第10話
ブルーベル34号が第二惑星の陰で反転してから、二十四時間が過ぎた。
敵の通商破壊艦“神戸丸”は未だベースに入らず、時折針路を変えながら、トリビューン星系の暗赤色の恒星に照らされる小惑星帯の中を悠然と航行している。
クリフォードたちはじりじりとしながら、更に四時間が過ぎた。
デイジー27号が破壊されてから数えて、四十時間を過ぎた時、神戸丸の動きに変化が現れた。
情報士のフィラーナ・クイン中尉は、部下の索敵員から神戸丸が減速を開始し、小惑星の一つに向かうようだとの報告受ける。
彼女はその情報を自らのコンソールで確認すると、直ちに当直責任者である戦術士のオルガ・ロートン大尉に報告した。
「大尉、神戸丸が減速を始めました。AIの予測では小惑星AZ-258877に向かう可能性が最も高いとのことです」
「了解した。艦長に報告するわ」
ロートンはそう言うと、艦長室に回線を繋ぎ、興奮気味の声で報告する。
「
そんなロートンに対し、艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は冷静な声で応えた。
「了解した。すぐにそちらに向かう。
そう言って、彼は通信を切った。
三分後、CICに艦長、副長、航法長、戦術士、情報士が集まり、神戸丸の動向を映すメインスクリーンを注視していた。
副長のアナベラ・グレシャム大尉は、クイン中尉に「欺瞞行動の可能性は?」と聞く。
「巧みに変針していますが、AIの予測ではAZ-258877に向かう可能性は九十パーセント以上、目的地到着時刻は四時間後が現状の最確値になります。但し、AZ-258877に向かうこと自体が欺瞞である可能性は否定できません」
「このタイミングで欺瞞行動を取る理由はないわね。こちらを発見しているのなら、もっとギリギリのタイミングを計ったほうがいいはずだから……」
ロートンが眉を寄せながら誰に言うでもなく呟く。
艦長は航法長のブランドン・デンゼル大尉に「ブランドン、君はどう思う?」と意見を求めた。
デンゼル大尉は少し考えた後、艦長の問いに慎重に答えていく。
「AZ-258877に向かうことは間違いないでしょう。根拠はありませんが、エネルギー消費を抑えた機動をしているように見えますね」
マイヤーズはクイン中尉に命令を伝える。
「AZ-258877の詳細情報を整理してくれ」
そう指示した後、集まった副長たちを解散させ、自らは艦長室に向かった。
小惑星AZ-258877は長方向約二十五キロメートル、短方向約十キロメートルのピーナッツのような形状をしている。
表面スペクトル解析によれば、珪素系鉱物と鉄系鉱物の混合岩石で構成され、総質量は約十二兆トン。短方向を恒星に向ける形で浮かんでおり、自転はほとんどしていない。
神戸丸は減速から四時間二十分後、AZ-258877の夜側、つまり恒星の反対側に入った。その後、ブルーベル34号のセンサー類では検知することができなくなった。
マイヤーズは
彼は指揮官らしい毅然とした態度で、これからの行動について説明を始めた。
「神戸丸は小惑星AZ-258877の陰に入り、既に一時間が経った。我が艦のセンサーは神戸丸を見失った」
ここで言葉を切り、全員を見回す。
「私はこの小惑星に敵の
慣例通り、副長であるグレシャムが口火を切る。
「この速度では接近までにまだ二十四時間以上掛かります。速度を上げて接近し、遠距離からの攻撃に期待するのが最も安全な策でしょう」
それに対し、デンゼルが反論する。
「加速すればその分発見されやすくなる。〇・二光速に上げても五時間以上掛かることを考えれば、できる限り発見されないように接近した方がいいのではないか」
そう言った後、艦長に向かって更に付け加える。
「こちら側からは敵の拠点の規模が分かりません。一旦、通り過ぎ、反対側から観測する必要があるのではないでしょうか」
「反対側に回りこむことについては私も賛成だ。だが、あまり時間をかけることも避けたいと考えている」
それに対し、クイン中尉が意見を述べた。
「敵の拠点の位置を確認後、キャメロットに帰還するという選択肢はないのでしょうか」
艦長は首を横に振った。
「それは考えていない。拠点の位置が判明したとしても彼らに行動の自由を与える時間の長さに変わりはない。前にも言った通り、敵を無力化する必要性については状況に変化はないのだからな」
「前にコリングウッド候補生が提案した強襲作戦について、どうお考えですか」
最年少のナディア・ニコール中尉が質問する。
「選択肢の一つだと考えているが、代償が大きすぎる。今は他の選択肢を優先したい」
掌砲長のグロリア・グレン兵曹長が挙手をして発言を求めた。
艦長は頷くことで発言を許可すると、彼女は立ち上がった。
「ブルーベルは砲艦ではありません。
「
機関長のデリック・トンプソン大尉が発言をする。
「リバプールワンだったかな。それで運ばれたパワープラントだけなら、チャンスはある」
全員の視線が機関長に集まった。
「あのヤシマ製の
「
マイヤーズが質問するとトンプソンは小さく首を振った。
「あの
「アウルのリアクターを
掌帆長のトバイアス・ダットン上級兵曹長が提案する。
「ああ、
トンプソンが答えるが、デンゼルが首を横に振りながら、「無理だな」と否定する。
「
マイヤーズはそれまでのやりとりを聞き、「どうやら外から破壊することは難しいようだな」と小さく言った後、機関長、掌帆長、掌砲長に向かって命令を出した。
「内部から破壊するとして、どうやって潜入するか。内部構造が不明だが、どの機器を狙うかを考えて欲しい。想定する防衛システムはゾンファ製とヤシマ製の両方で考えてくれ」
「ブランドン、君に別働隊の指揮を執ってもらう。
デンゼルに命令しながら立ち上がる。
「
デンゼルも立ち上がり、復唱した後、敬礼する。
全員が立ち上がると、艦長は「これにて解散する」と言った後、ワードルームを後にした。
副長のグレシャム大尉は何か言いたそうだったが、黙ったまま、艦長を追いかけていく。
彼女は艦長と二人だけになったことを確認し、別働隊の指揮官について、意見を具申する。
「デンゼル大尉でよかったのですか? 私かロートン大尉の方が適任だと思いますが」
「確かに
自信無げにそう言った後、「副長の君は駄目だ。分かっているだろう?」と微笑む。
「分かっています」と笑いながら答えるが、すぐに表情を引き締める。
「もう一人の士官は誰をお考えですか?」と尋ねる。
「
その呟きにグレシャムは疑問を口にする。
「ナディアはともかく、候補生は足手纏いでは?」
「コリングウッドを付けようかと考えているんだ。士官学校の成績に過ぎないが、彼の射撃の腕は本艦一だ。それに現場で何かやってくれそうな、そんな予感もする……」
「それでしたら、ラングフォードも行かせるべきです。先任候補生が残されるのでは彼も納得いかないでしょう。言っては悪いですが、候補生二人は
「そうだな」と答えた後、僅かに考えたが、すぐに「ブランドンが来るまで少し休む」と言って艦長室に入っていった。
残されたグレシャムは、掌帆長とアウルの整備状況を確認することにし、格納庫のあるFデッキに向かった。
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