第12話

 宇宙暦SE四五一二年十月二十三日 標準時間〇二五〇


 クリフォード・C・コリングウッド候補生は、船外活動用防護服ハードシェルに身を包み、ブルーベルの搭載艇“アウル1”の後部座席に座っていた。

 彼はそれまでの自分の行動を思い出していた。



 艦長に呼ばれ、潜入部隊に選抜されてから、三時間掛けて指揮官であるブランドン・デンゼル大尉と共に下士官と兵を選抜する。


 その後、八時間のシフト免除を与えられたが、興奮してほとんど休憩できていない。

 同室のラングフォード候補生はベテラン然とした余裕を持って、寝台からは軽い寝息まで聞こえてくる。


(さすがに余裕があるよな。僕は全然駄目だ……あと五時間くらいあるけど眠れそうにない……アウルに乗ってからも五時間くらいの待機時間はあるけど、宙兵隊みたいにハードシェルに身を包んだまま寝るなんてことはできないし……)


 彼はこの後の計画からここで休息を取っておくことが重要であると分かってはいた。

 しかし、初陣ということもあって、興奮してなかなか寝付けなかった。そもそも彼のシフトではこの時間は戦闘指揮所CICで勤務している時間であり、急なシフト変更に体がついていけていないということも原因の一つではあった。


 彼は眠ることを諦め、この後のことを静かに考え始めた。


(二三〇〇にFデッキに集合。最新情報を確認し、最終的な装備類を決定する。その後は〇二〇〇まで技術兵のシミュレーションの監督、〇二三〇までに装備を身に付け、兵たちの点呼を行い、アウルへの乗り込み……)


 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。

 起床予定時間である二二〇〇にセットされたアラームの音で起き上がると、既に着替えを済ませているラングフォード候補生の姿に気付く。


 彼も緊張しているのか、普段なら嫌味の一つも言ってくるのだが、今回は黙って自分の準備に専念していた。


 クリフォードもすぐに着替え、兵員室の食堂に向かう。

 食堂には潜入部隊組の下士官、兵たちが食事を取りにぞろぞろと集まり始め、狭い食堂はすぐに満員になった。


 最後の晩餐ではないが、いつもの味気ない戦闘糧食レーションではなく、建国記念日か国王陛下の誕生日に出るような特別料理が並び、緊張気味の兵たちも少しだけ顔を綻ばしていた。


 クリフォードは食事を終えるとデッキに降りるが、特にすることはなく、掌帆長ボースンの指導の下、掌砲手ガナーズメイトであるヘーゼル・ジェンキンズ三等兵曹と六人の技術兵が行っているシステム潜入のための訓練を眺めていた。


 ジェンキンズは対宙レーザー担当を担当している女性下士官だ。

 すらりとした長身で、美しい金髪と切れ長の碧色の瞳が印象的な美人なのだが、周りからは“武器マニア”、“兵器フェチ”などと言われ、本人もそれを肯定する変人だ。


 技術兵として優秀な彼女だが、今回は彼女の知識、技術が直接、潜入部隊の命運を握ることになる。

 クリフォードは技術兵たちの手際を見て、自分には出来ないと嘆息していた。


(どうも昔から細かいというか綿密な作業が苦手なんだよな。一人前の士官になるなら、こんなことではいけないんだろうけど……)


 〇一〇〇にデンゼルが現れるまで、ラングフォードと一言も言葉を交わすことなく、訓練を眺めていた。ラングフォードは自分の個人用情報端末PDAにメモを入れていたので、何をやっているのか理解しているのだろうと思っていた。


 〇二〇〇に自らの装備をつけるため、一旦、兵員室に向かった。

 そこで船外活動用防護服、通称ハードシェルを身に付け、装備の点検を行っていく。


 ハードシェルはパワードスーツとも呼ばれ、超硬質セラミック系装甲にパワーアシスト機能と移動用ジェットパックを持つ宇宙服である。空気浄化系と酸素ボンベ、水分、簡易食料チューブ、排泄機能などを備え、充分に訓練された兵士なら二十四時間以上行動できる。今回は本職の兵士ではないため、行動時間は八時間以内と制限されていた。


 彼は愛用のハンドブラスターを腰のホルスターに納め、肩にグレネード付ブラスターライフルを持ち、格納庫のあるFデッキに降りていった。


 〇二三〇になると、潜入部隊全員がFデッキにそろい、艦長からの訓辞を受けた。


「既に状況は分かっていると思う。今回の任務は五年前の停戦以降、最も危険で困難な任務だ。だが、諸君たちにこれだけは言っておきたい。諸君らの働き如何によっては戦争に発展する可能性があることを。そして、戦争を防ぎ得るのも諸君たちしかいないということを! この困難を乗り越え、祖国に戻り美酒を飲もう! 健闘を祈る。以上!」


 艦長の短い訓示が終わると潜入部隊員たちはピシッという音がしそうな揃った敬礼をする。艦長もお手本のような答礼を行い、Fデッキから出て行った。

 クリフォードは艦長の心中はどのようなものなのだろうと考えるが、今は任務に集中すべきと兵たちを先導して搭載艇に乗り込んでいった。


 そして、〇二五〇。搭載艇の座席に着いた彼は発進までのカウントダウンを聞きながら、緊張と興奮を友に初陣に挑む。



 標準時間〇三〇〇。

 デンゼルの「発進」の言葉を合図にアウル1は静かにブルーベルから滑り出していく。

 ちょうど大き目の小惑星が盾になる状態であり、すぐにステルス機能を全開にしてから、やや減速し、ブルーベルから離れていく。


 これから約五時間、慣性航行を続け、敵ベースのある小惑星AZ-258877に接近する。


 アウル1の艇内は前方にある操縦室と後方にあるカーゴスペースがある。どちらも与圧してあり、ヘルメットを脱ぐことも可能だが、操縦室にいるデンゼルはバイザーの開放のみを許可するだけでヘルメットを外すことは許可しなかった。

 兵たちはやや不満そうだが、特に声を上げる者はいない。


(半数ずつでもいいのでヘルメットを脱ぐ許可を与えてもいいのにな。まあ、不測の事態を考えたら、指揮官としては許可しにくいんだろうけど……)


 彼は共に座席についているラングフォードに、「兵たちに楽にするようにいってもいいんじゃないかな」と回りに聞こえないように囁く。


「大尉の許可が無いのに勝手なことはできない。君が人気取りのためにそうしたいなら止めないが、忙しい大尉にそれを具申しない方がいいと思うぞ」


 ラングフォードは否定的な意見を言った。

 先任であるラングフォードの言質を取ったクリフォードは、PDAでデンゼルに意見を具申した。


「四時間後の〇七〇〇まで兵たちに楽にするよう指示を出すことを提案します」というメッセージを送る。


 数分後、デンゼルから操縦室に来るよう指示があった。

 彼が操縦室の扉を開けると、緊張した面持ちで操縦席に着くデンゼルといつものようにのほほんとしたニコール中尉が彼のほうを向く。


「ミスター・コリングウッド。さっきの具申はどういうことか」とデンゼルが怒気を含んだ声音で彼に詰問する。


「作戦開始時刻まで五時間程度あります。兵たちは緊張していますから、できればリラックスさせた方がいいと思いまして……」と言ったところでデンゼルの声が被る。


「君は何か不測の事態が起こったときに対応できなくてもいいと言いたい訳か」と更に大きな声で問われる。


 いつもと違うデンゼルの様子に驚きながらも、


いいえ、大尉ノー・サー。ですが、アウルの防御力で不測の事態、例えば敵の攻撃を受ければ、どのように準備していても全滅は免れません。そうであるなら、作戦時のために英気を養う方が建設的だと考えました」


 数瞬の間があり、デンゼルもやや冷静になったのか、「そうだな」と呟いたあと、艇内放送のマイクを取る。そして、「全員、楽にしてくれ。〇七〇〇までヘルメットも外すことを許可する」と指示を出した。


「ナディア、我々も交代で休憩しよう。最初は君から休んでくれ」と言った後、


「私も少しナーバスになっていたようだ。すまなかった」と笑う。


「候補生、ご苦労だった。退出を許可する」と言って、にこやかに手を上げる。


 彼はカーゴスペースに戻り、ヘルメットを脱ぐ。

 横ではラングフォードが睨んでいるが、黙って自分のPDAを眺めることにした。

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