第35話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一一二五。


 時はクーロンベース自爆前に遡る。


 アルビオン軍スループ艦ブルーベル34号搭載艇アウル1の操縦室ではクリフォード、サミュエル、そして潜入部隊の次席指揮官ナディア・ニコール中尉の三人が敵に向かうブルーベルを見つめていた。


 彼らは敵通商破壊艦P-331から死角になるよう、小惑星AZ-258877に張り付くように隠れている。


 クリフォードはブルーベルの状況を見ながら、この先の行動について考えていた。


(ブルーベルが敵艦を沈めることができれば問題はない。敵艦を沈めそこなった時にどうするかだ。敵にどの程度ダメージを与えられたかが分からない状況では動くに動けない。この状況ではステルス機能を全開にしても見つかることは間違いないし、最大加速でも逃げ切れない。どうすればいいんだろう……)


 他の二人も同じように考え込んでいるようで誰も口を開かない。

 思考が袋小路に入り込みそうになったところで、敵ベースのことを思い出した。


(ドックは結構破壊したけど、整備を目的にしないなら充分に機能は残っている。もし敵艦を破壊したら、あのベースはどうするつもりなんだろう? 証拠を消すためリアクターを暴走させて自爆するかも……)


 ここまで考えたとき、ブルッと震えがきた。


(あのベースのパワープラントPPはかなり大きな物だった。機関長チーフは民生用だと言っていたけど、当然暴走できるように改造してあるだろう。もし、あのPPが暴走したら……この小惑星の半分は吹き飛ぶんじゃないか? それに暴走した時の線量は相当の量だったはずだ。この小さなアウルで耐えられるのだろうか?……)


 彼はその可能性を思いつき、ニコール中尉らに説明し始めた。


「敵ベースについて懸念があります」と言った後、今考えていたことを説明していった。


「充分考えられるわね。敵艦を沈められなければどの道、我々は全滅するわ。だけど敵艦を沈めても生き残れないのは癪ね。サミュエル、クリフォード、何かいい考えはある?」


 ニコール中尉の問いに、サミュエルがクリフォードの顔を見てから、意見を述べ始める。


「PPの位置は分かっています。暴走時にこの小惑星がどう壊れるかは分かりませんが、少しでも距離を取っておくべきではないでしょうか。今の敵艦の位置なら最初にアウルを隠した位置に行くことも可能です」


 ニコール中尉は少し考えた後、「サミュエル、操縦を任せるわ」と言ってから、後部にいる部下たちのところに向かった。



 数分後、アウルは最初に着地した敵ベースとは反対側に到着していた。

 そして、できるだけ見付からないようにと小惑星表面に着地しようと微調整を行っている。


 周囲の情報を確認していたクリフォードは急速に大きくなる巨大なエネルギーに気づいた。すぐに敵ベースの対消滅炉の暴走と判断し、叫んだ。


「ベースのリアクター暴走! 衝撃波が来ます!」


 操縦席のサミュエルは一瞬戸惑うが、すぐに着地を断念し、現状を維持することに切り替えた。


 数秒後、アウルは真っ白な世界に包まれる。

 空気が無い宇宙空間であるにも関わらず、強力なエネルギーによりアウルは大きく揺さぶられていく。


 サミュエルは自動姿勢制御と自らの勘を頼りに小惑星表面への激突を防ぐことに全神経を集中させていた。


 操縦室ではガンガンという衝撃が何度も襲い、緊迫した声に調整されたAIのメッセージが流れていく。


『多数の岩石飛来中。回避不能。艇外ガンマ線線量急増』


 何秒間続いたのかは分からないが、気が付くと衝撃は小さくなり、艇外のガンマ線も下がっていた。


 小惑星AZ-258877は爆発の衝撃によりゆっくりと移動しており、サミュエルは不完全な機体を操り、苦労しながら小惑星との距離を保つ。


(いきなり自爆したのか? しかし、ここにいてよかった。小惑星が遮蔽にならなければ、衝撃か放射線で死んでいただろう……しかし、なぜこのタイミングで? まだブルーベルが攻撃する前だったはずなんだが……)


 クリフォードは安堵しながらも、頭には多くの疑問が生まれていた。しかし、今は後部貨物室にいる味方の状況を確認することを優先した。


「ニコール中尉、ご無事ですか! フォックス、ジェンキンズ、無事な者は連絡を入れてくれ!」


 しばらくすると、ニコール中尉の声が聞こえてきた。


「こちらニコール。後ろは全員無事よ。二人とも無事よね。状況を報告しなさい」


 ニコール中尉が無事だという事実にクリフォードは心の中で安堵の息を吐き出した後、報告を始めた。


了解しました、中尉アイ・アイ・マム! アウルは今のところ問題ありません。外部のセンサー類が多数破損したようですが、主機に異常はありません」


「了解。そちらに行くわ」


 ニコール中尉はそういうとすぐに操縦室に戻ってきた。


「何が起こったの? ベースのリアクターが暴走したって聞こえたけど」


「敵ベースの対消滅炉が自爆したようです。なぜこのタイミングなのかは分かりませんが、ガンマ線の観測データから対消滅炉の暴走に間違いありません」


 彼女は頷くと、「それにしても早めに移動しておいてよかったわね」といつもの表情に戻っていた。


「ブルーベルと敵艦状況が知りたいわ。何とかならないかしら」


「センサー類がかなりやられましたから、難しいと思います。時間的にブルーベルは敵艦を通り過ぎているはずですし、確認するためにここを出ると、敵に見つかる可能性があります」


 ここでサミュエルが一つの提案をした。


「デブリに乗って離脱してはどうでしょう? 今なら敵も混乱しているはずです。ステルス機能をフルに生かせば成功する可能性は高いと思いますが」


 ニコール中尉はすぐに頷き、承認した。


「サミュエル、クリフォード、適当なデブリに張り付く形でここを脱出します。最適なデブリを見つけたらすぐに発進しなさい」


「「了解しました、中尉アイ・アイ・マム!」」


 クリフォードはこの案に全面的に賛成だった。


(いい案だ。今なら強力なガンマ線の影響と新たなデブリのおかげで敵のセンサーを騙せる。うまくすれば敵艦から離れられるかもしれない)


 彼らはちょうど都合のいいデブリを見つけるとステルス機能を全開にし、静かにそのデブリに同化した。

 そして、ゆっくりと敵ベースのあった小惑星AZ-258877から離れていった。


 ニコール中尉はクリフォードにブルーベルと敵艦との戦闘の様子を確認するよう命じた。


「生き残っているセンサーをフルに使って、戦闘の状況を確認しなさい」


了解しました、中尉アイ・アイ・マム」とクリフォードは答え、僅かに生き残っている光学系のセンサーを用い、ブルーベルの位置を確認し始めた。

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