11.みこ様は素直な気持ちになりたかったのです。
みこが保田に襲われてから一か月経った。
みこの高校内での様子は、これまでとさほど変わりはない。
明るい性格もあったからであろう。クラスの子たちからはすでに雄一との関係の話ではなく、普段の何気ない会話。テレビでやっていたドラマの話とかいわゆる女子高生の普通の会話をできるまで仲良くなっていた。
だが、みこが保田に襲われたことは誰にも知られていない。
校内でも保田という男には何度かすれ違ったり、視界に入ってくることもあった。
とはいえ、視線を合わすことも絡まれることもなかった。
みこの精神的には会うたびに辛そうであったのは間違いないが…。
とはいえ、自宅でのみこの様子は明らかにおかしいといって良かった。
寝るときは、ボクの片腕を絶対に強く抱きしめたままだった。
最初は違和感の連続だったが、そのうちそれも慣れてきた。
それだけの苦痛だったのだ。みこにとって保田がしたことは…。
「いつもビクビクしておる妾は変か…?」
ある日の夜、今日も同じようにボクの片腕を抱き寄せながら寝ようとしていた。
みこは突然、ボクに身体を寄せて、そう言った。
「べ、別におかしくもない…。それだけの恐怖を味わったうえで、まだ相手が学校にいるんだから、恐怖心が取れないのも当然だよ…」
「そうか…。目を閉じると、ヤツがいつも妾を引きずり込もうとして来よる…」
「―――――――!?」
「もう、精神的に限界に近づいておる…。普通の人間であれば、自殺でもしておるかもしれぬな…。だが、お主のお陰じゃ…。雄一、お主が一緒にいてくれるから、妾は生き耐えられるのじゃ…」
「アイツだけは許せない……」
「雄一…。いかんぞ…。絶対にそれだけはやってはならぬ…。アヤツにだけは手を出してはならぬ…。お主が退学処分になってしまう…。妾はそんなことは望んではおらぬ…」
みこは自身の精神をすり減らしながら、ボクの高校生活を案じてくれる。
でも、ボクが望んでいるのはこんな現状じゃなかったはず。
「妾にとって、雄一、お主が喜んでおる姿をみるのが、とても嬉しいのじゃ…」
ボクの目の前で美少女がフッと微笑む。
その笑顔は本当に可愛らしく、これ以上ないくらい愛おしい。
でも―――――――、
「ボクにとって…みこが幸せになれていないのは、嫌だ。それは苦しいことだ…」
ボクの一言にみこは目を丸くして固まってしまう。
しかし、すぐに破顔させると、
「お主は変わっておるな…。どうして、妾のことを心配するのじゃ? 妾は稲荷大社の姫巫女なのだぞ? お主らを
「それは分かっている。でも、ボクにとっては『カノジョ』なんだ! カノジョを守らない男なんていないよ…」
「雄一…、そのような目をしてはいかん…。そのような切ない目をしてしもうたら、妾が判断を誤ってしまう…」
みこがボクの頬にそっと手で撫でる。
でも、その手は微妙に震えていて、怯えている感じだった。
暗い部屋の中で、少しずつ目が慣れてくる。
ボクはその時に気づいた。
みこが涙を流していることに……。
「みこ……泣いてるの……?」
「え? あ!? いや…。これは…。見ないでくれ!」
自分でも涙を流していたことを気づいていなかったのか、彼女は顔を真っ赤にして焦り、ボクに背を向ける。
「わ、妾としたことが…急に涙を流してしまうとわな! お主に妾の弱いところを見せてしもうた…」
みこは、そのまま小さくなろうとする。
ボクは後ろからギュッと抱きしめる。
「みこだって弱さがあっても普通だと思う。ボクにも今まで弱いところがいっぱいあった。何でも自分でできないのに、やろうとして失敗して、それをどんどん繰り返して自暴自棄を起こして、死にたいと思っていたことも何度もあった…」
「……………………」
「でも、今は違う。今は、生きようと思う。乗り越えようと思う。自分のために、そしてみこのために…」
「雄一………」
みこが振り返ると、決意の表情をしたボク。
みこは…それが何を意味しているのか分かっていた。
妾は雄一の表情を見たときに、悟った。
雄一は妾のことが好きで好きで守りたい…。
妾は――――――妾は…!?
妾の覚悟は―――――?
妾の覚悟は、『姫巫女』としての戒律を捨てることじゃ…。
そ、それはダメだ。それをしてしもうたら、妾は姫巫女ではおられぬ。
し、しかし、雄一は妾を幾度と守ろうとしてくれておる。
立場が逆ではないか!
「妾も弱さがあっても良いの言うのか? 雄一よ…」
「神様であっても巫女様であっても弱さは兼ね備えているものだと思う…。それをどこで見せるかということ…。ボクはそう思う」
「妾は自分の弱さを、見られとうない…」
「みこが『カノジョ』なのだったら、ボクの前では見せてもいいと思う…。お互いが信頼して、支えあって共に歩んでいくのが、彼氏彼女なんじゃないのかな…?」
「そ、そういうものなのか?」
妾にはてんで分からぬ話だ…。
これまでも姫巫女として何百年と生きてきたが、弱さを見せることはなかった。
見せてはならないものとして育ってきたからだ。
しかし、目の前にいる男は『弱さ』を自分の前で曝け出していいと言う。
泣いたら泣くなと言われてきた妾を、泣いてもいいんだよと諭してくれる。
なぜ、この男はこんなにも優しいんだ。
妾の目の前に、そんな男の顔がある。
出会った頃よりも、精悍でいい顔つきになって来ておる…。
妾の心がキュンッと痛む。
妾は雄一の頬に手を添える。
「雄一…妾も……」
覚悟じゃ…妾にも覚悟が必要なんじゃ――――――!!
「妾も…お主のことが……好きじゃ………」
目からはらはらと涙が零れ落ちる。
言ってしまった…。禁忌に触れてしもうた。
もう、後戻りはできぬ…。
「
妾は両腕を雄一の首に回すと一気に距離を縮めた。
雄一の唇が妾の唇と重なり合った。
温かい…。雄一の温かさが伝わってくる。
すると、雄一の舌が妾の舌を求めてくる。
妾は雄一に身を任せた。
「「…れろ…ちゅぱちゅぱ……ん…ふぁ……」」
暗い部屋の中に唾液の絡む音が響く。
お互いが
「もっと…もっと…妾を攻めてくれ……」
妾はもう全てを雄一に捧げる覚悟で、両手を広げた。
雄一……。妾を一人にしないで―――――。
みこは蕩けた表情をしながら、ボクを見ている。
両手を広げて、ボクを受け止めようとしている。
ボクはみこを抱き起し、ベッドに座り、さらに唇を重ねた。
「「…ちゅぱちゅぱ…レロレロ……んちゅぱ……」」
みこは何度も甘い吐息を漏らし、身体をくねらせる。
キスがこんなに美味しいなんて思えなかった。
みことのキスなら、ずっとしていても飽きない…。
飽きる? 違う―――。
永遠に欲しい――――!
「「…くちゅ…えろえろ…ん…ちゅぱちゅぱぁ……」」
唇を離すとボクらの口の周りは唾液でベチャベチャになっていた。
激しすぎるキス…。
ボクも高揚して息をはぁはぁと漏らす。
みこは――――――、
「…大好きじゃ……。妾を一人にしないで……。雄一……」
「…うん…」
目尻に涙を浮かべながら、
華奢な腕がボクの身体をしっかりと抱きしめた。
みことボクが本当の意味で素直になれた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます