第30話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一〇五五。


 アルビオン軍スループ艦ブルーベル34搭載艇、アウル1は敵ベース所属の小型汎用艇の攻撃範囲に捉えられていた。

 解析の結果、敵の方が機動力は高く、短距離ミサイルを二発ないし四発搭載していると判明した。


 クリフォードとサミュエルの二人の候補生はこの状況を打開すべく、思い切った手を打つ決断をした。


 主推進装置と姿勢制御を止め、慣性航行に移行することで、アウルが故障したように誤認させ、その隙を突いてレーザーで攻撃するという大胆を通り過ぎ、無謀ともいえる作戦だった。


 クリフォードはやや緊張した声でカウントダウンを始める。


「五、四、三、二、一、停止……」


 サミュエルは機首を敵に向ける途中で、加速と姿勢制御用のバーニアを停止させる。

 慣性でゆっくりと機体が錐揉みのような回転を始め、気分が悪くなるような複雑な動きをし始めた。


 クリフォードはアウルが回転し始めると、すぐに固定武装である硬X線パルスレーザー砲の照準を合わせていく。

 敵汎用艇はそれまで行っていた複雑な機動をやや緩やかなものに変え、ミサイル発射の準備を慎重に行っているように見える。


 機体の回転と敵の軌道のベクトルを見極めながら、敵がレーザー砲の照準器に入るのを慎重に待った。


「チャンスは一度。敵の動きが……よし!」


 彼は小さく呟くとためらいもなく、レーザー砲のトリガーを握る。


 そして、次の瞬間、「再加速! 回避!」と叫ぶ。


 サミュエルはすぐにアウルを敵汎用艇とその背後の小惑星AZ-258877に向かって、落ちるように加速させた。


 姿勢制御を生かすと気分が悪くなるような回転がすぐに収まり、ガクンという衝撃と共に最大の三kG加速が始まった。


 X線レーザーが確認できるよう可視化処理された映像が操縦席のモニターに映るが、敵の破壊を確認する余裕はなく、攻撃が成功したか判断できない。


 しかし、アウルの戦術/汎用コンピュータは敵の位置をしっかりと把握し、人工知能AIの中性的な声が敵汎用艇の撃破とミサイル接近を告げる。


『ミサイル一基接近中。二十秒後に本艇に接触。現状での回避成功率三〇パーセント……敵ベース所属汎用艇、主推進装置停止。損傷度五〇パーセント以上……』


 敵の撃破は成功したものの、敵の攻撃の方が一瞬早く、ミサイルが一基発射されていた。

 サミュエルは必死の形相で回避運動にランダムな動きを加えていく。


『ミサイル接近、十、九、八……』


 AIの声が響く中、モニターには回避確率が僅かずつ上昇している。だが、このペースでは五〇パーセント以上の確率で命中してしまう。


 クリフォードは黙ってレーザー砲の照準装置を見つめながら、ミサイルを撃ち落そうと必死にレーザーを撃ち続けている。


「くそっ! 当たれ!」とクリフォードが叫ぶ。


 それでもAIのカウントダウンは無情にも続いていく。


『……五、四、三……』


 そこまでカウントダウンが進んだところで、モニターが一瞬発光した。


「「うわぁぁ!」」と二人が同時に悲鳴を上げる。


 無音の操縦室内にガンガンという金属片が打ち付けるような衝撃が響く。


『接近中のミサイルの迎撃に成功。ミサイルの破片により一部に損傷が発生。左舷アクティブセンサー機能停止。左舷光学センサー機能停止。五番バーニア損傷……』


 AIの損傷を伝える声が続いている。


「AI! 敵の状況を再報告しろ!」とサミュエルが鋭く命じると、


『敵ベース所属汎用艇、反応炉出力一〇パーセント以下。主推進装置完全停止。損傷度五〇パーセント以上。敵攻撃能力喪失九五パーセント以上。敵汎用艇は無力化に成功の模様』


 その声を聞き、一瞬の間が空いた後、「「やった!」」と二人は声を上げる。


「念のため、止めを刺しておくか?」とサミュエルが尋ねると、


「了解! まだ完全に死んでいないかもしれないから、回避運動を継続したまま、接近して欲しい」


 敵汎用艇に接近していくと、大きな穴が開き、その穴から細かな部品が飛び散っている敵汎用艇の姿がモニターに映っている。

 三発の近距離ミサイルが機体に取り付けられており、彼らの目にはまだ脅威は去っていないように見えた。


 彼らは慎重に汎用艇に接近し、パルスレーザーを撃ち込み離脱する。

 その直後、運よくミサイルに命中したため、派手な爆発とともに敵汎用艇はその形を失った。

 敵の汎用艇を葬った後、サミュエルがブルーベルの状況を確認する。


「ブルーベルがベースを、いや敵艦を攻撃している!」


「やっぱり出てきたか……サム、みんなを早く拾いに行こう」


 クリフォードは自分たちを囮に使い、ブルーベルを引き寄せ、その隙に通商破壊艦を発進させる策だったのだと気づいた。


(艦長はそのことを見越して敵艦への攻撃を待っていたんだな。アウルが落とされるかもしれないと考えながら決断するのは……僕には無理そうだな……)


 そして、ブルーベルが最大加速で遠ざかっていく。

 自分たちは見捨てられたのではないかとサミュエルは思ったが、口には出さず、操縦に集中する。


「ブルーベルが一旦・・引くようだね。僕たちも自分の仕事に専念しよう」


 クリフォードが明るくそう言うと、サミュエルは「一旦」という言葉を強調した意味を尋ねた。


「どうして、一旦・・だと思うんだ? この状況なら潜入部隊全員を置き去りにしても仕方ない状況だろう?」


「ああ、確かにね。でも、ブルーベルが遠ざかるのは敵艦を無力化できなかったからだと思うんだ。だとすれば、今度はブルーベルが攻撃を受ける番になる。四百メートル級の通商破壊艦の主砲に撃たれれば僚艦デイジーの二の舞だよ。だから、一旦距離を取ってから相対速度を上げて霍乱するしかないと思うんだ」


 クリフォードはサミュエルの不安を感じ、いつも以上に饒舌に説明する。

 彼の考えが妥当だと判断したサミュエルは小さく頷き、小惑星表面に残るナディア・ニコール中尉に連絡を入れるよう命じた。


「クリフ、ニコール中尉に通信を入れてくれ。十分以内に着地できると」


 クリフォードは頷き、通信機を操作しながら状況を分析していた。


(サムにはああ言ったけど、本当は戻って来ざるを得ないだけだ。ブルーベルの後部スクリーンは薄い。ある程度加速が終わっていれば向きを変えて慣性航行で逃げることができるけど、今の速度では敵に後ろを見せるしかない。それなら、敵から少し離れられた今、向きを変えて正面から加速し、一気に抜けていくしかないんだ。……そうなれば、僕たちは置き去りにされる……)


 彼にはもう一つ懸念があった。


(敵の通商破壊艦からアウルは丸見えになる。この距離だと後部砲塔から撃たれるだけで対応のしようがない。敵が小物を無視するか、“餌”として見逃してくれるかに期待しないといけないんだ……)


 そこまで考えた彼も気づいていないことがあった。

 敵の小型艇が一隻であるという保証がないことを。


 ブルーベルが離脱した今、小型艇がもう一隻あればアウルは絶体絶命の状況に陥る。幸い、クーロンベースの主制御室が混乱しており、小型艇が出てこないだけだ。

 このように潜入部隊もまだ薄氷を踏み続けていることに変わりはなかった。


「こちら、アウル1。ニコール中尉、応答願います」


「こちら、ニコール。ミスター・コリングウッド、無事のようね。あとどれくらいかしら?」


 いつものようなのんびりとした口調の声に少し力が抜けるが、


「あと十分ほどで到着します。まだ、地表は細かいちりが消えていないので高度を取って停止することになりそうです。準備をお願いします」


「了解。クリフォード、専用回線を開きなさい」


 彼女はのんびりとした口調でそう命じると、すぐに指揮官用の専用回線を開く。


「状況を教えて! ブルーベルが攻撃したのは分かったわ。敵が出てきたの?」


 彼は素早くニコール中尉に状況を説明していく。


「そう、それじゃ、まだかなり危険ね……ブルーベルに今送っているデータを転送しなさい」


 彼は何のことかと思い、アウルに送信されてくるデータを確認する。

 詳細は分からないが、どうやら敵ベースのシステムから情報を盗み出したもののようだった。


(中尉もああ見えて抜け目が無いな。認識を改めないと……)


 彼はあのいつも眠そうな“のんびり屋カームリィ・ナディア”が行ったことに驚いていた。


了解しました、中尉アイ・アイ・マム」と答えて、ブルーベルにデータを転送し始めた。


 十分後、アウル1はニコール中尉たちが待つ地点アルファに到着した。

 サミュエルが人工知能AIの補助をほとんど受けずに、上空十メートルの位置にアウルを静止させる。


 後部ハッチを開放すると、すぐに掌帆手のガイ・フォックス三等兵曹が命綱を手にアウルに飛び込んできた。


「ミスター・ラングフォード、ウインチを使います。姿勢制御をよろしく!」と言って後部ハッチにあるウインチで負傷者たちを吊り上げていく。


 五分後、全員の収容を終え、負傷者の固縛を確認したニコール中尉が操縦席に入ってきた。


「二人ともご苦労様。さて、これからどうすべきかしらね」


 彼女は状況をより把握している候補生二人に意見を求める。

 先任であるサミュエルが先に口を開くと、「クリフ、君の意見を言ってくれ」といってクリフォードに考えを説明させる。

 その状況を見たニコール中尉は、目を見開き驚いていた。


(あら、いつの間に仲良くなったのかしら? 何にせよ、いいことだわ。無事に帰れさえすればね)


 意見を求められたクリフォードは、すぐに自分の考えを伝えていく。


「この場所は敵通商破壊艦から丸見えです。すぐにAZ-258877の陰に逃げ込むべきです」


「陰に隠れるだけでいいのかしら? ここにいてもブルーベルには帰れないわよ」


 ニコール中尉の疑問に対し、サミュエルが答えていく。


「今、ブルーベルに向かったとしてもランデブーは無理です。相対速度が大きすぎます。それにブルーベルに近づく前に敵艦がアウルを攻撃してくるでしょう」


「そうね。私たちにできることは……うーん、なさそうね。せめて艦長の邪魔をしないようにおとなしく隠れていることくらいかしら……」


 彼女はアウル1の副操縦席に座り、二人の候補生に命じた。


「ミスター・ラングフォード、アウルを小惑星の陰にゆっくり持っていって。ミスター・コリングウッド、ブルーベルへの回線を開いて」


 アウル1は小惑星AZ-258877の陰に向け、姿勢制御装置だけでゆっくりと流れていく。

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