第9話

 航法長のブランドン・デンゼル大尉は戦闘指揮所CICで部下であるクリフォードと敵の思惑について話し合っていた。


 敵であるゾンファ共和国の思惑がある程度分かったところで、クリフォードに別の話を振った。


「コリングウッド候補生。実習のため、潜入作戦案の作成を命じたが、その後の検討状況を報告してもらおうか」


「申し訳ありません。まだ、敵のベースが特定できていませんので、作戦案は作成しておりません」


「いや、それならいい。だが、素案くらいは考えてあるんだろ?」


 デンゼルのその問いに、クリフォードは大きく頷く。


はい、大尉イェッサー。ブルーベルによる攻撃を囮にしてベースに潜入させる隙を作るのが良いのではと思っています」


 デンゼルはスクリーンをチェックしながら、「詳しく話してくれ」と先を促すと、クリフォードは考えを話し始めた。


 彼の考えた案は、以下のようなものだった。

 まず、敵のベースが発見できれば、ブルーベルで密かに接近し、小惑星の陰など探知が難しい場所から潜入部隊を乗せた搭載艇、大型艇ランチの“アウル1”を発進させる。


 そして、ブルーベル自体は敵のベースに遠距離からカロネードで攻撃を掛ける。


 カロネードは金属製の散弾をリニアコイルで加速させる質量兵器だが、遠距離から攻撃すると広範囲に広がる特性があり、防御スクリーンの外縁を狙って反復攻撃を掛ければスクリーン外にあるセンサー類を破壊できる可能性が高い。


 更にベースの中にいる敵艦はブルーベルが攻撃している間は不用意に外に出られない。出るためにはスクリーンを開く必要があるが、間断なく攻撃を掛けている最中、スクリーンを開けば、ベースに被害が出るだけでなく、満足にスクリーンを展開できない敵艦にも被害が出るためだ。


 このような攻撃は敵の焦りを誘えることと、こちらの意図を悟らせないことができる。

 この隙を利用し、センサー類の最も破壊されているであろう地点にアウルを接近させる。


 最終的にはアウルをどこかに隠し、小惑星の表面を人員だけで接近する。急造ベースに対人用のセンサー類が大量に配備できるとは思えないので、この方法が最も成功率が高いためだ。


「ここから先は技術兵の分野になりますから、機関長チーフ掌砲長ガナー掌帆長ボースンなどに提案してもらったほうがいいかもしれません」


 彼は潜入時のセキュリティの無効化や潜入後の敵ベース内での攻撃目標などは技術兵プロの意見を聞くべきだと付け加える。


「どうせ、こちらの姿が見えなくなるまで、敵はベースに入らないだろうから、まだ時間はある。潜入作戦の立案もあるが、接近ルートの設定と航法計算をしておくように」


 デンゼルはそう言うと話を打ち切った。クリフォードも航法士席に戻り、第二惑星から小惑星帯への航法計算に没頭していく。



 エルマー・マイヤーズ艦長は艦長室で副長のアナベラ・グレシャム大尉と通商破壊艦への対応について協議していた。


「まずは君の意見を聞きたい」


 マイヤーズはグレシャムに話を振った。


「不確定要素が多過ぎますね。敵の思惑はともかく、戦力があの一隻だけだとは限らないのではないでしょうか?」


 グレシャムは情報が足らないことを指摘する。


「分かっている。だが、少なくとも神戸丸は排除しなければならない……そのためにすべきことを考えたいと思っている」


了解です。艦長アイ・サー


 そう短く答えた後、安全な策と断った上で話し始めた。


「まず、第二惑星TR2の陰で反転してからは索敵に専念することです。敵のベースがあるとして、その位置を特定できなければ作戦自体が成立しませんから」


 マイヤーズはそれに同意するように小さく頷いたため、グレシャムは説明を続けていく。


「敵のベース位置が判明し、神戸丸がそこに入った場合ですが、ベースの外から攻撃を加えることが一番危険の少ない方法です。防御兵器は頻繁に通る民間船に見られないように試射を行うことは難しいですから、ベースからの攻撃は限定的だと考えます」


「確かにそうだが、それでは神戸丸は沈められないんじゃないか」


 消極策過ぎると思い、マイヤーズは疑問を口にした。


「そうですね」とグレシャムはあっさり認め、理由を説明していく。


「ベースに設置されたリアクターがリバプールワンの申請通りだったとしても、ベース自体の大きさにもよりますが、防御スクリーンの能力は我が艦の主砲の能力を超えます。ですから、ベース及び神戸丸にダメージを与えることは無理でしょう」


 マイヤーズは小さく頷き、先を促す。


「我々に小惑星自体を破壊できる兵器があれば問題ないのですが、ブルーベルの兵装では粒子加速砲とカロネードしかないですから、岩塊である小惑星に攻撃を掛けるのは嫌がらせ以外の何物でもありません。運良く我慢比べに負けて穴蔵から出てきてくれれば御の字といったところでしょう」


 その上で暗にこの作戦が無謀であることを告げた。更に思いつくことを述べていく。


「穴蔵から出てくるまで、この辺りに潜み、スクリーンが開かれる瞬間を狙うという方法もありますが、さすがに何日もベースの近くに潜めば、敵も我々を発見できるでしょう。発見されにくい遠距離ではスクリーンの開閉時に有効な攻撃を掛けられないでしょうから、結局、この案も無理があります」


 そう言った後、「考えられるのはこのくらいですが」と付け加える。


「確かに君の言うとおりだが、候補生の言ではないが、我々がここを離れるわけには行かない。やはり、潜入作戦しかないのか……」


「潜入作戦は更に下策だと思いますよ」


 グレシャムは即座に辛らつな言葉で否定し、更に話を続ける。


「そもそも潜入作戦と言っても強襲に近いわけですから、元から成功率が低い作戦です。それにこの艦には宙兵隊が乗り組んでいません。宙兵隊なしの強襲作戦など失敗すれば艦長の経歴に傷がつきます」


 宙兵隊は海兵隊マリーンの流れを汲む軍艦に乗組む陸戦隊であり、無重力、低重力下での作戦専門で敵基地への強襲、敵艦の拿捕などの任務をこなす戦闘集団だ。


「私の経歴などどうでもいいが、確かに宙兵隊なしでは損害が大きすぎるかもしれないな。穴に入り込んだ狡賢い狐を追い出す方法が思い浮かばない……」


 マイヤーズは滅多に見せない落胆した表情を浮かべる。


 そして、「心を攻める……か」と呟いた。


「“心を攻める”ですか? それはどういう意味でしょうか?」


「ああ、コリングウッド候補生の実習で作成した作戦案にあった言葉だよ。相手の焦り、油断、思い込みを誘い、こちらの思い通りに相手を誘導させるため、相手の最も嫌がること、実害は無くても嫌がればいいそうだが、それを行うか、相手が最もして欲しいと思っていることを行うことで相手を誘導することを言うそうだ」


 グレシャムは片方の眉を上げ、


「ほう……いえ、ミスター・コリングウッドですか……彼の考えは確かに理屈通りですが、経験が皆無です。あまり気にし過ぎると思わぬ落とし穴に嵌るかも知れません」


 そう言って注意を促す。

 マイヤーズはバツが悪そうに頭を掻いた。


「そうだな。顔を見て話せばその通りだと思うんだが、彼の作戦案を見るとベテランの将官が書いたようにしか見えないんだよ」


 そう言った後、携帯情報端末PDAを操作する。


「君にも彼の“実習”結果を送る。一度見てみるといい」


 グレシャムは送られてきた情報を目で追っていくが、その意外な内容に思わず口に出して読んでしまう。


「……本作戦案で最も重要な点は敵の心を攻めることである。すなわち、敵の目的を洞察し、敵の最も忌避するであろう行動、あるいは最も望ましい行動を採ることにより、彼らの思考を制限することが肝要である……」


 そして、声を出していることに気づき、口を噤んで読み始めた。


『敵の企図するところはわが国への侵攻とその成功であるが、本星系での作戦がその企図するところに合致していると考えるのは早計かも知れない……敵がゾンファ共和国であると仮定すると、かの国の権力構造は複数の派閥による複雑な政治力学によって形作られている。このため、国としての企図と権力者の企図が常に一致するとは必ずしも言えない……』


 グレシャムはなるほどと思いながら読み進める。


『この作戦自体が派閥の力関係により企画されたものであるなら、現地責任者は中央の権力者が求めている以上の結果を出そうと、自らの能力以上の行動を取る可能性は否定できない……現地指揮官の思惑に沿ったように見せ掛け……』


 その全文を五分ほどで読みきると、「これは……」と言葉を失くしてしまった。


 マイヤーズは笑顔で「どう思った?」と尋ねてきた。


 グレシャムは首を横に振り、すぐに言葉が出てこなかった。

 そして、苦笑いを浮かべて感想を口にする。


「これがあの航法計算で四苦八苦している坊やの作戦案ですか? 私にはこんなものは考えられませんよ……」


「それを読む限りは我々にもチャンスはあるように見える。確かに彼は経験不足、いや、経験は皆無だが、そこは我々が考えればいい。私はそれに賭けてみようかと思っているんだ……」


「副長としては艦長の命令に従いますが、指揮官の考えに対案を示すのも副長の責務と考えております。ですから、私はまだこのプランに対し、納得できているとは申しません」


 そう言った後、微笑みながら立ち上がった。


「ブランドンが彼をかわいがるのも分かる気がしますね」


「そうだな。まだ、敵の規模、位置が判明していない。もう少し情報を集めてから相談することにしよう。だが、副長ナンバーワン。君までミスター・コリングウッドを甘やかすなよ。それから航法長マスターが甘やかすようなら、彼にも一言釘を刺しておいてくれ」


 そう言いながら、立ち上がる。


了解しました、艦長アイ・アイ・サー。ブランドンには一度釘を刺しておきます」


 グレシャムは笑顔でそう言うと、敬礼してから艦長室を出て行った。

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