第29話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間一一〇〇。


 ゾンファ軍通商破壊艦P-331は狭い拠点ベースから、彼らがいるべき宇宙そらに戻ろうとしていた。


 ドック内で猛然と加速し、出入港ゲートにぶつかる勢いで進む。


 ギリギリのタイミングでゲートが開いた。

 彼らの前に漆黒の宇宙が広がっている。その光景にクルーたちは目を輝かす。


「敵の攻撃が来るぞ! 撃てそうなら攻撃しても構わん! 各自の判断に任せる!」


 艦長代行のグァン・フェンはそう言い放つと、指揮官シートに腰を下ろし、メインスクリーンに映る宇宙空間を見つめていた。


(さて、あの・・司令は策が成功したと叫んでいたが、本当にそうかな? 敵はどう出る?)


 ゲートが完全に開いたタイミングで、P-331はドックから飛び出した。ゲートと艦の距離はほとんど無く、僅かにタイミングがずれていれば、ゲートに激突し、艦だけでなくベースも致命的な損傷を負ったはずだ。


 ゲートにぶつからなかったものの、間髪入れずに攻撃を受ける。

 初弾はベース側に命中し艦に被害はなかったが、すぐに何かに衝突したような大きな衝撃が戦闘指揮所CICを襲い、床に爆発による振動が伝わってくる。


 普段の戦闘はほぼ無音なのだが、CIC内には警報が鳴り響き、非常照明の赤い光が緊迫感を高めていく。


「艦首被弾!」


 部下の悲鳴にも似た声が喧騒の中に響く。


(やはり待っていやがったか。……あの・・司令の策に掛かるわけはないか)


 グァン艦長代行は頭の片隅で自嘲気味そう考えるが、吠えるように叫ぶ。


「落ち着け! 被害状況を確認しろ! あと数秒耐えればこちらの勝ちだ!」


 その声で指揮所内が落ち着きを取り戻し始める。

 グァンは敵の攻撃の間隔が短いことに内心で驚き、敵の決意の強さを感じ取っていた。


(主砲、いや、リアクターも壊すつもりか? 俺の予想の倍以上の手数で攻撃してきやがった……ここで決着を付けるつもりだな……)


 彼が僅かな時間、自分の思いに浸っていると、次々と報告が上がってくる。


 ふねの損害は彼の予想とそれほど変わらず、P-331の継戦能力に甚大な問題は発生していなかった。


「艦首損傷大! 主兵装ブロック減圧、連絡途絶! 主砲制御コイル十パーセント機能低下、射角調整能力五十パーセント低下します! 主機関及び推進装置に損傷なし! 幽霊ユリンミサイル発射装置、艦尾砲損傷なし!」


 その情報を聞き、まだ戦えると獰猛な笑みを浮かべる。


「了解! よしゲートを抜けるぞ、すぐに防御スクリーンを張れ!」


 グァンがそう言ったところで、ふねが再び大きく揺れた。


 今回は衝撃と共に大きな爆発音の後、小さな爆発音が連続し、その後、空気が流れるシューという音が戦闘指揮所内を包み込む。


「右舷第三十一から三十五ブロックまで損傷! 隔壁緊急閉鎖! ああ、超光速航行機関FTLD室で火災発生! 自動消火装置起動! FTLD室との連絡途絶! 右舷防御スクリーン出力低下中、五十、三十、二十……十五パーセントまで低下!……」


 運用担当士官の悲鳴に似た報告に指揮所内は息を呑む。


「緊急対策班! 損害を確認し、直ちに応急処置に当たれ! 敵スループの状況は!」


「敵スループ、六kG加速で離脱中!」


「防御スクリーンを張れ! ユリンミサイル発射! 逃がすなよ!」


 グァン艦長代行はそう命じた後、


「被害状況を報告せよ! チャン・ウェンテェンは無事か!」


 その問いに対し、すぐに甲板長のチャン・ウェンテェンから返答が来る。


「無事です! 緊急対策所からFTLDに向かうところです」


「FTLDより右舷防御スクリーンを見てくれ。敵が戻ってくる可能性がある」


 グァン艦長代行は敵のスループ艦がこのまま逃げるとは思っていなかった。

 なぜなら、敵潜入部隊がまだクーロンベース付近に残っており、それを回収するためには引き返す必要があるからだ。


 今までの行動を見る限り、彼らが味方を残して逃げ去ると言う選択をするとは思えなかった。


(潜入部隊は負傷者を抱えて脱出している。ほとんど損傷を受けていないスループがそのまま味方を見殺しにするとは思えん。まして、こちらがこれほど派手に損傷した今は……)


「砲術士! 主砲を撃てるか! 敵の速度はまだ遅い。出力を落としてでもいい。撃ち続けろ!」


 満身創痍のP-331は敵スループ艦に攻撃を加えながら、クーロンベース付近に留まっていた。


■■■


 ブルーベル34号は敵通商破壊艦に攻撃を加えたあと、最大加速で戦場を離脱し始めた。

 ベースを攻撃していたため、充分な相対速度が保てず、攻撃力・防御力共に勝る敵に一方的に蹂躙されるのを避けるためだ。


 戦闘指揮所CIC内では、情報士のフィラーナ・クイン中尉が敵艦の損害状況を報告していた。


「敵艦の艦首及び右舷に損傷を確認。右舷側スクリーン能力低下の可能性大。主砲コイルの一部の損傷も確認。人工知能AIの評価では右舷防御スクリーン能力五十パーセント低下。主砲の使用は可能。但し、出力が五十パーセント以下に低下している可能性八十パーセント。その他、加速、姿勢制御等の航行能力の低下は認められず。戦闘指揮所への影響の可能性ほぼありません」


「了解した。引き続き、敵の解析を頼む」


 敵艦のベース出撃時に仕留められなかったという事実が、マイヤーズ艦長に重く圧し掛かってきている。


(敵の戦闘力を奪いきれなかった……せめて防御スクリーンか主推進装置に損害を与えたかったのだが……この中途半端な状況をどうすべきか……)


 彼は潜入部隊を見殺しにするか、ふねを危険に晒すか悩んでいた。

 ベースに一定のダメージは与えられ、敵艦にもある程度のダメージを与えた今、潜入部隊を見捨ててでも撤退するのが、最もリスクの少ない道だ。


 しかし、命懸けでベースに潜入し、ベースの外に脱出した彼らを見捨てることが彼にはできない。

 彼はこの五分間の加速中に結論を出すべく、黙って考えていた。


 彼のそんな思いとは関係なく、戦闘指揮所CICに警報が鳴り響く。


「敵艦よりステルスミサイルらしき高速飛翔体四基射出! 敵主砲の作動も確認! ミサイルは二分後に本艦に接触、敵主砲の狙点はまだ合っていません」


 艦長は今後の方針に関する思考を中断し、敵の攻撃に対応する。


「回避機動継続。ステルスミサイルは適宜迎撃せよ。変針を早める。三十秒後に変針し、敵に向かう」


 その言葉にCIC内は一瞬沈黙が支配するが、すぐに全員から「「了解しました、艦長アイ・アイ・サー!」とやる気に満ちた声が上がった。


 マイヤーズ艦長はその声に一瞬戸惑うが、すぐに敵の動きに考えを集中させる。


 彼が敵艦を攻撃すると判断したのは、敵の攻撃が思いのほか早く、かつ的確であることから、自分たちだけでも逃げ切れる可能性は低いと判断したためだ。


 三百秒間の加速では〇・〇一光速にしかならない。しかし、敵の主砲の射程から逃れるためには更に三百秒以上の加速を続ける必要がある。


 この場合、回避機動を繰り返しながら百回近い攻撃をかわし続けなければならず、防御スクリーンの薄い後方から一撃でも食らえば即行動不能になる可能性があった。


(損傷している主砲は普段より扱いが難しいはずだ。出力が低下しているなら、ブルーベルの防御スクリーンでも何とか対応できる。相対速度を上げ、カロネードで包み込むように攻撃すれば、防御スクリーンの能力が低下している箇所に当たるかもしれない……ふっ、賭け以前の無謀な作戦だな……しかし、この状況で嬉しそうにするなんて、俺以外も皆、馬鹿な奴らばかりだな)


 彼はやる気に満ちたCICを見回す。


「クイン中尉! アウルの状況を確認してくれ! ロートン大尉、反転するまでに主砲の調整を完了させろ! チーフ、聞こえるか! 今から質量-熱量変換装置MECにたっぷりチャージできるぞ!」


 明るい声で各員に指示を出した後、


「よし! みんな、もう一度攻撃を掛けるぞ!」


 その言葉にCICだけでなく、艦内全体で歓声が上がっていた。

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