第8話

 アルビオン軍のスループ艦デイジー27号が沈められてから八時間が経過した。

 四時間後にはトリビューン星系の第二惑星の陰に入り、減速と再加速を行うが、今のところ敵艦の動向を追うだけで、特にすることがない。


 クリフォードはCICの航法士席に座り、艦長が示した行動方針について考えていた。

 艦長の示した方針は自分が艦長室で話した意見を基にしており、欺瞞行動を取った後、密かに小惑星帯に戻り、敵の拠点ベースを探すというものだった。


 いくら長期間活動できる通商破壊艦とはいえ、ゾンファ共和国を出発したのであれば、母港を出発して既に三ヶ月以上経ち、補給と整備のためベースに戻る。


 ベースの建設がいつから行われたのかは分からないが、動力源パワープラントと工作機械を持ち込んだと思われる商船リバプールワンの消息が途絶えてから、まだ二ヶ月も経っていない。


 これらを設置し、運用し始めたのは早くても二週間ほど前だというのが、プロフェッショナルである機関長チーフ掌帆長ボースンの意見だった。


 一方、ここトリビューン星系からキャメロット星系に行き、再び戻ってくるには単純に往復するだけで二十六日、キャメロットでの報告、部隊の編成などを考えれば、一ヶ月以上掛かることは確実だ。


 隣のレインボー星系にいる情報通報艦に連絡するだけでも往復で十日近い日数が掛かる。それ以前に通商破壊艦の脅威程度で数少ない情報通報艦を使うことはできない。


 ブルーベルがここに残り、通過する商船に情報を託すという選択肢もないわけではないが、三隻の商船が行方不明になっているため、アルビオン側からの商船の出港は見合わせられており、恐らくヤシマ側でも同様の処置がなされているはずだ。

 結局、確実に情報を持ち帰るためにはブルーベルが行かざるを得ない。


 それならば、敵もこの一ヶ月という期間を絶好の機会と考え、通商破壊艦の補給と整備に回すため、ベースに入る可能性は高い。


 幸いなことに、通商破壊艦の位置は把握し続けている。

 小惑星帯と通商破壊艦の優秀なステルス機能のため、時々足跡が途切れるが、一度把握している四百メートル級の大型艦はパッシブセンサー類でも無理なく追跡できる。


 こちらは三光時離れた第二惑星の陰で減速・再加速した後、〇・〇五五光速という比較的低速で星系内を進んでいく。


 デイジー27が沈められ、ブルーベルが逃げ出したと思わせた時から、三日くらい掛けて、ゆっくりと接近していく感じになる。


 この三日間を使って、ベースの位置の特定、潜入部隊の作戦の立案、シミュレータでのリハーサルなどを行う予定になっていた。


(しかし分からないのはゾンファの思惑だな。艦長たちの前では実効支配の可能性と言ったけど、ゾンファの支配星系からは飛び地になっている。そんなところで実効支配と言ってもアルビオン我が国はともかく、ヤシマと連合FSUから非難されて、結局放棄することになるんじゃないのか? やっぱりゾンファ内の派閥争いが関わっているのかな……)


 彼はゾンファの思惑が分からず、この作戦が正しいのか判断に苦しんでいた。ただ、ゾンファ共和国という国では独裁政党である国家統一党という組織内での派閥の力学で物事が決まることが多いことから、それが関係しているのではないかという予想は立てている。


(艦長はもっと悩んだんだろうな。ゾンファとは休戦しているとはいえ、自分の決断が戦争の引き金になるかもしれないんだから)


 彼は自分が同じ立場になったら、このような厳しい決断が下せるのかと考えてしまう。


(まあ、自分がその立場になれるかも分からないのに悩んでも仕方ないな。それよりゾンファの目的の方を考えよう。今なら時間もあるし、大尉に相談してみようか……でも、この前のこともあるし……)


 彼が悩んでいると、デンゼル大尉が気付いた。


「どうした? 何か思いついたことでもあるのか?」


 彼は恐る恐る指揮官席に座るデンゼルに話しかけた。


「少しよろしいでしょうか」


 デンゼルが頷くのを見て話し始める。


「ゾンファの思惑についてなのですが、どうしても引っ掛かるんです。このトリビューン星系の実効支配と言いましたが、飛び地になるこの星系の実効支配を目論む可能性は低いと思います。何か別の思惑ではないかと……」


 デンゼルは「続けろ」と言って、先を促す。


はい、大尉アイ・アイ・サー。気になる点として、デイジーだけを攻撃しただけで、なぜ我々には手を出さなかったかという点です。あのタイミングなら、デイジーに神戸丸へ接近させ、我々が支援のため小惑星帯に入ってから攻撃を仕掛ければ、二隻とも沈めることができたかもしれません」


 彼は思っていた疑問点を吐き出していく。


 それに対し、デンゼルは頷いた。


「艦長が一番気にしたのはその点だよ」


 彼は自分が指揮官の考えを聞いてもいいのかと思ったが、大尉の表情を窺いながら尋ねる。


「艦長のお考えを伺ってもよろしいでしょうか?」


 デンゼルは彼の葛藤に気付かず、士官候補生ではなく、同僚に話すような感じで話し始めた。


「ああ、艦長はあえて我々を逃がしたのではないかと考えておられる。我々を逃がしてキャメロットに通報させることにどんな意味があるのかは分からないが、最初から一隻を逃がすつもりだったと」


 彼も同じ疑問を持っているため、「もし、キャメロットに報告に行ったら、その後はどうなったのでしょうか?」と軍が取り得る方策について確認してみた。


 デンゼルもその点は考えていたのか、すぐに答えが返ってくる。


「四百メートル級の通商破壊艦か私掠船に対するには重巡航艦四等級艦以上を派遣するのは間違いないだろうな。万全を期すために十隻程度の小戦隊を編成する可能性もあるな……」


「十隻ですか……。中立星系に戦隊を派遣させることが目的だとすれば……」


 そう呟いた後、「大尉、こうは考えられないでしょうか!」と思いついた推論を話していく。


「中立星系に戦隊を派遣する場合、ヤシマと自由星系国家連合FSUの事前了解が必要になります。もし、了解なしに進入すれば国際的な非難を受けるのではないでしょうか」


 デンゼルは頷き、更に先を促す。


「FSUと我が国の関係は対ゾンファという点で一致しているに過ぎません。FSUにしてみれば、自分たちに被害が出なければ、アルビオンとゾンファが噛み合い血を流すのは好都合と考えるのではないでしょうか」


 デンゼルはその可能性に驚く。


「すると、君はFSUがアルビオンとの関係を捨てて、ゾンファと結ぶこともあり得ると考えるわけだな。うーん、ゾンファが油断ならない野心丸出しの国だと知っていてもそうする可能性があると」


 そう言って、ありえないだろうという顔で彼を見る。


いいえ、大尉ノー・サー。あくまでゾンファの指導部がそう考えるのではないかと言うことです。FSU、特にヤシマはゾンファの圧力に辟易していますから、少々のことではゾンファになびくことはないでしょう。ですが、ヤシマ以外の連合各国はアルビオンとゾンファが勝手に戦ってくれるなら、火に油を注ぐのではないでしょうか」


 デンゼルは「なるほどな。よく考えたものだ」と感想を述べた後、


「もう一点ありそうだな。キャメロットとゾンファのジュンツェン星系の間は中立星系を経由するこのスパルタン星系ルートと直接ぶつかるアテナ星系ルートがある。アテナルートは要塞もあり防備が充実しているが、スパルタンルートはヤシマとの関係からスパルタンにすら基地はない。もし、ヤシマがゾンファに対しスパルタンルートを使うことを承認すれば、我々は二つのルートからの侵攻を考えなければならなくなる」


「アルビオン星系に直接侵攻した十年前のゴグマゴグ会戦の例もあります。敵は我が軍を分散させることに成功したと習いました」


 クリフォードはそう付け加える。


 ゴグマゴグ会戦とは、約十年前のSE四五〇一年に発生した有名な会戦で、アルビオン側にとっては歴史的な勝利に終わった戦いである。


 概要は以下の通りだ。


 SE四五〇一年、停戦協定を一方的に破ったゾンファ軍がアルビオン王国の主星系であるアルビオン星系に奇襲を仕掛けてきた。


 のちに第三次アルビオン-ゾンファ戦争と呼ばれる戦争の開始を告げる奇襲作戦であったが、このとき、アルビオン王国は建国以来、初めて存亡の危機に立たされた。


 第二次アルビオン-ゾンファ戦争までは、ゾンファ共和国に近いキャメロット星系のみで戦闘が行われ、アルビオン星系は戦争の間も平和を享受していた。


 しかし、この時、約五十パーセク(約百六十三光年)離れたジュンツェン星系から、ゾンファ軍は直接アルビオン星系に侵攻した。


 それまでの軍事理論では補給拠点の無い星系を渡ってくる侵攻作戦では約三十パーセク(約百光年)が限界とされていた。


 更にジュンツェン星系からの侵攻ラインであるバルベルデ星系側は、隣接する星系の間が八パーセク(約二十六光年)と大きく離れたところが二箇所あり、標準的な艦隊随伴型の輸送艦の超光速航行ドライブFTLDの能力である六パーセク(二十光年)を大きく超えていた。


 そのため、哨戒艦は配備されていたものの、バルベルデ側には要塞はもちろん、艦隊と呼べる戦力も配備されていなかった。

 ゾンファ軍は長距離侵攻用輸送艦を秘密裏に配備し、主力艦隊三万隻で奇襲した。


 当時、アルビオン星系には全軍の一割、約一万隻の戦力しかなく、第五惑星ゴグマゴグの軌道まで侵攻を許してしまった。


 一方、ゾンファ軍の方も無理な補給計画のため、燃料等に余裕がなく、短期決戦を目指すしかなかった。


 当時のアルビオン軍の最高責任者は齢七十歳を超える老将ビーチャム大将であったが、彼は老練な手腕を見せ、敵をゴグマゴグの衛星スプリガンに釘付けにすることに成功する。


 更に補給線を断ち切るため、大胆にも保有戦力の三十パーセントに当たる三千隻を分離した。


 ゾンファ側はこれを各個撃破のチャンスと考え、主力戦闘艦二万五千隻を第四惑星タイタニア付近に進めて決戦を挑んだ。しかし、エネルギー不足が祟り、満足な機動ができず、三分の一以下の七千隻のアルビオン軍に翻弄される。


 一方、分離された三千隻は最大加速度で、スプリガン付近に向かい、待機しているゾンファの輸送艦隊を急襲しようとした。


 その動きを見たゾンファの主力艦隊は、生命線である輸送艦を失うわけに行かないと急遽ゴグマゴグに転進するが、満足な艦隊運動もできず、七千隻のアルビオン本隊と三千隻の別働隊による挟撃を受け、三万隻のゾンファ侵攻艦隊は壊滅した。


 ゴグマゴグに落下した艦を含め、全損一万隻、投降二万隻、逃亡できた艦は僅か二十数隻に過ぎず、ゾンファ軍は全戦力の三十パーセントを失った。


 一方、アルビオン軍も窮鼠と化したゾンファ軍の反撃を受け、総司令官ビーチャム大将(戦死後元帥に昇進)の戦死を含む、四千隻が沈められ、残りの六千隻の九十五パーセントが何らかの損傷を負っていた。


 これがゴグマゴグ会戦又はゴグマゴグ殲滅戦と呼ばれる戦いで、アルビオン軍の歴史の中でも最も偉大な勝利をもたらした会戦と言われている。


 しかし、大勝利にも拘らず、アルビオン軍および政府首脳はこの事態に憂慮した。

 安全だと思われたアルビオン星系が無理をしたとは言え、主力艦隊による奇襲が行われた事実に、防衛方針の大きな転換を迫られたのだ。


 この後、アルビオン星系の防衛体制が強化され、その影響でキャメロット星系の防衛部隊が縮小される結果となった。


 ゾンファ共和国は、侵攻こそ失敗したものの、主戦場であるキャメロット星系の戦力を低下させるという戦略上の目的を達成する。


 そして、アルビオン王国は、その後の第三次アルビオン-ゾンファ戦争の全期間において、キャメロット方面の戦力不足に悩まされることになった。

 クリフォードが指摘した戦力の分散の話はこの話を指す。



 デンゼルはキャメロット星系を思い浮かべながら、第三惑星ランスロットと第四惑星ガウェインの軌道を回る要塞の存在を思い出すが、アテナ星系からとスパルタン星系からの二方向を防備することは戦力の分散を招くか、キャメロットに引き込む作戦しか取れなくなることから、アルビオン軍に選択の幅が小さくなると考えていた。


「相変わらずゾンファのやることは性質たちが悪い。まだ、ゾンファの仕業という証拠はないがね」


 デンゼルはそう言って笑う。


「そうですね。確かにゾンファが仕掛けたと言う証拠はありませんね……」とクリフォードも笑いながら返した。

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