第2話 『スザクとケイト』

 街に着いたスザクだったが、早速そこで新たなピンチに直面していた。

 それは、貞操の危機という名の危機だった。

「いや、待て……」

「ううん、もう、そうやってお姉さんを焦らすつもりなのね」

 ピンクのナイトウェアは透けており、惜しげもなくその肢体をスザクに見せつける。

「勘違いをしてもらっては困る。お前が期待しているようなモノは何も出来ないぞ?」

「あら、お姉さんが何を期待しているのかわかるのね?」

「いや、待てと言っているのがわからないのか?」

「待てと言われて待つバカは居ないわ」

「それはどちらかと言うと追われる者のセリフだと思うのだが……」

「あら、じゃあワタシ達にぴったりじゃない?」

「その自覚があるのなら……」

 スザクはこめかみをぴくつかせながら言った。

「こんなことをしている場合ではなかろう!」

「あん!」

 とケイトを押しのけようとすると、あろう事か要らぬところを触ったりして妙な声を上げる。

「もうどさくさに紛れてどこに触るのよん♪」

 スザクが見た目通りの平凡な少年ならば、ここで腰砕けになって彼女のペースに巻き込まれていくのだろうが、残念ながらスザクはケイトの色香には迷わなかった。

「ああ、もう無駄にでかいから邪魔なんだ!」

「なんてことを! 全宇宙の美少年を敵に回す発言よ!」

「お前が敵に回しているのは砂漠の盗賊団だろうがっ!」




 スザクたちを乗せたトレーラーは街へと到着したのは、陽もとっぷりと暮れてからだった。

「やぁっと着いたぁ……とりあえず、腹ごしらえね。今日はアナタのおかげで助かったから、夕飯は奢ってあげるわよ♪」

 すっかりスザクを気に入ったケイトは上機嫌でそう言った。

「それはありがたいが……それより俺はバイクを……」

「エアバイクだったら明日にはちゃちゃっと直してあげるって。アタシの腕にかかればいちころよん!」

「………………」

 内心で先刻の盗賊が追ってこないとも限らない。スザクは彼らの追跡が終わっていないことを、ハンターの習性として理解していた。

 彼らは八台のエアバイクで攻撃してきた。その際に陣形を組んで展開しトレーラーを取り囲んでいた。

 スザクが居なければトレーラーは穴だらけになっていたに違いない。

 本来ならこの街から遠ざかるべきとスザクは考えているのだが、トレーラーの給油と食事は避けて通れず、この街に立ち寄ることを認めるしかなかった。

「さて、それじゃお食事といきましょうか? スザクくん♪」

 とジョーイにトレーラーの留守番を任せて、ケイトとスザクは街の酒場へとやってきた。

 歩いている間、ずっと腕を組まされて歩きにくいことこの上なかったが、それでもケイトが上機嫌なのでとりあえず放っておくことにした。

 ケイトとしてはその自慢の胸をずっとスザクの腕に押しつけているのをスルーされるのはかなり心外ではあったが、

「もう、実は必死で平静を装っているんでしょ? 可愛いところもあるじゃないの!」

 と勝手に決めつけて勝手に喜んでいた。

 ハンターズ・ワールドの夜の酒場は無法者たち、ワルたちの巣窟である。そこで交わされる情報や噂話はこの世界で糧を得る者たちにとって必要不可欠なものである。

 とはいえそんな酒場に妙齢の美女と年端もいかない美少年が連れ立って入るのは大丈夫なのだろうか、と思いつつケイトと共に酒場の扉を開けた。

 酒場の視線が入り口に集中する。

 軽い一悶着ぐらいは覚悟した方がいいかとスザクが身構えようとするとその腕をケイトが引っ張った。

 すると店内から男たちのどよめきがあがる。

「およっ! こいつぁ珍しい! 『運び屋ケイト』のお出ましだ!」

「ハイ! マッコイ久しぶり!」

「今日もそのおっぱいと同じくらいどでかい仕事を抱えて来たのかい?」

「アタシのこの胸より大きい仕事があったら是非紹介してほしいわね、グエン」

「よぉ、そのショタはなによ? 新しい彼氏か?」

「これから落とすところなんだから、いらないこと口走っちゃダメよ、ラジーン」

「そんなのよりも俺たちが相手になるぜ!」

「はんっ! ケイトの相手しようってんなら、もう手遅れだ。二十年前にしときゃよかったな!」

「二十年前ってアタシまだ生まれてないって……キースもクライスももう出来上がっちゃってんの? まだ宵の口でしょうに……」

 と呆れるケイト。彼女が席に着くまでに一ダースあまりの者が彼女に声をかけてきて、彼女もまた一人一人にきちんと応対するのだった。

 スザクの心配は全くの杞憂だった。

「……驚いた」

「ん? 何が?」

 席について背中に背負った長剣を椅子に机に立てかけながら言ったスザクの言葉に、ケイトは疑問を返す。

「有名人なんだな……運び屋だったのか?」

「ん、本業は発掘屋なんだけどねぇ」

 発掘屋。

 トレジャーハンターと呼ばれる者たちの総称だ。賞金稼ぎと共にこのハンターズ・ワールドを代表する存在だ。

 発掘屋は文字通り地面や山を掘り、その地底に埋没している前時代のアイテムを掘り出す者たちである。時には大きな組織の依頼で指定の場所を掘ることもある。

 中には旧王朝時代期の戦争の兵器が発掘されることもあり、抗争の絶えないエリアの住人や組織などはそういった物を喉から手が出るほどに欲しがっている。売れば大層な儲けになるのだ。

 数百年前、宇宙開拓時代に星の海を渡り、未開の惑星を切り拓いた様々な技術は、その多くが失われていた。

 その間に起こった戦争の為に。

 新たな土地を手に入れた人類は、その領地をより広く自分たちのモノにする為に相争ったのだ。人類はここでもまた悲劇の歴史を繰り返したのである。

 幾多の国家、組織の興亡の末、荒廃した土地は無法者たちの楽園となり、最後の王朝が滅んですでに二百年が過ぎていた。

 今、現在この惑星を支配しているのは二つの『法』である。

 一つは『ハンター協会』。

 協会に登録せずにはどんな高額の賞金首を倒したところで一文だって手には入らないのだ。

 必然、ハンター協会に登録すれば、身分が明らかになる。その時、同時に罪状なども公表される。

 この協会のシステムのおかげで、賞金稼ぎにして賞金首という奇妙な存在が出現した。

 ほとんどのワルがハンターであり賞金首なのだ。

 しかし協会は、登録してきたところを狙うようなマネはしない。代わりにその情報を欲しがる者に有料で渡す。

 どんなワルでも協会には逆らえない。彼らのルールに反すればたちまちハンター登録を抹消されるからだ。ハンターの肩書きを失った賞金首に未来はないのである。

 そしてもう一つの法。

 ハンターズ・ワールドの通貨『ロウ』である。『法=ロウ』が通貨の単位とは皮肉にもほどがあるが、なるほどハンターズ・ワールドの住人のほとんどは金に逆らうことは出来ない。ある意味よく出来た法かもしれない。

 発掘屋は前時代のアイテムを掘り出して、使える物を修理して取り引きしてロウを得るのである。

 後退した文明社会の中に取り残された人類が、幾分かはマシな文明的生活を営むことが出来るのは彼ら発掘屋の仕事に依るところが大きいのだ。

 とはいえ。

 発掘にはかなりのリスクを伴う。

 たとえ地面を何千ヘクタール広く、何百メートル深く掘ったところで何か出てくるとは限らないのだ。

 発掘の際の戦利品を積むためのトレーラーも、そんなハズレの時には空荷で走らなければならず、ただでさえバカスカ燃料を喰うバカでかいエアトレーラーはひたすら燃料の無駄遣いとなってしまうのだ。

 ならばと発掘場所に向かうついでで何度か荷物の運搬を請け負ったのがはじめだったとケイトは記憶している。なんといっても五十トンもの容量のあるバケモノみたいなトレーラーだ。積めない物などほとんどない。そんな『配達』をいくつかこなしているうちに、いつの間にか『運び屋』の別称までついてしまったのである。

「ところでさスザクくん♪ 一つ交渉と行かない?」

 運ばれたメニューがひとしきり片付いたところで、ケイトはテーブルに肘をつき、左右の指を絡めてそう切り出した。

「……交渉?」

 相変わらず感情の少ない表情でスザクはそう問うてきた。

「そ。この積み荷を届けるまでアタシの用心棒にならない? もちろん、エアバイクの修理はもちろん、メンテも請け負うし、さらに報酬も支払うわ。このハンターズ・ワールドじゃガソリン代もバカにならないでしょう? 決して悪い話じゃないと思うけど」

「届けるのはいいとして……どこに届けるかが問題だな」

「ハンターズギルドの本部よ」

「なるほど……その仕事、引き受ける前に……いくつか疑問がある」

「なにかしら?」

「まず追ってきている連中……それなりに頭数が居るらしいが……一体何者だ? 相手も知らずに安請け合いは出来ない。それと……そんな連中が狙うあの積み荷は? そして……これが最後……ケイト……あんたは一体何者だ?」

「…………そうね。何も知らせずに用心棒になれって言うのは確かにフェアじゃないわね」

 そう言ってケイトは一つ。溜息とも深呼吸ともつかない息を吐いた。

「追ってきているのは盗賊団ガスパー一味……率いるのはあのガスパー兄弟よ」

「ガスパー?」

「知らないの? この惑星のハンターなら知らない者は居ないという高額の賞金首よ」

 そう言うとケイトは胸元のポケットから形の良い乳房をたゆんと揺らして小型の端末機を取り出す。スイッチをオンにする。空中に画面が浮かび上がり、賞金首のデータベースのアプリケーションを起動した。画像に指で触れると賞金首の名前と懸賞金額のリストが流れる。『B』の項目に出た『ビル・ガスパー』の項目を指で弾くと男の顔と全身が浮かび上がった。

「元々は盗掘屋でね……トレジャーハンターたちの発掘品を横取りしては売り捌いてた盗賊よ。どういうわけだか瞬く間にハンターズワールドでのし上がり、賭けられた賞金額も五本の指に入るほど。言ってみればアタシの商売敵ってところかしら」

「……二億ロウか……随分と荒稼ぎしていると見える」

「そうなのよ……二年前まではそこいらのゴロツキでせこい盗掘を繰り返していた男が、この一年で高額の賞金首よ……この惑星じゃある意味稼ぎ頭、ハンターズ・ワールド・ドリームを掴んだってところかしら?」

「…………ハンターズ・ワールドの夢……ね」

 この惑星では『名前が売れる=悪名高い=成功者』であるので、わずか二年の間にこれだけの賞金が掛けられるのはある意味では大成功を収めたと言える。ケイトが言うのはもちろんそれを皮肉ってのことだが。

「噂じゃすごい組織が背後に居るって話よ……そうでもなけりゃトレジャーハンターの得物を的確に狙って横取りなんてそうそう出来ないもの」

 トレジャーハンターの仕事は非常に当たり外れの大きい博打のような作業だ。さらにそれを横取りするなら、その場所に必ず得物が出るという情報がなくてはいけない。そうでないと大人数を率いる一味は移動だけで大損をするからだ。

「でも元々盗掘屋だったんだろ? その辺りの情報にもともと詳しいのではないのか?」

「こいつ程度でそれだけの知識があるならこの惑星の発掘屋はみんなとっくに廃業ね……」

「なるほど……」

「今のが兄のビル、そしてこっちが弟のレイ……」

 ケイトの白い指が画面の上で軽やかなステップを踏むと、別の男の姿が浮かんだ。まだ少年のような姿であるがフードを目深にかぶっているので顔がはっきりとはわからない。

「兄のビル・ガスパーは銃とマシンの扱いが得意で、弟はスピリット・マスターだって噂ね」

「……スピリット・マスター……『霊獣使い』か……?」

「それがよくわからないのよねぇ。得体が知れないってゆうか……賞金首リストにも名前しか上がってないし……」

 賞金稼ぎとしてハンター協会に登録しているのは兄の方だけで、弟のレイは登録すらしておらず、その詳細がはっきりしない。それでも、盗賊の一味で頭目の弟ということで懸賞金が掛けられている。

「賞金額八千万ロウ……霊獣使いならもっと高いはずだな」

 スピリット・マスターというのは『霊獣(スピリット)』と呼ばれる稀少な存在を操ることの出来る者である。『霊獣』自体そもそも激レアな稀少種であり、さらにその『霊獣』と心を通わせて操ることの出来る人物となれば、さらにその稀少価値は高くなる。相場なら霊獣だけでも一億ロウを越える。霊獣使いならば、本物なら三億ついてもおかしくはない。表示されている金額とは桁が違う。

「なのよねぇ……もしかしたらガセかもしれないわ。霊獣使いなんてそうそう居るはずないもの」

「…………」

「それから積み荷については後で説明するわ。今、ジョーイがチェックしているはずだから。それとあたしはケイト。さっきの説明の通りトレジャーハンターよ。副業で『運び屋』もやっているけどね」

「ただのトレジャーハンターが女一人で、あんな大きなエアトレーラーを駆って、そしてあんな高性能な多足歩行ロボット……あんなロボットはハンターズギルドでも持っているかどうかだ」

「高性能……ねぇ……ジョーイが聞いたら飛び上がって喜ぶわね」

「ロボットが喜んだりするのか?」

「それがするのよね、困ったことに……」

「どういうことだ?」

「あれはね、人間と同様に物事を考えて行動出来る『奇跡のAI』を積んでいるのよ」

「奇跡のAI? それで時々あのロボットの行動に妙な違和感を覚えるんだな……だが待て……そんなモノを積んだロボットを扱っているなんて、ますますおかしいじゃないか?」

「そうかもしれないけど、それ以上の詮索はナシにしましょ。とりあえずアタシはアナタの質問に全て答えたわ。今度はこっちの番……アナタこそ何者なの? 炎術師にしたってあれだけの火炎を操るなんて並みの術師じゃないわね。でも炎術師のスザクなんて聞いたこともない……これを説明できて?」

「……俺はモグリの炎術師なんだよ」

 感情の少ないスザクの顔に気持ちの表情が見えた。

 炎術師をはじめ自然現象を操る事の出来る術師と呼ばれる存在はそうは居ない。霊獣使いほどでは無いが、炎術師と聞けばだいたい知った名前が出てきても良さそうなものだとケイトは考える。

 ハンターズ・ワールド全体でも炎術を扱う者はそうはいない

「でも炎術師には縁のなさそうなぶっそうに大きな剣を持っているわよね?」

 ケイトはテーブルに立てかけてある長剣を指さした。

「これは俺のじゃない…………知人からの預かりものだ」

「知人……あのバイクを預かってるってのと同じ人?」

「……そうだ」

「ふぅ~ん……」

 ケイトは端末の画面を指で弄ぶ、と数々の賞金首の姿が一瞬ごとに変わっていった。

 そしてある項目にスザクは気づいた。 

「!…………これは」

「ああ、伝説の『ブラッディ・ハンター』ね。懸賞金額八千億ロウの大物中の大物、超大物。最強のハンターにして最高金額の賞金首……って言うけど、これも眉唾物よね。なんたって彼生きているとしたら既に百歳は軽く越えているもの……」

 ケイトはそう言いながらもブラッディ・ハンターの説明を開く。

「紅い髪に紅い瞳、血に塗れた深紅の刀身の長剣を持つことから、ついたあだ名が『血まみれの賞金稼ぎ(ブラッディ・ハンター)』。かつての最後の王朝を滅ぼした罪で最高金額の賞金をその首に賭けられた男。本名は非公開。これも妙な噂があってね……」

 少し言葉を区切って、ケイトは声のトーンを落とす。

「彼の本名を口にすれば、たちまち彼が現れて、名前を言った者を殺すっていうのよ」

「まさか……」

「アタシだってまさかと思うわよ。でもあのハンター協会が特例でここまで情報を隠しているのよ。何かあると思わない?」

「なにかとは?」

「なにか、よ……そうね例えば……実はまだ彼は往き続けている……とか?」

「でもハンターズギルドがそれを隠す理由がわからないな」

「そおなのよねぇ」

「想像力が豊かだな……運び屋を廃業して作家にでもなったらどうだ?」

「ハンターズ・ワールドで本を読むなんて高尚な趣味を持つ奴なんていないわよ」

 そう言ってケイトは端末の電源を落として立ち上がった。

「さ、約束だし、積み荷を見てもらいましょうか」




 スザクとケイトは街のハズレに駐機しているエアトレーラーの後部デッキへと入った。

「どう、ジョーイ? なんとかなりそう?」

「ああ、ケイト。少しはマシんなったかもしれません。マシンだけに…………」

「………………?」

「………………(恥)」

「ギャギャギャッ!」

 スザクとケイトが静まり返る一方でジョーイだけが笑っている。

「すごいな……ダジャレを言って笑ったぞ?」

 ケイトとは別の意味で言葉が出ないスザクだった。

「ゴメンね……こいつ、冗談を言う癖があるのよ。面白くはないけど許してやって」

「面白くないとは失礼な! そもそも面白くないということはですね……」

「あーはいはい……。ジョーイ、彼、スザクくんがアンタの事を高性能なロボットだって」

「わお! それはそれは! ありがとうございますっ!」

 本当に喜んでいるようだった。

「私を見ただけで高性能と判断できる貴方は素晴らしい洞察力の持ち主です!」

「はいはい。それはもういいから。で? どうなの、こいつは?」

「どうにも難しいですよ。結構な年代モノですし、トレーラーの施設だけでは追いつきません。肝心の部品が足らなさすぎですよ。本社にでも戻れば何とか動かせるようにはなるはずですが……」

「どの部品?」

「これです。『オークス』の回路の一部が焼き切れています」

「あっちゃぁ……こりゃ確かに手に負えないわね」

 ケイトはジョーイが指し示す場所を覗き込んで顔をしかめた。

 『オークス』とは『反重力制御装置』であり、『Automatic Unti-Gravity Controle System』の頭文字を取って『A.U.G.C.S(オークス)』と呼ばれる。物質にかかる重力そのものを制御してその物体を宙に浮かすことの出来るシステムだ。

 この惑星でのほぼ全ての乗り物にはこのシステムが搭載されており、必然、このシステムが正常に作動しないことには全ての乗り物はただのオブジェとなってしまうのである。

 ちなみに通常エアモビルとはこの『オークス』と『ツインドライブ』と呼ばれる二つのシステムを搭載しているモノを指す。

 ツインドライブシステムとは、ガソリンを燃料とする内燃機関とそれによる排ガスとリシュオンと呼ばれる空気中の粒子を反応させて動力を得る外燃機関の二つのエンジンを併用して推進力を得るシステムである。

 外燃機関リシュオンエンジンの登場により、比較的少ない燃料でエネルギー噴射が実用化されるようになったのである。

 『オークス』によって、物体を浮遊させ、『ツインドライブ』によって推進力を得るのが、この世界での移動手段の基本だ。

 ちなみに『オークス』も『ツインドライブ』も前時代の発明品であり、現代の技術では解析不明で謎の部分がいくつかあり、それらを解明することが現在のエンジニアたちの命題とされている。

 ジョーイが心底、彼に心の底という表現が的確かどうかはわからないが、ともあれ彼は残念そうに言う。

「同時代のオークスでないとこのパーツはありませんからねぇ」

 今のところは似たようなシステムから同じような部品を持ってきて付け変えて動かすしかない。

「”火入れ”はしばらくお手上げかぁ……残念!」

 残念そうに両手を腰に当てて今にもがっくりと落ちそうな肩を支える。

 そんな彼女にスザクは説明を求めた。

「話が落ち着いたみたいだが……これが積み荷というわけだな」

「あっと、そうだったスザクくん! そう! これがアタシの戦利品、そしてガスパー一味が狙っているものよ」

「これが何かおわかりですか?」

 というジョーイの問いにスザクは応える。

「これは……見たところエアファイターのようだが」

「その通り! と言いたいところだけど少し違うわね」

「……ふむ、どうにもファイターにしては不可思議なギミックが見受けられる」

「御明察!」

「そ。これはね、エアファイターからエアバトラーに変形ギミックを持った機体なのよ!」

「それはまた……骨董品だな」

 エアファイターはこの世界での『戦闘機』を指す。そして『エアバトラー』は主に人型の戦闘用ロボットを指して言う。バトラーとは「格闘戦を行える乗機」がその語源だと言われている。

「前時代の戦闘用マシンか……」

 かつてこの惑星を支配した戦争。そこには化学兵器や原子力兵器などの非人道的な大量殺戮兵器こそ表には現れなかったが、所詮そこで起こっているのは戦争、即ち大量殺戮と破壊である。

 地上戦における巨大な人型兵器というのは非常に大きな戦果を得られるものとして、かつての王朝時代には騎士団に配備されていた。またこれまで発掘屋が掘り返した地下からはこの人型の兵器が多く発見されることからも、かつてその兵器が戦争の主力であったことがわかる。

 その兵器の中には、町の開発や、建造物の修復など作業用ロボットとして利用されているモノも多く、かつての戦闘兵器がこのように平和されるとは、当時の開発者たちが知ったらさぞや驚くことだろう。

 そして発掘屋が掘り当てるモノの中でも、こういった人型兵器は『お宝』と呼ばれる部類に入る。

 ただし、この人型兵器、つまりハンターズ・ワールドの住人の呼ぶところのエアバトラーはその運用が非常に困難なのである。

 エアバトラーの一番の難問。

 それは移動である。

 戦線までの移動に地上を歩行しては時間がかかるし、その間の燃料の消費も激しい。さらにはパイロットの体力も消耗することとなる。

 かといって近くまで何かで運送するにはさらに大型の運搬設備が必要となる。

 かつて王朝時代以前にはエアシップと呼ばれる超大型のエアモビルが多数存在し、これらをエアバトラーの母艦としてその運用を可能にしていた。

 戦線上空までエアシップで運搬、戦線直前で投下。

 エアバトラーの搭乗者はその燃料のほとんどを戦闘に費やすことが出来るのである。

 さらに戦争が激化すると、その移動、戦線への降下、戦闘、帰還まで全て単体で行うことの出来る機体を各陣営で開発していた時期があるらしい。

 その為か、稀にエアファイターに変形する機体が発見されることがある。

 何しろそれ一機で飛行による高速移動、空からの攻撃に、地上での戦闘と様々な局面に対応できるのだ。

 過去、現在を問わず、その利便性に目を付ける者はけして少なくはない。

 人を殺す為に発明された兵器は数百年の刻を経て、この無法の時代に蘇る。

 そのエアファイターは鋭角のフォルムが美しい姿をしていた。このシャープな外観からはエアバトラーに変形するとは考えにくい。が、下部を見れば異常に大きなエアファイターの胴体部分があり、おそらくそれがエアバトラーの脚部となるのであろうと推測される。

 オークスが存在するこの時代、全ての乗機は宙に浮かび、飛行することが可能である。速度によっての揚力というものを得なくても物体が浮かび上がるのだ。空力抵抗と着地時の安定さえ無視すればおおよそどのような形の物体でも飛行させることが可能なのだ。

 その中でも鋭角な外装にこだわって作られるところを見ると、より高速での戦線への到達を目的として作られたと見てよい。もっともオークスが起動しないのではまるで意味が無いのだが。

(しかし、よくもまぁこんなモノを掘り当てたもんだ……コイツはおそらく……)

 スザクはしばし、その骨董品に思考をめぐらせていた。

「どう? わかった?」

「何がだ?」

「これをあんなガスパーの一味に渡すわけにはいかないでしょ? そうは思わない?」

「渡す渡さないは俺には関係ないが、脅威となるモノを放っておくわけにもいかないだろう」

「じゃ、契約成立っことでいいのかしら?」

「……かまわない。あのバイクのメンテナンスというのはありがたい報酬だ。それにハンターズギルド本部には俺も用があるからちょうどいい」

「うんうん。それじゃ、これからよろしくね……えーっと……これからアナタのことをスザクと呼んでかまわないかしら?」

「……ああ」

「それじゃスザク、アタシのことはケイトと呼んでね」

「わかった」

「私のことはどうぞジョーイと気さくにお呼びください」

「わかった」

 そう言ってスザクはケイトをじっと見る。

「ん? どうかした?」

「いや、しばらく道中を共にするなら、これだけは言っておかないといけない」

「あら? あらたまってなにかしら?」

「今後、何かあった時、万が一俺が、もしこの剣を抜くような事があったら……」

「うん」

「俺には委細一切構わず逃げるんだ。いいな?」

「その剣はなに? まさかバーサーカーの剣とか?」

 スザクの言葉を聞いてケイトは有名な伝説に出てくる呪われた剣を思い出す。剣を抜けばその剣の魔力に支配され狂戦士の如くに暴れまわり手が付けられなくなるという。

「いや、おそらくはバーサーカーよりも手に負えないだろう」

「そ、そうなの?」

 そう聞いてさすがに背筋がうすら寒くなるケイト。

「特にお前みたいなのは非常に危険だ……だから約束してほしい……俺が剣を抜いたら逃げてくれ」

「わかったわ。スザクが言うならそうするわ」

 こうしてケイトとスザクは契約を交わした。

「あ、そうだ、スザク♪ 後でアタシの部屋に来てちょうだい」

「……?」

「報酬を先払いしてあげるから♪」

「報酬? ……わかった」

 スザクは「わかった」と短く頷いてトレーラーを降りた。

「さ~て、今夜は楽しくなりそう! ん~ふっふ~っ♪」

「ケイト、張り切ってますね」

「今夜はおねーさん頑張っちゃうわよ!」

「ファイトです、ケイト。健闘を祈ります」

 ジョーイのエールを受けてトレーラーのデッキを降りるケイトの目にスザクの乗っていたエアバイクが目に止まった。

「これも確か年代物よねぇ……」

 だがすぐに思い直して部屋へと急ぐ。

「おっとと、そんなことより準備準備~っと♪」

 部屋へと急ぐ足も軽やかにケイトはタラップを降りていった。





 宿屋というのはどうにも落ち着かない。あちこちで人の気配がするからだ。身体に染み着いたハンターの習性はたくさんの人が集まる場所を避けてしまうのが常だった。

 妙なことになってしまった、と悩むスザク。しかしエアバイクがなければ移動もままならない。

 ここは諦めてケイトと同道するしかなかった。

 あのジョーイと呼ばれるロボットや巨大なエアトレーラーを駆っているのだ。エンジニアとしての腕は良い方なのだろう。

 エアバイクの修理は高額でいつも支払いに頭を抱えているのだ。それをロハでしてくれるならありがたいことこの上なかった。

 そう思いながらケイトの居る部屋の扉をノックする。

「どうぞん♪」

 と鼻に引っかかるような声でケイトは応じた。

 中にはいると部屋の照明は消されていた。

「いらっしゃい♪ スザクくん♪」

 パチンとベッドの脇に立つナイトスタンドが灯される。その灯りに照らされてベッドに横たわるケイトのあられもない姿が浮かび上がる。

 その身に付けているのは先程までの無粋なピンクのツナギではなく、黒のシースルーのキャミソールにお揃いのガーターに面積の極めて少ないショーツという色気たっぷりの姿だ。ケイトの魅惑のプロポーションと美貌ならばまともな男ならば生唾を堪えるのに苦労するところだ。もちろん、スザクのその反応を楽しみにしてのケイトのこの悩殺スタイルである。

 しかし当のスザクは淡々と聞いてきた。

「報酬の話と聞いたが……」

「そうよ♪」

 内心でがっくりとしながら努めてそれを表に出さず、さらに声に艶を乗せて答えた。

「金の話ではないのか?」

「そうね……言うなれば性交報酬ってことで♪」

 我ながら何というオヤジギャグだ、と思うほどに最悪なセリフだ。ジョーイの癖が移ったか?

「なんだ? それは?」

 全くだと、猛省しながらも、ケイトは実力行使に出ることにした。

「はぁ~~~~ん! もう、スザクくんったら何も知らないのねっ?!」

 がばぁっ!!!

 有無を言わせずに抱きしめる。顔を胸に押しつける。バスト98の肉弾の攻撃にさしものスザクも苦しそうだ。

「いや、知らない訳では!」

「いいわ、おねーさんがたっぷり教えてア・ゲ・ル♪」

「は?」

「おねーさんがスザクくんを男にしてあげるわ!」

 そう言って胸を顔に押しつけたままベッドへと押し倒す。

「は、話を聞け!」

「いい! いいわよ! 普段クールぶってるくせに、焦る時の表情がたまんないわぁん!!」

「は、放せ!」

「ダメよ。力を抜いて、リラックスして……」

 そう言って強引にキスをする。

 スザク少年は振り解こうともがくが女性の割にケイトの力は強い。スザクとて非力な部類ではない。だが日夜スパナを振り回し重いユニットを運ぶエンジニアの力を甘く見ていた。

「んんんっ!!!」

「ん……んんんっ……んんんっ!!!」

 息をするのも忘れるくらいに濃厚で甘い口づけ。それでも尚、払いのけようとするスザクの腕をかいくぐりながら、ケイトの手はスザクの大事なところに触れ……る……!

「…………んんっ?!」

 ……はずだった……。

「え? なに? これどういうこと?!」

 ケイトは驚きながらがちゃがちゃとベルトを外してパンツを下ろす。

 そこにはあるべきはずのものがなかった。なにもなかった。

「……だから……言ったのだ……話を聞けと!」

「ちょっと待ってよ……なんにもないじゃない!」

 そう、そこにはなにもなかった。

 男性としてあるべきはずのモノもなければ、女性としてのモノをなかった。

 シワ一つ無いつるりとしたスザクの股間を見て呆然とするケイト。

「まさかこんなことをしてくるとは思っても見なかったから、説明が必要とは思わなかったが……」

 スザクは説明しにくそうだった。

「どういうことなの?」

 呆然と「そんな、そんな!」と繰り返しつぶやくケイトにスザクは言った。

「俺は雌雄同体なんだ。だからケイトのような性的行為も出来ないし興味もない。それとアンタに雌としての魅力も感じることはない」

「そ、そんなぁ~~~~~っ」

 へなへなと床に腰を落とすケイト。

「すまなかったな」

「そんな……ずっと以前から使わずに置いておいたとっておきの勝負下着まで出したのに! 顔見知りの多い酒場に連れてきて顔馴染みの多い気さくなお姉さんを魅力的に演出したって言うのにっ!」

「そんなことを考えていたのか……」

「全部? 全部無駄だったっていうの?」

「残念ながら、そうなるな」

「あまりにも好みだから焦ってしまったわよ! ちょっとマジになりそうだったわよ! てゆーかなによ『しゆーどーたい』って? アタシが求めているのは始終童貞よ!」

「言っている意味がよくわからんのだが……雌雄同体と言うのはだな……」

「知ってるわよ、そんなのっ!」

「どうすればいいんだ? とにかく落ち着け、いいか落ち着くんだ」

「う、うん……」

 スザクにシーツを掛けられて、ようやく落ち着きを取り戻したケイトだったが、不意に。

「ぷっ……」

 と笑いだした。

「今度はなんだ?」

「いや、本当になにもないんだなぁって」

 スザクはズボンを下ろされたまま、下半身裸のままでケイトを宥めていたのだ。

 その格好を改めてみるとなんだかおかしくて仕方なくなってしまったのだった。





「まったく、反則だと思わない?」

「イレギュラー的な存在の方だとは思いましたが、またずいぶんとイレギュラーでしたね」

 トレーラーに戻ったケイトは戦利品であるエアファイターを整備していた。時刻は既に深夜を回っている。そしてスザクの件についてジョーイに不満を放っていた。

「イレギュラーってレベルじゃないわよ! 賞金稼ぎで炎術師で雌雄同体で、おまけに美少年で超アタシの好みなんてどんな天文学的確率よ?」

「美少年とケイトの好みは除外して試算してみたところ、八千億分の一の確率になります。三千年に一人存在するかしないかですね」

「三千年に一人か……そう考えると出会えて嬉しいような気がしてくるわね」

「おそらくイレギュラーな因子が他のイレギュラーをも引き寄せるのでしょうね」

「そんなこと、もうどうでもいいわよ!」

「八つ当たりですね、完全に」

「もうすっかり興醒めよ。こういう時は機械いじりに限るわ」

「もう深夜ですよ? 早く寝ないと美容に悪いですよ?」

「なに? アンタ、ロボットのくせに美容まで気にするようになったの?」

「私のではありませんよ。アナタの美容を気にかけているのです」

「いいのよ、アタシなんて。どうせ夢見がちなショタコン巨乳女ですから……」

「あ~あ、すっかりいじけてしまって……」

「こういう時は機械でもいじって元気を取り戻さないとね! せっかくのオモチャが手に入ったんだもの」

「急にオークス以外のところをいじりたいなんて夜中に叩き起こされた私の身にもなってくださいよ」

「機械が寝てるんじゃないわよ」

「ヒドい! それは機械に対する差別です! 機械だって眠りたいし休みたいんですよ! 睡眠はなにも人間にだけ与えられた特権じゃないんです!」

「あー、わかったわかった。これが終わったら休んでいいから」

「休ます気ゼロですよねっ? これってどう見たって完徹コースでしょう?」

「だからそれが終わったら休んでいいって」

「絶対ですよ! 休んだら三時間は何があっても起きませんからね!」

(AIとの会話じゃないわね、コレ……)

 と思いながらもはいはい、と聞き流すケイト。どんだけ休むと言っても三時間で済むところがロボットならではだった。

「オークス……か……」

 ケイトはレンチを弄びながら呟く。

 ふと。

 デッキの脇に置かれているスザクのエアバイクが目に止まる。

「ねえ……このエアバイクのオークスなら合うんじゃない? コレと」

 と言いつつがちゃがちゃと手際よくカウルを外していく。

「あ、ほらなんとなくユニットの配列も似てるじゃない?」

「あ、コラ、ケイト、ダメですよ」

 機械に窘められてしまった。

 しかし一度沸いたケイトのエンジニアとしての欲求は止まることはない。

「でもやる!」

「し、知りませんよ?」

「大丈夫だって! どうせ後で全部アタシが直すんだから!」

 とスパナ片手にスザクのエアバイクと向き合った。

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