10.みこ様の禁じられた恋…。

 妾は部室が立ち並ぶ建物の間を通って、体育館に向かう。

 次は室内競技だ。バスケットボール部やバレーボール部、バドミントン部、卓球部などが使っているようだ。

 今の時間帯はみんな各々の場所で部活動を行っているせいで、部室周辺に人気ひとけはなかった。


「逆に人がいない方が気味が悪いのぉ…」

「あれ? こんなところで何してんの?」


 妾が振り返ると、そこには制服姿の大男が立っていた。

 身長は180センチくらいあるだろうか。肩から大きなバッグを背負った運動部系の人のようだった。


「部活見学で体育館に移動しようと思っておったのだ」

「そうなんだ…。でも、ここ、男子の部室が立ち並んでいる場所だから、あんま通らない方がいいよ」

「そうだったのか…。女子に出会わないと思うておったが、そりゃそうか…」

「そうだよ。こんなところにいたら、悪い虫が付いちゃうよ。月見堂みこさん?」


 一瞬気味が悪くなる。

 なぜ、コイツが妾の名前を知っておるのだ!?

 妾は距離を置こうと少し後ずさりする。


「妾はお主の名前を知らぬが…?」

「だろうね…。君は今日入学してきたばかりだから、俺のことは何も知らない。これは至って当たり前のことだよ」

「そうじゃな…。ならば、このまま失礼させていただく」


 妾が振り返って、体育館に向かおうとすると、ぐっと後ろに引っ張られる。


(今日は腕をよく掴まれる日じゃなぁ…)


 振り返ると、妾は硬直してしまう。

 さっきまでそこそこ距離を取っていたはずの大男が目の前にいるのだから。

 リーチの長さと足の速さで一瞬で距離を縮められた!


「うーん。近くで見ると、さらに可愛いじゃん。これは欲しいねぇ~」

「は、離せ! ここで妾が叫べば、お主は犯罪者扱いにできるんじゃぞ!?」

「じゃあ、叫んでみたら?」


 妾は肺に息を吸い込み―――――――!?

 突如、大男の手が妾の口を塞ぐ。


「ん―――――――――っ!? んぐぅ―――――――――――っ!!」

「ホラね。別に俺が犯罪者にはならないよね?」

「ん~~~~~~~~~っ!?」

「俺の名前は、保田勇樹やすだゆうき。高3の大先輩ね。サッカー部のマネージャーになってよ? 最近、可愛いちひろちゃんも入ってきたんだし、君も入ってくれれば、サッカー部の連中の目の保養にもなるだろうからさ」


 誰が、こんな奴らの目の保養のために…。

 しかし、現状腕を掴まれ、口を押えられている状況では何もできない。

 このまま部室に連れ込まれたら、完全にアウトだ。


「フンッ。このままだと誰かに見つかる可能性もあるから、部室に入っちまうか…」


 妾は保田に抱きかかえられるように部室に連れていかれる。


(や、やめてくれ! だ、だれか助けてくれ!!)


 自然と瞳に涙が浮かび上がる。


(いやじゃ! 助けて! 雄一~~~~~~~~っ!!)


「こらっ! そこで何をしてる!」


 野太い声が男子部室群に響き渡る。

 保田は、チッと舌打ちすると、みこをその場に下ろし、足早に立ち去った。

 保田が見えなくなったころ、反対側から雄一が走ってくる。

 妾は恐怖から腰が抜けてしまい、歩けなくなっていた。



 ボクがみこの基に近寄ると、彼女は瞳に涙を溜めて、身体を小さく震わせていた。

 もちろん、教師っぽく野太い声を出したのはボクだ。

 ボクがそのまま出ていっても、力で勝てると判断されて、みこへの悪戯いたずらを止めてくれることはなかっただろう。

 しかし、教師に見つかったとなれば、謹慎、もしくは最悪退学処分まであり得るから、素直に引き下がってくれると思っていた。


「遅くなってごめんね」

「ゆ、雄一…ありがとう……。本当に怖かったぞ…」

「ちょっと場所を移動しよう…。ここだとボクらも怪しまれちゃうからね…」


 雄一はみこを抱きかかえるように立ち上がると、そのまま体育館の裏にある非常階段に連れていき、腰を下ろす。

 まだ、みこは震えている。

 かなりの恐怖を味わったのだろう。それが握っている彼女の手から伝わってくる。

 クリッとしたエメラルドグリーンの瞳には、いつものような力はなく、恐怖を浮かべたままである。

 ボクが肩に腕を回し、自分にもたれかけさせる。


「少しは落ち着いてきた?」

「う、うん…」

「何があったかは話は出来る?」

「サッカー部高3の…、保田…という、大男に……突如声を掛けられて……、部室に連れ去らわれそうになった……。お主が助けてくれなければ、妾は…妾は…今頃……」


 そう言うと、みこはボクにもたれかかったまま、泣き出した。

 今日のみこの部活見学は中止になった。

 いや、もしかすると彼女はボクと一緒でないと怖いと言い出すかもしれない。

 現代社会なんて欲にまみれた連中の巣食う場所だから、こういう暗い話だってある。

 とはいえ、ここは公立高校だぞ…。

 さすがに許されない。でも、証拠がない。

 証拠がなければ、いくら争っても勝てるはずもない。



 自宅に戻ると、みこは一足先に浴室に入っていった。

 シャワーを使っている音がする。

 とはいえ、バスタオルや下着はそのまま寝室にある…。

 ボクは何も言わず、それらを浴室前の脱衣所に持って行ってやる。

 そっとドアを開けて、バスタオルと下着をカゴに入れてあげた。

 いつもならば、鼻歌交じりのシャワーの時間…。今日は違った。

 ヒックヒックヒックとみこが泣いている。

 先にシャワーに行ったのは、顔が泣いてグシャグシャになっていたのを誤魔化すため。

 でも、シャワーに当たりながらまた泣いてしまっている。


(これは目の下が腫れちゃうだろうな…)


 ボクはバスタオルと下着をカゴに入れた後、そっと立ち去ろうとする。


「雄一、待って……」


 ボクはみこに呼び止められた。

 いつもならば、『裸を見たら○ロス!』『さっさと出て行け!』などと言われているが、今日は呼び止められてしまった。


「どうしたの? バスタオルと下着は持ってきてあるからね…」


 ガラッ!

 言った瞬間、浴室のドアが開いた。

 当然、まだボクは脱衣場にいる。浴室にはみこがいる。


「どうしてじゃ…」


 シャワーが出しっぱなしで、湯けむりがもうもうと立ち込める。

 おかげで、みこの裸を見ずに済んでいる。

 みこはそんなことはサラサラ気にしていないようだ。


「どうして、雄一はそんなに優しいのじゃ…?」


 みこはボクのシャツを掴み、身体をそのまま密着させた。

 相手は幼女のような体型をした美少女だ。心臓が早鐘を打っている。


「保田という男に襲われかけて分かった…。みんなが優しい奴ばかりではないということを…。だが、なぜ雄一…。お主はこれほどまでに妾に優しくしてくれるのじゃ…?」

「……………………」


 ボクは答えが出せない。

 ボクは誰彼かまわず優しくしているわけではない。

 というよりも多くの人と関係を持っていない。

 だから、優しくしようにもする相手がいなかった。

 みこは色々とキツイことを言われるけど、でも、優しくしてあげたいと本能的にそう思わされてしまう。

 それは何の感情からなんだろう…。

 保田がみこを襲いかけたときに話を聞いた時もそうだった。

 無性にあの男に復讐したい、一発殴らせてほしいと一瞬でも思ってしまった。

 なぜ、こう思ってしまったのか…。

 ボクの本心が間違ってなければ、この感情は―――――。


「たぶん、ボクはみこが好きになってしまったんだと思う…。さっきの保田の話を聞いた時も、出来もしないけどそいつを殴ってやりたい衝動に駆られた。みこを大切にしたいって感情は…たぶん、みこのことを好きになってしまったのかもしれない…。でも、ボクもこの気持ちが何なのか分か…んぐっ!?」


 みこはボクの首に腕を回し、抱きつくようにして唇を重ねていた。

 彼女はチュッ、チュッと何回もボクの唇に吸い付いた。

 顔を真っ赤にさせて、恥ずかしがりながら…。すごく長い1分間に感じた。

 みこは唇を離すと、そのまま抱き着いたまま、


「勘違いをさせてしまったかもしれぬ…。妾も雄一のことが好きなのかもしれぬ…」


 みこの脳裏には、清水ちひろの顔が浮かぶ。

 なぜか、放課後に彼女と話した時に、心の中で焦りを感じた。

 雄一を奪われる、とさえ感じた。

 妾は雄一を他の女子と付き合わせるのが本来の目的であったのに、雄一の優しさにみこ自身が心を許してしまえるようになった…。


「だ、だが…、今のキスはノーカウントじゃ…。今のは、お主の同意を得ておらぬ妾の身勝手なキスじゃ…。だから、ノーカウント…。ノーカウントじゃ……」


 そう言いつつも、みこは雄一をさらにギュッと抱きしめた。


「でも、今しばらくはこうさせてはくれぬか…」

「う、うん、いいよ…」


 ボクはみこが風邪を引かないように、そっとバスタオルをそのまま彼女の肩に掛けてあげた。



 妾は自分で言ったが芽生えていることに気づいてしまった。

 このままでは本当に妾の気持ちは雄一のものとなってしまう。

 でも、今なら分かる。

 清水ちひろに抱いた焦りもきっとそう。

 だから、私は姫巫女として許されていないであろう接吻キスを雄一としてしまった。

 妾は稲荷大社の姫巫女なのだから、生きとし生けるものへ守護を行わなければならぬ。

 しかし、妾の今の気持ちは違った。

 雄一で満たされていた。

 なぜ、この男はこれほどまでに優しいのだ?

 なぜ、この男はこれほどにまで初心なのだ?

 なぜ、この男はこれほどにまで不器用なのだ?

 ………………………………………。

 でも、今この男が自分の中心になっている。

 一緒にいることが嬉しい。

 離れたくない。離したくない。

 どのような罰が与えられるかわからぬ…。

 だが、妾は今、雄一と一緒にいたくていたくてたまらない…。


「雄一…妾を離さないでくれ………」


 妾はシャワーで濡れた体のまま、雄一に抱きつき、力を振り絞るようにそう願った。

 雄一は真っすぐな瞳で妾を見つめながら頷いた…。

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