周りを見渡すが、すぐに自らのディスプレイを確認し、マニュアルに従った操作を行っていく。


 幸いなことに艦に命中する直前、対宙レーザーによってミサイルは撃破されたため、直撃弾とはならなかったが、その影響は小さくはなかった。



 CIC以外の艦内の各所でも、緊急アラームが鳴り響く。

 機関制御室RCRでは、デリック・トンプソン機関長がリアクターの状況を確認し、CICに報告を入れている。


「CIC、こちらRCR。リアクター及びMECに損傷なし! 主兵装エネルギー伝送ラインに異常あり! このままでは主砲は撃てんぞ!……」


「了解、予備回路に切り替える……予備回路切替え不能。チーフ、そちらで切替えを頼む」


 CICから了解と予備回路切替え不能の連絡が来ると、


「こっちで予備回路に切り替える。ダンパー、手動切替えを頼む!」


 先任機関士トーマス・ダンパー兵曹長がそれに応えて手早く操作を行う。


「了解! 主兵装伝送ライン予備ラインに切替えます!」


 その間にも機関長は主機の状態を確認し、必要な処置を次々と行っていった。



 緊急対策所ERCのダメージコントロール盤では、艦内各所で減圧が発生していることを示す表示が点滅し、装甲が破壊された影響で艦内の放射線量が上昇している状況を示していた。


 四系統トレンある生命維持システムもわずかに一トレンだけが機能し、重力制御装置は四トレンとも機能停止。十基ある対宙レーザーのうち七基が使用不能、艦内の数箇所で火災が発生しているというメッセージも流れている。


「最外殻ブロックはすべて放棄! 生命維持システムと対宙レーザーの復旧を優先しなさい! 火災発生区画は強制減圧! 区画隔離状態を再確認しなさい!」


 副長のアナベラ・グレシャム大尉は掌帆長ボースンを始めとする緊急対策班に次々と指示を出していく。

 指示を出し終わったところでCICに報告を入れた。


「CIC、こちらERC。艦内損傷大! EPGに従い対応中! 艦長、優先復旧箇所を指示願います!」


「対宙レーザーを最優先してくれ! 生命維持システムは後回しでいい!」


了解しました、艦長アイ・アイ・サー! 状況は?」


「ミサイル二発が至近で爆発した……今は敵の攻撃は止んでいるが、理由は不明だ。もしかしたら敵のベースが爆発した影響かもしれない。すぐに敵の攻撃が再開するかもしれない……」


 艦長が手短に状況を説明するが、CICで何かが報告されたようですぐに会話が途切れる。

 彼女は通信を切り、ERCでダメージコントロールの指揮に専念し始めた。



 CICでは主兵装ブロックMABからの報告がないため、必死に連絡を取ろうとしていた。

 攻撃から数十秒後、ようやく掌砲長ガナーのグロリア・グレン兵曹長からの連絡が入る。


「こちらMAB、主砲補機エリアに直撃した模様。主兵装冷却系MACCS損傷! 非常用冷却装置により二回のみ発射可能! テッド・パーマー二等兵曹及び技術兵三名と連絡途絶。今後の指示を……」


「了解した。MACCSの復旧を急いでくれ! 復旧見込みが判明次第報告を頼む」


 グレン掌砲長からの了解の声を聞いたマイヤーズ艦長は心の中でこの状況を罵倒する。


(クソッ! 損害が大きすぎる……あと二発で仕留められるのか……しかし、なぜ攻撃が止まった? 散弾が命中したのか?)


 すぐに気を取り直し、冷静な声を作って、情報士のフィラーナ・クイン中尉に指示を出す。


「クイン中尉、敵の状況を確認してくれ。大至急頼む」


了解しました、艦長アイ・アイ・サー


 すぐにメインスクリーンに敵ベースが映し出される。

 その無残な姿に、マイヤーズ艦長は一瞬言葉を失った。


(敵ベースに何が起こった? アウルは無事か? どうしたらいいんだ……)


 彼は心の中で苦悩しているが、部下たちの士気を考え、多大な努力を払い無表情を貫いている。


 しかし、彼を含めCICにいる者たちは、すぐに来るであろう敵からの致命的な攻撃を考え、成すすべが無い自分たちに歯噛みしていた。そして、その思いはすぐに無力感に変わっていった。



 乗組員たちの思いとは別にブルーベルは敵艦を通り過ぎ、急速に敵との距離が開いていく。

 懸念した敵艦からの攻撃は無く、こちらも打つ手が無い。

 CICに無力感とは無縁のトンプソン機関長の力強い声が響いてきた。


「CIC、こちらRCR。主兵装伝送ライン予備ラインに切替え完了! いつでも使えるぞ!」


「了解した。チーフ、ご苦労だった」


 マイヤーズ艦長は機関長にそう答えると、


「ロートン大尉、MACCSの復旧見込みはまだか?」


「まだです。掌砲長ガナーとペッパー二等兵曹が復旧に当たっていますが、まだ連絡がありません」


「了解。二人を呼び戻してくれ。主砲を使う」


 驚くロートン大尉に構わず、


「敵も多大な損害を負っている筈だ。主砲で止めを刺す。その後、アウルを迎えに行くぞ! みんな、グズグズするな!」


 その力強い声にCICは蘇り、「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」」と言う声が響いていた。



■■■


 時はクーロンベースの自爆前に遡る。


 ゾンファ軍通商破壊艦P-331の戦闘指揮所CICでは、艦長代行のグァン・フェンが敵スループ艦ブルーベルを沈めるため、攻撃のタイミングを計っていた。


 彼は相対速度が最も上がり、かつ迎撃時間の短いタイミングで残っているステルスミサイルをすべて発射し、敵を破壊する作戦を考えていた。


 ステルスミサイルの迎撃を防ぐため、主砲を撃ち続け、敵の余裕を奪うことも同時に実行している。


 指揮所内の誰もがまだかと気が焦る中、最接近までの時間が一分を切った時、グァン艦長代行がおもむろに攻撃を命じた。


幽霊ユリンミサイル全基発射! 主砲による攻撃開始! 主砲は潰しても構わん! 一分だけもてばいい!」


 彼の言葉によって八基のミサイルが発射され、主砲も再び火を吹き始める。


 主砲による攻撃は敵の防御スクリーンで防がれているものの、八基のミサイルのうち二基が迎撃ラインを突破しそうだという報告が上がってきた。

 彼が喜びの声を上げようとした時、情報担当士官が呻くような声で叫んだ。


「ク、クーロンベースが! クーロンで強大なエネルギー反応あり! リアクターが爆発……」


 あまりに衝撃的な光景にその声は唐突に途切れた。

 自動的に切り替わったメインスクリーンには、クーロンベースの爆発する映像が映し出されていた。


『艦内放射線量異常高。遮蔽エリア以外の線量は最大十キロシーベルトパーセカンド、レンジオーバー。戦闘指揮所及び緊急対策所からの退出は不可……』というAIの声がCIC内に響く。


 グァン・フェンは状況を掴めず、「何が起こった!」と叫ぶと、機関担当下士官が叫ぶように報告する。


「クーロンベースの対消滅炉が暴走し、その放射線が本艦に到達した模様! 右舷側をベースに向けていたため、防御スクリーンで遮蔽できなかったと推定!」


 グァン・フェンはこの状況に驚愕するが、すぐに頭を切り替える。


「被害状況を報告せよ! 攻撃が可能なら敵艦への攻撃を継続! チャン・ウェンテェン! 甲板長! 無事か!」


 その問いに答えはなかった。

 チャン甲板長は緊急対策班を率い、右舷防御スクリーンの復旧作業を行っていたため、致死量の百倍以上の放射線をもろに浴び、即死していた。


 グァン・フェンは突然のベースの自爆に困惑する。


(クーロンはどうしたんだ? さっきの攻撃でリアクターが暴走したのか? まさか自爆か?……まだ自爆するタイミングではないだろう……)


 自爆シーケンス開始時点で、クーロンベースのMCRは全く機能しておらず、P-331に連絡を入れてくるものはいなかった。


 P-331もクーロン側の状況はあまり気にしておらず、対消滅炉が暴走したエネルギーを検知するまで気づかなかったのだ。

 艦内の状況が次々と報告されていく。


「緊急対策所は健在、副甲板長が指揮を執っています。兵装区画、機関室は沈黙。生存者なし、センサー類も死んでいます……」


「ユリンミサイル二基が至近弾となった模様。敵スループ艦に中破以上の損害を与えたと推測されます。現在加速を停止し慣性で航行中。敵からの攻撃も途絶しております」


「敵搭載艇を見失いました。クーロンの爆発に巻き込まれたと思われます」


 グァン・フェンは「了解した」と答えた後、状況を整理し始めた。


(理由はともかくクーロンは無くなった。これで燃料を確保するすべはもうない。現状の残量では最小出力に絞ったとしても二十日はもたないだろう。そもそもリアクターの状況もよく分からない……)


 生存が絶望的な状況であることが分かり、グァンは開き直った。


(生きて祖国の土を踏むことはできまい。ならば、敵を沈めることで祖国に貢献するしかない。かなりのダメージを与えているが、止めをどう刺すべきか……こちらの武器でまともに使えるのは艦尾砲だけだ。だが、出力が小さすぎて相当引き付けてからでないと確実に沈められない。この状況で敵に止めを刺すには……どこまで使えるか分からん主砲を使い続けるしかないか……)


 彼は不安定な主砲でブルーベルに止めを刺すことに決めた。


「敵は逃がさん! 主砲が壊れるまで撃ち続けるぞ! グズグズするな!」


「「了解!」」


 CIC要員はその言葉でクーロンベース自爆の混乱から立ち直った。彼らも自分たちが生き残ることが難しいと考え、ブルーベルを道連れにすることだけを考えることにしたのだ。

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