第15話

 時は二日前、十月二十一日に遡る。


 ヤシマ船籍の神戸丸に偽装した通商破壊艦P-331がアルビオン軍のスループ艦デイジー27号を沈めた後、T方面作戦司令部を置くベース“クーロン”ではもう一隻のスループ艦について、激論が交わされていた。

 主な対立点は、スループ艦が本星系から撤退するか否かであった。


 スループ艦が撤退するのであれば、本星系での喫緊の脅威はなくなるため、すぐにP-331をベースに入れて本格的な整備と補給を行うことができる。整備と補給に三週間程度が見込まれるが、敵が戻ってくるのは早くて四週間後であり、充分に余裕がある。


 一方、スループ艦の撤退が欺瞞であった場合、防御スクリーンと少数のミサイル以外の防御手段を持たないベースにP-331を入れてしまうことは、唯一の機動戦力を自ら封殺してしまうことになり、対応が後手に回る懸念があった。


 前者を主張するのが、カオ・ルーリン司令とその参謀たちで、後者を主張するのが、P-331のワン・リー艦長であった。


 両者の激論は数時間に及ぶが、スループ艦は星系内最大巡航速度の〇・二光速でジャンプポイントに向かっていくだけで、何らアクションを起こす兆しが無い。


 最終的に自らの意見を採用したカオ司令は、P-331をベースに入れることを決めるが、ワン艦長の意見も取り入れ、敵が超光速航行に入る四十時間を越えるまでベースに入れないことにした。


 ワン艦長は、意味があることと思えなかったが、若いカオ司令がこちらの顔を立てたことに配慮し、ベースに入ることを渋々了承する。



 P-331の艦長ワン・リーは後方霍乱作戦のベテランである。

 第三次アルビオン戦争時にはキャメロット星系に近いアテナ星系やスパルタン星系で十数隻の輸送艦を沈めるなど、単独作戦行動をさせれば必ず戦果を上げてきた。

 ワン艦長はスループ艦が戻ってくると確信していた。


ゾンファ共和国我が国が関与していることは誰の目にも明らかだ。そうであるなら、ここに拠点を作られることは我が国、アルビオン、ヤシマ間の主権上問題を引き起こすだけでなく、キャメロット星系への足掛かりとなることを懸念するだろう。スループ艦一隻で何ができるのかと司令たちは言うが、防御スクリーンなしでは商船改造のP-331はスループ程度の火力でも容易に沈められる。穴蔵に閉じ込められたら最後、我々は出るに出られなくなる……)


 彼は一週間程度この辺りの宙域で待機するつもりだった。もっともカオ司令たちが懸念するように、P-331の燃料には余裕がなかった。そのため、可能な限り慣性航行で移動し、敵の反応リアクションを待つことこそが最良の手だと考えていた。


 P-331のセンサー類は優秀とは言いがたいが、さすがに射程距離程度まで近づけば敵を探知できる。ここは我慢比べになるが、老練な狩人である彼にとって、我慢比べなら負けるつもりはなかった。


 しかし、若い司令は参謀本部での勤務が長く、実戦経験が少ない。有効であることは理解できても自分が行うとなると、このような気の長い地味な作戦はどうしても忌避してしまう。


 この他にもカオ司令には派手な戦果が必要な理由があった。

 彼は軍中枢部の派閥争いに破れ、このトリビューン方面作戦司令部のある未完成の基地“クーロン”に飛ばされてきたと噂されていた。

 出世街道に返り咲くためには、ここで大きな花火を上げなければならないと考えている。


 それにはスループ艦がキャメロットに戻り、小艦隊を引き連れてきてもらう必要があった。小艦隊が現れたところで、ゾンファ軍の司令として堂々と交渉し、舌戦で我が軍を勝利に導くつもりだったのだ。


(頭は悪くないのだろうが、現場を知らない典型的な参謀だからな……そもそも軍は“クーロン”を含め、俺たち全員を生贄にするつもりだということに気づいていないのか……)


 敵が小艦隊を率いてくるようなら、交渉の余地などなく、海賊パイレーツとして処分され、その上でヤシマと交渉すれば済む。下手をすると徹底的に破壊し、ゾンファ共和国軍が存在した事実すらなかったように振舞うことすらありうる。


 彼はどちらにしても自分はここで死ぬしかないと思っていた。いつも部下には死ぬと思ったらそこで死ぬぞと脅しているのだが、どうしてもそのことが頭から離れなかった。



 十月二十三日 標準時間〇六二〇。


 クーロンの主制御室MCRに着いたカオ・ルーリン准将は、自分の参謀たちの意見が間違っており、ワン・リー艦長の考えが正しかったという事実を噛み締めていた。

 更に防御スクリーンを開けずにできる唯一の反撃手段を失ったことにも後悔している。


(早まったな。もう少し様子を見るべきだったか……何にせよスループ如きの火力でこのクーロンは落ちない。無駄なエネルギーを使わせるだけだ)


 彼はワン艦長への対抗心により、軽率な命令を出したと思ったが、すぐに楽観的な考えに戻っていく。


(どちらにせよ、敵の増援が来るのは一ヶ月以上先だ。それまでスループ艦が攻撃を掛け続けられるわけがない。こちらは敵が疲れ、尻尾を巻いて逃げていくのを待てばいいだけだ……)


 彼の判断はある意味非常に常識的なものだ。

 スループ艦の攻撃力はアルビオン、ゾンファでそれほど大きな違いはない。

 更に敵の艦型がフラワー級と判明している以上、このクーロンベースを破壊できる手段を持ち合わせていないことは明らかだった。


 一時は自分の判断が間違っていたと不機嫌そうな顔でMCRの司令席に座っていたが、今では余裕の笑みを浮かべられるようになっていた。


 その時、P-331から通信が入ったと連絡があった。


「ワン・リーです。司令のお考えをお聞かせいただきたいのですが」とワン艦長がいつものように無表情な顔で聞いてきた。


“この男には、愛想というものがないのか”と頭の片隅で考えるが、彼は余裕の笑みを浮かべたまま、鷹揚に話し始めた。


「敵はこちらの防御体勢が整っていないことに賭けたのだろう。つまり敵は手詰まりだということだ。我々はゆっくりと奴らが疲れるのを見物してやればいい」


「そうでしょうか? ベースへの潜入作戦を仕掛けてくるのでは?」とワン艦長がボソリと呟くように言う。


「艦長は心配性だな。敵のスループはフラワー級だ。乗員は七十名程度で陸戦隊を乗せることはまず無い。確か搭載艇が一艇あったはずだが、最大定員三十名くらいだったはずだ。こちらの保安要員は二十名だが、君のP-331に百名近い兵たちがいる。何も心配はいらないよ」


 カオ司令は饒舌にそう語るが、ワン艦長の顔が晴れないのを見て、大げさに手を上げた後、対応することを約束する。


「分かったよ、艦長。警戒レベルを上げておこう。そちらからも応援を貰ってもいいかな」


「念のため、そちらに三十名回します。このベースが未完成だということをお忘れなく」と言って、敬礼する。


 カオ司令もぎこちない答礼を返し、通信を切った。


(歴戦の勇者か何かは知らないが、勘だけで戦術を語られるのは我慢ならないな。戦争は理論だ。勘などというあやふやな物が入り込む余地は無い……)


 彼は不機嫌そうにスクリーンを一瞥した後、保安レベルを上げるよう指示を出した。

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