第13話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇三一五。


 ブルーベル34の搭載艇、アウル1が発進した直後、指揮官であるブランドン・デンゼル大尉は緊張のため、心が押し潰されそうになっていた。


 前日の一〇〇〇に別働隊の指揮を命じられてから、ほとんど休んでいなかったことも原因の一つだが、真面目な彼は休む時間を与えられたものの休まなかった。否、休むことができなかった。


(作戦案の立案、志願者の選抜、潜入時の注意事項……やること、考えることが多すぎて、パニックになりそうだ。自分に二十四人の部下の命が掛かっている。いや違う、潜入すれば全員が無事に帰ってこられることはあり得ない。だから、既に何人もの部下を殺す仕事をしているんだ……)


 彼は引き返すことができないところまで来ていることに焦りを感じていた。そして、選んだ部下たちの顔を思い出し、この中の誰が死ぬのだろうと考えていた。

 次席指揮官のニコールが時折話しかけてくるが、最小限の受け答えしかせず、彼女も次第に無口になっていく。


 アウルが発進し、軌道が安定したあと、部下たちにバイザーの開放を許可した。

 ニコールはシートへの固定解除とヘルメットを外す許可を出してはどうかと提案してくるが、


「不測の事態に備えるため、許可できない」と憮然とした表情で答えた。


(リスクは少しでも減らすべきだろう。そんなことも考えないのか!)


 何とか罵声を浴びせることは耐えたものの、心の中では彼女の考えの無さを罵っていた。

 数分後、クリフォードからのメッセージが入った。

 内容はニコールと同じ内容の提案で、彼はそのことに苛立ちを隠せなくなっていた。


「ミスター・コリングウッド、操縦室に至急来るように」


 彼はクリフォードが軽率な提案をしてきたことに対し、裏切られたような気持ちになっていた。


(クリフなら私の状況を理解できていると思っていたのに、やはり候補生と言うことか……)


 クリフォードが操縦室に来ると、いつもより強い口調で問い詰めていた。

 クリフォードが兵たちの疲労を考慮した方がいいと言ったところで、彼の言葉を遮ってしまう。


 いつもの彼なら部下の発言を遮るようなことはしないのだが、冷静さを欠く状況ではそのことに気づけなかった。


 クリフォードはいつもと違う彼の態度に一瞬だけ戸惑いの表情を見せるが、すぐに落ち着いた声で話し始めた。

 話の内容というより、クリフォードの声を聞き、彼は自分が冷静さを欠いていたことに気付く。


(何ということだ。士官学校を卒業して、まだ二ヶ月も経っていない候補生に気づかされるとは……兵たちも不安に思っているだろうな……だが、まだ間に合う。今から冷静さを取り戻せばいい……)


 そして、大きく息を吸い、無理やり笑みを作ってから、艇内に楽にするよう指示を出した。


(指揮官が常に張り詰めていれば、部下は不安に思うだろう。彼はそれに気づいたから、私の不興を買うことを厭わずに進言してきてくれたんだろう)


 クリフォードが聞けば、過大評価だといいそうだが、今の彼にはそうとしか思えなかった。


(艦長はそれが分かっていて彼を私に付けたんだろうか? ニコール中尉ナディアにも謝罪しておくべきだろうな……)


 彼は落ち着きを取り戻すと、ニコールに謝罪し、余裕の笑みを浮かべるように努力し始めた。


■■■


 ナディア・ニコール中尉はさり気無くした提案に対し、強い口調で否定されたことに驚き、上官であるデンゼルの様子に危惧を抱いていた。


(いつもの大尉と違うわ。大丈夫かしら? こんな作戦の指揮を任されればどうしても最悪の事態を考えたくなるのも分かるのだけど……)


 そして、元々低いこの作戦の成功率が更に下がっていくと悲観していた。


(ああ、これは駄目ね。やっぱり副長ナンバーワンかロートン大尉の方が良かったかも……生きて帰れるかしら?)


 彼女は自分でものんびりとした性格だと思っているし、兵たちが“のんびりやカームリィ”と呼んでいることも知っている。


 さすがに今は緊張しているが、次席指揮官と言うこともあり、それほど重い責任を感じていない。

 しかし、この状況を変える責任は感じており、何とかしようと必死に考えている。そのため、余計に無言になってしまい、重い空気が操縦室を支配していく。


(何とかしなくちゃいけないんだけど……)


 そう思っていると、大尉のPDAに何かメッセージが入ったことに気づいた。

 デンゼルは更に険しい表情になり、クリフォードを呼び出す。話を聞いているとクリフォードは自分と同じ提案を行ったらしいことが分かった。


 お気に入りだと思っていた候補生に対してもかなり強い口調で接しているが、クリフォードは少し戸惑っただけで、すぐに落ち着いた口調で説明し始める。


(この子の声を聞くと落ち着くわね。どうしてかしら?)


 そう思っていると、デンゼルも同じように感じたのか、少しだけ余裕が出てきたようだ。

 彼女は黙って二人のやりとりを聞き、そして自分への謝罪の言葉を聞き、とりあえずの危機は去ったと感じた。


 彼女はヘルメットを脱ぐと、操縦室のリクライニングを倒して目を瞑る。

 そして、クリフォードのことを考えていた。


(どうしてこの状況であんなに落ち着いていられるのかしら? 死ぬかもしれないのに……ふふ、副長から課題を与えられた時もあのくらい落ち着いていられたら、もっと評価が上がったのに……)


■■■


 サミュエル・ラングフォード候補生はアウル1の座席で苛立っていた。


(どうして、あいつはあんなに落ち着いていられるんだ? あの有名な父親の血がそうさせるのか?)


 彼は初めての実戦、それも危険な強襲作戦に自分が選ばれてから、心がざわつき、落ち着きを無くしていた。


 自分が死ぬかもしれないこと、ミスをして任務を失敗させてしまうかもしれないこと、自分のせいで誰かが死ぬかもしれないこと、そして、デンゼル大尉、ニコール中尉の二人が死に自分が指揮を執らなくてはいけなくなるかもしれないことなどを考えると、思考がグルグルと循環し、その度に緊張感が増していった。


 シフト免除中も無理に寝台に横になったが、本当は何か気を紛らせることをしたいと思っていた。最初のうちはクリフォードも眠れないようだったので、わざと寝息を立ててみたりしたが、そのうち、後輩の方が本当に眠り始め、余計に焦ってしまった。


 彼は子供の頃から宇宙軍に入ることを夢見ていた。それも兵としてではなく、士官として、将来は一艦を指揮する艦長になりたいと思っていた。


 十歳の頃、この国の身分制度では平民である自分は士官になれないという事実を知った。彼は絶望しそうになったが、彼の両親はその夢を叶えるべく、騎士の養子になれるよう東奔西走し、何とか士官学校への入学資格を手に入れてくれた。


 士官学校では両親の期待に応えるべく、努力を続け、何とか優秀とされる全体の10パーセント以内の成績を残し、卒業した。

 配属先は身分の差を感じさせない小さな艦としてスループを選んだ。


 一年が過ぎ、後輩がやってきたが、その後輩は貴族で、それも有名な軍人一家の長男だと聞かされた時には、自分でも理不尽だと思う怒りが込み上げた。


 クリフォード個人に対して思うところは無いはずだが、どうしても素直になれない。何か言う度に、自分は狭量な男だと思い、更に落ち込むが、一度掛け違えたボタンは容易には掛け直せなかった。


 今回の件でもそうだが、コリングウッドという男は自分の劣等感を増大させる存在だと感じていた。


 士官たちに堂々と意見を言い、結果的には彼の意見で今回の作戦が決められた。そして、今もカリカリしているデンゼルに物怖じもせず、意見を言い、結果として兵たちの信頼も勝ち取っていく。


(俺とあいつの違いは何なんだ! どうしてあいつは……)


 彼は横でのんびりとPDAの眺めている後輩に嫉妬していた。

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