9.みこ様の直接のライバル現る!?

 チャイムと同時に授業が終わり、先生が廊下に出ていく。

 午前中の授業が終わり、これから昼食休憩、いわゆる昼休みが始まる。

 当然、ボクは瞬殺的に隣の席の方によって昼休みが破壊される。


「雄一よ…。一緒に昼食を食べるぞ!」

「うん、いいよ」


 朝イチで作ったお弁当の入った袋とお茶の入った水筒を下げている。

 さすがに拒否することはできないし、みこも周囲の目を少しは気にしているのか、モジモジとお願いしている。その仕草は何となく可愛らしい。

 そんなに恥ずかしいのならば、自己紹介の時にあんな宣言しなかったらよかったのに…。

 案の定、あの後、授業ごとにみこの周囲には陽キャが押し寄せてきて、根掘り葉掘り事情聴取されたようだ。

 そのおかげで、みこは少し精神的にも参っているようにも思える。

 つまり、昼休みくらい『逃げたい』のだ。

 まあ、ボクはみこが代わりに事情聴取を食らい続けた代わりに、平穏無事な休み時間を授業ごとに手に入れていたのだが。



 さすがに教室で食べるわけにもいかないので、中庭に移動する。

 中庭だと他の生徒たちもいる中での食事ということもあって、あれこれ詮索されにくくなる。

 中庭に均等に配置された煉瓦製のベンチに腰掛ける。

 もちろん、目立たない隅にある場所を選ぶ。

 お弁当の蓋を開け、「いただきます」と小さくお辞儀をしたあとで、みこはご飯を箸で丁寧に口に運ぶ。


「まさか、あんなに色々と訊かれる羽目にあうとは…。隣にいたのなら、少しは助けてくれても良かったのではないか、雄一?」

「えーっ!? あの状況で!? それこそ、大炎上でしょう…」

「妾が一人でかわすのは、正直辛すぎるものがあったぞ…?」

「まあ、そもそも何で自己紹介のときにあんな宣言しちゃったのよ」

「まあ、あれはもしもお主に好意を寄せておる女子おなごがおったら、ああいう風に餌を撒けば、もしかするとそういった子が喰らい付いてくるかのぉ~と思っておったのじゃが…。予想以上に陽キャが喰らい付いてしもうた…」

「そうみたいだね…。きっと、これから数日はそうなると思うな」

「うえっ…。あれがまだ続くのか? 何という暇人どもなんじゃ…」

「テレビでもそうだよ。ゴシップネタは飽きるまでは格好の燃料になるんだよ」


 あ~、卵焼きが美味しい。

 みこは、ちょっとばかりシュンと小さくなる。


「言ったことに対して少し後悔しているの?」

「別に後悔などしておらぬ。今は、雄一に女性というものを教えるためのカノジョなのは、違いないんじゃからな!」

「まあ、確かに今までフリーだったボクの急にできたカノジョだね」


 ボクはご飯を食べつつ、フフッと笑う。

 みこはその小さなことを見逃さずに突っ込んでくる。


「なんで、笑うんじゃ! 妾は本気でお主の限定カノジョとなっておるのじゃぞ!」

「あぁ、ゴメン。ボクはすごく嬉しいよ。これまでもこんな風に昼休みを過ごしたこともなかったし、学校に行くまでも一人寂しいマンションから、ただ、ルーチンワークのように通学を繰り返しているだけだったからね。それがみこが現れてからボクの生活は急に変わった…。家でも、学校でもみこが一緒にいるから、ボクの周りは明るくなった。マンションにもこれまでなかった活気が現れるようになった。だから、ボクもこれまでみたいな寂しい思いをすることも減ってきている。ありがとう、みこ」


 ボクが素直にお礼を言って、みこの頭を撫でる。

 見る見る間にみこの顔は真っ赤に染まっていく。


「な、何を改まって言っておるのじゃ…。わ、妾はそんなつもりでお主の限定カノジョになったのでは…ないのじゃぞ……!」

「あはは…。分かってるって…」

「分かっておらぬ…」

「そう? じゃあ、やっぱり分かってないのかな…」

「そうじゃ、分かっておらぬ…。お主は何も…」


 そう言って、みこはお弁当の残りを黙々と食べ続けた。

 急に真っ赤になって不機嫌になったみこの反応を経験則のないボクにとってはどう扱っていいものか悩むものであった。

 でも、みこと一緒にいることは振り回されちゃうけど、その振り回されることも含めて楽しいものだった。

 その気持ちは嘘偽りのないものだった。


「そういえば、みこはどの部活に入るの?」

「部活…か?」

「うん。ボクは山岳部に所属しているでしょ? みこは何かやりたい部活はあるの?」

「い、今のところ、あまり興味の惹くものはないのう…」

「今日、ボクは山岳部の部活があるから、みこは自分の入りたい部活を見学しに行くのもありかもね。ボクが持っている宝玉からどのくらい離れても大丈夫なの?」

「たぶん、2キロくらいは大丈夫だと思うぞ…」

「じゃあ、大丈夫だね。帰る時間を揃えておいたら問題ないね」

「そうじゃの…。部活かぁ……」


 食べ終えたお弁当箱を片付けながら、みこは少し悩むのであった。

 もちろん、どの部活が自分に向いているのか、について。



 放課後、雄一は山岳部の先輩たちとの集まりがあるとのことで、先に部室に行ってしまった。

 妾は雄一から部活・部局の活動一覧が載った冊子を渡されていた。

 見てみると、いわゆる運動系と文化系に分かれている。

 妾としては、極力身体を動かしたくないし、雄一と離れることができない特性上、どこか遠くに赴く可能性のある部活は避けなくてはならない。

 と、なると運動系は基本的にアウトのような気がする。

 もしも、大会でどこか他の高校に出かけるとなると、雄一を一緒に連れていかなくてはならなくなる。

 それはさすがに雄一にも申し訳ないし、その部活の子たちにも怪しまれてしまう。

 ただ、運動系は運動場と体育館と練習場所が決まっているので、そちらから先に見ていくことにする。

 昇降口でスニーカーに履き替え、冊子を握りしめつつ、運動場に向けて歩き出す。

 妾から何かオーラが出ておるのか分からぬが、すれ違う男子や女子が妾をジロジロ見てくる。


(何なのじゃ!? なぜ、そんなに妾を見てくる!?)


 周囲の反応が気になって仕方ない。

 でも、これも人間社会のひとつなのだろう。雄一が言うようにあまり周囲に気にせずに運動場に向かった。



 運動場には、野球部、ハンドボール部、サッカー部、陸上部などが活動を行っていた。

 運動場と校舎の境にある5、6段の階段に腰を下ろして、眺めてみる。

 どの生徒もいい汗を流しながら、練習に励んでいる。


(こういうのって青春っていうんだな…)


 ふと見ると、女子もお揃いのジャージを着て、先輩たちに飲み物を渡したり、タオルの準備をしたりしている。


(女子マネージャーか…。これはこれで体力のいる仕事じゃのう…)


 サッカー部の女子マネージャーの中に知った顔を見つける。

 その子も妾のことに気づき、先輩の許しを得て、こちらに走ってくる。


「あれ? みこちゃんじゃない?」

「あなたは確か、清水さん?」

「そう! 初日で名前覚えて貰えて嬉しいわ~。ウチのことは、ちひろでいいで~」

「では、これからはちひろさんと呼ばせてもらうよ」

「もっと、仲良ぅなったら、ちーちゃんって呼んでもろてもいいで~」


 ちーちゃんって…。そこまで仲良くなるにはもう少し時間がかかりそうだ…。

 彼女は妾の席の右横の席で、妾が午前中にを食らっているのを見て、午後からは話し相手になってくれ、おかげで事情聴取から逃れることができた。

 雄一に放課後にその辺を少し話をすると、「清水さんはすっごく優しい人だから、みこの最初の友達としては最高だと思うよ。きっと助けになってくれる」とも言ってくれた。どうやら雄一も彼女のことを信頼しているようだ。


「妾も部活をしたらどうかと雄一に誘われたのじゃが、そのあまり部活動というものを知らなかったので、今日は雄一の山岳部が終わるまで、部活見学に洒落込んでおるのじゃよ」

「そうなんや。みこちゃんって運動あまり得意じゃないっぽいもんなぁ~」

「うむ…。妾はあまり重労働には向いてはおらぬ…。ただ、運動系の部活も試しに見に来るくらいはタダじゃからな…。見学料も取られぬのに、こんなにレベルの高い部活動を見ることができるのは良いな…」

「まあ、氷山高校って県内屈指の進学校で難関大学への合格率も高いのに、部活でもインターハイに出場している部活がいくつもあるところやからな~。文武両道ってのは伊達やないねえ~」

「文武両道か…。青春時代には良いな…それも」

「そうやで~。でも、みこちゃんは文化系の部活を探すんやないの?」

「うむ、そのつもりでおる」

「やっぱり雄一くんと一緒に帰れるようにするため?」

「う、うむ…」

「さすがに自己紹介でカノジョ宣言するだけのことあるね~。あのなぁ~ひとつ言うてええかな~?」

「ど、どうした?」


 また、事情聴取のようなことを訊かれるのか?

 みこは正直、あの手の質問はすでにウンザリとしていたので、同じ類の質問だと思っていた。

 しかし、彼女の言ったことは全然異なる、それでいてみこの心を貫くようなことであった。


「ウチもな~、雄一くんのこと好いとんねん。何か急にみこちゃんに宣言されてしもうたから、ウチが出ていくタイミングをミスってもうたなぁ~って。ホンマにみこちゃん、雄一のこと好きなん?」


 ―――――――!?

 まさかの展開じゃ…。まさか、妾の高校初の友達が雄一のことを好きだといった。

 その瞬間、妾の胸の奥をギュッと締め付けれるように感じた。

 雄一にとっては良いことではないか!

 、雄一にとっては最高の結末ではないか!

 まさか、雄一の好きになる人がこんな身近にいるとは…。


「雄一くん、初心やから、話しかけてもなかなかこっちに気持ちを向けてくれることがなかったのに…。みこちゃんはどうやって雄一くんを振り向かせたんやろ~」


 ま、まさか、ちひろさんってヤンデレ属性!?

 いつの間にか、ちひろさんの右手は妾の左腕を掴んでいた。


(ちょっと待て――――。妾、このまま殺されてしまうのか!?)


 妾の青くなる顔色を察してか、ちひろさんはニコリと微笑んで、優しい声で私に話してくる。


「大丈夫やで…みこちゃん。ウチも血は見とおないから、痛いのはせぇへんで~」


 いや待って!?

 物理的に痛いのじゃなくても、これはこれで精神的に絶対に痛いじゃろう!?


「みこちゃんにとってはウチが最初の友達なんやろ? これからは恋のライバルやね~。負けへんで~。ほな、部活に戻るわなぁ~。また、明日なぁ~」


 手を振って、部活動に戻っていくちひろさん。

 その時の顔は普段の笑顔だったが、途中に滲み出ていたのは明らかに常軌を逸したヤンデレの顔だったような気がした。

 一瞬掴まれた腕は少し本気で握りしめられていたような感じだ。じんわりと痛みを感じる。

 このことは、雄一に話すべきだろうか…。いや、話すと変にアイツは焦るだけであろう…。

 余計な手を入れるよりかは、むしろ自然に雄一がちひろさんを好きになった方がいい。

 ズキン…

 何か妾の胸のあたりに不思議な痛みが走る。

 妾は、気持ちを変えるために場所を変えることにした…。

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