第14話
アルビオン軍所属のスループ艦HMS-L2502034ブルーベル34号は、トリビューン星系の小惑星に向けての攻撃準備を開始した。
その小惑星は、アルビオン軍に“AZ-258877”と名付けられ、その色彩、形状からブルーベルの兵は“ローストピーナッツ”と呼んでいるが、内部にはスループ艦デイジー27号を破壊した通商破壊艦の支援拠点があった。
「総員に告ぐ。本艦はこれより三十分後の〇六〇〇に
そして、〇五四〇に第一種戦闘配置に移行する旨の艦内放送が流れると、艦内は一気に慌ただしくなった。
副長のアナベラ・グレシャム大尉は自らの城、
「最外殻ブロック閉鎖。閉鎖確認後、五十キロパスカルまで減圧……
彼女の命令を
マニュアルに従い、すべてのチェック項目の確認が終わると、副長は
「CIC、こちらERC。
マイヤーズはメインスクリーンに表示されるEMのチェック項目がすべて緑色に点灯したことを確認した上で、「CIC、了解」と短く答え、他の部署からの報告を待つ。
「CIC、こちらMAB。主砲各コイル電圧安定、カロネードへの
艦長が同じように了解と言った直後、
「CIC、こちら
標準時間〇五時五〇分には、すべての準備が終わり、ブルーベル34号は“彼らの家”から“戦闘艦”に姿を変えた。
標準時間〇六〇〇。
AZ-258877との距離が五光秒に近づいた。
マイヤーズ艦長は低く、そしてゆっくりとした口調で「攻撃開始」というと、CICにいる戦術士のオルガ・ロートン大尉が、
「ランダムパターン
戦闘時には敵の攻撃を回避するため、ランダムに軌道を変更する。
この場合、自艦の攻撃にも影響するため、パターンを決めておき、攻撃のタイミングとマニュアル操作のタイミングを合わせるようにすることが重要になる。
攻撃開始から十秒後、
その数秒後、
「クイン中尉、小惑星表面の解析を頼む。次の攻撃で敵のスクリーンを攻撃する予定だ。敵スクリーンの性能、範囲の解析も合わせて頼む」とマイヤーズはスクリーンを見ながら、情報士のフィラーナ・クイン中尉に命じた。
「
ブルーベルが小惑星に攻撃をかけた直後、敵が反撃してきた。
「後方より
ロートンのやや緊迫した声が響くと、CICに緊張が走る。
更に大尉の声が続く。
「……対宙レーザーによる迎撃開始……接近残数五基、四、三、二……一基……全数破壊。発射地点は前方の小惑星、三ヶ所より発射されたものと推定。艦長、指示願います」
彼女の冷静な声だけがCIC内に響き、CIC要員の息を吐く音が重なる。
ユリン級ミサイルは、ステルス性を持たせた全長30メートルほどの対艦ミサイルである。アルビオンのファントム級のコピー兵器ながら比較的近距離から超遠距離まで攻撃できる汎用性の高い対艦兵器であった。
加速性能が20kGと高機動の戦闘艦の三倍以上あるが、それでも〇・2光速に達するのに五分近く掛かるため、通常はある程度の相対速度を持った状態、すなわち艦同士が接近する状態で使われることが多い。
基地など固定された場所から発射する場合は遠距離攻撃を掛ける必要があるが、今回は近距離からの攻撃となり、発見されやすい最大加速での使用となったと考えられる。
マイヤーズは冷静に「攻撃の第二波は?」と確認する。
「第二波接近中」という回答がすぐに入った。
再び、CICに緊張が走り、ロートンの声が響いていく。
「高速飛翔体二十基接近中……対宙レーザーによる迎撃開始……二基が迎撃ラインを突破する可能性あり。十五秒後の被弾確率八十五パーセント。
大尉の感情を排した声が続くが、マイヤーズの緊迫した声がそれに被る。
「総員、対ショック体勢を取れ!
艦長のカウントダウンと共に艦内にガーンという衝撃が走り、赤みがかった非常用照明に切り替わると共に“ウォーン・ウォーン”という緊急アラームが鳴り響く。
艦内各所の下士官、兵たちは訓練では無いこの状況に一気に浮き足立つ。それには一切構わず、
「F3R1ブロック減圧。内圧0キロパスカル。Fデッキ右舷
「
「こちら、RCR。機関及び伝送系オールグリーン。PP出力安定中……」
「こちら、MAB。各兵装オールグリーン」
機関長と掌砲長の声が被りながら、CICに響いた。
マイヤーズはロートンに顔を向け、
「ロートン大尉、ミサイル発射地点へのカロネードによる攻撃は可能か?」と確認する。
「可能です」という回答がすぐに返ってきた。
マイヤーズはカロネードによる攻撃を命じた。
敵のミサイルは第二波で打ち止めだったのか、攻撃は止み、ミサイル発射台はすべてカロネードにより破壊された。
「当艦の損害は軽微。各員は直属の責任者の指示に従い、冷静に行動せよ。
アラームが止み、艦長の平板な声が艦内を巡ると乗組員たちの顔に余裕が出てきた。
ミサイルは結局命中せず、ギリギリのところで迎撃できた。しかし、艦の近傍で爆発したため損傷した。
衝撃の割には艦の損傷は軽微だったのは、損害を受けた箇所がFデッキの格納庫付近であったことと相対速度が小さかったためだ。
ユリン級ミサイルの攻撃を受けた後、ブルーベル34号は敵ベースの正面側、恒星の反対側に回りこんだ。
予想通りベースの入口らしきものがあり、前面には強力な防御スクリーンが展開されている。
「ここまできても敵ベースからの攻撃はない。恐らく防御兵器の設置は先ほどのミサイルしか間に合わなかったのだろう」と艦長はロートンに囁くようにそう言った。
「
「クイン中尉、解析結果はまだ出ないか?」
「小惑星表面の結果はあと五分ほどお待ち下さい。防御スクリーンの能力については、
その言葉を聞き、「やはりゾンファか……」と艦長は小さく呟いたあと、
「攻撃は予定通り、〇七〇〇まで周辺を含む全体を、それ以降は別働隊に被害が出ないようベースのドック出入口付近に集中させる」とCICの全員に命じた。
標準時間〇六二五。
マイヤーズは、クインから小惑星表面の解析が完了したとの報告を受け、その結果をアウル1に転送するよう命じた。
■■■
神戸丸という名で偽装していたゾンファ共和国の通商破壊艦“P-331”用の拠点である、通称“クーロンベース”の
突如、メインスクリーンに警報表示が現れ、警報メッセージが響く。
「小型戦闘艦より攻撃を受けつつあり。防御スクリーン外縁部を含む広範囲にエネルギー兵器及び質量兵器の反応あり。繰り返す……」
男たちは慌てて、損害状況を確認すると共に、当直責任者はクーロンベースの司令カオ・ルーリンに緊急連絡を入れる。
「こちらMCR! 現在、攻撃を受けつつあり! カオ司令、至急連絡願います……」
当直責任者の緊迫した声に「どうした! 状況を説明せよ!」と不機嫌そうな若い男の声が反応した。
当直責任者は逃げ出したと思っていたアルビオンのスループ艦らしき小型戦闘艦から攻撃を受けていることを報告する。
それに対し、カオ司令は、「小型のスループ如きに狼狽えるな! ユリンで沈めてしまえ!」と煩わしそうに命令する。
「了解しました。司令」と応えたあと、彼はMCRの攻撃担当にミサイル使用の指示を出した。
五分後、責任者から報告が上がる。
「全基発射。一基が命中若しくは至近弾となり敵に損傷を与えた模様」
「敵の損傷程度は?」という司令の問いに対し、
「艦体に破損箇所が見られるものの損傷は軽微な模様」と申し訳無さそうに報告する。
「チッ!」という舌打ちの後、
「すぐに上がる。敵の行動を監視すると共に、P-331のワン・リーに情報を流してやれ」と言って通信を切った。
連絡を受けたワン・リー艦長は、「了解した」と一言言った後、船内の部下たちに戦闘準備をさせる。
そして、彼は苦い顔をしながら、「ミサイルを使い切る奴があるか」と小さく司令を罵倒した後、敵に関する情報を集め始めた。
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